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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第三楽章 火の旅
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第十九話 試される意思

岩宿の女将に、黒髪の青年を探しに外出することを伝えた、

若草色髪の男と橙髪の少女は、岩宿に接する通り道を歩き出したところで、

離れたところから天へと伸びていく炎の柱を見つけた。


「っ! あの炎は!」

「エオリア? あ、待って!」


言葉を口にした途端、男は少女の声も聞かずに駆け出す。

駆ける方向は、炎の柱が伸びる根元。

小走りから脚は大きく広がり一歩一歩、跳ぶように身体を動かしていく。

体調の戻っていない少女に追いつく体力はなく、男は通りの先へと姿を小さくしていった。


「あーもうっエオリアのばか!」


小さくなる背中へと言葉を投げる少女は、駆け出そうとした脚を止めて、

視界に炎の柱を収めつつゆっくりと歩き始める。

通りにいる住民たちは炎の柱を眺めつつ歓喜の顔を浮かべ、楽しそうに騒ぎ始めている。


「おーっ! 久しぶりに柱が上がったぞーっ!」

「わーすげえすげえ、はじめてみた!」

「騒いでる場合じゃないよ! さぁ、さっさと祭りの準備だ!」


住民だけでなく里全体がにわかに騒がしくなり始める。

慌ただしく動き始めた住民たちを眺めながら少女は、


「……そういえば、三年前も同じようなことあったねー」


炎の柱を見上げながらつぶやいた。

少女が見上げる先、炎の柱は天へと伸びる先を曲げて火山へと伸びていった。


   ●   ●   ●


里の雰囲気が騒がしくなっていくなか、通りを駆け抜ける男。

いくらか駆けていったところで柱が現れたと思われる場所へとたどりつく。

そこでは何人もの人族と岩石人のこどもがはしゃいでいた。


「みた!? いまのみた!?」

「みたみた! 兄ちゃんが火に、まるっとつつまれるとこ!」

「すげーすげー!」


駆けていた脚を止め、ゆっくりとこどもたちに近づく若草色髪の男。

やっぱりな、と胸に思い男は口を開く。


「そこの子たち。その兄ちゃんとやらは黒い髪をしていなかったか?」

「うんそーだよー」

「おいらたちといっしょに遊んでくれた兄ちゃんさ!」

「そうか、教えてくれてありがとう」


こどもたちに礼を言ったところで男は、

視線を丸く焦げ跡の残ったかがり火近くの地面へと向ける。

男は地面に近づきしゃがみ、右手を地面へと伸ばす。

焦げ跡に触れた手の平から感じるのは、精霊術の残滓。


「……まさか、来て早々にアルトを連れていくとは」


三年前、同じように炎の柱に包まれて連れて行かれたことを、男は思い出す。

そして出会った存在を。


「火の大精霊コンフォード様……アルトには何を見せるというのですか」


言葉とともに見上げた先、天空を行く炎の柱は火山の火口付近へと、その先端を伸ばしていった。


   ●   ●   ●


暗い空間のなか、人影がひとり地面へと倒れている。

明かりもない空間は時折、唸るような轟音に揺れ、

ところどころから勢いのある風が吹き抜ける音も響く。


地面に倒れていた人影が呻く。

仰向けとなった身体から伸びる手足が動き、身体を起こそうと間接を縮める。

肘を起こし、膝を立てたところで人影は気づく。

閉じていた瞼を開いても景色が変わらないことに。


「!?」


両手を広げて顔の前で振るも、視界に映るのは暗闇だけ。

一瞬、眼が見えなくなったのかと思い込むが、

数分して眼が慣れて来たころ、周囲が暗いことが分かる。

眼が見えなくなったわけではないことに人影は安堵を得る。


(ここは……どこなんだ?)


暗闇のなかこわごわと立ち、近くに触れるものがないか両手を広げる人影。

ときに響く轟音と鋭利な空気音に鼓動を早くしながらも、ゆっくりと歩みを進めていく。


(出口はどこだろうか。それに、なんでここにいるんだ俺?)


ここ、という以外に場所を言い表すことが出来ず、分からぬことへの不安が胸に満ちる。

短く歩みを刻む足裏からは砂利を踏む感触。

何度か空を切った手の平から返ってくるのは硬質な岩と思わしき壁肌。


(……ここに来る前は、火でできた狐が目の前にいて……)


そこまでを思い出すが、今の場所へと至るまでの記憶がでてこない。

人影は右手を壁につけて、頭を振って意識をはっきりさせようと足を止める。

その瞬間、顔に向かって熱い風が当たる。

はっとした顔になって、人影は風が吹いて来た方向へ素早く向く。


風が吹いて来た方向からは朱色の強い光が周囲を一気に照らす。

突然の光に眼を閉じた人影は、左手で顔を覆って光を避けようとする。

まぶしい光が通り過ぎたのち、周囲が淡い光で照らされていく。


人影が光に慣れて、まぶたを開いたとき、目の前には、

炎の狐と、白の上着に裾の長い黒い衣を履いた黒髪の青年が立っていた。


   ●   ●   ●


「……!?」


人影であったものは、朱の光に照らされて黒髪の青年が現れていた。

青年は眼前に立つ、炎の狐と自分そっくりの青年を驚きの顔で見ている。


壁に右の手の平をついている青年の衣服は、灰色が基本となった旅装束。

対して狐のそばに立つ青年は、この世界に青年が喚ばれたときの服装。

言葉が声にならず、青年はまばたきすることすら忘れていた。

数拍のあと、先ほどよりも勢いある速度で頭を左右に振った青年は口を開く。


「お、おまえは誰だ!? どうして、どうして俺の格好なんだ!」


青年が思っている以上に大きな声が発せられ、朱の光に照らされた洞窟内に声が反響する。

声を出した瞬間、青年は耳に大音量を食らう。

ぐっ、と呻いてまぶたを閉じて両耳をふさぐ。

すこししてから耳から手をはなし、まぶたを青年が開けば、

目の前にいたもうひとりの青年が消えていた。


「!? どこだ、どこにいったんだ!?」


左右を振り向くがもうひとりの姿はどこにもない。

いったいどうなってるんだ、そう心につぶやいて青年が前へと視線を戻すと、

炎の狐は笑うように前脚で口元を隠し、咳き込むように頭部を動かしていた。


その様子に不審なものを感じた青年は、一歩後ずさる。

(笑ってる……? もしかしていまのはこいつの仕業?)

警戒心を高めて胯を開き、両腕を広げていつでも動けるよう力を抜いて構える。


笑い終えたのか前脚をおろした炎の狐は、口端をつりあげた笑みを見せる。

青年は、言い知れない寒気を感じた。

瞬間、炎の狐が立つ地面の左右から火柱が上がる。


地面から噴き上がった火柱は、青年が身構える正面、形を変えていく。

徐々に人の形へと変化していくふたつの火柱に対して、青年は構えを崩さない。

しかし、できあがった姿を見て、青年は表情が崩れる。


「……と、父さん、母さん?」


炎の狐が佇む左には、眉根を詰め、厚みがあるレンズの眼鏡をかけた男。

右には、ゆるい波がかった肩までの髪と、微笑みをもつ女。

思わず、抱きつきたい衝動に、青年は駆られる。

しかし、意識ははっきりと否定を浮かべていた。

目の前にいるのは自分の両親ではないと。


瞬間的に膨れ上がった衝動を否定の意思で押さえつけた青年は、目の前をにらみつける。

知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めていた青年は、再び言葉を放つ。


「……おまえ、一体なんなんだ。なんで俺の姿や、父さんたちの姿を?」


押し殺した声で言い放たれた言葉は、鋭く飛んでいく。

言葉を受け取ったのか、炎の狐はひとつ天へと吼えて左右の人を消す。

姿が崩れ、もとの火柱が消えるさい、青年から思わずうめき声が漏れる。

そのうめき声を聞こえたのか、狐はおかしそうに口端を広げて微笑む。


青年は、いらだっていた。


「いい加減にしろ。わけのわからないことをしやがって」


荒い口調で言葉が出る。

青年は足下に落ちていた黒い石を拾い、身構える。

石を拾う様子を狐は、笑うのを止めてじっと青年を見た。

どこか雰囲気が変わったことを感じて、青年は動けなくなる。


(なんだ、こんどはなにをするつもりなんだ?)


注意深く青年が視ている眼前、

今度は炎の狐自身の姿が、大きな火柱へと転じたのち、人の姿へと転じた。


   ●   ●   ●


里の通りを歩く若草色髪の男と、橙髪の少女。


「もぉーこのばか! この歩いてるばか!」

「セリア。置いていったのはすまなかったが、人が多くいるなかで馬鹿呼ばわりはよせ」

「うるさいばか。それよりもさーアルト、やっぱり連れていかれたの?」

「間違いないな。黒髪のおにいちゃんとこどもや里の人達は言っていたから」

「じゃあ、いまごろは大精霊様の御前かーだいじょうぶかなー」

「……」


青年の安否を心配する少女の言葉に、男は黙って歩く。


「エオリアは、心配じゃないの?」

「……」


なんとも言えない表情を浮かべて男は歩く。

答えを返さない男の顔を少女は歩きながら見つめる。


「心配は、ない」

「……どういう意味で?」

「身体なら、きっと無事だろう」

「それ以外については心配になるようなことなんだ」

「……」


再び沈黙する男に、少女は前に向き、男と同じ歩調で歩く。

通りを歩く二人の周囲は、騒がしい。


「……エオリア。三年前、同じように連れて行かれたけど、なにも話してくれないよね」

「……」


人族の声と、岩石人特有の甲高い声が混ざり合って里に響く。


「あのときは、とても心配してたんだよボク」

「……すまない」

「謝らなくていいよ。謝ってほしいわけでもないから。

 それにさ、数日後に戻って来たと思ったら今度は一人で宿の部屋に閉じこもっちゃうし」


ばつの悪そうな表情を浮かべる男の横、少女は淡々と言葉をつむいでいく。


「無理矢理部屋に入れば、暗い顔して『出て行ってくれ』だもん。

 あーあ、すっごい傷ついたなあ傷ついちゃったなあ!」

「頼むから、謝るからでかい声で言わないでくれ……」

「じゃあ、あのとき何があったか話してよ」


両手を後ろ手に結んだ少女は男へ振り向き、後ろ足で進む。

眼は、少し潤んだまま、まっすぐ男の眼と向き合った。

最後に聞こえた少女の声、男には泣きそうに震えた感じで聞こえていた。

男は、息が詰まったような顔となり、ゆっくりと口を開く。


「すまない、セリア。まだ、まだ話せそうにない」


男の言葉に少女は、はぅと息を吐いて無言で前へと振り返った。


「……セリア」

「いいよいいよーだ。……ごめんね、もう、大丈夫かなって思ったから」

「おまえが謝ることじゃない」


祭りの陽気が立ち上りだした夜の里、

通りを歩く男女は静かに歩みを進めていた。


   ●   ●   ●


炎の狐自身が大きな火柱へと転じたのち、現れた人の姿に青年はまたも驚き顔となる。

青年の正面、まぶたを閉じ、右手に赤い剣を持ち立っている人物は若草色髪をしていた。


「こんどは、エオリア!? ……いや、エオリア、じゃない?」


青年は正面に佇む若草色髪の男をみつめる。

薄くまぶたを閉じた男は、後頭部から伸びる髪をくくっており、顔つきは柔らかさを感じさせる。

自身が知る若草色の男に比べて、眼前にいる男は青年からは若く見えた。

炎の狐が転じた若い男は、まぶたを開く。


まぶたを開いた若い男は、青年を見て、自身の身体を見やる。

うん、とひとつ頷き、身体の調子を確かめるように手の平を開き、腕を動かす。

若い男の様子を見つつも青年は身構えを解かない。


(? 俺の知らない奴の姿でなにするつもりなんだ?)


相手の狙いが読めず、どうするべきか青年は判断しかねていた。

若い男はひととおり身体の動きを確かめたあと、青年へと視線を向ける。

そして歯を見せて笑顔を作り、空いている左手を掲げて空中に火を灯す。

空中に灯った火はやがて形を細長くして、青年が普段持ち歩いている白き剣とよく似た剣となった。

火から転じた剣を手に取った若い男は、左手を振りかぶって剣をほうる。


「!」


自身の背後へと跳び下がる青年。

青年が元いた場所へ転がる剣。

ただ放り投げられた剣をどうしていいか分からず、剣と若い男を交互に見る青年。

苦笑顔となった若い男は右手に持った赤い剣を構えて口を開いた。


『剣をとれ 闘え 意思を見せろ』


言葉が青年の意識に響いた。


「! まさか、大精霊なのか!?」


相手は答えず、構え持った赤い剣を動かして、地面に転がった剣を取るよう促す。

訝しげな顔となりながらも、青年は地面に転がる剣を手に取る。

火から変じた剣は熱くなく、青年の手を焼くようなことはしない。

そのことに奇妙な心持ちになりながらも青年は剣を持って構えを取り、若い男と向き合った。


   ●   ●   ●


天から突き刺す日射しと地面を吹き抜ける風の暑さに包まれながらも、

センブリの里は祭りの活気と賑わいに溢れ、普段は火山近くの鉱脈を掘っている炭坑夫や、

里近くにある村々からの人々が集い、多くの人々が里を行き交う。


青年たちが荷物を置いている岩宿の一室、

丸い石作りの机の上では四人の人物たちが向き合い、手に三枚ずつ絵の札を持っていた。


札に描かれている絵は、光を反射する湖、燃え盛る炎、

葉が生い茂った樹、地面へ吹き付ける風、の四種類。

その絵が描かれたすぐしたには、小さな宝石がいくつか並んで描かれており、

札によってはひとつであったり何個も並んでいた。


机に向き合っていた人物のひとり、左右の肩に炎の模様が彫られている岩石人が、声を出す。


「そろそろ、勝負してもよいかのう?」

「ま、まった! まってくれ親父!」


炎の彫りを持つ岩石人の対面に座っていた、後頭部に翼の模様を彫ってある岩石人が言う。


「もう一枚! もう一枚だけ札を引かせてくれ!」

「どうせ引いたところで変わらんじゃろうが」

「いいじゃねえかよ!」


そう言って翼模様を持つ岩石人は、場の中央に置かれている札の束から一番上を手に取る。

手に取った札を元々と持っていた札と並べて見た瞬間、


「だぁ〜! 越えちまったよー!」


翼模様の岩石人は手札を放り投げて、石机に伏せた。

隣に座っていた若草色髪の男は苦笑顔となって言う。


「欲張るからだ、コモド」

「ちっくしょー! エオリアの兄貴には勝ちたかったのに!」

「んふふふーボクには勝てたかもしれないのにざーんねーん」


若草色髪の男の対面に座っていた橙髪の少女は、満面の笑みでコモドを見やる。


「そ、そんなあ……セリアの姉さんそんなに良くなかったのかよ!」

「ほっほっほ。だからおまえは阿呆と言われるんじゃ」


炎模様を持つ岩石人は甲高い声とともに煙管をくわえ、

息を大きく吸ったあと口からはなして煙を天井へと吐く。

白い煙が天井へと浮き上がっていく。


「ほい。儂の手札は合計で二十じゃ」

「むう、自分は十八だ」

「はーい、ボクは二十一だよー」

「姉さん逆じゃん! 一番じゃん!」


えへへーと誤摩化して少女は笑う。


「ほざいてないで、ほれ、出さんか金を」

「くそーっ! 里長が息子から金巻き上げて恥ずかしくないのかよ!」

「いまは祭りじゃ。悔しかったら儂に勝ってからじゃ」

「ごめんねーコモドくーん」

「セリア、言ってることと表情が合ってないぞ」

「もうおれ、お金すっからかんだよっ!」


炎模様を持つ岩石人は皆が置いた手札を集め、

札を全て絵の見えない表側を上にして重ね、札を入れ替えては順番を混ぜていく。

煙管を口でくわえたまま、炎模様の岩石人は言葉を放つ。


「阿呆息子や。儂は貸しでもかまわんのじゃぞ?」

「糞親父め〜! 母ちゃんもなんか言ってくれよ!」


そう言って翼模様の岩石人は背後へ振り返る。

振り返った先には、石で出来た椅子に座って編み物をしている岩石人。

手の甲に花をかたどった彫りが刻まれている。


「コモド、勝たなきゃ小遣いなしだよ」

「母ちゃんそりゃないよ〜!」


二人のやりとりに男と少女は顔がほころぶ。

ほころんだ顔に対して微笑んだ炎模様の岩石人は、煙管を手に取り口を開く。


「ところで、奏者のアルヒト様かえ、まだ戻ってこんみたいだのう」

「ええ。自分のときは三日程で解放されたのですが……」


机の上に置かれていた杯を手に取り、男は答える。


「コンフォード様は、言葉少なくてよくわからんからなあ。

 そのくせ突然人を連れて行っては試すようなことをなさる」

「生きて帰って来れるんだからいいじゃん」


口答えするかのように言ったコモドの顔に向かって、炎模様の岩石人は煙を吹きかけた。


「だからお前は阿呆呼ばわりされるんじゃ。

 五体満足だからといってな、人は傷を負っていないとはかぎらんのじゃ」

「なんだそれ、意味わかんねえ」

「おまえにはまだ早い話じゃ。そのうち嫌でも分かってくる」


男は黙って杯の中身を口に含み、少女は炎模様の岩石人の代わりに札を混ぜる。


「ふーん。けどさ、大精霊様に連れていかれると何があんの?」

「……それは連れて行かれたものしかわからんことじゃ」


炎模様の岩石人は煙管を持った右手で、左肩の炎模様の彫りに触る。

右肩に彫られている模様とは違い、左肩の模様は焼けただれた様相だった。

岩石人の肌を焼くほどの高熱にさらされたのだろうかと、横目で少女は思う。


少女が視線を変えた先、岩壁に設けられた歪んだ窓から見える火山。

その火山に黒髪の青年が連れて行かれて既に五日間が経っている。

札を再度、自分を含めた四人に配りつつ、少女は青年が無事に帰ってくることだけを祈った。


   ●   ●   ●


「はぁはぁ、はぁはぁ……っふぅはぁ」


息づかい荒く呼吸音が洞窟内に響く。

剣を地面に刺したて、両手は柄に置いて膝をついて青年は呼吸をしていた。

着ていた灰色の装束はところどころが切れており、部分によっては焦げ目があった。

汗が顔をつたって地面へと落ちる。


「はぁはぁ……ぬぐっ!」


無理矢理に身体を立たせようと、言葉尻に活を入れて剣を支えに青年は立ち上がる。

立ち上がり、地面から剣を引き抜いて正面に向かって構える。

そこには変わらず若草色髪の若い男が立っていた。

疲弊し、傷だらけとなっている青年とは対照的に、一切の変化が見受けられない。


「……はぁはぁ……ふぅーっ……はーっ」


息を整えるように深く吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。

呼吸が戻ったところで、一度まぶたを閉じ、開いて若い男に切り掛かった。


両手で握った剣を上から下へと振りかぶる。

若い男は同じく両手で持った赤い剣を横にして、青年の剣を受け止める。

間髪入れず、青年は剣筋を自身の右へとずらし、左半身を前へと出して蹴りを放つ。


男は右膝を蹴り足の裏に当てて防ぐ。

防がれたことに止まらず、蹴り足に力を込め、そのまま相手の背後へ足を押す。

男は足裏を受け止める右膝を引いて、青年の体勢を崩しにかかる。


力の掛かり方が変わったことに気づいて青年は足裏を戻す。

戻した足で半歩下がり、剣を相手から離して右から左へと振る。

男は残していた左足で地面を蹴って飛びすさり、姿を変じた。


「くそ、またリラになるのかっ!」


青年が言ったとおり、飛びすさった相手の姿は青年が最後に見た藍色髪の少女であった。


青年に向かって両手を向けた先には炎の球がいくつも浮かんでいた。

とっさに右へと跳ぶ青年。

飛び退いたあとの地面に向かって炎の球が衝撃をともなって着弾する。


衝撃を受けて転がる青年は、地面の石を拾い少女を向かって投げつけた。

狂いなく少女へと飛んでいく石は、しかし少女を通り抜ける。


「一発くらいくらえよ!」


思わず口から言葉が出た。

言葉の先からまたも火球が飛ぶ。

今度は左へと転がりながらも避け、すぐに体勢を立て直し切り掛かる。


切り掛かった瞬間には、相手は若い男の姿となっていた。

再び赤い剣で受け止められた上、右へと流される。

勢いそのままに流されたため、すぐには体勢が戻せず、青年は相手の斬りを受ける。


「ぐっ……ぅう……!」


脇腹付近に痛みと熱を青年は得る。

その痛みを無視するかのように奥歯を噛み締め、剣を手放す。

剣を振り切った姿勢の相手へと接近して、顔面に向かって拳を放つ。

が、直前で相手の姿が包帯を巻いた藍色髪の少女へと転じた。

思わず拳が止まる。


「……! くそったれ!」


青年は、至近距離から炎を浴びせかけられた。


   ●   ●   ●


「火山、ですか?」

「そうそう。火の精地にある火山がね、また煙をあげてるみたい」


樹木の苗や草花の鉢植えが並ぶ店内、

品の良さそうな老婆が藍色髪の少女へと話しかけていた。


「ディオソに住む知り合いがね、送ってきた手紙に書いてあったの」


そう言って老婆は手に持っていた鞄から封筒を取り出し、

封筒のなかから手紙と絵を出して少女に見せる。

少女は包帯で覆われた眼で絵を見れば、

そこには黒く塗られた山の火口からのぼる黒い煙の絵があった。


「以前に煙を見かけたのは……三年前だったかしら」


老婆を記憶を探るように眉根に皺を寄せ、考え込む。


「それでしたら私も覚えています。確か、エオリアさんが巻き込まれたものでしたから」

「あら、神殿騎士様が関係していたのね。ちっとも知らなかったわ」

「知らないのも無理ないですよ。知ってる人のほうが少ないですから」


ふふっと老婆に笑いかけて、少女は鉢植えを布に包んでいく。

その間に老婆は絵を眺めながらつぶやく。


「そうそう。手紙にもあったのだけれども、奏者様もう着いてるころよねえ火の精地に」

「……じゃあ、火山の煙が上がったのはアルトさんが……?」


老婆の言葉に手が止まる少女。


かつて、セリアから聞いた、エオリアが火の大精霊に火山へと連れていかれたと。

そのときどのようなことがあったのか、

エオリアは話してくれなかったから分からないとセリアは言っていた。


しかし、火山から戻って来た若草色髪の男はひどく暗い顔となっており、

数日間は宿からでてこなかったと聞いた。

なにがあったかは分からないが、相当つらいことがあったのではと想像にかたくない。


火の精地にある火山から煙が上がる。

それは、火の大精霊が人々へ試練をもたらす合図だと言われている。

事実、煙が上がるとき火の大精霊に選ばれた人は連れて行かれ、数日間は人里にもどってこない。


「……戻って来たときには、皆なにかしら傷を負うと、言われている」

「リラちゃんなにか言った?」

「い、いいえ。なにも言ってないです!」


慌てて少女は布を巻いて鉢植えを包み、老婆へと鉢植えを渡す。

礼と代金を受け取り、店の表にある硝子戸を開いて老婆を見送る少女。

表の硝子戸を閉じつつ、少女は硝子越しに見える空を見上げた。


「……アルトさん、お願い、無事に帰って来てください」


両手を胸前に組んでまぶたを閉じ、青年の無事を少女は、髪に付けた花飾りのお守りに願った。


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