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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第五楽章 風の旅
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第三十六話 謳われる伝承

雪が積もった地面へと立つ、黒髪の青年の視界に映っているのは自身の三倍以上は高さのある、

やや潰れたような半円の形で岩が積み上げられた建物だった。

冷たく吹いている風に震えながらもアルトがよく見ようと眼をこらしてみれば、

建物にはいくつか奇妙なところが見受けられた。


それは建物上部は青白い岩の塊がくっついたようになっており、

入口近くには灰色の岩によって建物が構成されていたからだ。


「……エアリーさん、どうして建物の上部分は色が違ってるんですか?」


右手の人差し指で自らの言葉が示す場所を指させば、隣に立つ片眼鏡の龍翼人は頷く。


「アルト殿は千年前の大災害をご存知でしょうか」

「たしか大地全体を災害が襲ったと聞いていますけど」

「そうです。その折に風の図書館、いえ災害以前は風の塔と呼ばれていた建物は、

 吹き荒れる風や暴れる凶獣によって崩壊の危機にたたされていたと伝えられています」

「元々は塔だったんですか?」


驚いてエアリーへと振り向くアルトへ、龍翼人は言葉を頷きながら続ける。


「塔が建てられた当初は物見台として活用がされていたと聞きます。

 ですが、千年前の災害があったとき塔は吹き荒れる風などによって倒れかけました」

「どうなったんですか? 倒れかけて」

「……」


なぜか龍翼人はそこで口を閉じて、背中の後ろで手を結び言葉を止める。

どこか哀しむような眼をして建物上部を見つめ出したエアリーに青年が眉をひそめていると、

右耳にささやく声。


「えっ? 周り?」


ささやく声にしたがってアルトが建物の周りを見回すと眼に入ったのは、

建物上部と同じ色合いをした青白い岩が白い雪をのせて散乱していた。

すぐ間近にころがっている岩へと近寄ってみれば、岩に青年の姿が反射する。


青白くそして透明な岩は青年の姿を映すだけでなく、岩の向こうにある景色を透過して見せる。

同じ色合いをした大小様々な岩は建物周辺にだけ散らばっており街中には見当たらない、

そのことが青年の疑問を強めていく。


「このヴィーボがある岩山、山頂付近には風の大精霊であるネルギニス様が住まわれていますが、

 ネルギニス様を守護するように暮らしていた者達がいたのです」


視線を動かさぬままエアリーは独白するように言う。


「彼らは……ヴィーボに住む人々と触れ合い、互いが互いを風に仕える者として敬いあっていました。

 風の塔はそんな彼らが街の人々のためにと作り上げたものだったのです」


だから、


「千年前の災害で塔が倒れかけたとき、彼らは皆で塔を支えました。

 倒れてしまわないように、自分たちの思いが砕けてしまわないように、そう願って」


そこで龍翼人はアルトへと振り向き、言葉を続ける。


「彼らは力の限りを込めて塔を地面へと沈め、吹き荒れる風に襲いかかる凶獣にもかまわず、

 ただただ一心不乱に塔を地面へと沈めていきました」

「塔を、地面に?」

「ええ。そして最後には沈んだ塔を守るようにして上へと覆い重なり、

 荒れ狂う風にも暴れる獣にも傷つけられないようその身を持って塔を守ったのです」

「じゃあ、周りに散らばっているのは……」

「彼らの身体であったものです」

「エアリーさん……彼らって一体だれなんですか?」


青年がそう尋ねると、ふたたび龍翼人は悲しい眼をして雪の積もる山頂を見上げた。


「蒼雪の巨人、それが彼らの呼び名でした」


   ●   ●   ●


かつて塔であった建物の頂上へと設置された木造の大扉は内側へと開いていく。

外から差し込む光は内側へと二人分の影を古びた石造りの床へ伸ばす。

黒髪の青年と翼無き龍翼人の影。


自分の影に向かって二人が歩き出して建物内部へと入っていけば、

そこには床と同じように古びた石造りの壁に取り付けられている燭台の明かりに照らされた、

地下へと伸びていくように大人が四、五人は並べれそうな幅のある階段が螺旋に作られていた。


「うわあ……」


アルトは少し興奮した声とともに小走りとなって階段の手すり付近へ近寄ると、

螺旋階段の中央を地下深くまで突き抜けるよう四角形に空いた空間がその眼に入った。


見えたのは燭台が飾ってある角の柱以外の壁には、詰め込むように本が棚とともにはいっており、

広々と幅のある螺旋階段には老若男女が思い思いに座っては本を読んでいる姿があった。

ときどき中央の空間を龍翼人が本を携えて上へ下へと飛んでいくのも見える。


さらにはふたをするように幾多の巨人たちがおおいかぶさって出来た天井からは、

天から差し込む光が青白い色へと転じることで室内であることを忘れてしまうような、

雲間からのぞく空のような彩色によって古びた石壁が塗り替えられていた。


神殿地下にある暗がりの多い図書館とは違い、

上下に広く開放的な造りとなっているのもあってか、窮屈さを青年は感じない。

階段の手すりから見える上下の光景に見とれていると後ろから小さく笑う声。


「ここへ来られた方は皆アルト殿と同じような反応をするものです」

「あはは……元の世界ではこんな場所見た事なかったですから」


照れた感じで笑うアルトの横へと立ち、エアリーも笑みを浮かべる。


「かつて塔であった建物は地下へと沈められたのち、

 災害によって失われた風の図書館として新たな役目を得ました。

 それからは街の人々が憩う場として開放しつつ、学者らが集っては己の知識を深めてもいます」


小生もそのひとりですが、と付け加えて龍翼人は言葉を締めると青年が問う。


「と、いうことは元々の図書館はほかにあったんですか」

「ええ。大災害の際に焼け落ちてしまったので今は跡地が残っているぐらいですが、

 その際に失われずに済んだ本たちをどうするべきかと当時の人々が話し合った結果、

 さきほども述べたようにここを新しく図書館として使うことを決めたのです」


一息。


「彼らが沈めてまで守り通した塔を、街の人々もそのままにしておくのはしのびなかったのでしょう」

「……大事な、大事な場所として思われていたんですね、ここは」


落下防止として作られている手すりに両手を置きながら青年はつぶやく。

命を失ってまで守ろうとする、その行為に思いを馳せながら。

馳せつつ思い浮かぶのは藍色髪の少女、そのことを考えて少しうつむいたあと、

ゆっくりと顔をあげて青年は口を開く。


「エアリーさん、奏者が発するという、白い光について記された本はないんですか」


真剣な、それでいて僅かに怯えも含めた眼をしてアルトはエアリーを見る。

知らなければいけない、しかし知ってしまうことで知りたくもないことを知ってしまう、

知ることへの恐れを抱きつつもアルトは問いかけを続ける。


「俺、白い光がなんなのか、怖いけど知りたいんです。

 分からないと……分からないときっと守れない子がいるんです!」

「その結果、何を知ろうとでも、ですか」


言葉にアルトは力強く頷く。


「はい」


視線をそらさぬまま青年は瞳に力を込めて龍翼人を見つめる。

だが、エアリーは片眼鏡の居住まいを直したあと、小さく息を吐きだす。


「申し訳有りませんアルト殿、いますぐ白い光について記された本をお渡しするのは無理です」

「どうして、ですか」


エアリーは一歩踏み出してアルトの隣へと立ち、手すりから下を見る。


「見ての通り図書館には膨大な本があります。

 そしてその中から今すぐに目的となる本を探すのは、

 街の人々に手伝って頂いても難しいでしょう」

「そんなにあるんですか……」

「ええ、それゆえにここは風の図書館として大地に名が知れ渡っていますので」


だから、と言いながらエアリーは指を一本立てた。


「ひとつお約束いたしましょう」

「約束?」

「ええ、お約束です。

 アルト殿が元の世界へとお帰りになられるまでの間に、件の本を探しだすことをお約束します」

「本当ですか!?」

「本当です、司書を預かるド・トクサ家に誓って探し出すことをお約束しますよ」

「ありがとうございます!」


一転して笑みとなった青年は喜びながらお礼を言うが、

礼を受け取った龍翼人は内心では明るく言葉を受け取れなかった。


(アルト殿には申し訳ないですがすでに目星はついていることを、

 エオリア殿かブッファ殿にはお伝えしておくべきでしょうか)


幼少時より図書館である塔に入り浸り、長い歳月の果てに父親より司書の任を引き継いだときには、

エアリーにとって塔の本はすでに全て読み尽くしたあとであった。

それゆえに彼は図書館の本に白い光のことを記したものが無いことを既にわかっていた。


(あるとすれば、歴代奏者の日記が収められている旧図書館跡地の地下……)


そこへ入ることを許されているのは神殿の大神官のみであり、

大神官だけが持つ特殊な鍵が必要とされている場所。

内心を隠してアルトを伴って歩き出して図書館内を案内するエアリーは再び思う。


一体白い光とはなんなのか、と。


   ●   ●   ●


階段を二人が降りていくと螺旋階段の底から、本を読む空間には似つかわしくない騒がしい音が響く。

アルトがなんだろうと手すりから下をのぞくと、そこでは屈強な人族の男と岩石人たちが、

たくさんの木材を用いて足場のようなものを組んでいるところだった。


「エアリーさん、あのひとたちは何を?」

「あれはですね、演奏会用の足場を作っているのです」

「演奏会用の?」

「そうです。トロッポ会長より演奏会を開いて頂くとの連絡を受けておりましたので」

「トロッポさんとも知り合いだったんですか」

「ええ、会長からは写本を手紙でお願いされることがよくありましたので」

「……あの、しゃほん、ってなんですか?」


おや、という言葉とともにエアリーは意外そうな顔でアルトに振り向く。


「本を写すと書いて写本と言うのですが、ご存知ないので?」

「すみません、初めて聞いた言葉だったので」


叱られた生徒のようにばつの悪そうな表情となる青年に、

責めるでもなく龍翼人は苦笑を浮かべながら歩みを続ける。


「謝って頂く必要はありません。ただ……」

「ただ?」

「アルト殿の住まわれていた世界ではそういった言葉がないということでしょう」

「どうなんでしょうか。俺も学校で勉強してるぐらいしか知ってることありませんし、

 もしかしたら知らないだけであったりはするかもしれません」


その言葉にエアリーは思う、アルトの住んでいた世界とはどのような世界だったのか。


「アルト殿、ひとつお聞きしてもよいでしょうか」

「あ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます。この大地に生きる我々の姿、アルト殿には奇異に見えていますか?」


石造りの階段を降りながら青年の前を歩く龍翼人は振り向かぬまま尋ねる。


「伝承をひもとけば奏者らが住んでいたとされる世界には人族以外に言葉を話すものはおらず、

 精霊と呼べる存在もおらず、文明も文化もなにもかもがまるで異なっていると」


階段に座り込み、龍翼人の親がこどもに絵本を読み聞かせているのを二人は避ける。


「召喚された奏者のなかには、驚き戸惑いて人族以外を拒絶する者もいたとあります」


何冊も本を抱え込みふらつきながら階段を上がって行こうとする人族とすれちがう。


「さらには同じ人族に対しても髪や瞳の色を指して人ではない、と言ったものもいたそうです」


黙ってついてくるアルトを気にする事無くエアリーは言葉を重ねていく。


「ならば小生や岩石人、木霊族、まだアルト殿は出会っていないかもしれないでしょうが、

 人魚族らの姿を見てどう思われましたでしょう。

 気持ち悪い、人とはとても思えない、言葉を交わすのも嫌、そう思われたでしょうか」


人族、龍翼人、岩石人のこどもらが階段を駆け上がっていき、壮年の男性に注意を受けた。


「どうでしょうか、アルト殿」

「……最初は、召喚されたばかりの頃はまわりへの怖さより、もっと違うものが心にありました」


脳裏に思い浮かぶのは両親の姿や学校での友人たち。


「寂しい、ひとりでいることが寂しくてたまりませんでした。

 騒がしさや他人とともにいるときは紛らすことはできても、

 ひとりなったとたんに寂しさが襲ってきて、ただただ元の世界へと帰りたい気持ちで一杯でした」


でも、と青年は奥歯を噛み、口を動かす。


「多くの人が、この大地で生きている人々が俺よりもずっと頑張って生きている人々がいて、

 夢や目的がちゃんとあって叶えたり叶えようとしていたり」


地の精地で出会った学者やディオソで劇場を経営している夫婦が眼に浮かんだ。


「そんな人達を見て俺は、自分が情けなかった、です。だからこそ思うんです」


そばで支えてくれる若草色髪の男と橙髪の少女、

そして遠くで自分を思いながら支えとしてくれている少女を強く思う。


「この大地に生きる命と真っ正面から向き合っていきたいって」


蝸牛船にて自身が言い放った言葉を、青年は確かなものとして心に刻んでいた。

静かに前を歩いていた片眼鏡の龍翼人は足を止めて振り向いて頷く。


「強き思いを感じられる言葉です。ならば小生もアルト殿の友人となれますか?」

「! もちろんです!」


エアリーが差し出した堅い鱗で覆われた右手をアルトは嬉しそうに握り返した。


   ●   ●   ●


数日後、図書館のちょうど中央辺りの吹き抜け部分にそびえたつ丸い木造の足場には、

銀の横笛を構えたエオリア、リュートを手にたずさえたアルト、

二人よりひとつ高めに組まれた足場には橙髪の少女、セリアが立っていた。


足場周りにある螺旋階段には上下ともに街の人々がざわめきながら詰めかけており、

中央の足場に立つアルトはたくさんの視線にさらされていることに緊張を得る。


「図書館で、しかもこんな風に演奏するとは思いもしなかったなあ」

「なんだアルト、いまごろになって臆したのか」

「まさか」


すぐそばから、からかうように聞こえた声に動じることなく笑みで返す青年。


「昨日までの練習で音の響きが普段とまるで違っててさ、

 本番だとどうなるんだろうって楽しみの方が強かったよ」

「左右や奥へと広い場所はいままでもあったが、ここのように上下に広いところは初めてだからな」

「うん、リラにもいつかはここへ見に来てほしいな」


自分が見たものと同じものを彼女にも見てほしい、そうアルトは思う。


「そうだな、リラも旅に出る日がいつかあるだろう」

「俺がそのとき一緒にいられないのが残念だけどね」

「アルト……」


少し悲しそうに笑う青年を見て、男は思わず言葉を失った。

すでにアルトが、自らがいなくなったあとを考えていることに。


「おまえはまだここにいる、今はそんなことを言うな」

「エオリア……ああ、分かってるよ。

 今は演奏会をちゃんと街の人々に聞いてもらえるよう精一杯やる」


言葉を交わす二人へ向き直るようにしてセリアが振り向く。


「ふーたーりーとーもーしゃべりすぎー」

「ごめんごめん」

「黙ってる必要もないだろう」

「ふだん注意するのはエオリアなのになんでボクがしてるのさっ」

「いい機会だ、たまには自分の苦労を知るといい」

「おーこーとーわーりーでーすー」


舌をつきだして否定するセリアの様子にエオリアとアルトが笑っていれば、

階段と足場をつなぐ板から片眼鏡の龍翼人と杖を持つ背のちぢこまった龍翼人が歩いてきた。


「騎士殿、巫女殿、そして奏者アルト殿。お待たせいたしました」


エアリーの言葉に青年達は頭を下げて応える、同時に図書館内からはざわめきが消えた。


「それでは里長、お言葉を」

「うむ」


里長と呼ばれた背のちぢこまった龍翼人は、エアリーに促されてアルトへと一歩寄る。


「今代の奏者、ヤマハ・アルヒト様」

「はい」

「風の精地、ヴィーボに住まう者達はあなたと出会えたことを大地に感謝いたします」

「私もみなさんに出会えたことを大地の精霊に感謝しております」

「ではその感謝にヴィーボに住む我々は」

「ではその感謝に大地を巡る私は」


前もって用意されたやりとりに従うアルトと里長。

ふたりの声が重なって図書館内に響く。


「大地へと奉じる歌と伝承を持って返礼としましょう」


やりとりが終わるとともに聞こえたのは少女の声。

高い音から歌いだされるのは奏者の伝承。

この大地に生きるものならば誰もが聞いたことのあるものだ。


歌声とともに伝承が語られる。

過去、大地を巡り旅したという初代奏者の姿を。

大地へと喚ばれ、初めて大地へと降り立った奏者の姿を。


——その姿はなるもの、その振る舞いはなるもの、しかして意思は通じるもの。


橙髪の少女が謳う声に、上下の階段に並ぶ人々が追うにようして謳い出す。

高い声に先導されて大小高低さまざまな声が上下に広い図書館内を反響していき、

上へと下へとそれぞれ飛んでいく声は天井と底に反射してまた返ってくる。


——人でありながら人ではなく、人であらずとも人とあろうとする。


青年の耳には人々の謳う声だけでなく、上下に反射した声も同時に聞こえ、

頭からつま先まで、つま先から頭まで、音の波に震わされる。

そこへ横笛の音が混じりだす。


——大地へ歩むはよわき力、大地へ挑むはよわき意思、しかして大地は受け入れた。


高い声の調子に合わせて横笛は舞い上がるように、ときには流れ落ちるように音を合わす。

もうひとつの音、弦を弾く音も歌声に混じりだし、いよいよ合奏と合唱は高まりだす。


——地はの者に問う、大地の知をもって問う、彼の者は答える、命をもちいて答える。

——火は彼の者に挑む、大地の力をもって挑む、彼の者は応じる、命をもちいて応じる。

——風は彼の者に吹く、大地の声をもって吹く、彼の者は受ける、命をもちいて受ける。

——水は彼の者に穿つ、大地の理をもって穿つ、彼の者は対する、命をもちいて対する。


謳われる地水火風、四つの試練へ立ち向かう奏者の姿。

弦を弾く黒髪の青年は思う、初めて喚ばれた奏者は果たしてどう試練へと立ち向かったのか。

どんな思いを抱いて大地を巡ったのだろうと。


——彼の者は戦う、黒き獣に怯え恐れて泣く人らのために。

——彼の者は歌う、小さきなる人らが笑っていられるように。

——彼の者は阻む、硬き身に包む人らが過たぬように。

——彼の者はかける、翼持つ人らが二度と嘆かぬように。

——彼の者は繋ぐ、乾くことのない人らが手をとりあえるように。


五つの種族との触れ合いが歌われる。

かつてこの大地には種族間の争いやいさかいが絶えなかったという、

しかしいずれの事柄も過去の奏者によって解決されたことを伝承は示す。


——小さき人は言う、彼の者こそ大地の子であると。

——乾くことなき人は言う、彼の者こそ大地を繋ぐものだと。

——硬き身に包む人は言う、彼の者こそ大地と向き合うものだと。

——翼持つ人は言う、彼の者こそ大地が友と呼ぶものだと。

——人は言う、彼の者こそ大地に在りし奏者であると。


初代奏者を讃える種族の思いが歌われ、これにて奏者の伝承、その第一幕が終わる。

歌声と笛の音、弦の音は一度止まり、階段に立ち並ぶ人々も声を止めれば、

ひときわ大きな弦の音だけが図書館内を上下に貫いていく。


荒く激しい調子で弦は弾かれ、奏者の伝承、戦いにおもむく奏者を謳う第二幕が始まり、

今度は黒髪の青年によって謳われる声が先導して階段で謳う人々の声を引っ張っていく。


笑顔を忘れてしまった木霊族らのために笑おうとする第三幕では笛を吹かずに若草色髪の男が、

争いあう岩石人たちを止めようとする第四幕では再び少女の声が先導し、

自らの行いに嘆き哀しむ龍翼人のために奔走ほんそうする第五幕では青年が、

一方的な差別を受けて他種族と交われないでいた人魚族と手をとりあう第六幕では三人。


最後となる大地から奏者が姿を消す第七幕をもう一度三人が謳って演奏会は終了した。


   ●   ●   ●


二時間近くにわたって行われた演奏会は図書館の上下からひびく拍手によって、

無事に終わりを迎えていた。


雪風が舞う土地とはいえ、大勢の人がつどった図書館の室内は熱気でこもっており、

上に下に左右にと頭を下げた青年の顔には大粒の汗がたれていた。

アルトが首周りの布を広げて空気を扇ぎ入れていると涼しげな風が周囲に巻き起こる。


見ればすぐそばの階段から片手をひろげている片眼鏡の龍翼人がおり、

その隣では背のちぢこまった龍翼人の里長が頭を下げて言葉を述べる。


「奏者様、それに騎士様に巫女様、素晴らしい演奏会をありがとうございました」

「いえ、まだまだ未熟なこの腕ですが、喜んで頂けたならば幸いです」

「……ねえ、エオリア。アルトいつのまにあんな丁寧に話すようになったの?」

「……大方練習からのやりとりがまだ抜けていないのだろう」


こそこそと後ろで話す二人に笑みをひきつらせながら、アルトは里長と話す。


「いやいや、今代の奏者様は先代に負けず劣らずの腕ですじゃ」

「里長様は先代の奏者を知っておられるんですか?」

「知ってるなにも実際にお会いしたことがありましての」

「え、じゃあ百年以上生きてるんですか!」

「ほほ……生きてるというより生きながらえたというか、

 街一番の老いぼれに過ぎないものでして」

「そんなことないですよ、長生きするのだって楽には思えないですし」

「ほほ、そう言ってもらえると嬉しいですのう」


地面へと垂れている長い髭をいじながら里長が笑うと、エアリーが言う。


「アルト殿、ちなみに騎士殿の養父であるラルゴ殿は先代の騎士であったのです」

「ええっ!? そうだったのエオリア!?」

「そういえば教えていなかったな。親父殿は今年で百七十ぐらいと言っていただろうか」

「ほほ、ラルゴの奴めは二十にもならないうちにここを飛び出していって、

 やっと帰って来たかとおもえば奏者の騎士になっていてたまげましたのう」


驚く青年をよそに男と歳老いた龍翼人は互いに頷きあう。


「里帰りかと思えばそばには見慣れない人族の男がおり、

 当時は……自警団を仕切っていた儂に馴れ馴れしく話す胡散臭い奴に思えましたわ」

「胡散臭い、ですか」

「アルヒト様より十かそこらは上の歳でして、なにやら怪しい話し方をしてましたな」


懐かしむように顎をさすりながら里長は語りを続ける。


「どこの喋り方とも思えない、しかしそれでいて聞こえの悪くない不思議な話し方でのう。

 ラルゴの奴なんかは旅をしているうちにうつってしまったようで、

 二人して同じような喋り方をしておって騒がしいわやかましいわで」

「……そんな変な話し方でしたか? 普通に丁寧な喋り方をしてたと思うんですけど」

「おや……アルヒト様にはその話し方をされてないようですな」

「どうなんでしょうか。ラルゴさんとはあまり話したことがないですし、

 騎士団の方々は神殿にいないことが多いってのもありますけど」

「ほほ、なにか思うところがあやつにもあるのでしょう」


その言葉にエオリアは朗らかに笑う姿でいる自分の養父を思い浮かべた。

笑顔で昔話をよくしてくれたものだが、その瞳には様々な感情が込められていたのが今では分かる。

敢えて青年から距離を取るようにしているのも理由があるのだろう、と。


「む? さっきから黙っているようだが、セリア?」


ふと気になってエオリアがうしろへ振り返ると、

一段高く作られている足場に寝転がってお腹をおさえているセリアがいた。


「なにをやっているんだおまえは……」

「おなかすいたー……あとつかれたぁー」


すでに人々がいなくなった図書館内に少女の腹から鳴る音が響く。

苦笑する青年と顔を手で覆う男、片眼鏡と老いた龍翼人らは咎めることもせず笑い、

笑った顔のままエアリーは次の行き先を口にした。


「それでは巫女殿が大好きな食事の待っている食堂へ向かいましょうか。

 そして、休憩をお取りになられたあとは風の大精霊様のもとへ案内いたしましょう」


   ●   ●   ●


昼をまわっての午後、まだ夕方とも言えない早い時間だがすでに周囲は暗くなりつつある。

雪道を歩いてきたときと同じように防寒の装束へと身を包んだアルトたちは、

風が強くなってくるなか同様の装束を着込んだエアリーを先頭に傾斜のある雪道を歩いていく。


行き先は岩山の頂上。

ヴィーボ自体が山の頂上付近に作られた街であるため、頂上までの距離はさして無かった。

だが、アルトには疑問が沸く。


「エアリーさん、どうしてこんな時間に大精霊様のもとへ行くんですか。

 周りは暗くなってきてますし、明日の明るい時間でもよかったんじゃ?」


片眼鏡のうえに手をかざしながら歩く龍翼人は、振り返り答える。


「実は……風の大精霊様、ネルギニス様は明るい時間にはおられないことが多いのです。

 なるべく暗くなったころ、ちょうどいまみたいに風が強くなりつつある頃合いだと、

 お住まいへとお戻りになっておられることがありまして」

「そうだったんですか」


エアリーの言葉を聞きながらアルトは風の大精霊はどんなのだろうと想像しつつ歩く。

歩いているうちに見えてきたのは吹雪く景色のなかそびえる岩山の山頂。

アルトたちが見上げる山頂の正面には明かりすらも差さない闇だけの洞穴があった。


「ここが?」

「いえ、ここより先に進んだ場所へネルギニス様はおられます」


そう聞いた瞬間、青年の耳には地響きにも似た音が聞こえだした。

一体なにが、と思ってアルトは剣を抜いて構えるものの、左右にいる騎士と巫女は動かない。

不審に思って龍翼人を見れば、同様にじっとなにかを待っている。


すると右耳にささやき。


「……さびしいひと?」


どういう意味なのかと、ささやく声に問おうとしたとき光の差さない洞穴の奥から、

巨大な姿がゆっくりと地響きをたてながら現れた。

現れたのはアルトの三倍以上はあろうかという青白く大きな人。


否、人というには欠けている部分がある。

頭部だ。


全体からすれば小さめな胴体に太く大きな手足。

全身には透き通るような薄い青と白色が入り交じり、見ているだけで冷たさを感じるほど。

そして頭部があるべき部分はなにもなく、首の根元らしき辺りには、

かつてなにかがあったとそう思える荒々しい切断面が残っていた。


アルトがハッとなってエアリーを見れば、図書館へと案内してもらったときと同じ、

悲しみを宿した表情がそこにあった。

まさかと思って黒髪の青年は目の前に立つ巨人を見上げる。


千年前の大災害にて唯一生き残った、ただひとりの蒼雪の巨人を。

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