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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第五楽章 風の旅
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第三十二話 想い食らう影

「さよぉーうならぁー! またお会いしましょーう!」


黒髪の青年が声を送る先、吹雪をものともせずに進んで行く蝸牛船の姿。

アインザッツ号の船尾には船長を始めとした船員たちが並んでおり、

全員が青年たちへと手を振りながら大声で別れの挨拶を告げている。


その後ろからは山吹色髪の少年が、大小様々な火薬玉を放り投げて空中で爆破させ、

白く吹雪く空間内を色付きの煙で染めていった。


「わあ……綺麗だ……」


強風によって色付きの煙は細く流れていき、交差したり重なったりと形を変えていき、

言葉では言い表せないような広がりかたをしつつ青年の視界を染めていく。

そのうち花が咲くように上下左右へ細かった煙の帯は太く薄く展開していって、

最後には薄くなって白い風のなかへと散っていった。


身体に吹き付ける寒さすら忘れて見入っていたところで後ろから声がかかる。


「ア~ル~ト~は~や~ぐ~」

「変な言い方はよせ」

「だってーだってーさーむーいー」


青年が振り返ると、わずかに雪を積もらせた厚手の長衣と頭巾を被った男女。

橙髪の少女はがたがたと震えながら両腕を交差させており、

反対に若草色髪の男は赤い大剣を背負い、背筋を伸ばした姿勢で立っていた。


同様の格好をしている青年は、対照的な二人の様子を見て思わず笑いながら言う。


「セリアは暑いのも寒いのも駄目なんだね」

「昔からこうだ。以前に来たときなど馬車から一歩も出ようとしなかったぐらいだ」

「うーるーさーい。エオリアみたいに鈍いわけじゃないのー」

「鈍い? 鈍いと言ったか!?」

「……だってー鈍いじゃーん」

「……そうだな、すまん」

「え? え?」


いつもの掛け合いが始まると思った矢先、

急に謝ったエオリアの態度にアルトは戸惑う。


「なに、どうしたのエオリア?」

「……セリア、アルトも大概だと思うが」

「……うーん、でもリラに対してはそうでもないんじゃない?」

「なんの話しをしてるんだよっ」


話しの先が分からず、思わず青年は語気を荒げる。

その様子に少女は半目になって微笑を浮かべ、男は目線をそらして黙った。

普段見せないおかしな様子に眉をひそめる青年。


「なにか、あったの二人とも?」

「んーそのうちねー」

「……ん。それよりも早く進むぞ」

「なんか誤摩化されてるような……」


納得のいかない顔をしつつ青年は、

男女を先頭に後をついていく形で吹雪く雪道を進みはじめた。


   ●   ●   ●


一歩、また一歩進むたびに足底が雪にうまっていく。


青年が見下ろす視界の先、自分の足がふくらはぎから先が見えていない。

すねまでを覆う厚底の長靴と全身を包む厚手の装束、

そして胸元に垂らした赤い石のおかげであまり寒さは感じない。

だが足先は容赦なく地面に積もった雪へとうまっていき、冷たさをうっすら伝えてくる。


「精霊石って便利だな……」


それでも休まず足を動かしつつ、青年は独り言をつぶやく。

胸前でぼんやりと光る赤い石は、薄く赤い膜を青年の身体にまとわせ襲い来る吹雪を軽減していた。


「これがあっても寒がるセリアは相当だな」


小さく笑みを浮かべながら先を行く二人を見れば、同じように薄く赤い膜に包まれている。


「んーなにかきこえたー」


突然、少女が立ち止まり、頭巾の上から耳元に手の平を当てて周囲を見始めた。

自分のつぶやきが聞かれたのか、と思い青年は一瞬慌てるが、

後ろを振り向かずに左右を見ている少女の姿を見て安堵の思いを得る。

数歩先を歩いていた男も立ち止まり少女へ問う。


「セリア、どんな音が聞こえた?」

「んーなんだろ、こうなにかが泳いでるような音?」

「なんだそのはっきりしない言い方は……」

「耳も覆ってて吹雪いててちゃんと聞こえるわけないじゃなーい」

「まあいい。それよりも用心はしておくべきだな」

「だねーアルトーいちおう警戒しておいてねー」

「わかったよー」


少女は両手で口元に筒を作るようにして声を出して、青年に言葉を届ける。

その言葉に手を振りながら答えたあと、青年は相変わらず白く染まる視界を見た。

映るのは雪が厚く積もった地面と、左右に別れて立っている細く長い樹々の姿。


「いかにも雪国って感じだよなあ」


昔TVや雑誌などで見た北地方の風景が思い浮かんでくる。

屋根から雪を下ろしている様子や、こたつで暖まっている絵などが浮かんでは消えていく。

そういえば、と思い出せば冬はこたつでみかんだよなあ、となつかしさに一人思い出し笑い。

ほかにもいろいろと思い出しながら、前を行く二人を見失わないよう追いつつ、さらに思う。


(リラ……神殿での仕事頑張ってるかな。風邪とかひいてないといいけど)


ひとりの少女の笑顔、それを思い出して左胸が疼く。

歩きながら左胸に手の平を当て、疼く自分の身体に対して青年は問いかける。


(これ、なんなんだろう。どうしたら、いいんだろう)


旅を始めてからも出会った女性はたくさんいた。

神殿や、パストラや、地の旅で、火の旅で、そしていまの風の旅でさえも。

だが出会った女性どれらも思い出しこそすれ、胸が疼くようなことは無かった。


不意に眼のなかへ雪が入り、冷たさを感じるとともに涙が出る。

雪はすぐに消えて涙と一体化し、手袋をはめた手で拭えばすぐ背後へと消え去った。


(涙……俺はリラのために泣いて、リラは俺のために泣いてくれた)


記憶が掘り起こされるのは数週間前のこと、倒れたリラのもとへ駆けつけたとき。


「あのとき、どうして俺はあんなに苦しかったんだろう」


歩みながらつぶやく。


「どうして、リラを失いたくない。そう思ったんだろう」


つぶやく。


「どうして、リラなんだろう」


つぶやきは、風に消えていく。


「いずれ、終わる旅なのに……」


風は言葉の最後を吹き消した。


   ●   ●   ●


「……!? ……! ……ルト! アルト!」


強く名を呼ばれた、そう分かった瞬間、青年は俯きがちだった顔を跳ね上げた。

左胸を握ったまま吹雪く前方を見れば、エオリアとセリアは立ち止まり、

それぞれが赤い大剣と弓を構えて前方を見据えている。

何事かと青年も白き剣を抜いて構え、問いかけた。


「エオリア! なにが来るんだ!?」

「わからん! だが油断するな!」

「……そこっ!」


鋭く叫んだ少女の声は、雪上に飛び出た影を射止め、木肌に縫い付けた。


「白い、魚!?」

雪食魚ゆきぐいぎょだ! もっとも食らうのは雪だけじゃないが!」

「アルト! 近くから聞こえる音に気をつけて!」


矢をつがえることを止めず叫ぶセリアの声を聞いて、アルトは耳に注意を傾けた。

すると聞こえてくるのは、なにかが白い雪をかき分けて進む音。

音は青年の左後ろから。


ハッとした顔でそちらを向けば、雪のなかから身体へと向かって飛んでくる姿。

手の平ほどの大きさをした白い魚は、口元に小さくも鋭い牙を並べて襲いかかって来た。

近過ぎる、その思いとともに身体を捻れば、空いた空間を魚が過ぎ去る。

が、一息つくまもなく次の雪食魚が飛びかかって来た。


「くっ!」


捻った直後の身体ではかわせず、剣を握る手をはなして手の甲ではじく。

だが魚は数匹どころではない十数匹の規模で三人へ襲いかかる。

襲いかかってくるのをそれぞれに弾きながら青年は脚を動かし、二人へと声を掛けた。


「エオリア! セリア!」

「わかってる! 背中を合わせるぞ!」

「りょーかい!」


声を掛けた青年へ二人は頷きと声を返し、魚を弾きながらアルトと合流。

そのまま背中を合わせ、襲いかかる魚を剣を手を足を使って弾きとばす。

だが、腕を振り上げ、脚を突き出し、剣を横薙ぎするも数は一向に減らない。


「ごめーん。ボク、もう、きついかも」


背中伝いから感じる少女の鼓動は速い。

すでに襲われ出して数十分は経っている、アルトはそう思いながら少女を見れば、

苦しそうに白い息を短い呼吸で吐き出しているのが見えた。


(俺とエオリアは大丈夫だけど、セリアが持たない)


ちらりと赤い大剣をふるっている男と視線を合わす。

どうする、そう視線は問いかけていた。

その視線に答えるように大きく頷いて青年は言う。


「エオリア、周囲を炎で焼ける?」

「難しい注文だな。だがやってみせよう」


言葉とともに男は逆手に赤い大剣を構え、僅かな間に刀身へ炎をまとわせ、勢いよく雪の地面を突く。

熱風が、雪を溶かしながら剣を中心に広がる。が、広がっただけだった。


「……で、どうなったのかなー?」

「すまん……風の影響が強く、熱が上がらなかった」


問いかけた少女の声に返ったのは、ばつが悪そうに言う男の声。

おいおい、と内心に思った青年の横、少女は大きく息をひとつついて声を出す。


「ちょっと閃いた」

「え、なにを?」

「それっ!」


左手に弓を持って、少女は右手を魚が襲いかかってくる方へとひるがえした。

右手が白い空間をひるがえれば生まれるのは水の粒たち。

指先から垂れるぐらいの小さい水の粒が瞬間的に生まれ、魚の飛ぶ先に舞った。


その結果。


「魚が、動かなくなった!」


青年と男が見ている先、水の粒に当たった魚は雪中にもどらず、雪上に身を横たえて動かなくなった。

アルトが眼を細めて魚をよく見れば、魚は身体の部分部分を透明な氷に包まれていた。


「これだけ、寒いんだから、すぐ凍る、んじゃないかな~、ってね」


息を切らせながらセリアは愉快そうに声を出して、青年と男の周囲を回りながら水滴を放つ。

飛んでくる魚にぶつかるよう放たれた水滴によって、次々と雪食魚は動きをとめていき、

その数が数十匹におよんでようやく周囲から音が止んだ。


「セリア、大丈夫?」

「ちょ、ちょっと、ううん、かなーり、きっつ、きっついかも」


回るのを止めて、動きを止めた少女は両手を膝に当てて呼吸を繰り返しており、

動き回っただけでなく精霊術の使用によっても消耗していることが伺えた。

荒い呼吸を何度もしているのを心配そうに見ながらアルトは言う。


「ちょっと休憩していこう」

「だ、だめだめ、いまの、で、時間、とっちゃった、から」


しかし、セリアは青年の提案を断り、このまま進む意思を見せる。


「いや、でも、そんな様子じゃ……」

「だ、だいじょーぶ、だって!」


迷惑を掛けまいとする少女の姿に、どうしたらいいか迷っていると、エオリアが動いた。


「ひゃん!?」

「これならば問題ないだろう」


赤い大剣を、背中に吊った鞘に収めた男が少女を両腕に抱き上げた。

息が切れていたこともあってセリアは抵抗することもできず、エオリアに抱き上げられる。

その様子に、アルトは口を半ばまで開けて見ていた。


「む? どうしたアルト? 行くぞ」

「え、あ、うん……すごいなエオリアは」

「? なんのことだ?」

「ううん、わかんなくていいよ」


青年が見ている先、男の両腕に抱かれた少女は小さい声で「ばか……」とつぶやいた。


   ●   ●   ●


昼を迎えたころの時刻、神殿の地下図書館。

地上からの階段をおりてすぐそば、受付代わりに置いてある長机と数脚の椅子。

椅子のひとつに腰掛けているのは、白い神殿装束に身を包んだ藍色をした長髪の少女。


少女はひとりで受付の番をしながら、手元に古びた本を開いて置いていた。

一枚一枚、ゆっくりと四色に輝く眼へ通していきながら、少女は内容を読む。

次の頁へと右手で頁を開いたとき、視界がまどろむように変化を起こす。


(また、視界が……)


すでに何度目かの体験を思い、少女は視界の変化に意識を集中した。

ぐるぐると回転するかのようにまどろんでいく視界は、やがて鮮明な画像を映す。

見えたのは晴れ渡る空の下にある湖畔。


どこの湖だろうか、そう思いながらリラは周囲を見回す。

見えたのは湖近くに立てられた小屋。

普段通りに歩こうとすると、視界が小屋へと近づいていく。


「どうなってるんだろう……」


つぶやいた声は音にはならず、自分の意識だけに響く。

小屋の前へとたどり着き、少女はどうしたものかと近くをぐるりと回った。

すると小屋の内部が見える窓が見つかる。


「今回はどんな人がいるのかな」


視界を動かしながら考えるのは、いままでのこと。

アルトの手紙を読んだ日から、文の書かれた書物に触れると意識がまどろみ、

視界が転じていることが何度もあった。

最初の数度はとまどったが、そのうちに見えているものがなんであるか分かって来た。


「だれの、どんな思いが込められているんでしょうか」


少女に分かったのは、書かれた際に込められた思いを自分は見ているのだということ。

だが、確証はなく、書いた本人もそばにいないため、確かめることはできていない。

両手を胸前に当てる動作を意識する。


「それでも、私が見ているのは、どうして?」


もう何度目かになる答えの出ない問い。

問うた瞬間、小屋の扉が開き、なかから誰かが出て来た。

驚いて横へどくようにして視界を移動させると、見えたのは年老い腰を悪くした老婆。


「こんなところにおばあさんが?」


小屋の周囲にはまるで人気がない。

それなのに老婆は小屋にひとりで住んでいた。

日がのぼれば森へと木の実や食べれる植物を採りにいき、

小屋へ戻ってくれば採って来た植物を使って一日中調合をしている。

たまに森に住む動物が興味本位でやってきては、老婆から餌をもらい帰っていく。


「どうして、ひとりで……」


答えぬ老婆への疑問は、少女の内心に留まったまま。

夜は暖炉に薪をくべて暖をとり、前後へと小さく揺れる形をした椅子に腰掛けて、

老婆は調合の結果から得た効能などを白い手帳へ書き込んでいく。

穏やかな、それでいて楽しそうな表情だけを浮かべて。


「ひとりなのに、でも寂しそうにも見えない」


どこか満ち足りている、そう思わせる老婆の顔を見て少女は思う。

なぜ彼女は満ち足りているのだろうか、と。

揺れる椅子に座る老婆から視線をずらすと、視界に映るのは書物の数々。


日に焼け色褪せた本棚に、同様に色褪せた書物がぎっしりと並べてあり、

どれもが厚い表紙で保護されてもいた。

少女は意識を本棚へと移動させ、並べてある書物の名を見る。


左から右へと視線を動かす。

そうして頭に入ってくるのはどれもが物語を記した本だった。

奇妙なことに、どれも少女が読んだことのある本ばかりだった。


「えっ……?」


そのことに気づき、少女は老婆を見る。

椅子の背もたれに隠れてしまうくらい小さい老婆の背、少女が見るのは老婆の頭部。

視点の移動を意識して、椅子の正面へと少女は向かう。


老婆の正面、すこしだけ少女はどうするか悩んだあと、正面から老婆を見た。

後頭部にて括った髪は色味の薄い藍色、そして手元を見る瞳は錆色。

そして少女は気づく、目の前にいる老婆が何者であるか。


瞬間、意識が変じた。


気がつけば周囲は蝋燭の明かりだけで照らされた空間、少女は意識がもどってきたことを知る。

自分の身体へ戻って来たことにほっとしつつ、いま読んでいた書物の名を見た。

そこには『調合薬考察』と銘打たれ、表紙裏をひらくと著者名が書かれており、

視線をそこへ合わせると眼に入ったのは、


フィーネ・ラメント。


少女が見た老婆の名前があった。


   ●   ●   ●


静かになった雪道を歩き出して数十分後、ふたたび青年たちは雪食魚の群れに襲われていた。

すでに体力を回復していた橙髪の少女も地面に立ち、先ほどと同じやりかたで魚を凍らしていく。


「も~なんどもなんどもやるとつーかーれーるーのっ!」


少女が叫びながら言う横、凍らず飛びかかってくる魚を弾く二人。

無言で雪食魚をはじく青年と男、しかし二人が吐く息は荒く、すでに限界が近いことを示している。

凍って動きを止めないかぎり何度でもしつように襲ってくる雪食魚は、

すこしずつすこしずつ三人の体力をけずっていく。


そして、


「いたああああああ!」

「セリア!?」


数匹以上に襲いかかられ少女の衣服が噛みちぎられる。

雪食魚たちが狙いをセリアだけに絞ったのだ。

衣服を噛みちぎられると同時に、傷を受けたのか少女は雪の地面へとしゃがみ込む。


「セリア、どこを怪我した!?」

「……お腹と右腕」

「そうか。アルト、自分が前に出る! おまえは後ろを頼む!」

「わかった!」


聞こえた声とともに青年は少女の背後へかばうように動き、男は反対に動いて魚を弾く。


焦りと不安、ふたつが同時に心に沸いたが、エオリアの声で沈ませて、眼前に集中する。

しかし、魚の数は減るどころかどんどん増えていき、一度に襲いかかってくる数も数匹以上。

さらに先ほど見せたセリアへの集中攻撃と似た、ふたりへの集中攻撃。


弾いている間に別の魚が衣服を食いちぎり、身体に傷を負わせていく。

くっ、思わずうめき声を漏らしながら青年は声を出す。


「エオリア! こいつらさっきまでとは違うぞ!」

「ああ! 動きがおかしい!」

「……」

「セリア、なにか言ったか?」

「……なにか、聞こえる」


連続する魚を弾いている最中、少女がつぶやき男が注意を逸らした瞬間だった。


「! 目の前、来る!」


腹部と腕をおさえていた橙髪の少女は、男がいる方向を見て叫んだ。

叫んだ方向へ男と青年は同時に見る。

次の瞬間、見えたのは大きな、大きな丸い影。


一瞬、それがなんであるか三人は理解できなかった。

理解できていなかった、だが若草色髪の男は反射的に身体を動かしていた。

すぐそばにいた橙髪の少女だけを掴んで。


青年の見ている先、自分を飲み込む大きな影が迫ってくる目の前、

少女が右手をのばしながら男に引っ張られて横へと移動していくのがゆっくりと映った。

少女の右手を取ろうと、青年は右手を伸ばす。


伸ばす、伸ばした、伸ばしきった。


その瞬間、青年の視界と意識は暗転した。


   ●   ●   ●


「アルトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


エオリアに抱きしめられる形となったセリアは悲痛な声をあげていた。

彼女の右手が握っているのは肩から手までしかない、青年の右腕。

右腕の断面からは雪を染める血が垂れており、右腕は小さく痙攣を繰り返している。


「あ、ああ、あああああああああ」


突然の出来事に少女は耐えきれず嗚咽を漏らし、吹雪くなか声を放つ。

少女を抱きしめる男は呆然とした表情で青年がいた場所を見つめていた。

そこには人の数倍はあろうかという穴が雪中にあいており、巨大ななにかが通った跡があった。


「エ、エオリ、エオリアァ! アルトが、アルトがああ!」


エオリアの腕のなかで少女は泣き叫んでいる。

だが、男にはセリアの声は届いていない。

なにが起きたのか、まるで理解ができず、ただ呆然とすることしかできなかった。


呆然とする男、泣き叫ぶ少女、彼らの背後からは吹雪のなかを飛んでくる翼が近づきつつあった。


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