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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第三楽章 火の旅
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第十七話 それぞれ想う

挿絵(By みてみん)

土壁の街から旅立つ馬車の群れ。

旅立つ馬車の群れと同時に街からは鐘の音が、街から外へと響き伝わっていく。


音に振り向いて街へと手を振るのは、荷馬車に乗った黒髪の青年。

同じように荷馬車に乗った橙髪の少女と黄緑色髪の男らは帽子をかぶって手を振る。

手が振られる方向には、街の土壁に立つ老若男女の人々。

人々の先頭付近で手を振るのは黄土色髪の男と紫髪の女性。


「行ってしまわれましたわね」

「そうだな……また会えるだろうから、そんな顔するな」

「なに言ってますの? 落ち込んでいるのは貴方でなくって」

「ばっ……いや、まあ、ちょっと名残惜しいがな」

「ふふっ、名残惜しいのはワタクシもですよ」


馬車の群れが遠くの景色へと混じっていくのを見届けた人々は、

それぞれが思い思いの言葉を口にして土壁へと歩いていく。

途中、人々とは逆方向に足をもつれさせながら走る人物がひとり。


「ね、寝過ごしましたぁ! そ、奏者君たちはーっ!?」


落とさないよう帽子を手で押さえながら焦った声を出す男。

他の人々と同様に街へと戻ろうとしたリゾルとベティは呆れた顔。


「……おめぇ、なにやってたんだ」

「……貴方。コル様の首元、首元」


言われてリゾルの視線は、荒い息づかいとなっている男の首へと向かう。

そこにあるのは赤くなった肌、形は唇。


「……コル。おめえ今日は日が没しても壁外の警備だ!」

「ひいいいいいい! そんなのないですよぉ!」


情けのない悲鳴は拳骨で閉じられた。


   ●   ●   ●


「なんか、いまコルさんの悲鳴が聞こえたような……」

「気のせいだろう」

「そーだよそーだよ」


荷台に揺られながら街へと眼を向けていた青年のつぶやきに、

馬を操る台座に座るエオリアとセリアはどうでも良さそうに返す。


「はは……二人ともそんなコルさん嫌わなくても……」

「あのような色にまみれた人間は好かん」

「ボクなんどかおしり触られたんだよねー」


そのたびに二人してコルさんぶっ飛ばしてたもんな、と青年は呆れた笑み。

再び視線を遠ざかっていく土壁の街へと向ける。

揺れる荷物に肩肘を置いて思うのは街でのこと。


(珍しく一週間近くいたなあ……それに演奏会も、三回もやったし)


いままでと違ったのは、やってくださいと頼まれたのではなく、

演奏会をやりたいと青年が自分から言い出したこと。

言い出したきっかけは二人の人物と出会ったがため。


(リゾルさんとベティさんみたいに……俺もなれる、のかな)


早くも小さな点となりかけている土壁の街ディオソ。

耳には長く伸びて聞こえる鐘の音。

まぶたを閉じて、青年は思いを胸に落とし続ける。


(いつか……元の世界へ帰って、それからどうしよう……)


記憶に浮かんでくるのは元の世界で友人たちと過ごしていた日々。

眠い眼をこすって学校へ行き、時に不真面目に、時に真面目に授業を受け、

放課後は部活や遊びに興じたり、家では家族と過ごす。

そこまでを胸に思い落として涙が一筋落ちる。

台座に座っている少女と男に気づかれないように腕で拭う。


(あっちの日々は楽しいことばかりだけど、それももうすぐ終わりだった……)


友人たちが皆、一枚の紙に書く、将来の方向。

アルトは荷台で揺られながら思い出す。

なにがやりたいかも分からず、なにが将来にあるのかも分からず、

紙の空白ひとつを埋めることなくシャーペンを置いた自分がいたことを。


(さんざん先生と母さんに怒られたなあ)


すこしばかり苦い気持ちを抱きつつ、父親の反応を思い返す。

仕事帰りでくたびれた顔をした父親は、空白の紙を突きつけた怒り顔の母親に、

一言を告げただけだった。


(好きなようにしたらいい、か……)


怒るのでもなく、呆れるのでもなく、父親は淡々と言った。

けれど、無関心ではないと思う証拠に、そのとき父親はネクタイを解きながらも、

顔と眼は母親ではなくて近くの椅子に座っていた青年へと確かに向けていたから。


(父さんは、俺と同じぐらいの頃、なに考えていたんだろう)


いまは会う事すらできない記憶のなかにいる父親を思う。

ふと大神官ブッファの顔が思い起こされる。

仕事一筋で家に帰っても口数の少ない父親に対して、

セリアの父ブッファは柔和な顔つきで穏和な口調で他者と接する。


続いて浮かんできたのは包帯を巻いた少女の母親エラール。

父親に対する愚痴を吐きつつも家事は疎かにしない母親に対して、

エラールのリラに対する接し方は放任のようでいて違うと感じさせる。


思えば、他人の親やそれぐらいの年齢の人と接することなど、

あっちの世界ではそんなに無かったな、と青年は思い返す。

こっちの世界では年齢関係なく人が混ざり合い関わり合い生きている。


(なんだろう……元の世界がひどく不自然に見えるや……)


年齢の区別、職業の区別、性別の区別、どれもが元の世界であったもの。

こちらでは区別らしい区別などほとんど感じない。

青年が思考している間に、土壁の街は景色の向こうへと消えていた。


まぶたを開く。


被った帽子に遮られた薄い光が視界へと入って来る。

土よりも砂が多く視界を埋める大地。

大地を眺めつつ青年はさらに考えを頭に投じる。


(ろくに草も生えない環境で、あんなに人が集まって生き生きとしてる)


もう見えなくなったディオソの街にいた人々。

演奏会に来ていた人のなかには事故や凶獣に襲われ身体に欠損を持った人がいた。

しかし、かつて土の精地へと向かった道中で出会った人と同じように、

彼、彼女らは明るい表情を持ち、周囲の人からの支えを受けていた。


(障害者、なんて言葉も存在しない世界)


青年はこちらの世界へ来てから、いくつかの言葉が通じないことに何度もでくわした。

言語が異なるために英語などからの表現は通じないだけでなく、

障害者などの言葉や差別となるような多くの言い回しが通じなかった。


(でもそれは言葉だけで、差別がないというわけじゃない)


包帯を巻いた藍色髪の少女が浮かぶ。

召喚祭で聞かされたエオリアの言葉も同時に浮かんで来る。

差別とはいかなくてもいじめはある、と。


(似たようで違う世界だけど、でもやっぱり似ている部分もある)


いつか自分は元の世界へと帰る。

けれど、藍色髪の少女は変わらずこの世界で生きていかねばならない。

胸が疼く、疼かせるのはアルト自身でも理解できない感情。

感情とともに湧き出る、祭りのときに得た、彼女を守りたいとの思い。


(いまは、旅で近くにいてあげられないけれど……)


かといって旅が終われば、自分はそばにいられない。

手紙を送ったりしているものの、それもいつかは終わる。

どうしたらいいのだろう、どうすればいいのだろう。


憧れから生じた、旅先へと眼を向けた青年の思いは、まどろみへと沈んでいった。


   ●   ●   ●


手綱で馬を操っていた若草色髪の男は、荷台で眠りに落ちた青年を振り返って見る。

帽子を目深にかぶって肘をのせた腕に顔をもたれさせている青年に、

男は小さく笑って馬が走る方向へと視線を戻す。

視線の周囲には男たちの馬車を囲むように、他の馬車が走っていた。


「それにしても隊商とともに移動とは、トロッポ会長がここまでしてくれるとはな」

「だねーこれですこしはエオリアも楽できるんじゃない」

「そのとおりだが、それでは自分の護衛が意味ないな」


隣に座る少女からの言葉に、苦笑して答える男。


「たまには休むのも必要だよーボクを見習いなさいっ」

「いや、それだけは遠慮しておく。そもそもセリアは休みすぎだ」

「えーっ」


不満の声を挙げた少女をほおっておいて、

ここ数日間は演奏会や宴で忙しかったために考えていられなかったことを、

男は前方を向きつつ考え始める。


(そういえば、凶暴化した砂蛸……明らかにアルトを狙っていたな)


一週間前に現れた赤黒い砂蛸は、初めて現れたとリゾルは言っていた。

それだけでなく間を置かずして連続で砂蛸が襲ってくること自体初めてであったと聞いた。

さらにおかしなことに赤黒い砂蛸は戦闘中、しつように青年へと攻撃を向けていた。


エオリアは思う、もしかして、と。

赤黒い砂蛸と戦う前におそってきた砂蛸はアルトを狙っていたのはでないか、と。


(それに加えて、精霊の腕輪、だろうかあれは……)


赤黒い砂蛸との戦いで負傷した警備の連中を助けるため、

青年とともに負傷した人の前に立ち、砂蛸と対峙したときのことだ。

妙な脱力感を覚えた。


感覚は一時的なもので、すぐさま元に戻ったがあれは何だったのか。

聞けば背後や周囲にいた警備の人間も同様の感覚を得ていたと言う。


(だが、アルトだけはそのような感覚は得ていないと言っていた……)


駆けつけたときから、青年の左手首にある腕輪が輝いていることには気づいてはいた。

同時に黒髪の青年が普段以上の速度を持って立ち回っていたことを。

そして戦いが終わったときには腕輪の輝きは失せており、青年の動きもいつも通りとなっていた。


(もしやアルトの身体に似合わぬ力と、異常な発達をみせる剣の腕は)


そこまで考えて男は頭を左右に振る。

まだ答えを出すのは早い、と。

無言で頭を振る男に少女は不審な表情をする。


「エオリア? どうしたの、眠かったりする?」

「平気だ。ただ……考え事をしていた」

「……なに考えるかはわからないけど、考えすぎたらだめだよー?」

「まさか考えてないセリアに心配されるとはっ」

「だれが考えてないのー! ボクだって悩んで考えてますぅー」

「なにに悩んで考えているか当ててみせようか」

「だーまーれー!」


ふくれ顔となった少女に、笑い顔となる男はしばらくして表情を戻す。


(そうだな、考えても仕方のないことだ)


いずれ青年は元の世界へと帰る、そうなれば彼が持っている力も消える。

そう、いつかは彼もいなくなるのだ、そう考えたとき男は寂しさを胸に覚える。

この旅も必ず終わりを迎え、セリアと一緒に自分は神殿での生活に戻る。

気持ちが沈みかけるのを男は感じた。


一陣の風が通り過ぎる。

男の隣に座る少女は腰まで伸びた橙色の髪を風に流す。


「いい風ふいてるねー……んーくすぐったい」

「いい風だな」


風に誘われて空を見上げれば、雲無き青空。

青空からは容赦なく日差しが降りてくるものの、

青年が渡してくれた帽子のおかげで男は暑さをしのげていた。


沈みかけた気持ちがすこしばかり軽くなる。

青年がいつかいなくなるとは言え、彼がともにいた記憶や物まではなくならないのだと。

それまで自分は護衛の使命を全うするのみだ、男は改めて自身の胸の奥で思う。


   ●   ●   ●


隣の男がきつく前を見据えているのを、セリアは横目で見る。

長く伸びた髪を風に流しつつ、帽子は飛ばされないよう手で押さえ、

若草色の男がなにを考えているのか少女は思う。


(きっと、こないだの蛸とのことだろうなー)


あのときの砂蛸は確かに異常であった、しかし青年も異常だった。

それは戦いの場から遠く、負傷した警備の人間を手当していたセリアにも分かることだった。

視界は砂の大地を映しながらも、脳裏には戦いの絵が流れる。


(とんでもない動き、してたもんねアルト)


エオリアにリゾル、コルなどともに赤黒い砂蛸を迎え撃つアルト。

他の人間が地面に叩き付けられる太い足を跳び避けるだけで精一杯だというのに、

青年だけは跳んで避けるさいに斬りつけるだけでなく、

地面へと叩き付けられた瞬間を狙って足に飛び乗ってみせたのだ。


(叩き付けた瞬間なんて見えなかったのに……)


雄叫びあげながら飛び乗った足を駆け、四つの眼が血走る頭部へと近づく青年。

青年を振り落とそうと揺れる足を苦にもせず、たたき落とそうとする足を避けていく姿に、

まるでおとぎ話や詩人の詩に登場する人物を重ねたぐらいだった。


(その前の砂蛸のときは、あんなに驚いて怖がっていたけど……

 夜の晩に現れた赤黒い砂蛸ですらボク怖くて仕方がなかったのに、

 アルトは、そんなの全然見せないで戦っちゃうんだもん)


頭部へと迫ったものの、別の足に弾かれて地面へと落とされた青年は、

それでも恐怖に足を止めることなく再度立ち向かっていった。

立ち上がる際に見えた顔には、怯えを含んではいたが、

眉は強く立っており眼はまっすぐに相手を見据えていた。


(あんな強さとか見せられちゃうとエオリアも困っちゃうよねー)


守る相手が、自分よりも強いという事実。


(でも……おかしいよね、アルトの強さは)


この数ヶ月の旅で筋力がつき、旅立ちの頃よりは逞しくなったとはいえ、

それでもアルトの肉体はエオリアよりも細い。

なのに剣の腕はエオリアを越しつつあり、肉体にいたっては想像以上となっている。


(お父さんは……なにか知ってるのかなあ)


風が落ち着いたところで、少女は帽子から手をはなし、

両肘を膝につけて両の手の平にあごを乗せて幾つもの馬車が走る前方へ顔を向ける。

隣で「そんな姿勢は……」と注意する声が聞こえるが無視。


(こどもの頃から奏者の言い伝えを、お父さん聞かせてくれたけれど、

 そのたびになにか考えてる様子だったし)


いまは近くにいない人物のことを思い、少しだけ寂しさを得る。

金髪の女性や藍色髪の少女のことも思い出す。


(リラもエラおばさんも元気にしてるかなー)


遠くの空に知り合いの姿を描いては消していく。

できれば無事に旅を終えて、またみんなで過ごせたらいいなと思い、ちらりと横を見る。


手綱を握る男は似合わない柄の帽子をかぶって前を見ている。

その様子を見てセリアはくすりと笑う。

男は一瞬少女を見て眉をひそめたがすぐに戻して前を向く。


(いつかは終わっちゃう旅だけど……)


それまでは楽しく旅していたいな、そう少女は心に秘めた。


   ●   ●   ●


青年たちの馬車が数日間砂だらけの大地を走る旅に出た日、

人通りも少なくなってきた深夜、花屋の二階の一角からは明かりが漏れていた。


少女は筆記帳に筆を走らせている、送り主には決して届かない手紙を。

書かれている手紙のよこには土の入れられた鉢植え。

鉢植えの中央には僅かな土の盛り上がりが見える。


夜露草の芽が出かけようとしていた。


ただ、鉢植えの横に広げられている筆記帳には、

僅かに土が盛り上がった記述が数日前の日付にて記されており、

そこから進展を見せていないことが見てとれる。


それでも少女は嬉しさと喜びを隠せなかったのか、

土が盛り上がった際の日付にはやや乱暴に文字が記され、

笑顔を模した絵が描かれてもいた。


青年から送られた手紙へ返事を書く少女の顔も、ほころんでいる。

ふと、少女は筆を止め、頬に手をあてて何かを考える。

その姿勢のまま下を向いていた視線を上に向けた。


向けた先には何枚も画鋲で止められた絵。

大きい、と言うどころではない巨大な蛸と戦う青年たちが描かれた絵。

送られた手紙によれば、記録の為にディオソの警備の人が描いたのだという。


神殿と生まれ育ったパストラの街しか知らない少女にとって、

何度も送られて来る青年の手紙はいつしか、

閉じた居場所にいた彼女の意思を動かそうとしていた。


少女は何度も思っていた。

手紙を送られているだけでいいのだろうか、と。

与えられているだけの自分で良いのだろう、とも。


「……私だって、アルトさんのためになにかしたい……」


視線が向かう先では、絵のなかで剣を構え立ち向かっていく黒髪の青年。

逞しくあり、凛々しくもある姿、だが少女は知っている。

青年の内にも自分と同じように恐れ、寂しさが宿っていることを。


「アルトさんに、私ができることってなんだろう……」


顔を動かして視線を移動させれば映るは鉢植え。

ようやく、ようやくにして芽が出ようとしている。

筆を置いて、鉢植えを手にとる。


「夜露草を咲かせること、だけでいいのかな……」


脳裏には青年の言葉がよみがえる、リラの咲かせた花が見てみたい、と。


鉢植えを両手で抱え込み抱きしめる胸には、小さくも熱い感情。

手紙が届くたびに、青年の書いた文章を読むたびに、同封されている絵を見るたびに、

少女の胸元で疼く感情。

鉢植えを抱きながら少女は、少し早くなった自分の鼓動に耳を傾ける。

鼓動に心地よさを感じながら、少女はひとつのことを決める。


「うん……私、もっと動いていこう」


唇からは静かに、しかし強い意思の言葉を少女はつぶやいた。


   ●   ●   ●


ほぼ一日中日射しを浴び続けていた結果、

馬車の台座で手綱を握っている青年はすっかり日焼けした肌となっていた。

帽子をかぶり、長袖の衣服を身につけているにも関わらず、

天から降り注ぐ日光は容赦なく大地を走る人間を焼いていく。


ひとり台座に座る青年は周囲を走る馬車の一台に向かって声を投げる。


「グラーベさーん! 今日で八日目だけど、もうすぐじゃないんですか!?」


声がかけられた先には青年と同じように帽子をかぶり、

上半身を大きくおおう布をみにつけた髭が長く伸びた老人。


「そうじゃのう! おそらくそろそろ見えてもいい頃合いだのう!」


年老いた外見に反して返る声ははっきり通った声。


「と、昨日も言ったような気がするけどのう! はっはっは!」

「いい加減、ひからびそうですよ俺!」


老人の笑い声に青年も笑いをにじませた口調で返す。


「いいじゃないか! アルトもそのまま砂の隊商として臭い男になろうや!」


青年が声を掛けたのとは反対方向にある馬車から聞こえる野太い声。

野太い声に振り向いた青年の視界には、赤紫色した長髪を細かく編んだ若い男。


「レッジさん、それだけは勘弁してください!」

「ちっ! アルトだったら隊商の楽士として歓迎するのになあ!」

「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、俺やることありますから!」

「ははっ! 旅が嫌になったいつでもこい!」

「ええっ!」


レッジからの声にアルトは笑顔となって頷く。

青年の背後、馬車の荷台からは動く人影。


「じゃあボクも旅が嫌になったらレッジさんたちと歌おうかなー」

「そいつはいいな! 巫女さんの歌なら大歓迎だ!」

「本当じゃのう! いっそ毎日歌っててほしいくらいじゃ!」

「えへへーよぉっし! それじゃあ一曲いくよエオリア!」

「……目が覚めたらいきなり歌に付き合わされるとはな」


荷台から台座へ立ち上がった橙髪の少女の背後からは、

あくびで口を大きく開きながら銀の横笛を構える若草色髪の男。


「いいじゃない、いいじゃなーい! いまきぶんいいから!」

「自分の気分は……まあ、いいか」

「おっと騎士さんもお目覚めかい! 楽しい曲を頼むな!」

「わかった。セリア、曲は演奏会のときのでいいか?」

「いいよー」


台座の後ろに立って両手を横に広げて風を受ける巫女。

その後ろに立ち、銀の横笛を構えた騎士は息を吸い込んで音を生み出した。


始めは高く伸びる音、に続いて短く連続した音をつないでいく。

音に合わせて巫女も高い声で歌い出し、幾つかの言葉を音に合わせたのち、


一拍の空き。


今度はゆっくりとした音色と拍子。

歌声も出だしよりもトーンを下げて合わせていく。

騎士の両手はせわしなく動きつつも、音は途切れず流れる。


巫女の歌声もときに小さくつぶやくような音量となりながらも、

その声は馬車の駆ける音に潰されることなく周囲に響き渡っていく。


短い音の連続のなかにまじる高音の伸び、

合わされる歌声は落ち着いた色ながらも歌い述べる歌詞は激しい恋を歌ったもの。

それでも歌詞にて想いを迸らせる人物は、激しさのなかにも終わりを感じている。


激しく燃え上がる恋は、火が消えるのもまた早い。

けれど、無駄ではない、と歌声はつむいでいく。


人に恋すること、恋を実らせようと努力すること、努力のために行動すること、

すべて消える恋とともに消えるのではなくて、

いずれ生まれる新しい火種をより激しく燃やす糧となるのだと。


だから諦めないでと巫女は声を出す。


どんな恋も人も、そのとき出会った幸運はそのときのものだけ、

臆してはいけない、見失ってはならない、ただまっすぐに求めよと、

背中を押すように横笛の旋律は短く、早い拍子で音を生み出していく。


台座の背後からの旋律と歌声を耳に聞きながら青年は思う。


(恋……俺の恋ってどうだったかな)


思い出を振り返れば、向こうの世界における二月の記念日での結果は無惨なもので、

好きになった子はいても全然仲良くもなれなかったよなあ、と青年は苦笑いになる。

それは周りで騒いでいた友人たちも同様だったし、男だけで遊んでる方が楽しかった。


(だからコルさんに色知らずとか言われたんだろうなー)


でも、と青年は胸に疼きを覚える。

手綱を握る手に力がこもり、視線が向いている方向にはひとりの顔が思い描かれる。

包帯を巻いた藍色髪をした少女の、笑顔。


笑顔を思い浮かべた瞬間、胸がこれまでになく疼く。

両手のうち右手だけを手綱から離した青年は、左胸に手の平を当てる。


(リラの笑顔を思い浮かべると、いつもこうなる……)


もしかして、恋をしているのだろうか、青年は自問する。


(よく、わかんないな……恋らしい恋したことないし)


問いに返す意思はあいまいなもの。


(好きになったことはあっても、顔が可愛いとかそんなんばっかだった)


だから冷めるのも早かった。


(けど……リラは、どうなんだろう。顔でどうこうじゃないし、好きとは……なにか違う)


言葉にならない思いを抱いた青年の前方、

天に向かって朱色に黒光りをした大きく横に広がる山が映り出した。

山に気づいた青年は、はっとして声をあげる。


「あれは火山!?」

「やっーっと見えたのう! 待ちこがれた火の精地だぞう!」

「火山の麓にあるのが、火の精霊コンフォードを奉る精地、プレッシだ」

「いまのところは火山もお休みしてるからへいきだよー」


歌を終えた二人も青年とともに前方に現れた山を眺める。

山の頂上からは大きな白煙が上がっており、麓に見える街らしきところからも、

煙突のようなものから白煙が空へと登っていた。


手綱を両手で握った青年は、今一度強く手綱を馬に叩き付けて加速を促した。


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