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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第四楽章 転機
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第二十八話 吐き出す想い

山間から天へと登り始める太陽。

しかし、その位置は低く、雲海を下から照らす。

流れる雲の群れはどれもが厚く、空は白一色のまま流れていく。

細見であった鳥は、その衣を寒さに耐えるものへと替え、ふっくらした姿で高空をゆく。


数羽の鳥が朝の知らせる声を響き渡らせる下、白き神殿、その入口に人。

若草色髪をした男。背に赤い大剣をにない、両腕を組んで遠方をじっと見つめている。

ときおり通りすぎる人々と挨拶を交わしつつも目線は揺らがない。


そこが自分の居場所、そう立てられた石像のごとく、男は立つ。

しばらくして男の後ろ、神殿奥から石の床を歩く、軽い足音が来る。

足音は男の右隣で止まり、両手で抱えていた布包みを解いて中身を外に出す。


「はい、あさごはーん」


橙髪の少女は布包みから取り出した丸いパンを男へと差し出す。

男は黙って右手で受け取り、パンの半分まで大口を開いてかぶりつく。

その様子を見て少女は微笑、見る間に男はパンを口内へとおさめ飲み込む。


「おなかすいてるのに無理しちゃってー」

「……」

「だいじょーぶだってーきっとリラもアルトも元気にしてるよー」

「……」


もの言わぬ男、少女は小さく息を吐いて座り込む。

が、思わぬ石床の冷たさに腰が即座にあがる。


「ひゃああ。つ、つめたーい!」


男が口を半開きにして呆れた眼をしていた。


「な、なんでそこでそんな顔するかなあ!」

「……空気がこれだけ冷たいのに、床も冷たいとなぜわからない」

「やっと喋ったとおもったら、いつもどおりでボクはらたってきた」

「腹を立てるのはかまわんが、身体はもういいのか」


呆れた口調から厳しさを含んだ声色。

その声を聞いて少女は間を置いてちいさく答えた。


「……うん、もうへーきだよ。ごめんね、ボクのせいで」

「言うな、こうなったのは元々自分の不甲斐なさにある」

「そんなことない、って言っても聞かないのがエオリアだもんね」

「……」


まだパンがいくつか入っている布包みを床に置き、少女は再度床へと腰を下ろす。

視線を男が向けていた方向へと合わせながら。


「ねえ、エオリア」

「なんだ、セリア」

「ボクが巫女、貴方が騎士。そうなったのが決まったとき、嬉しかったよね」

「ああ」


柔らかな返事、少女は思わず笑みを得て言葉を続ける。


「アルトが呼ばれる一年前だから、もう二年ぐらいも前だねー」

「まだそれだけしか経っていないのか」

「あ、やっぱりエオリアもずいぶん前に感じてるんだ?」

「セリアもか?」


互いに眼があい、少女は頷く。


「なんだかね、アルトが召喚されるまではそれこそ、

 んー毎日毎日、うん、ずっと走ってる感じだった」


少女は立ち上がり、晴れ間がのぞきだした空を見上げる。


「けれど、ね。アルトと出会ってからはなにかが違うの」


両手を伸ばし、天を掴むように手の平を広げた。


「駆け足だったのが、歩くような感じになって、前しか見えてなかったのが、

 知らない間に右も左も見えるようになってた。

 耳に入ってくる声も近くから、ずっともっと遠くから聞こえるようになった」


男は黙って聞く。


「考えることが多くなったんだ、ボク」

「らしくないな」


そうだね、と少女は声に答える。


「美味しいもの食べて、神殿で働いて、皆と一緒にこのまま……過ごすだけだと思ってた」


言葉はゆっくりと、ゆっくりと吐き出すように。


「でも、アルトが現れて、リラが変わろうとしてて、エオリアが悩んでいて、ボク」


天に広げた手が握り込まれる。


「このままでいいのかな、なんてずっと考えてる」

「そうか」


短く、しかし力強い声。

その声を少女は頼もしく思いながら両腕をおろす。


「アルトはリラを、リラはアルトを、おたがいに、おたがいを支えあってる」


眼に浮かぶのは、藍色髪の少女に会いに行きたいと大量の手紙を持って叫ぶ黒髪の青年。

青年のあんな声を聞いたのは初めてだった。

まっすぐで、ただただまっすぐで、けれどもろい声。

触れたら、壊れてしまいそうな、硝子細工にもにた姿。


「ねえエオリア」


少女は男へ眼を向ける。


「貴方は、約束を叶えてくれた、奏者の騎士となる約束を」

「約束、だったからな」

「もしかしたら約束叶えれないのかな、て思ったこと一度じゃないよ?」

「ひどい奴だな、本人が努力しているのにそう思うとは」


苦笑を浮かべた男は組んでいた腕を解く。


「何度も、何度も心が折れそうになった。だが、そのたび拳を握った」

「どうして」


疑問符はない、それは返答を分かっていながら聞く確認。


「諦める理由が、なかったからな」

「……やっぱりエオリアはボクが知ってるエオリアのままだね」

「まるで成長していないような言い方だな」

「えぇ〜そんなことないよーだってずっと見てきたから」


ふざけた口調は、真剣に。


「貴方の頑張り、それを見ていたから、ボクも巫女になれた」


少女は優しく男を抱きしめる。


「ボクね、旅をしていて決めたの」


男は言葉を待つ。


「これからの旅も、旅が終わったそのあとも、ボクは貴方の助けになりたいって」

「セリア……」


少女は眼を閉じて、男の鼓動を聞く。

ずっと、ずっとそばにいた、その鼓動を聞くだけで安心できる。

男は少女を抱きしめかえし、ありがとう、そう口にする。


うん、と眼を閉じたまま答えた少女は男から離れ、

床に置かれていた布包みを拾い上げる。


「よっし! じゃあボク、なかに戻るから!」

「ああ、仕事さぼるなよ」

「さーぼーりーまーせーんーよーっ」


布包みを抱きしめ、少女は笑顔。

すっかり険のとれた顔となった男は思う。

目の前にいる少女の笑みでどれだけ自分は助けられたのだろう、と。

そして、少女は言ったこれからも自分の助けになりたい、と。

両方を強く胸に秘め、男は右手を力強く握り込んだ。


耳に聞こえる音。

若草色髪の男は意識を音にとられ、続いて視線を音の方角へと向けた。

橙髪の少女も気づいたのか男と同じ方向へ視線が飛ぶ。


多くの馬が地面を駆ける音。

音ともに現れたのは、若草色髪の男と同じ形をした鎧を着込んだ集団。


「騎士団が風の討伐から帰還したのか」


   ●   ●   ●


神殿騎士の鎧を着込んだ集団は馬に乗ったまま、神殿前へとやってくる。

その間に橙髪の少女は神殿内へと駆け足で入っていき、

若草色髪の男は神殿入口から地面へと降りていく。


集団の先頭にいるのは、錆色のもみあげとあご髭がつながり獅子のような風貌をした騎士。

彫りの深い顔からは表情を知るのは難しく、無表情に見えなくもない。

若草色髪の男は内心にため息を吐く。


(まさか、このようなときに帰還するとは……)


そのまま歩を進めて、馬を止めながら背後の集団にとまるよう指示する、

獅子顔の騎士前へと男は近づき大声を出した。


「ロッソ団長! 風の討伐からのご帰還、ご無事なようで何よりです!」

「……ロッソではない、イロニコ団長と呼べと言ってるだろ」


男の声に獅子顔の人物は苦い声で答える。


「まあいい、ドロローソ・イロニコ率いる神殿騎士団、風の討伐よりただいま帰還した。

 帰還したことを大神官様にお伝えして……? おい、なぜ貴様がいるのだ?」

「……」


馬から降りた獅子顔の騎士は、若草色髪の男の前へと近寄る。


「エオリア・バール。答えよ、なぜ奏者の騎士である貴様がここにいるのか!」

「……」

「答えよ、と言っているだろうが!」


騎士は右手をふりかぶり、答えない男へ振り下ろそうとする。

それでも男は答えず、睨むように騎士を見ているのみ。


「相も変わらず腹の立つ眼をしよって……!」


やむえず、右手をふりおろそうとして、その手が止められた。


「あーあーやめとけやめとけ、帰ったばっかでなにやってん」

「その手をはなせラルゴ」

「命令でもお願いでも・い・や」


舌打ちして獅子顔の騎士は、ラルゴと呼ばれた、

先端が黒くなっている赤い髭をたずさえた龍翼人の手をふりほどく。


「あんな、みんな疲れてさっさと休みたいのに、

 団長がここでうだうだしてたらぶっ倒れるがな」


髭をさわりながら悪びれなく龍翼人は背後を指さす。

馬から降りて命令を待っている騎士たちは、誰もが疲れた顔をしている。


「鍛え方が足りんだけだろうが」

「あんたと一緒にしたらあかん、というか平気なのはあんただけや」

「ふんっ……まあいい。皆に告げる、これより休息を与える!

 だが、水の討伐出発まで鍛錬を怠るな!以上、解散!」


騎士は大声を出したあと、男に一瞥くれてから神殿へと向かう。

背後にいた騎士たちは、大声に返答する声は多いものの、幾らかの声にやる気は感じられず、

ぼやき声とともに彼らは馬を引いて神殿横の馬房へ向かう。


「あー……つっかれたーつかさっさと解散してくれよ」

「ラルゴ副団長が声かけなかったら立ちっぱなしだったな」

「うげ、団長自分の馬置いたままじゃん……あ、ベサンテ副団長」


ベサンテ副団長と呼ばれた額に二重の四角記号が彫られた岩石人は、

獅子顔の騎士が置き去りにした馬の頭を撫でててやり、代わりに馬房へ連れていく。

その顔は騎士達以上に疲れを濃厚に現していた。


一連のやりとりを黙って見ていた若草色髪の男は、赤い髭を触っている龍翼人に向き直る。


「親父殿。お帰りなさいませ」

「ようよう、帰ったぞ我が息子よ。ったくなにやってるんだ?」


言葉とは裏腹に龍翼人の口調は柔らかい。


「奏者様とともにいるはずのお前さんが神殿にいる、それなら奏者様も神殿じゃないのかえ?」

「アルトは……奏者様はいま神殿にはいないのです」

「あー……なんぞあれか、めんどうなことになってそうじゃのー

 それでか、ロッソになんも言わんと突っ立ってたのは」

「はい、原因は自分の未熟にあります」

「そういうってことは、殺しからみか。ふっきれんのお前さんも、だからこそ見込みがあるがな」


赤髭の龍翼人はカッカッカと笑い、馬を連れて歩き出す。


「あとでジュストとともに話を聞きにいく、だから飯と酒の用意たのむなぁ」


   ●   ●   ●


神殿内の食堂では帰還した騎士たちと、それを迎える人々で賑わっていた。

互いの無事を喜びあうもの、討伐の旅での思い出を語るものとそれを聞くもの、

久方ぶりの酒をのみ疲れを労うもの、人族だけでなく龍翼人や岩石人なども混ざっている。


人々が騒ぐ一角、横長い石に腰掛け、石の長机に置かれた料理をつまみながら酒を飲むのは、

若草色髪の男に赤髭の龍翼人、そして大きな杯を傾けて顔を赤らめる額に二重の四角彫りがある岩石人。

岩石人は杯を強く長机に置いて、酒臭い吐息とともに言う。


「あーもぅ、皆の慰労をするのになにが自分だけ『騒がしいのは嫌いだ』だっ!

 団長じゃなかったらぶん殴りたい!つか今すぐなぐりたい!」


隣の龍翼人は細く裂かれた鳥の肉を、甘辛いたれにつけて口へと放り込む。

男もちぎって添えてある野菜をつまみ言う。


「ベサンテ副団長、心労お察しいたします」

「いいよいいよ! いまはそんな呼び方しなくても!」

「では遠慮なく、ジュスト殿お疲れさまです」

「おーつーかーれ、というかエオリアの方が疲れてるんじゃないのか?」

「だのう、まさか奏者様が大神官様と一緒に出ていってるとは思わんかったよ」

「団長そのことを神官長から聞いて激怒してましたからねえ〜」


もういちど岩石人は大きな杯をあおって中身を飲み干す。


「おいジュスト、いくら慰労の酒とはちょい呑みすぎてないか」

「いーいーんーですよぉ! 普段どれだけ気をつかっってええええええ……んごおおおおお」

「あっ……」

「疲れてるのにそんなけ飲んだら、そら寝るわあほ……」


ちびりちびりと杯を傾け龍翼人は酒を呑む。

呑みつつも目線を男へと向け、口を開く。


「まーなんだ、なんでそうなったかの理由も聞いたし、お前さんが落ち込むのわからんでもない」

「ですが親父殿……自分が未熟なのは変わりありません」

「未熟でええじゃないか、と言うても今のお前さんでは納得できんわな」


からかうような口調とともに笑う。


「未熟でもお前さんはちゃんと奏者様を守った」

「……守り、きれてはいません」

「ばかたれ、お前さんの役目は守ること、それ以外は考えんでいい」


きつい口調で言ったあと、龍翼人は笑みを浮かべる。


「とワシらの団長なら言うじゃろうな」

「間違いなく言われます」


互いに笑う。


「なに、いまさら奏者の騎士を変えたりすることもあるまい。

 旅が終わるまでは奏者様のそばにいてやればいい」


ただな、と言葉を付け加える。


「お前さんが守るのは、奏者様だけじゃない。わかっとるな?」

「はい、分かっています」


眼を細め、男の眼を覗き込むように龍翼人は見る。


「……しばらく会わんうちに、なにか得たみたいじゃの。

 ええのうええのう、これでワシも心おきなく引退できるて」

「いやそれは駄目でしょう親父殿」

「いやいや、お前さんが『賛美歌の道』終えたらもうワシ引退するから、そしたらエオリア、

 お前さんが副団長になればいいんよ」

「自分が副団長にはまだ早いですから、それに親父殿を必要としてる方はいっぱいいますから」

「はあ……さっさと楽したいんじゃがのーそういや嬢ちゃんはどうした?」


赤髭は長い首を左右に降って食堂内を見渡す。


「セリアなら……仕事をさぼってなければ、調理をヒルダさんたちとしているかと」

「カッカッカ! あの嬢ちゃんも変わらんのう!」

「ははは……」

「ときに我が息子よ」


龍翼人は声を小さく、言葉を放つ。


「風の討伐には思った以上に時間が食われた」

「? なにかあったのですか?」

「あったもあった、凶獣の数がな、増えて来てるのよ」


酒の飲み、言葉が続けられる。


「気づいているのはワシとジュストだけ、いや団員の何人かもうっすら気づいとるかもしれん」

「団長に報告は?」


赤髭は片手で杯をもち、空いた手を左右に降って否定を示す。


「あの石頭に言ったところで聞きゃせん。

 それにな下手に言うと公言しかねんし、いまは不安を増やしたくないからの」

「……実は、自分も旅をしていて同じことを思いました」

「やはりか」

「はい、奏者が無事旅ができるようにと事前に騎士団が、

 先に旅路の凶獣を退治しているはずなのに、襲われる回数が増えています。

 しかも、火の旅で立ち寄ったディオソ」


男は両手に杯を握りしめる。


「いままでに現れたことがない、凶暴化した砂蛸が、アルトを、狙っていました」


言葉をひとつひとつ確認するように区切って、男は言う。

ふむ、と頷き龍翼人は口元に杯を当てる。


「同じだのう……先代のときも凶獣が増えておった」

「! 親父殿、やはりそれは!」

「シィ、声がでかい」


指を立てて、赤髭の龍翼人は男に促す。

隣では両手両足を広げて床でいびきを立てる岩石人。


「こいつのいびきでどうせ聞こえんか、お前さんはどう思う?」

「ちゃんとした証拠があるわけでありません、ですが何かがおかしく思ってます」

「おそらくお前さんの勘は間違っておらん。きっと大神官様も感づいておられるだろう」

「……」


男は、胸のなかに得体の知れない不安が沸くのを止められない。

わき上がる不安を止められないまま、口を開いた。


「親父殿……いったい『賛美歌の旅』とはなんなのですか」


   ●   ●   ●


「たべたいたべたいたべたいたべたい、でもがまんがまんがまんがまん」


右へ左へ手を動かしながら橙髪の少女は言葉を垂れ流す。

手元ではいくつもの野菜や果物が包丁できざまれ、そばに置かれた食器へと置かれていく。

少女と同じように肉をさばいたり、味付けのたれを作ったり、酒瓶を用意する人々が、

食堂の厨房内を行ったり来たりして熱気をかもしだしている。


「肉の皿追加しておくれー! 焦げ肉でもいいから!」

「酒、酒足りてないっ! もうお酢でもだしたろうか!」

「ちょ、ちょっとそのたれ、果物用じゃないって!」


動き回る人々の声は忙しそうだが、楽しくもある。

だれがも騎士団の帰還を喜んでいる。

それは神殿で働くものたちにとって、騎士団は家族であるから、そう少女は思う。


災害や凶獣によって家や親を失うこどもたちは絶えることがない。

身寄りが無いこどもたちを引き取り、自立できるまで育てることも神殿が持つ役目。

自分も彼も例外ではなかった、少女は手を動かしながら思い出す。


(物心気づいたときには、ボクは神殿にいた)


周りには橙髪の少女と同じようなこどもたちがたくさんいた。

今の自分がこどもたちにしているように、大樹の根元で勉強をし、神殿の手伝いをする日々。

唯一、当時から禿げていたブッファ・オペラを父と呼び過ごしていた。


しかし、幼いながらも自分は気づいてしまった。

老人は自分の父親ではないことに。

ブッファを父と呼び慕うのは自分以外にもたくさんいたから。


(でも、オペラの名をくれていたのはボクだけだった)


そのことが意味するのを知らず、七歳にも満たない自分は泣いていた。


(そのとき、だったんだっけ)


ちらりと厨房から食堂をのぞく、口に果物をひときれ入れながら。

視線の先では赤髭の龍翼人と若草色髪の男が談笑しながら呑んでいるところだった。

となりに大きくいびきをたててる岩石人を寝かしながら。

口元に笑みを浮かべて少女はもとの位置へと戻る。


(ラルゴおじさんに連れられてエオリアが神殿に来たんだよね)


ひとり他のこどもから離れ、大樹のそばでいじけていたときだ。

いきなり空から現れた大きな影におどろき、空を見上げたとき龍翼人に抱かれた少年と眼があった。


(いま思えば、すっごいやんちゃな顔してたっけー)


ふふっと笑いながらも手元を止めずに少女は思い出していく。

地面へとおりた少年は、泣きそうな顔をしていた。

それが気になって話しかけたら、言われた。


「とっさんかっさん、たおれてうごかなくなった」


それでも少年は泣かなかった。泣くことなく堪えていた。

隣にたつ龍翼人は「えらいえらい、おとこのこやな」と少年の頭をなでていた。

のちに赤い髭をもった龍翼人はフレッシー・ビレ・ラルゴという名前であることを知る。


(里帰りから戻ってくる途中で拾った、それ以外教えてくれないんだよねラルゴおじさん)


その日から彼は自分とともあった。

やんちゃな顔、その第一印象にたがわず彼はやんちゃであった。

毎日のように義父となった龍翼人とともに馬鹿騒ぎをおこし、

そのたびに他の人々に叱られてもへこたれない姿は、見ていて楽しかった。


(そういえば、気づいたらお父さんと話すようになってたなー)


喉が乾いたので手近な杯を取り、呑む。酒だった。


(見てるだけじゃなくて一緒になってやんちゃしてたからかな)


神殿の入口横にひそみ、出て来た人に上から水をかける。

そんな幼稚なことをやっていたら大神官の父に叱られた。


「僕の娘であるなら、人に迷惑をかけてはいけません」


言われたとき、どんな気持ちだったかは覚えていない。

ただ、言葉を言うときの父は、とても優しかった。


(ああ、そうだ。それからだ、口調を真似しはじめたの)


次の日からは自分のことをボクと言うようになった。

それでも相変わらずやんちゃして過ごすなか、自分と彼はひとつの約束をした。


(寝る前に聞かされた奏者の伝承、その奏者がボクたちの代で現れる)


それを知ったとき、叶えたいことができた。

奏者とともに大地を旅してみたいと、彼も同じだった。

だから互いに約束したのだ、奏者の巫女、奏者の騎士、それらに必ず成ると。


(やんちゃばかりしてた悪がきが急に真面目になった、っていわれたなあ〜)


自分は弓と歌と水術、彼は剣と横笛と火術、それぞれの勉強と訓練をこなす日々。

ときには神殿騎士団とともに精地へと討伐巡行もした。

たくさんのことがあった、たくさんの出来事を経た。

嬉しいこと以上につらいことの方が多かったと思う。

それでも前を向いていられたのは、彼の存在が大きかった。


(あの馬鹿、ひとりで抱えるくせして我慢強いんだもん)


奏者召喚の儀式、その一年前、巫女と騎士選定の試練にて、自分と彼は残った。

自分が巫女に成れた以上に、彼が騎士と成ったことが嬉しかった。

これで奏者と旅をするのが叶う、と。


(でも、あのときのボクはそこまでしか考えていなくて)


旅が終わったとき、どうするかまでは考えてはいなかった。

今は違う、そう思いながら少女は小さく頭を振る。

だれかのためである自分であろう、そう考えるようになった。


(ずっとずっとリラのこと、二人で心配してたもんね。

 でもそれもアルトのおかげで、大丈夫だと思えるようになって)


考えた、誰のため、何のために自分は力を使いたいのか。

答えは自然と現れていた。


(エオリアの助けになりたい、エオリアのそばにいたい)


そう胸のうちで言葉にするだけで、暖かい気持ちが沸いていた。


   ●   ●   ●


赤髭をさわりながら龍翼人は眉根を詰める。


「……なんともいえんなあ、大地の伝承であり、百年毎の慣例でもあるとしか」

「ですが、なんのために賛美歌を捧げる必要があるのですか。

 もうひとつは賛美歌を集めるのに、どうして奏者でなければいけないのか。

 わからないことが多過ぎます」

「そう急くな急くな、お前さんが言いたいことはわかる、わかるが、な」


ワシにだってわからないことの方が多い、そう内心に思い杯を傾けた。

対面に座っている男は項垂れるようにして杯の水面を見つめる。


「親父殿……自分は今代の奏者を護る騎士として、旅に同行しました。

 ずっと間近で奏者の姿を見てもいました。そして思ったことがあります」


若草色髪の男は、言うか言うまいか悩んだ末に、顔を起こして重く口を開いた。


「奏者は、人間ではないのでは、と思うのです」


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