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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第一楽章 召喚
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第四話 心かよわせて

翌日の祭り二日目。


時刻は南天に太陽が輝く昼過ぎ。

神殿外の階段には黒髪の青年がひとりで座っていた。

かたわらには湯気をあげる焼きそばが置かれているが、口にした様子はない。

手に持っている杯も中身はあれど減ってはいない。


(リラがどうしてるか気になるけど、動く気になれないや)


猛獣役が矢で四方八方から射抜かれている遠くの舞台を眺める青年。

歓声がわき上がる舞台席をひどく遠い場所に感じながら考えを重ねる。


(いくら帰れるといっても今すぐじゃない、大丈夫だろうか俺)


昨夜の自分を思い浮かべる。

眼を真っ赤にしたアルトを見てエオリアは何も言わなかったが、

セリアには心配と励ましを混ぜた言葉をいろいろとかけられた。

大丈夫、とだけ二人には答えてすぐさま自室で眠ったが、気分は上がらずにいる。


「あ、そうしゃさまだーこんにちはぁー」


こどもたちが声と一緒に手をふり通り過ぎる。

力ない笑みとともに手をふりかえし、すぐさま表情をなくすと、

背後からゆっくりとした足音が聞こえてくる。

誰だろうか、と振り返りもせずに青年は思う。


「どうしましたアルト君、せっかくの焼きそばが冷めてしまいますよ」

「……ブッファさん」


背後から歩いて来た老人はそのまま青年の横に腰をおとし、

石の地面に置いてあった焼きそばを手に取り鼻を近づける。

青年は、何の用だろうかと力ない表情で老人の様子を見る。


「うん、美味しそうなにおいですね。もったいないですよ」

「いまは……食べる気が起きないんです」

「じゃあ僕が食べてしまいましょう」


え、と驚いた顔で横の老人を見ると、老人は焼きそばを食べ始めた。

ひとかきごとに麺は眼に見えてへっていき、すぐさまなくなるのが分かる。


「え、あの、ちょっとちょっと!」

「なんですかアルト君、いま焼きそばで忙しいのです」

「それは俺がもらった焼きそばです!」

「それもそうですね。ではお返しします」


そう言って老人は食べていた焼きそばを青年に渡した。

手元へと渡されたものの今度は戸惑い顔になるアルト。


「いや、その返されても」

「この焼きそば、麺がすこし固めで味が濃いですが後味がさっぱりしてますよ」


柔和な顔をしてブッファはアルトを見ながら、その手はさっさと食べてみろと催促している。

どうしようかと思い、すこし悩んだ末アルトは焼きそばを口に入れた。


「……!」


口内にひろがった辛味にむせ返る青年。

思わず吹き出しそうになったが、なんとかこらえて杯の水を含み焼きそばを飲み込む。


「かかっかかからあああああ! ブッファさんなんすかこれ!」

「はっはっは!」


老人は横で笑っている、手には赤い粉が入った小さな硝子瓶があった。

その瓶に気づき、辛さが通り過ぎたところで睨むような顔つきをする青年。

ひとしきり笑ったあと、老人は、


「いやなに、アルト君が元気がないのを心配してる人がいましてね。

 なんとかできないかと言われましたからちょっと手助けを」


そう言って前を見たまま、ブッファは後ろを小さく指差す。

疑問顔となって指を見、そのまま後ろに振り返ったアルトの視界に人が三人映る。


「セリアにエオリア……リラ?」

「……リラ君は朝からずっと、君がここで座っているのを気にしてましたよ」


舞台の方を見ながらぼそりとつぶやく老人。

再び顔を前にもどして青年は驚き顔になる。

老人はふうと息を吸い込み、淡々として言葉を吐き出し始める。

先ほどまでのふざけた声ではなく、静かに諭すような口調が青年の耳へと響く。


「アルト君、貴方が抱いている不安。きっと消せるものではないでしょう。

 ですが不安というものは誰しもが持っているものです。

 僕だって不安なく毎日を生きているわけではありません。

 いま目の前を歩いている大人や子供、男性も女性も誰もが抱いているでしょう」


老人の言葉を黙って青年は聞いている。


「不安がない、不安を捨てたと言う人もいます。しかし、それは違うと僕は思っています。

 自身の不安と自ら向き合っていないだけなのだと、ただ逃げているだけなのだと」


両手を堅く握りしめて、老人は言葉を紡いでいく。

青年は膝を握りしめて、自身の不安を胸につめる。

不安とともに思い出されるのは、喚ばれたときのこと、昨日思った家族の顔。


「だけどアルト君。僕たちは不安だけが心にあるわけではありません。

 明日への見えない不安と、明日への希望も夢も楽しみも一緒に持っているのです。

 ときに笑って、ときに泣いて、それでも生き抜いていくのです」


老人は前を向きながら左手を隣の青年の背に当てる。

あたたかな手のひらの感触に、かつての家族のぬくもりを思い出す。

背から感じるあたたかさに心が不安定になっていくのが分かる。


「だからいまは思いっきり泣きなさい」


その言葉がきっかけとなって青年は表情を保てなくなり、嗚咽を混じらせながら顔を伏せた。

柔らかな微笑みを浮かべ青年を見守る老人。


「泣いて泣いて泣き尽くしたら、今度は笑いましょう。

 笑って不安と生きて、泣いて希望を抱く、それが人間なのです」


はいと泣きじゃくりながらもアルトは返事を返す。

嗚咽で言葉に詰まりながらも意思を述べようとする。


「俺、恐いです、帰れるのか不安で。それに、寂しい、です。

 でも、でも逃げたくない、逃げたくないんです」

「うんうん、ゆっくりと一歩一歩、不安と向き合えばいいのです」


後ろから静かに三つの足音が近づいてくる。

老人は足音にふりむき、そのうちのひとりへ向かってひとつ頷いてみせる。

包帯の少女が一歩、両手を胸前で握りしめたまま青年へと近づき腰を落とす。


「……アルトさん」

「リラ、昨日はごめん、それに心配かけてごめん」


少女は頭を左右に振っていいえ、と答える。


「アルトさんが謝る必要なんてありません」

「でも、でもさリラ、俺、俺は」


不安の代わりに胸には後悔がつのってくる。

背を向けている青年へと向かって少女は言葉を作る。


「昨日……アルトさんが誘ってくれたの、怖かったけれど嬉しかったです。

 一人よりも二人で回りたいんだ、と私を、必要としてくれたことが。

 ですからもう、謝らないでください」

「リラ……ありがとう」

「ふふ、お礼を言うのはこちらの方ですアルトさん」


いまだ俯いてはいるが泣き止んだ様子の背中へと、少女は微笑みをおくる。


   ●   ●   ●


黒と藍色を後ろに、若草色と橙は前に並んで人ごみのなかへと混ざっていった。

若草色と橙は後ろの二人を見ながら話し、黒は藍色を気遣う態度を見せ、藍色は頷きを黒へと返す。

四人を見送る老人は階段の上に立ち、柔和な笑みをうかべている。


「アルト君とリラ君、どちらにとっても良い出会いとなってほしいですね。

 願わくば彼らのこれからを明るく照らす変化をもたらしたまえ」

「とても昨日、吐きまくってた方の言葉だとは思えないね」

「ははは、いやいや」


女性の声に苦笑声を出して振り向く老人。


「こう見えても大神官ですからね僕は」

「誰がどう見ても立派な大神官様だよ、酒を呑み過ぎなきゃね」


エラールが歩いてきてブッファの横に並ぶ。

そのまま目線を四人が混ざっていった人ごみへと向け、ブッファも同じく前を向く。


「異界から突然喚ばれるか、想像できないね」

「アルト君がどうして喚ばれたのか、代々の奏者がどういった理由で喚ばれたか。

 原因は不明ですが喚ばれる方にとっては不安でしかないでしょう」

「唯一の希望は呼ばれた連中は皆、元の世界へ帰っているという言い伝え、か」

「ええ、ですがもしかしたら記録が失われる以前には例外がいたかもしれません」


どういうことだい、とエラールは不審顔で尋ねる。


「風の図書館が焼失した千年前、大地全体が災害に見舞われたそうです」

「そんな話、初めて聞いたよ」

「いま初めて話しましたからね」


しれっとした顔で老人は言う。


「神殿に保管されていた歴代の大神官が書き残した記録、といっても千年分しかありませんが」

「んん、どうして千年分しかないんだい?風の図書館みたく焼けちまったわけでもないのに」

「いえいえ、風の図書館が焼けたことを受けて、大神官も記録を付けるようになったのです。

 もちろん僕も記録を日々付けています」


毎日付けているというわけでもないですが、と付け加えて言葉を続ける。


「最古の記録であり最初の記録、千年前の神殿記録には『賛美歌の道』を終えても、

 当時の奏者はしばらくは帰ろうとせず、この世界に留まっていたようなのです」

「そりゃまたどうしてなんだい」

「理由などについては記録のところどころが色あせてて読み取れませんでした。

 しかし、のちにやってきた災害に見舞われた大地を巡り、一段落したところで帰ったようなのです」

「わざわざもう一度大地を旅したのかい」

「巡ったといっても近くをうろついただけかもしれません。

 昔の記録は多少美化や誇張されていることがありますからね」


ふうとため息をつく老人。


「ただ、もしかしたらですが過去の奏者のなかに、

 この世界で生きようと考えた人がいてもおかしくはないかと思ってまして」

「元の世界よりも居心地が良かったり、想い人なんかできたりしてかい?」

「あってもおかしくはないでしょう、なにせ言い伝えが確かなら29人が喚ばれていたのです」


けっこうな数だよねえ、と相槌を返す。

その相槌に頷く老人だったが、


(誰ひとりとして旅に失敗せず帰っているということが不思議でもありますが)


一瞬だけ険しい顔を浮かべて内心を流す。


「ところでエラールさん、貴女もアルト君の様子を見に来たのですか?」

「そうさ、ま~だ元気がないようだったらこいつを呑ませてやろうかと思って」


そう言ってエラールは背後に持っていた硝子瓶と杯を手前に振りかざした。


   ●   ●   ●


「あまい! あまいぞアルト! そんな腕で自分を負かせると思うなよ!」

「ちっくしょー! エオリアおまえずるしてるだろう!」


若草色の男と黒髪の青年は、小魚が泳ぐ水の張られた台の前にいた。

二人のすぐそばには橙と藍色の少女が立ち並んでいる。

煙管を吹かしている鱗を輝かした屋台の店主は、


「奏者のあんちゃん、魚すくうの下手だなあ~」

「さっきから十回以上やってるけど全部逃げられてるもんね~」

「セ、セリアさん! アルトさん頑張ってるのに!」


橙の少女の言葉にがっくりと肩を落とす青年。

その横で大きく笑い声をあげている若草色の男。


「はっはっは、どうやら今度の勝負は自分の勝ちだなアルト!」

「くっそー! だったら次はあそこの的当てだ!」


男と青年は隣の屋台へと駆け走っていく。

二人のあとをゆっくりと歩いて追いかける少女たち。


「あ~あアルトにも馬鹿がうつっちゃった~」

「でも元気になってくれたようで良かったです」


よく冷えた氷飴を舐めながら嘆くセリアに、

同じく氷飴を手に持ちほっとした表情で言うリラ。

そのリラを横目に見ながら、


(やっぱりアルトがいると灰布をかぶらなくても幾分か平気みたいだね)


顔には出さないでこちらもほっと胸をなでおろす。

それでもセリアは人ごみを避けるようにリラを連れて二人を追いかける。


「ありえん、ありえん! 全段命中するなど!」

「エオリア……一言だけ言っておこう、これが実力の差だよ!」


若草色の馬鹿が頭を抱えて地面に伏し、

対する黒髪の馬鹿は腰に手を当てて高笑いをしている。


「ええい! まだだ! まだ勝負は終わってない!」

「いい加減にしなさい馬鹿二人」


馬鹿に追いついたセリアは呆れ顔で言う。

地面から勢いよく復帰したエオリアは、


「止めるなセリア! 男には、男には絶対負けられない勝負があるのだ!」

「分かる、分かるぞエオリア!」


アルトと向き合って熱く手を握り交わす。


「あーもーなんなのこの馬鹿は……」


呆れ顔のまま肩を落としているセリアのかたわら、

リラは三人を見て、口元を手で隠しながら小気味よく笑っていた。

その笑顔に気づいたのか、急に恥ずかしそうにアルトは頭をかいた。


「リ、リラ。楽しそうだけど、その気分は平気?」

「はい、大丈夫です。ですから気にせず頑張ってください」


気遣いに励ましで返す。


「ああ、任せて。次も勝つ!」

「はい、期待しています」


片手を握りしめて答える青年に、藍色の少女は口元を笑みに曲げて頷き返す。


   ●   ●   ●


数時間後、広場の噴水近くではしゃぐこどもたちのよこで、

黒と若草色の二色が息づかいを荒くしながら倒れていた。

近くの石の長椅子には藍色と橙の少女が、地面の二色を見ながら話す。


「あれから散々勝負して引き分けってどうなの~そこの馬鹿」

「二人ともとっても楽しそうでしたし、見てて面白かったからいいじゃないですか」

「まあね~終いにはボクたち以外の人もどっちが勝つか賭けだすくらいだし」


言葉とは裏腹に笑顔を浮かべて杯を傾けるセリアに、

そうですね、と言葉を並べるリラ。

地面にたおれている馬鹿の二色は、


「はぁはぁ、まだ、まだだアルト。しょう、勝負はこれからだ」

「ぜぇぜぇ、へ、へへ。とこ、とことん、つきあって、や、やるさ」


息も絶え絶えに言葉を交わし合っている。

その横を通りすぎていく人々からは、


「よーうにいちゃんたち! あんたたちのおかげで儲かったよ!」

「奏者のあんちゃん、また店に来てくれよな!」

「二人ともいい勝負だった! これ置いてくから飲んでくれ!」


賞賛を交えた声が届けられ、途中で飲み物を渡された。

一息ついたところで二人は立ち上がり、渡された飲み物で喉をうるおしながら、

長椅子に座っている少女たちへと近づいて行く。


「おつかれ、二人とも~」

「おつかれさまです」


労いの言葉が少女たちより掛けられる。

ありがとう、と男達は答えて同じ長椅子に腰掛ける。


「しっかし驚いたよ。あの高台飛びでエオリアが十段以上を捻り飛ぶなんて」

「驚かされたのはこっちだ。なんだアルトの犬猫鶏豚を問わない懐かれっぷりは」

「見ているこっちが一番驚いてたってのー」

「本当ですね」


男達が互いを褒め讃える横で、少女たちは呆れ半分笑顔半分となる。

そのまま先ほどまでの勝負事で会話が盛り上がっていくなか、あっと声を出して橙の少女は胸元を探り、

先に丸い金属らしきものが付いている首飾りをとりだした。

首飾りの先にある丸い金属らしきもののふたを開けて中を見ると、


「エオリアーそろそろ打ち合わせの時間だよー」

「む、そうかもうそんな時間になっていたか」


セリアの言葉になにかを思い出したエオリアに、


「打ち合わせ?」


とアルトとリラが同時に尋ねる。


「ああ、明日行われる舞台での演奏会、それの打ち合わせだ」

「演奏会……あ、ノンさんがくれた招待券のやつか」


口髭の男を思い浮かべ得心する青年。

橙の少女は立ち上がり、大きく背伸びしながら言う。


「久しぶりの演奏会だからねーボク気合い入れていくよー」

「三ヶ月ぶりぐらいですね、セリアさんの歌声が聞けるの」

「ほんとほんと、ここ最近は儀式や祭りとかでばたばたしてたし」


嬉しそうな声で藍色の少女は、包帯で隠れた眼で橙の少女を見る。

ふと思いを得てアルトはリラの横顔へと振り向く。


「リラ、演奏会には来れるの——」

「アルトと一緒に来たらいい。それならリラも近くで聴けるだろう」


唐突に言葉を遮ってエオリアが言えば、

ええっ? と驚きつつアルトはエオリアへと向き直る。


「確かトロッポ会長の話では奏者であるアルトには、専用の席を設けると言っていた」

「うんうん、そうだね。トロおじさん一番の席を用意するって意気込んでたよー」


口髭の男とは知り合いなのかそれぞれが名前を挙げていく。

二人の言葉に戸惑い顔をする包帯の少女は、


「え、でも、私がいたら迷惑に——」

「いいのいいの。どうせ専用って言ったって二人分くらい余裕だって」


断りの言葉を発しようとして、橙の少女に笑顔で諭される。

隣にいる青年はエオリアとセリアに苦笑顔を向けつつ、どうしようかとリラに言う。

昨日のこと、昼間のことをそれぞれ思い浮かべ、包帯の少女は堅く手を握って口を開いた。


   ●   ●   ●


祭り三日目の早朝、神殿外の階段では泥酔している老人と女性、口髭の男がいた。

近くの地面には幾本もの瓶がころがっており、数個の樽もころがっている。

周囲にはやれやれと通り過ぎていく人々。


「今度の犠牲者はトロッポ会長か……顔と髭が酒樽につかってんぞ」

「大方、エラの姐さんに見つかって無理矢理呑まされたんだろう」

「見ろよ大神官様の顔、白目むいて鼻水だらだらの笑顔だ。あそこまでいくと芸術だな」


のちほど倒れている三人を見た橙髪の少女の怒声がとどろいた。


   ●   ●   ●


時刻は昼を過ぎての夕刻、大地の頭上は暗く染まっていく半ば。


空には黒い体色の鳥が数羽はばたいており、ときおり長く低い鳴き声を響かせる。

鳥たちの眼下、神殿外の大地では何カ所もかがり火が焚かれ、

舞台の近くには大勢の人々が集っており、軽食を売り歩く者が間をわっていく。

人々は舞台へと視線をおくっているため、頭上の影には気づいた様子はない。


「ノンさん、誰の邪魔も入らないって言ってたけれど……」

「まわりに、誰もいません、からね……」


アルトとリラは大して厚みのない絨毯にのって空中に浮かんでいた。

大人が四、五人は座れそうな広さの絨毯の四隅には、薄く緑に輝く小石が縫い付けられ、

絨毯は二人を乗せたあと、ノンの指示によって現在の位置まで浮かび上がっていた。


だが、リラは不安定な足場と慣れない場所への緊張によりずっと震えを止められず、

自分にしがみつくようにしている少女を気遣う青年。


(一緒に見に来れたのはいいけれど、こんな場所じゃ落ち着いて聴けないだろうな)


それに、と青年は自分の腕に感じるやわらかさに意識が集中する。


「あーあー、あーあのリラ」

「……」


声がとどいていない。

だめだ、このままではだめだ! 内心頭を抱えるアルト。

同時に脳裏には"誰の邪魔も入りませんからな"とささやく口髭の顔。

され邪念、と意識を舞台の方へと集中し、極力腕の感触を無視しようとしていた。


突風。


「きゃああああ!」

「うわっ!」


青年は絨毯を掴み、少女は青年の身体に深く抱きつく。

突風が過ぎる。

詰めていた息を吐き、大丈夫だよと声をかけようとして青年は気づく。

背中に感じるあたたかなぬくもり、ふたつのやわらかみ。

状況は、さっきより、悪化していた。


「あああああのの、あのあのリィィィィララアラ」


震える声で背に顔だけを向けると少女は先ほどより強く震えていた。


(いけないこのままじゃ!)


自分の理性も限界だが、少女の限界が先に来るのも明白。

なんとかして少女の気を保たせようと考えたとき、横笛の旋律が耳に入る。

聞こえてくるのは前方、舞台の方から。


そのことに気づき青年は、少女に舞台を見るよう言って前に向き直る。

絨毯から見える景色の大半を占める舞台中央には、いつもの普段着ではないエオリア。

礼服を思わせる白く整った服装に身をしつらえた若草色の男の少し前には、

髪の毛の色と同じドレスのような華やかな衣装に包まれたセリアが立っていた。

震えながらもアルトに促されて舞台に顔を向けたリラは、


「セリアさん……綺麗」

「うん、エオリアも凛々しいや」


地上にいる人々は静まりかえり、エオリアが奏でる旋律に耳を傾けている。

絨毯の上で聴いているアルトとリラも人々と同じように静かに舞台を見ている。

途中、何かに気づいたリラは左右を見るように顔を振り、

不審に思ったその様子を青年は疑問顔で見つめる。


「……リラ?」

「アルトさん、精霊が、精霊たちが踊っています」

「精霊が、踊ってる?」


アルトもリラと同じように左右を見渡すが、何も眼には映らない。

はっとした顔になって青年は少女へと振り返る。

少女は青年の様子を気にする事なく、何かに向かって微笑んでいる。

その顔にアルトは気づかされる。


「リラ、もしかして君の眼には……」


黒髪の青年がはっした問いかけは途中から力を失い、最後は聞こえなくなる。


包帯の少女は虚空へと手を伸ばし、上に向けた掌にのった何かへ包帯に巻かれた眼を向ける。

アルトには何も見えない、しかし、少女の動きを通して何かがそこにいることを知る。

笛の旋律が止む、そして再び笛の音が響きだしたころ、空へと通る少女の歌声が広がりだす。


祭りは、最後の夜を迎えようとしていた。

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