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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第四楽章 転機
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第二十七話 相対する意思

穏やかな朝日が小窓から室内をゆっくりと照らしていく。

時折、小さな鳥の姿をした影が光を遮り、あとには鳴き声をのこす。

光が差す室内では、青年が弦の張られた楽器を手にとり、指で弾く。

指の弾きに応じて青年の口が動き、小さくもはっきりとした声で歌が歌われる。


歌は火の旅における精地、センブリの里で歌われている民謡。

こどもにも歌いやすいよう簡単な単語と、簡単な音程で組まれた歌。

しかして歌詞は土地の歴史に根付いたものであり、歌っているだけで土地を知るものである。


ーー始まりは火、燃えるもの、熱きもの、空を焦がす赤、黒を照らす熱

  立ち上がるのは、大地であったものたち、硬きものたち、重くあるものたち

  火は伝えた、教えた、与えた、ことばを、おもいを、いきかたをーー


指で弾く音とともに歌は続けられていく。


ーー石であり、岩であり、大地であり、ひととなったもの

  火にかんしゃ、火をうやまい、火とともに

  燃えよ、栄えよ、生めよ、コンフォードとともにーー


青年は、無言の、たったひとりの観客のために歌を続ける。


ーー燃えよ、血よ燃えよ、命よ燃えよ

  ひとりで燃えるな、ふたりで燃えろ、みんなで燃えろ

  おおきく、おおきく燃えろ、おもいものせて燃えろーー


寝台に佇む少女は、包帯をしていない両目で青年を見ている。


ーーわすれるな、わすれるな、わすれるな

  火はともにある、命とともにある、我らとともにある

  明るきときも、暗きときも、曇るときも、雨降るときもーー


歌声が室内を満たす。


ーーひとりでない、いつもいつも、そばにある

  大地も、ひとも、火も、おなじ

  ひとつとなって、おおきくおおきく、燃えているーー


歌は、静かに小さくなっていく音とともに、終わった。


   ●   ●   ●


藍色髪の少女は、胸前に結んでいた両手を握ったまま頷く。

弦を弾く手をとめ、楽器から手を離す黒髪の青年は照れた様子。


「あーうん、けっこう覚えてるなあ、最後まで歌えちゃった。

 でも駄目だな、いろいろと音はずしてたし」

「いいえ、いいえ、そんなことないです」


少女は軽く顔を振って否定の意思を見せる。


「いい歌でした、ずっと、ずっと歌われてきた歌だから」


眼を伏せて、少女は胸に両手を当てて深く頷く。

青年は照れが抜けないまま、楽器を傍らに置き、少女へと向き直る。


「ははは、ありがとう。いまの民謡を習ったあとは、

 カンブリの里長や里の人達と色々と酒盛りしていて、

 途中で意識とばされたり、エオリアが岩石人相手に腕相撲しかけたり、

 セリアはセリアで絵札でお金を稼いだりと……」


言葉を何度も何度もつなげては、青年は火の旅における思い出を少女に語る。

少女は微笑のまま相槌をうったり、ときには質問を投げるなどして話を聞く。


腹の音が、鳴った。


青年の身振りが止まり、口も開いたまま止まる。

少女も何事かわからず、互いに動きが止まったまま。


腹の音が、もう一度鳴る。


互いのお腹から。


一拍の間を置いて、互いに小さく笑い声が漏れる。


青年は窓から見える青空へ眼をやり、


「もう朝になってたんだな……」

「はい、ずいぶんと話し込んでいましたから」


少女は言葉とともに立ち上がる。

その様子に慌てて青年も立ちあがり、言う。


「え、リラまだ座ってていいよ、身体きついんじゃ」

「いいえ、大丈夫です。なんだか身体が楽なんです」

「そうなんだ……そういえば、俺も身体が楽になってる……?」


疑問の語尾を置いたまま青年は身体のあちこちを触れる。

口元に手を当てて少女はおかしそうに、その様子を眺め言う。


「あまり覚えてはいないのですけど、身体が光に包まれて」


口にしながら少女は思い出す、朦朧とする意識のなか、薄く開いた瞼から見えた光を。


「翠の光が眼に見えた、そう思ったとき身体が楽になったんです」

「翠の光……? もしかして」


言葉を言い終わらぬうちに青年は左の手首にある、腕輪を見つめる。

窓からの日差しを取り込んで腕輪はもの言わぬ反射光を青年に返す。

思い出されるのは火の精霊と対峙したときのこと、あのときも傷が治っていた。

だが、自分だけでなく目の前の少女まで治したのはどういうことなのか。

無言に思考を重ねて青年は腕輪を見つめる。


「どうしたんですか、アルトさん?」

「えっ? ああ、ごめん」

「いいえ、謝らないでください。けれど、なにかあったんですか?」

「いや、その……」


火の精霊と対峙したときの記憶。

そこに含まれるのは目元が虚ろに黒ずんでいた藍色髪の少女の姿。

しかし実際の少女の眼は虚ろではなく、金色の十字が走った四色の瞳。


(あのとき見せられた光景は、一体なんだったんだ……?)


疑問と心配が混ざった表情でこちらを見る少女。


「ううん、なんでもないよ。それより朝ご飯食べようか」


   ●   ●   ●


一階に降りた二人の視界に入ったのは、大の字になって寝転がっている老人。

顔を淡く赤色に染めて、笑顔で眠っている様子だった。

「あちゃー」の声とともに顔に手を当てる青年、驚き顔で慌てる少女。


「ごめん、リラ。俺ブッファさんを移動させるから、ご飯の用意お願いしていい?」

「は、はい。でも、大神官様……どうしてここへ?」


その言葉に、家屋の奥から響く声。


「アル坊の付き添いでやってきたのさ」

「お母さん! ……でも、それならセリアさんやエオリアさんは?」


台所近くの椅子に座り、杯を掲げる格好で金髪の女性がいた。


「あの二人のことならアル坊のほうが知ってるだろうさ」

「アルトさん……?」

「……うん、セリアが熱で倒れちゃって、さ。エオリアはその看病」

「だ、だったらアルトさん、どうして、どうしてパストラに……」

「ブッファさんに聞いたんだ……リラが倒れたって」

「!」


青年の言葉を聞いた瞬間、少女は胸前で両手を握り、言う。


「ごめん、なさい……ごめんなさ、い……私の、ために」

「リラ……あやまらなくて、いいんだって。俺が無理言って来ただけだから」

「でも、だって、アルトさん! 服だってそんなに汚れて! とても苦しそうな顔をしていて!」


少女は思い出していく、昨夜現れた青年の姿を。


「……違うんだ、リラ。これは、リラのせいなんかじゃない。俺が、俺がさ」


青年は、歯切れ悪くも、眼前で涙をこぼす少女へ言葉を続けていく。


「俺が……ちゃんと向き合えてなかった、からなんだ」


   ●   ●   ●


老人を背負い二階へと階段を登っていく青年。

そこから少し離れた台所、藍色髪の少女と金髪の女性が並び立って料理をしている。

適当な形に野菜を切っていく女性、少女は火加減を見ながらかまどへ薪を追加していく。

女性はひとしきり野菜を切り終えたあと、顔を隣で動く少女へ向ける。


「リラ、まだ身体苦しいだろうから座ってていいんだよ」

「ううん、もう身体は平気なの」


その言葉に女性は眉をひそめ、言う。


「どういうことだい?」

「翠の光がね、治してくれたみたいなの」

「翠の光? なんだいそれは」

「私もよくわからないけど、アルトさんは何か知ってたみたい」

「ふーん、アル坊がねえ……それよりもリラ、いいのかい包帯してなくて」

「……うん、もう、大丈夫」


途切れ途切れだが隣からは、強く言葉が返って来た。


「そうか……ならいいさ」

「うん、お母さん、ごめんね」

「なにをあやまるんだい?」

「いままで、お母さんに眼を見せれなくて」

「いいんだよ……あんたがそれで嫌な思いをしてたんだからさ」

「……」

「ふふん、まったくあんたはさっきから泣いてばかりだね」


女性は包丁を置いた左手を、隣に立つ背が低い頭へとのせる。

ゆっくりと、暖かみを分け与えるように優しく、手の平は動く。

抵抗することなく少女は手の平の動きを受け入れる。


「元気になってくれるだけでも嬉しいのに、今日は精霊様に感謝しなくちゃいけないね」


目尻にしわを寄せた笑みを浮かべて女性は笑った。


   ●   ●   ●


「ぐうう……この人はなんでいつも酒くさいんだ……」


二階奥にある倉庫代わりの部屋。

部屋の扉を足で開いて、なかへと入った青年は、

いまだ薄ら笑いのまま寝ている老人を床へとゆっくりおろす。


「はあ……」


おろした老人の隣へと腰を下ろす。

薄ら笑いで眠る老人の顔、その顔を見ながら青年は記憶を掘り起こす。

雨のなか一晩を過ごした廃村、出会った棘兎の夫婦、どうすることもできなかった自分。

ずっとずっと遠くにしかなった死と生。


「エオリアもセリアも……ずっと向き合って生きて来た、んだよな」


口のなかだけでつぶやく。

いや、と言葉が続く。


「俺が気づいてなかっただけで、きっとリラも……」


目線がふっと浮く、先に見えるのは芽が出たばかりの鉢植。

少女は言った、枯らしてしまってごめんなさい、と。

その言葉には自分への謝罪だけでなく、枯らしてしまった種への詫びも含まれていた。

たったひとつの種をそこまで思うことなど自分に出来るだろうか、そう青年は自問する。


「リラは……リラには、種であっても、命として、ちゃんと見てるんだな」


少女が見せた姿勢に、自分がどれだけ周囲の命を命として見ていなかったかを知る。

右拳が握り込まれる。

立ち上がり、青年は黙って部屋を出た。


   ●   ●   ●


黒髪の青年が一階へと階段をおりていけば、台所では食事の用意がととのいつつあった。

台所へと青年が近づいてくるのを見て金髪の女性は言う。


「アル坊、飲み物はなにを飲むんだい? お酒ならたくさんあるよ」

「お母さん! なに言ってるの!?」

「ははは……水でお願いします」


苦笑いしながらそう答え、青年は食事を置かれた長机の椅子へと座る。

女性と藍色髪の少女もともに椅子へと座った。


「それじゃあ、精霊の恵みに感謝して頂こうか」

「はい……いただきます」


青年は手の平を合わせ、瞼をとじて軽く頭を倒す。

その様子を女性と少女は不思議そうに見つめる。


「アルトさん……その動きはなんですか?」


ゆっくりとした動作で、手の平をはなし、頭をあげて、青年は眼を開く。


「元の世界でご飯を食べるときにいつもやってたんだ」


湯気のたつスープが入った杯をかかえるように両手で触れる。


「俺の母さんが言うには、食べる命に感謝を捧げる行為なんだって。

 こっちの世界に来てからは、さっきのエラールさんの言葉があったから、

 やらないままでいたんだけど」

「それがどうしてまた急に?」


女性が尋ねる。


「なんていうか、ちょっと思いなおしたっていうか」

「何を……ですか?」

「その、命に」


気恥ずかしそうに頭をかきながら青年は、四色の瞳を向ける少女を見る。


「もっと、もっと真面目に命と向かい合わなきゃいけない、そう思ったんだ」


   ●   ●   ●


二階奥、倉庫代わりの部屋で眠っていたはずの老人はうっすらと眼を開く。


「手紙では……重病とあったリラ君が、元気になっていましたね」


窓にかけられた厚手の布から漏れる光を浴びながら老人は言葉を続ける。


「そして、アルト君も同じくあれだけ疲れていた顔が元気になっていました」


土の精霊術であってもあそこまで劇的な回復はできない。

しかも藍色髪の少女が患っていた病気は、いまのところ治る術はないと聞いた。

それがどちらも治っていた。

背中から感じるひんやりとした冷たさが火照った身体には快く感じつつ、

老人は疑問を浮かべ続ける。


「考えられるとすれば、奏者を守る精霊の加護」


脳裏に描き出されていくのは、奏者の伝承。

危機に陥った奏者は誰もが、無事な姿であった、と。

だが、連れ添った従者は誰もが、そのとき生きていなかった、ともある。


「一見すれば運が良かった、と思えるのですが」


若草色髪の男と橙髪の少女が手紙に綴っていた内容は、その言葉を老人に否定させた。

腕輪から白き光を発して、およそ人とは思えぬ動きを見せ、

そのとき周囲にいた人々は身体から力が抜けるのを感じた、そうあった。


「もしや、腕輪は他者の命を吸い取り、奏者へその命を与えている?」


だが、と胸のなかで老人は続けた。


「それならば、何故アルト君だけでなく、リラ君も元気になっているのでしょう」


腕輪が他人の命を吸い取るのならば、少女は元気になるどころか、

もっと危険な状態へとなっていなければいけない。

分からないことが多すぎる、そう老人は思う。


「これは、神殿奥にある封書の中身を、確認しなければいけませんね」


風の図書館が燃えてから、大神官も記し始めた日々の記録。

歴代の大神官が記した書物は、神殿奥へと安置されており、大神官以外は見ることを許されていない。

再び眠気をもちはじめた瞼を静かにおろしながら、老人は疑問を胸にしまいこんだ。


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