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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第五楽章 風の旅
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第二十九話 新たな風吹く

騎士団が神殿へと帰還してから三日後の朝。


早起きした橙髪の少女は、日課としている声出しをしながら、神殿の周囲を散歩。

冷え込み始めた空気に肌を震わせながら、声出しを終え、近くの石に座って歌う。

高く、細く、そして遠くへと届けるように歌う声。


小鳥がさえずるように歌は始まり、座った石からぶら下げた脚でリズムをとる。

鳥が鳴くように、時には短く、時には長く歌い、少女は声を出す。

歌っているうちに弱かった日差しは、徐々に高さをあげていき、暖かさを増す。


両腕を高く伸ばして少女は歌い続ける途中、なにかに気づく。

はっとした顔で少女は神殿正面へ顔を向ける。

向けた先から聞こえるのは数頭の馬が出す土を蹴る蹄の音。


少女の表情が一気に明るくなり、座っていた石を蹴って少女は走り出した。

砂利をかきあげ、足下をさえぎろうとした小動物を跳び越え、

歌うのも止めて少女は息を切らしながら走る。


そして、神殿正面にたどり着き、馬の上で手を振る老人と青年を見て、


「おかえりなさい!」


そう叫んだ。


   ●   ●   ●


黒髪の青年と老人は馬から降り、橙髪の少女へ声を掛ける。


「ただいまセリア」

「いま帰りましたよ」

「もーおかえりおかえりー二人とも~」


息を整えながら少女は声に応え、そのまま二人の背後を見て言う。


「後ろの荷馬車にいるのはエラおばさんと……え、もしかして? リラ?」


青年たちの馬の後ろには草花を積んだ荷馬車。

荷馬車の台座には金髪の女性と、眼を開いた藍色髪の少女がおり、

頭に灰色の布をかぶった、藍色髪の少女は恥ずかしそうに頷く。


「は、はい。お久しぶりです、セリアさん」

「うん……リラ、よかった。包帯、はずせるようになったんだ」

「! はい……」


柔らかい笑顔で橙髪の少女は、藍色髪の少女を見る。


「挨拶はあとにしてセリア、あんたも花おろすの手伝ってくれないかい?」

「えー早起きしてあさごはんもまだなのにー」

「身体動かしたあとの飯は美味いって言うじゃないか」

「たしかにそうだけどさー」


愚痴る少女の前と後ろで小さな笑いが起こる。


「あ、リラとアルトなにわらってるのー」

「ふふ、ごめんなさいセリアさん」

「なんだか久しぶりにセリアの愚痴聞いたな、と思って」

「二人ともひっどーい!」


言葉とともに笑いが起こり、ひとしきり笑ったところで老人が口を開く。


「さて、それでは僕は神殿に帰って来たことを報告に行きます。

 アルト君はそのままエラールさんのお手伝いをセリアとともにしてあげて下さい」

「わかりましたブッファさん」


そのやりとりに橙髪の少女は、あっとなり言葉を挟む。


「そうだお父さん、いま騎士団のひとたちも帰ってきてるの」

「そうでしたか、どうりで蹄の跡がたくさん残っているとは思ってましたが」


ふうむ、と悩んだ顔を見せた老人は、


「これは色々と説明をする相手が増えましたね……」


少しばかり遠くを見るような眼で言葉をつぶやいた。


   ●   ●   ●


荷馬車から草花を降ろしながら橙髪の少女は、藍色髪の少女に尋ねた。


「そういえばリラ、エラおばさんの手紙では病気だったって聞いたけど」

「はい、ちょっと無理をしてしまったせいで倒れてしまいました」

「えー、む、無理したってなにしたの?」

「それは……」


言葉を濁すように、植木鉢を手に持った藍色髪の少女は、

反対の位置から草花を降ろしている青年を見る。

荷物を降ろしていた青年は少女の目線に気づき声を出した。


「ん? どうしたのリラ?」

「あ、い、いいえ」

「そっか、あーなにか重いのあったら代わりに持つからさ、なんでも言って」

「はい、いまは大丈夫です」


お互いに頷きを返して青年との会話は終わる。

ふう、と少女が息をついた横で橙髪の少女は笑みで言う。


「うんうん、そうだよねー」

「なにが、ですか?」

「だってリラがさ、無理することってひとつしかないなあとおもって」

「……」

「アルトからもらった種、咲かせようと頑張ったんだよね」

「はい」


地面に置こうとした手を止め、藍色髪の少女は、声を落とす。


「でも、咲かせれませんでした」


俯いた視線となった藍色髪の少女を見て、

そっと、橙髪の少女は隣で植木鉢を抱えていた少女の頭に手を置く。


「いいこいいこ」

「セリアさん……」

「いーのいーの、だってだってさ、リラは枯らそうとしたわけじゃないでしょ」

「はい。だけどーー」

「だから、だよ。一生懸命、育てようとした、だけでもいいじゃない。

 アルトは咲かなかったからといって怒る人じゃないでしょ?」

「……はい」


布をかぶった少女が頷くのを笑みで見届けた橙髪の少女は、

ひときわ大きい草花の包みを両手でかかえ持ち、足を神殿へと向けた。


「よぉっし! いろいろとお話するのはご飯たべながらにでもしよう!

 エラおばさーん、これだけ運んだらリラとご飯行ってもいい?」

「ああ、構わないよ。残りはアル坊がいるからねえ」

「げっ、おいセリア、俺だって朝飯まだなんだぞ」

「あーあーなにもきこえないーごはんがーボクをよんでるー」

「ふふっ、ほんと、セリアさん相変わらずですね」


   ●   ●   ●


くるくると回転しながら橙髪の少女は両手で抱えた袋を持って、

藍色髪の少女とともに神殿へと歩いていった。

青年は金髪の女性とともに積まれた布袋を荷台から地面へと置き、いくつか置いたところで一息。


「エラールさん、地面に置いた袋はどこまで持ってけばいいですか?」

「そうだねえ、あとで神殿の人達にも手伝ってもらうから、今はそこに置いといていいよ」


わかりました、と答えて青年は再び別の布袋をおろしだす。

隣で同じように袋をおろしながら金髪の女性は口を開く。


「あんたもご飯食べたかったら行ってもいいんだよ?」

「ははっ、セリアほど餓えてるわけじゃないから」


苦笑しつつ青年は言葉を続ける。


「それに運ぶのを手伝った荷物だし、ちゃんと最後まで手伝いたいですし」

「ほーう、いっちょまえに責任という奴を覚えてるじゃないか」

「……そういうの、自覚するようになったのは最近ですけどね」

「いいさいいさ、自覚できるようになれば、自覚してない頃よりましだろうさ」


でもさ、と続く。


「自覚したからといって、そこで止まってたら意味ないからねえ」

「はい」

「返事だけは誰でも良くできる。あとは行動に見せることさ」

「わかってます。俺は、俺の役目をしっかり果たします」

「ふふん、言うようになってきたじゃないか。これはいい加減坊や呼ばわりも終わりかねえ」

「それは最初から止めてくださいって頼んでるじゃないですか」

「じゃあ止めないでおこうかね」


勘弁してくださいよ、と青年が苦笑する。


「それよりも、リラのことなんですが」

「……あんたは余計な心配しなくていいさ」

「心配、させてください。俺のせいでもあるんですから」


青年は荷物をおろす手をとめ、隣に立つ女性を見る。


「リラが急に元気になってから、ブッファさんから色々話を聞きました」

「あの人も余計なことを言うもんだねえ」

「いえ、俺から聞いたんです」


冷たい空気がときおり吹くことにも微動だにせず、青年は表情を固くする。


「リラの病気はいまのところ治す方法がない、それなのにどうして治ったのか」


青年は左手首にはめられている腕輪を触り、言葉を続けた。


「一緒にいた俺には分かるんです、きっとこの精霊の腕輪が関係してるんだと」


大精霊からの歌を収める器、そう聞いていた腕輪には自身には知らないなにかがあると。


「俺が駆けつけたあの夜、はっきり覚えてるわけじゃないけれど、

 光がリラを包んでいくのが見えたんです」


言葉とともに目線が右腕の腕飾りへ向く。


「ひとつは翠の光、それは地の大精霊が俺にくれた癒しの光、だそうです」

「ならその光でリラは治った、ということじゃないかい?」


青年はかぶりを振る。


「地の精霊術には病魔を治す力はない、そうブッファさんからは聞きました。

 治せるのはせいぜい身体の傷だけだと」


それに、


「俺があのとき見た光はもうひとつ、白い光が、この腕輪から出てリラを包んだんです」

「……その白い光は、なんなのさ」

「わかりません。ブッファさんも知らなかったみたいです」

「じゃあ、なんだい。得体の知れない光でリラはいま元気になってるって言いたいのかい」


その言葉に青年はただ黙ることしかできない。

女性は荷物をおろす手をとめ、小さくため息を吐く。


「なあ、アル坊。あんたさ、人間がなんで生きてるか、わかるかい」


突然の問いに青年は、戸惑いの表情。


「え、いや、そんなのわからないですけど」

「そうさ、あたしもわからないさ。じゃあさ、どうして腹がへるんだろうね」

「それは食べたものを消化してるから……」

「だねえ、ならなんであたしらは食べないといけないんだい?」

「それは……生きるためで」

「だったらさ、どうしてそんな廻り回った形になってるんだろうねえ」


言い詰まる青年を見て、女性はふっと笑う。


「アル坊、そんなもんなんだよ、あたしらが分かることは。

 生きてる自分のことだって満足にわからないもんなのさ。

 だからなんだ、よくわからないことがあったとしてもさ、いいんだよ」


女性は言う。


「あの子が元気でいてくれるなら、なんでもいいのさ」

「……」


不意に思い出される母親の顔に、青年は懐かしさと寂しさを得る。

自分の母親もこんな顔でいたのだろうか、との想いを付けて。

目の前にいる金髪の女性は、普段見せる気丈な顔ではない、優しさだけの笑みを見せていた。


   ●   ●   ●


石造りの床を歩くのは、橙と藍色の少女。


並んで歩く音が立ち止まったのは、神殿内に設けられた食堂、その出入口。

橙髪の少女は、むっと眉根を詰め、足早になかへと入っていき、

布をかぶった少女はその様子に戸惑いながら着いていく。

再度、足を止めた橙髪の少女は、大口を開いて叫ぶ。


「おきっろぉー!!!」

「ぬっがああああああああああああああああ!」

「どうらっさああああああああああああああい!」


瞬間、椅子代わりの長石に倒れ込んでいた、

若草色の男と赤髭の龍翼人は勢いよく上半身を起こす。

と、同時に男と龍翼人はおたがいに頭を抱えて項垂れる。


「あ、あががが、あたま、あたがあああああああ」

「んんんんんんん、あかん、あかんなあ、これはあかんんんん」

「もーう、ひとが朝からうごいてるってのにいつまでねてるのー」


呆れた表情を浮かべ、橙髪の少女は近くの長石に布袋をおろす。


「あんなぁお嬢ちゃん、ワシは起こすときはこう、

 あまーくあまーく起こされるのが希望なんだがなあ」

「親父殿、それをセリアに求めるのはあまりにも酷です」

「ああー……そうか、そうやったなあ」

「そこ遠い眼してなにわかりあってるのかなー!?」

「まあまあセリアの嬢ちゃん、落ち着きなって……うん?」


龍翼人は怒り顔となっている少女の後ろにいる人物に気づく。


「そっちの……お嬢ちゃんは?」

「! リラ! リラなのか!?」


思わず立ち上がりかけた姿勢となった男を制するように、

灰色の布をかぶった少女は一歩前でる。


「おひさしぶりです、エオリアさん、フレッシー様」

「リラ……おまえ包帯を……」

「おお、おお! そうか、たしかエラんとこの嬢ちゃんじゃないか!

 綺麗なったのーそれにだ」


一度言葉を切り、赤髭の龍翼人は眼を笑みにすぼめる。


「うん、そうだな。まっすぐな眼になったなあ」

「! ……はいっ! ありがとうございます」

「うんうん、いい子だのーだれかさんと違ってなー」

「うーるーさーい。それよりラルゴおじさんとエオリア、朝ご飯いるー?」


男が答えようする前に龍翼人は立ち上がる。


「いーんや、ワシはもっかい部屋で寝直すとするよ」

「親父殿……せめて飲んだ杯と瓶の片付けぐらいしてください」

「我が息子よ、親の尻拭いは子の仕事という言うだろう」

「言いません」


きっぱりと言い放つ男に、わざとらしく悲しむそぶりを見せる龍翼人。


「かぁ〜ひどい息子もいたもんだ」

「親父殿ほどひどい父親もいないと思いますが」

「そんなこたぁないだろうよ、嬢ちゃんたちもそう思う……ってあら?」


見れば傍にいた二人の少女はいない。

どこに行ったかのかと近くをぐるりと見た先、厨房へと歩いていく二人が映る。


「無視して行くとはこれまた手ひどいわ〜」

「ご、ごめんなさいフレッシー様」

「いいっていいってリラ。相手にすると喜ぶだけだから」

「さすがセリア、親父殿をよく分かっている」

「うっさいぞ我が息子。もーいいワシは寝る」


食堂から立ち去ろうとする龍翼人に橙髪の少女は声を飛ばす。


「そうそう、ラルゴおじさーん」

「ん、なんじゃい」

「おとうさんとアルト帰って来たからー」

「おお、ようやくか、ならついでに顔見てから寝るかねえ」


片手を後ろへとひらひらさせながら赤髭の龍翼人は通路へと消えていった。

姿が消えたのを見届けて男は長石へと座りなおし、

石の長机に置かれた杯と瓶を一カ所にまとめながら、視線だけは厨房へ向ける。


(包帯を外していたが、アルトが理由なのだろうか)


わき上がる疑問を口にはせず、楽しそうに会話する二人を男は眺める。


(それでも灰色の布をかぶったまま、か……)


石の長机の一角に杯と瓶を集めたあと、男は立ち上がり言う。


「セリア! 自分も朝食はいらない。それとアルトはどこに?」

「あーせっかく果物切ってたのにー! んーとまだエラおばさんのお手伝いしてるなら、

 きっと神殿正面にいるとおもうー」

「わかった」


短く返事だけを飛ばして、通路へと向かって男は歩きだした。


   ●   ●   ●


「困ります大神官殿! 軽々しく神殿の外へと出られては!」

「分かっていますから、そんなに大声を出さなくても聞こえてますよロッソ団長」

「……イロコニとお呼びくださいと何度も申してるはずですが」


神殿の一部屋。

獅子のような風貌をしたいかつい男性と、老人は机をはさんで向き合っていた。

苦い色をたたえた表情のまま、男性は言葉を続ける。


「それに神官長から聞きましたが、町娘ひとりのために奏者殿の外出を認めたと!」

「ええ、それがなにか?」

「それがなにか、ではありません!」


勢い付けた拳が、机を叩く。


「いくら大神官殿が一緒であったからといって、

 大事なお客人でもある奏者様を、賛美歌の旅以外で外出させていいわけありません!」


はあ、と老人はため息。


「ロッソ団長……なぜに君はそうも頑ななのですか」

「違います! 賛美歌の旅は、この大地が長年伝える大事な儀式です!

 そして我々神殿に仕えるものたちは、奏者殿が無事旅を終えるよう務める役目があります!」


胸を張り男性は言葉を続ける。


「それを我々の先祖たちは三千年間、護り通してきたのです。

 ならば我らが代でもその役目を果たすべく、奏者殿には余計な行動を謹んで頂くべきです!」

「確かに僕たち神殿に仕える者たちは、奏者を危険から護り、奏者を無事に旅させ、

 そして賛美歌の歌を集め終わった奏者を元の世界へと送り返す役目を得ています」


ですが、


「君は奏者をお客人と言いましたが、そのような見方でいいのかと僕は思います」

「……大神官殿はどうお考えなのですか」

「奏者、ひいてはアルト君をひとりの人間として友にあるべきではないかと」

「なにを、なにを仰っているのです!」


全身を細かく震わせ、獅子顔をこわばらせて男性は言う。


「奏者は、異世界の人間は、伝承にもあるように能力は人外と思われるものばかり!

 もしも彼らが我々に剣を向けてくるようなことになったらどうなさるのです!?」

「それは、ありえません」

「なぜです!」

「君にはわからないようですが、僕から見ればアルト君はただの子供ですよ。

 召喚されたときには不安から涙し、旅では新しい出来事に眼を輝かし、

 人の死には激しく心を動かされ、大事な人が倒れれば何が何でも傍にいようとする」


一息。


「僕らとなにひとつ変わらない、同じ心を持っているのです」


静かとなる室内。

一瞬の沈黙の後、老人の前に座る、獅子顔の男性は絞りだすようにして言う。


「それでも、それでも我らがイロニコ家は奏者をお客人として扱い、

 何事もなく元の世界へと送り返すことを役目として仰せつかってきたのです……!

 今代になってその役目を放棄することなど出来ようはずもありません!」


言い終えたあと男性は立ち上がる。


「……これ以上は大神官殿にも我らにとっても不毛だと思います」

「でしょうね……いいです、もう下がってもらってかまいません」

「失礼いたします」


そのまま男は部屋の扉へと向かい、出て行った。

しばらくして、ひとり室内に残った老人は重くため息を吐く。


「相変わらずの石頭、と言えばいいのでしょうか。

 どうしてああもイロニコ家の人間は役割に固執するのか僕には理解できませんね」


もういちどため息を吐いたところで、扉がうすく開く。

見えるのは鱗に象られた腕、そして腕の先で揺れる一本の硝子瓶。

赤い液体が詰められた硝子瓶は、揺れるたびに底に入った石の音を鳴らす。

小さく笑って老人は扉へ声をかける。


「ラル、そんなとこにいないで入って来てください」

「なんやーすぐにばれてしまったかー」

「隠す気もないくせに言いますね」


先ほどまでと違いにこやかな笑みとなる老人の前、

扉を開いて赤髭の龍翼人が室内へと入ってくる。


「ご無事な様子でなにより、大神官様。っと挨拶はしておかんとな」

「ただいまもどりました、フレッシー副団長」

「で、ブッファ。またロッソとやりあったみたいで?」


椅子に座り、龍翼人は反対の手に持っていた硝子の杯を机に置く。

そのまま空いた手を瓶を持つ方に向け、爪ののびた人差し指を瓶の口に突き刺す。

刺した指をいきおいよく引っ張れば、軽快な音とともに栓が抜けた。


「やりあったと言うか、言い合ったというか、なんにしろなにも変わりはしないですね」

「あいつのことは親の代から見て来たが、ありゃあ石頭どころじゃないで」

「なんなんでしょうか、と本人がいないのに言うのは良くないですが」

「まあまあ、美味しい酒もあることだし呑みながら話そうやー」

「ラル……すでに相当呑んでいた、のではないのですか?」

「これはこれ、それはそれって言うやろう」


気にした風もなく龍翼人は硝子の杯に赤い液体をそそいでいく。


「んでは、精霊の恵みに感謝して、かんぱーい」

「ええ、乾杯」


杯を掲げ、互いに口づけ呑む。


「かああああああ、うまいなーこれ!」

「砂葡萄のお酒に火の精地で採れた石、これがどうしてまた美味い」

「いいねいいねえ、やっぱブッファと呑むといいねえ」

「はははっそうおだてても何も出ませんよ」


互いが上機嫌となりながら酒を楽しむなか、不意に龍翼人はつぶやく。


「ならワシからひとつ出そうか」


呑んでいた杯を机に置く。


「……報告書にはあげてないが、凶獣の数が増えてきとる」

「それはエオリアからの手紙で僕も知りました」

「ああ、息子も言うてたわ。しかも、もういっこ」


なにかを思い出すかのように、しばし考えた様子のあと龍翼人は告げた。


「ワシが一緒に旅した、先代のときとよく似た状況だわ」


   ●   ●   ●


神殿の外、太陽は空高くへとあがり、空気は冷たいものの、浴びる日差しは汗を生む。

荷馬車から荷物をおろしおえた青年は、わずかにあせばんだ顔をぬぐい息をつく。


周囲には青年だけでなく、何人か神官姿の男女が金髪の女性とともに布袋を運んでいた。

その様子を見届け、空となった荷台に腰掛けて、

青年は吹き付ける風に気持ち良さを感じながら仰向けに寝っころがる。


そこへ飛んでくるのはひとつの声。


「アルトォ!」

「……エオリアだな」


寝ていた身体を、両足を振り上げ、おろす反動で地面に立つ。


「ただいまエオリア!」


青年は無手で構える。


「おかえりだ、アルト!」


神殿出入口から走って来た若草色髪の男は、走って来た勢いのまま青年へと跳びかかる。

青年に向かって跳んでくるのは男の右足。

頭部左をねらってくるのを左腕でふせぎ、踏み込んで青年は右拳を放つ。


「当たるかっ!」


男は声とともに身体をそらし、拳を回避。

さけられた拳を解き、広げた手の平で青年は男の左袖を掴む。


「つかまえた!」


言った瞬間、身体を右に半回転、そのまま男の懐にもぐりこみ、

青年は捕まえた相手を背負い、投げ飛ばす。

が、飛ばされながら男は身体をひねり、両足から着地。


着地した男は笑いながら口を開く。


「まだふぬけているようなら一発入れてやろう、と考えていたのだがな」

「安心してくれ、もう泣いてなんかいない」

「そうだな……リラが包帯をはずしていた。アルトがそうさせたのか?」

「いや、違うよ」


かぶりを振って、青年は荷台に座る。

ならうようにして男も近寄り隣へと座った。


「あんまりうまく説明できないのだけど」

「大丈夫だ、ちゃんと最後まで聞く」

「ありがとう。俺がリラのいる花屋に駆けつけて、夜傍にいたときーー」


   ●   ●   ●


「翠と白い光に包まれて、気づいたら苦しくなくなってたの?」

「はい、そうなんです」


人がまばらに行き来する食堂にて話す少女たち。

藍色髪の少女は周囲に座る人々を気にしながら話を続ける。


「それだけじゃなく、私アルトさんの過去を見たんです」


   ●   ●   ●


「リラの過去を、見たのか?」

「そう、だと思う。一応リラとも内容を話して本当かどうかは聞いた」


戸惑った表情で話を聞く男、その隣で青年は淡々とした声で言葉をつむぐ。


「そしたらリラの方も、俺の過去を見たみたいなんだ」

「……リラが一晩で回復したことといい、にわかには信じ難い話だな」

「俺だって信じられないよ、どうしてリラと俺がお互いの過去を見たのかわからないし」


だけど、と言葉が続く。


「たぶん、でしかないけど、この腕輪が関係しているかもしれない」

「精霊の腕輪が?」

「ああ」


そういって青年は左手首にはまった腕輪を見る。


「リラの病気はおそらく腕輪から出た白い光で治った。

 その光で目が覚めたリラと眼があった瞬間、俺とリラは過去を見た」


だから。


「エラールさんは、わからなくてもいい、そう言ったけど俺はこの腕輪には、

 誰も知らないなにかがある、そう思うんだ」

「誰も知らない、なにか、か」


男は組んだ両手を前に言う。


「それをアルト、おまえはどうしたいんだ?」

「うん、わかるかどうか分からないけど、調べてみようと思うんだ」

「なぜだ?」

「リラのことが心配だから」


青年ははっきりと言い切る。


「治ったのは嬉しいけれど、得体の知れない力で治った、なんて不安でしかない」


右拳が握り込まれた。


「もしかしたら、次の瞬間には病がぶりかえしてまたリラが倒れる、

 なんてことがあったら俺は、怖くて怖くて仕方が無いんだ」


握った拳が震える。


「……リラに、リラに死んでほしくないんだ!」


つらく苦しそうに息をし、それでもこちらを気遣う少女の姿が、青年の脳裏に呼び起こされる。

同時にあのとき抱いた、胸をしめつけるにがく苦しい想いが沸く。

隣の男はいちどは驚いた表情を解き、微笑んで言う。


「安心しろアルト、自分も力を貸そう」

「いいのか? これは奏者とか関係ない、俺のわがままなんだ」

「いまさら奏者がなんだ、自分とおまえは友とも言えぬ間柄なのか?」

「……エオリア」


苦しさに詰まった胸に暖かみを青年は覚える。


「ありがとう、エオリア」


   ●   ●   ●


「そっかそっか、うん。よかったよかった。アルト褒めてくれたんだね〜」

「はい」


恥ずかしそうに俯く少女が座る長石の反対側に座る橙髪の少女は、

石のテーブルに両肘をのせた手の平に顎をのせ、笑顔で対面の少女を見る。


「ずっと、ずっと私の眼は気持ち悪い、そう思って隠してました」


でも、と続く。


「アルトさんは初めて会ったとき、私の花を褒めてくれました」


そして、


「お互い、過去を見た、そう思ったとき決めたんです」


ひと呼吸、


「アルトさんになら見せてもいい、って」


灰色の布をかぶった少女は、胸前で両手を強く握った。

橙髪の少女はなにも言わず、満面の笑みで見つめている。

数瞬して橙髪の少女が口を開く。


「よかったねリラ、あなたを幸せにしてくれる人が見つかって」

「セリアさん……でもアルトさんは」

「いいのいいの、アルトが奏者とかきにしなくていいの」


そう言って橙髪の少女は片目をつぶってみせた。


「……はい。アルトさんが綺麗と言ってくれた想いに、私応えたいです。

 だから夜露草をちゃんと咲かせてアルトさんに見せてあげたい」


胸前に組まれた両手が強く握られる。

その様子を見て、対面の少女は頷く。


「よぉっし!だったらリラ、神殿の図書館にいこうよ!」

「え?」

「パストラの本屋にはない本が図書館にあるだろうし、なにかきっかけが見つかるかも!」

「で、でも、図書館の本たくさんありますよ?」

「あーうん、一日で全部見るのはむりかーうーん……そうだ!」


橙髪の少女は机にのりあげ、言った。


「しばらくの間、神殿ではたらいてみないリラ?」


   ●   ●   ●


数日後、十分な休息を終えた神殿騎士団は、すでに水の討伐へと出発しており、

遅れる形となって黒髪の青年たちは風の旅へと出発する準備をしていた。

神殿正面、二頭の馬につながれた荷馬車には、いくつか荷物が運び込まれていく。


「これで、最後っと」


大きめの革袋を荷台へと置いて青年はつぶやく。

服装は新調された旅装束。

到来する寒い季節に向けて、厚手となっているのが分かる。


「こっちも準備おわったよー」

「待たせたなアルト」

「ああ、二人ともおつかれ」


背後から描けられた声に振り向けば、若草色髪の男と橙髪の少女。

ともに新しくあつらえた旅装束に身を包んでいた。

二人の手元には手入れのされた楽器。

男は銀の横笛を、少女はリュートを持っていた。


「すごいな、まるで新品みたいだ」

「手入れを怠らなければいつまでも新品同然だ」

「ボクはいっつもていれしてるけどねー」

「そりゃセリアは歌ってばっかだからじゃないか」


そう言って青年は笑い、少女からリュートを受け取る。


「そういえば、ブッファさんとリラは?」

「もうすぐ来るとおもうよー」


言葉とともに少女は神殿正面へと眼を向ける。

神殿の出入口には青年たちを見送ろうと大勢の人々が出てくるのが見えた。

青年は周囲へとあつまってくる人々から掛けられる見送りの言葉に応えているうちに、

神殿の出入口によく知る顔があらわれたことに気づく。


「あ、ブッファさんとリラ……」


そこまで言葉に出して気づく。

老人のあとを追って歩いてくる藍色髪の少女の服装がいつもと違うことに。


「おとうさーんおっそいよー」

「すみませんね皆さん、ちょっと手間取ってしまいまして。

 さて、風の旅に奏者をお送りするまえに皆さんにひとつ紹介があります」


そう言って白い装束の大神官は、同じく白い神官装束に身を固めた藍色髪の少女を、

周囲の人々から見える位置へと呼ぶ。


「いつも僕たちの神殿へと献花してくれるエラール・カマックが子、リラヴェル・カマック。

 彼女を神殿図書の司書見習いとして、役目を与えることとしました」


「あれま、あの子いつも包帯して両目かくしてたんじゃなかったの」

「灰色の布かぶってたからしらなかったけど綺麗な髪だねえ」

「うわーあのねーちゃんの眼、すげーきらきらしてるー!」


俯き顔で大神官の隣へと向かう少女を見て、青年は少女が前へと進み出したことを知る。


(調べものをするからといって神殿に残ったのは、本当はこれが理由だったんだ。

 どおりでパストラに帰るエラールさんに、「リラを頼むよ」なんて念押されるわけだ)


内心で苦笑し、青年は神官装束の少女を見つめる。

大神官に促されて藍色髪の少女は、人々が見ているなかで声を出す。


「あ、あの、みな、みなさ、ん……!」


緊張と、大勢の視線にさらされているためか、少女の声は詰まりの連続。

ん、までを言い終えて口を閉ざしてしまう。

周囲の人々が、どうしたのかと小さくざわめきだしはじめる。


少女自身も言葉の続きを口にしようとするが、身体が緊張で動かない。

緊張と焦りが、少女の目の前を暗くしようとしたとき。


「リラっ!」


唐突に、大声で黒髪の青年は、少女の名前を叫んだ。


声に震えた瞬間、藍色髪の少女は名を叫んだ青年を見る。


少女が見ている先、青年は口だけをうごかして言葉を伝えた。


が、ん、ば、れ。


理解した瞬間、少女は前を向き、緊張を振り切って声を発した。


「リラヴェル・カマック、です! 不慣れな、ことも多いと、思いますが、

 みなさん、どうかよろしく、おねがいします!」


言い切った瞬間、老人と若草色髪の男と橙髪の少女、そして黒髪の青年から大きな拍手が起こる。

周囲の人々からも拍手が起こり、少女は歓迎の拍手に包まれた。

青年は小さく拍手をしながら少女へと近寄り、声を掛ける。


「おめでとうリラ」

「あ、ありがとう、ございます、アルトさん」


藍色髪の少女は、緊張からの解放ゆえかすこし涙ぐんでいる。


「なんていうか、びっくりした」

「わ、私もです。こんな、こんな大勢の人のまえで紹介される、なんて」

「きっと俺を驚かしたいつもりだったんだろうなブッファさんは」


そう言って横を見れば、老人は笑みでこちらを見ていた。


「ちょっとリラ君にはきつかったですかね」

「ちょっとどころじゃなかったと思いますよ……」


呆れた顔となった青年に、若草色髪の男と橙髪の少女が近づく。


「リラ〜だいじょうぶ〜?」

「もう平気か?」

「は、はい。だいじょうぶ、へいき、です」


いまだえづく神官装束の少女をなだめる二人の横、大神官は口を開いた。


「さて、今代の奏者よ、賛美歌の旅も残り半分となりました」


言葉とともに周囲が静まる。


「残す試練も風と水、ふたつとなりました。

 すでに地と火、これらを突破できた貴方ならば必ずや試練を突破できることでしょう」

「はいっ!」


大神官は、奏者の両隣に立った騎士と巫女を見る。


「騎士エオリア・バール」

「はい」

「巫女セリア・ブッファ」

「はい」

「これまでの旅と変わらず、奏者の道しるべとなり、共にあるものとなりなさい」

「「はいっ!」」


騎士と巫女、揃いの声が響く。

ふたりの声を聞き終えた老人は柔和な笑みを浮かべる。


「それではアルト君、楽しい旅路となることを願っています」

「はい、ブッファさん。楽しい旅となれるよう、俺自身がんばってきます!」


青年の声に周囲から歓声があがる。

人々からの声を背に、橙髪の少女は荷台に、若草色髪の男は台座へと座り、

青年は台座へと足をかけた姿勢で、胸前で両手を組む藍色髪の少女へと振り向く。


「行ってくるよ、リラ!」

「行ってらっしゃい、アルトさん!」


風の旅が、始まった。


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