表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第三楽章 火の旅
15/37

第十五話 外へ出た少女

薄雲が細く太く流れる夜空からは月明かりが途切れ途切れに地面へと降りそそぐ。

降りそそぐ先には日干しれんがを積み重ねて作られた建物の群れ。

建物の群れを囲むように厚く高さのある土壁が円状にある。

通りのところどころではかがり火が置かれ、武装した人間たちが歩き回っている。


建物の群れ中央にはひときわ高く作られた塔。

塔の頂上付近には月光を反射する赤銅の鐘がひとつあり、

その鐘が反射する一筋の光は一軒の建物を照らしていた。


反射する月光が窓から差し込む室内。

寝台近くの古びたランプから照らし出される淡い光は、月光と混ざりて室内に散る。

寝台に寝転がる影がうごめく。


「……」


光をさえぎるように片腕を顔にのせ、口が開く。


「……う、ん?」


気づいたかのように声が漏れ、疑問符となった口はそのままに腕を脇におろして眼を開く。

寝転ぶ影は上半身を起こそうとして、


「……っ!」


眉を詰めて瞼を強く閉じ、歯を食いしばる。

身体の脇へと置かれている両腕の掌の指には力が入り、掌を閉じることなく宙を掻く。


「ぬ……ぐぅ、がぁ……!」


痛みを堪えるように影は呻き、月光の角度が変わるまで声は止まらなかった。

月光が差し込まなくなり、室内には古びたランプの光だけが占めるなか、

寝台に寝転ぶ影は荒い息づかいを繰り返し、両腕を持ち上げて掌を握りしめる。


「くっ、はぁはぁ……ようやく、治まった……」


脂汗を浮かべた顔からは掠れた声がひとつ。

掌を数度握っては開いてを繰り返したのち、影は寝台から背を起こし、寝台に腰掛ける。

腰掛けたことでランプの光を間近に受けた影の髪色は若草色。


(これだけの痛みを受けるとは、相当の術を使っていたのだな自分は)


記憶が見せるのは、昼間の戦い。

巨大な砂蛸に対して無我夢中に振るった炎の大剣。

若草色髪の男は両腕を見ながら思う。


(あれほどの術、使ったのはいつ以来だろうか……)


記憶が掘り起こされていく。

騎士となるための試練、修行途中の凶獣退治、大神官との荒稽古。

いくつもの場面が浮かんでは消える。


「……強く、なれ、か」


数日前、言われた言葉を口に出す。

両腕の掌は力強く握り込まれる。

と、同時に腹部からは虫が鳴くような音。


「腹が、空いたな。そういえば、ここは宿か?」


右手から淡いランプの光に照らされた室内を見渡せば、

ランプの向こうには同じような寝台があり、

部屋の扉付近には四角い台があった。


「……鎧、拾っておいてくれたのか、それに剣も」


四角い台の上には上半身を守る鎧が組まれており、側には外された篭手や具足。

その横に置かれている鞘に収められた赤き大剣。

寝台から立ち上がり台へと近づく。

近づいて鎧に手を掛ければ、鎧の下に紙があることに気づく。


「これは……セリアが書いたのか」


紙を手に取り、視線を左から右へと動かしていく。

口元が微笑に歪む。


「心配してるのか、駄目出ししてるのかどっちなんだ」


声色に笑みを含めて紙を見る男。

紙には砂蛸との戦いに関する文章と、街の警備員が立ち寄る食堂への地図が描かれていた。

男は手に持っていた紙を丸めると、台に置かれていた革袋へと入れ、革袋を腰から吊るす。

そして、部屋の扉を開いて、外へと男は出て行った。


   ●   ●   ●


「あーっ! エオリア、こっちこっちー!」


長く平たく切り出された岩を食事台として活用している食堂。

その食堂へと若草色髪の男が足を踏み入れた瞬間、奥から声が届く。

男が視線を声へと向ければ、そこには橙髪の少女に黒髪の青年、

それに黄土色髪の男と帽子をかぶった男などがいた。


片手を挙げて声に答えた若草色髪の男は、食堂中央にて食事している連中へと歩み寄る。


「よー騎士さん。昼間は見事だったぜ!」

「おかげで仕事しなくて済みましあぶぅ!?」

「おまえは真面目にやれといつも言ってんだろが!」


黄土色髪が帽子の男をどつく横、橙髪の少女は手を振って若草色髪の男を迎える。


「エオリアー身体、というか手の平、へいき?」


明るい口調でありつつも、気遣いが含まれた声色。

平気だ、と頷いてみせる男に少女は嬉しそうに頷き返す。

男は食事台へと近づいて石の椅子へと腰をおろすと、


「……で、アルトが突っ伏してるのは何故だ?」


男の手前、料理皿を避けて食事台へとうつ伏せてる黒髪の青年がいた。


   ●   ●   ●


「ああ、奏者の兄ちゃんは料理の美味さにやられちまったのさ!」

「……美味さというか見た目というか臭いというか」

「うっせえコル。美味いことには変わりないだろが!」


豪快に笑って見せる黄土色髪の男に怪訝な顔をするエオリア。


「っと、そういや名を名乗ってなかったな。ワシはリゾルート・スピオ。

 この街の警備をやってる。リゾルって呼んでくれていい」

「自分はエオリア・バール。すでに聞いたかもしれないが、大地の神殿が騎士だ」

「聞いてるどころかワシらのなかじゃ有名だよ。三年前の話でな」


リゾルの言葉に、若草色髪の男は顔を曇らし、その顔に気づいた少女が声を出す。


「ねえねえ、そっちの人も名乗ってあげてよエオリアに」

「え、こっちもですか? 静かに呑んでようと思ってたのに……

 あーコル・レーニって言います。コルでいいです、というか放っといていいですよ」


帽子の男の言葉にエオリアは戸惑い顔となる。


「あ、気にしたらすんません。こっち人見知りなんで」

「おいこらコル。おまえのどこが人見知りなんだ、この女好きが。

 すまねえな騎士さん、こいつ普段からものぐさでな」

「あ、いや、そうなのか」


返答に窮したエオリアは適当な言葉を返す。


「それよか騎士さん、呑もうぜ! 今年初の砂蛸を退治することが出来たんだ!」

「自分は気を失っていたから分からなかったが、退治できたのか。それは良かった」


リゾルから杯を受け取ったエオリアは、杯を掲げて祝いの言葉を互いに掛け合った。


「そういや騎士さん、あんた腹へってないか?」

「ああ、さっき起きたばかりだからな」

「だったら丁度いい、巫女のお嬢ちゃんにも食ってもらった、

 この街一番の料理を味わってくれよ!」


そういって黄土色髪の男は厨房へと料理を頼む。

どんな料理が来るのだろうかと思ったエオリアは、

言葉少ない様子でいるセリアの視線に気づく。


「? どうしたセリア?」

「んーんーなんでもないよー」

「なら良いが、ところでセリアは料理を食べたのか?」

「うん食べたよ! とっても美味しかった!」

「そうか……じゃあなぜおまえの前には皿がなくて、アルトの前にあるんだ?」

「だってとっても美味しかったからアルトにも食べさせてあげたんだ!」


嘘くさい、男は少女の言葉に警戒心を抱く。


(セリアは昔から嘘をつくときは言葉が普段より少なくなる。

 ……なんだ? 料理が不味かったのか?)


うつぶしている青年へと眼をやれば、青年は微動だにしていない。

エオリアの警戒心が跳ね上がったところで、料理が到着した。


「さあ、食ってくれ騎士さん! ワシが一番美味いと絶賛する料理だ!」


リゾルに促されて料理へと眼をやったエオリアの視界には、

唐揚げにされた大さそり、炙られた芋虫、煮固められた飛蝗の煮物など、

数々の虫を用いた料理が食事台へと並べられていた。


「……!」


見た瞬間、エオリアの腰が後ろへと逃げた。


「どうした、そんな顔して」


不思議そうに見て来るリゾル。


「……先輩、虫料理大好きなんですよねー」


目深に帽子をかぶって、ぼそっとつぶやいたコルの声に若草色髪の男は汗を垂らす。

冷や汗を垂らしつつ男は橙髪の少女を見る。

少女はあらぬ方へと顔をそむけて鼻歌を歌っている。


「そうか、アルトそういうことだったのか……」


おそらくセリアの奴に無理矢理食わされたんだな、

内心を同情で一杯にしたエオリアは、意を決して料理へと挑んだ。


   ●   ●   ●


大地の神殿より地に位置する街にて、ひとり思い悩む少女がいた。

暗い室内にランタンの光が灯るなか、机に向かう包帯を巻いた藍色髪の少女。

机の上には土が入った小さな鉢植えが置かれており、横には生育を記録した筆記帳。

筆記帳には既に十日以上の記録が残されているが、日々の記述には、


「種を埋めてからもう十日以上も経つのに……芽が出ない」


少女の気落ちした声と同じ内容が書かれていた。

なにがだめなんだろう、少女は内心に思いを得る。


「土、水、肥料に……暑さや冷たさも変えてみたけれど……」


種は一向に少女の期待とは裏腹に芽を出そうとはしなかった。


(お母さん……なにか知ってるみたいだったけど)


青年からもらった種の名前を言ったとき、母親はどこか懐かしむような顔をした。

しかし口からは「頑張って育てな」の一言だった。

かつて大地を旅して回った母、おそらく母も夜露草のことを聞いたことあるのだろうか、と思う。

それよりもと、少女の胸には青年の顔がよぎる。


「せっかくアルトさんにもらったのに、咲かせられないなんて……嫌」


包帯の合間を抜けて、片目からは涙がこぼれ落ちる。


(どうしよう……どうしたら、いいんだろう)


まだ試していない方法はいくらもあったが、いまの自分では駄目な気が少女はした。

こぼれる涙を手の指で拭う。


「……お母さんに聞きたいけれど、まだ、だめ」


落ち続ける雫を拭いながら、少女は前を向いた。


   ●   ●   ●


太陽が輝きだして数時間後、宿の室内では寝台に突っ伏している青年と男がいた。

二人からは声にならない呻き声があがっており、

寝台に敷かれた布や枕を掻きむしるかのように抱いている。

男とは別の寝台に突っ伏していた青年は、無言の叫びとともに勢いよく身体を起こす。


「う、うわああああああああ! ああああ、もう虫は勘弁してくれ……」


窓からの陽光に気づいたあと、うなされていた元凶を口にする青年。

右の手の平で顔を覆い、大きく口を開いて空気を吸い込む。


「最悪な夢を見た……」


青年は夢のなかでありとあらゆる虫に襲いかかられ、

挙げ句に口のなかへと入り込まれたことを思い、吐きたい気分に駆られた。


「あーもう、リゾルさん酒癖悪過ぎだよ……」


寝台から立ち上がり、水場へ行こうと青年は動こうとする。

そこへ扉を叩く音。

どうしようかと寝ている男を見て、諦めて返事をする青年。

扉を開いて入ってきたのは帽子を被った男。


「あ、えーとコルさん、でしたっけ」

「どうもどうも、名前覚えててくださって。あ、こっち街案内で来ました」


長大な弓を背に抱えてコルは挨拶を青年にする。


「えーっと、すいません。仕度しますからちょっと待ってもらえますか?」

「かまいませんよーこっちは仕事さぼれてますから」

「そ、そうなんですか」


歯切れの悪い返事を後にして、青年は顔を洗いに水場へと向かった。


   ●   ●   ●


「この通りからの一角が主に街の民が住んでいますが、ただの家なんで面白味はないです」

「そりゃ人の住んでる家見ても面白くはないですけど……」


日干し煉瓦で組まれた住居を見上げながらは青年は言う。

隣にいるのは長大な弓を背負い、帽子をかぶった男。

通りを行く先々を案内はしてくれるものの、説明はどこか投げやり。

投げやりな説明をパンをかじりつつ聞きながら青年は思う。


(しっかし暑いな……俺も帽子とか買おうかな)


通りを行き交う人々は誰もが頭になんらかの日差し除けを身につけていた。

突き刺す日差しはじりじりと肌を焼く。

持ち歩いている出納に口を付けるも、すぐに喉は乾きを訴える。


「あのコルさん」

「ちょっと待ってください。向こうに可愛い子がいたので」

「はあ……」


帽子の男はあらぬ方向へ眼を輝かせていた。

さっきからこればっかりだよ、青年はため息とともにつぶやく。

隣の男は街の説明をしつつ、女性が近くを通りがかると説明そっちのけで興味を向けていた。


(昨日は後ろから見てて術すごいと思わされたけど、なんだかなー)


呆れを含んだ半眼で女性へ手を振っている男を見ていると、男が視線に気づく。

通りでは地面に水を撒いている人々を背景に男は口を開く。


「どうしました? もしかして奏者君も興味が?」

「ちがいます。それより帽子とか売ってる場所に案内してくださいよ」

「えーっ!? そんな君ぐらいの歳で興味ないなんて……もしかして色無し?」

「! な、なに言ってんですか!?」

「だめですねーこれはだめですねー」


眼を細め、口の端っこをつり上げて帽子の男は言う。

腕組みをしてひとり頷きだした男を見て、青年は嫌そうな顔になる。


「帽子なんかを買うよりも、もっといいもの買いましょう!」


そう言って男は青年の腕を掴み、空を飛んだ。


   ●   ●   ●


「なななななな、ど、どこへ連れて気なんですか!?

 というか、どうして空飛ぶんですか!」

「いーいところですよ奏者くーん。あと気分」


巻き付く風に帽子を飛ばされぬよう手で押さえる男は上機嫌で答える。

青年は落ちないよう男の腕にしがみつき、

身体に巻き付く風で服がばたばたと音をたてる。


(うわ、うわわわ、す、すごい! 飛んでる! 空飛んでる!)


飛んだ際に落としたパンは見る見る間に小さくなり粒となる。

浮いている身体には浮遊感。

上下左右前後どこも空であり、地面は遠くしたにある。

耳へと唸りの音を届ける風は強く、青年と男の身体を包むように渦巻いている。


(これって、風の精霊術、なんだろうか)


疑問は口に出さず、ただ飛ぶままに任せる青年。

やがて高度は街を囲む土壁を越え、地平線が見える位置となる。


「……うわ、こんな、こんな風景が見れるなんて」

「いやーいい景色でしょ。仕事さぼりたいときはよく飛びに来るんです。

 っとそんなことより、さあていーいところに着きますよ」


青年が空と大地が境界を形作る景色に見ほれているのをよそに、

帽子を手で押さえた男は相変わらずの上機嫌で下降を念じ始めた。

高度が下がり始めたことに気づいた青年は、景色を忘れまいと必死に眼をこらす。

眼をこらしている間にも視線は下がりはじめ、ついには土壁にさえぎられてしまった。

今度の手紙にはいまの景色のことを書こう、そう青年が思っているうちに地面は近づく。


「よぉ~っし、着きましたよ奏者君!」


まとわりつく風が弱まり、二人は地面へと足をつける。

青年は浮遊感が抜けきらないのか、地面へと片膝をつく。

ははは、と少し興奮気味に誤摩化して笑った青年は立ち上がり尋ねる。


「コルさん……ここは?」


周囲は日干し煉瓦で組まれた建物だったが、どれも色とりどりな布や塗料で彩られており、

青年の鼻には刺すような臭いがちらほらと漂って来ていた。


「ここはディオソにて春を謳う場所ですよ!」


帽子の男は両手を広げて大声で言い放った。


   ●   ●   ●


「いらっしゃーいって、なんだフランか」

「なんだはねーだろエラ」


花屋の扉を引いて入って来たのは、焦げ茶色の短髪を坊主頭にした男。

後ろ手に戸を閉めた坊主頭は、足下の鉢植えを避けて奥へと歩く。

奥には金髪の女性がしゃがみこんで樹木の苗を見ている。


「あれ? なんだ今日はリラちゃん店番してないのかよ」

「あー……リラはね……」


エラールは言いづらそうに言葉尻を濁す。

ああん? とフランセは問い返す。


「ひとりで……出かけてんのさ」

「はあ? おい、なに言ってんだ。なんでリラちゃんがひとりで出てんだ?」

「いろいろあるんだよ、年頃の娘には」

「いやいやいや、おまえおい! リラちゃんが一人で出歩けるわけねえだろ!」


声を荒げて女性に詰め寄る坊主頭。

女性はやれやれとつぶやいて、服をはたいて立ち上がる。


「でかい声を出すなって言ってるだろフラン」

「おまえ……! なに落ち着いた顔してんだぁ!?」

「あのな、フラン。あの子が自分から出かけて行ったんだよ」


大口を開けて声が出せなくなった坊主頭。


「そんな顔するほど驚くことかい」


呆れた声を出す女性に、坊主頭は動けない。

この数日間、少女が何かを思い悩んでいたのを女性は思い浮かべ、

悩みの元はあの種のことだろう、と内心につぶやく。


「……あの子も、怖がってばかりじゃだめだと気づいたのさ」


今朝のことを思い出す。

灰色の布をかぶり、手は強く布を握りしめ、身体をわずかに震わせながらも、

しっかりと言葉を口にした娘のことを。


(驚いた、てっきり種のことを聞きに来るかと思えば、

 種のことを調べに街へと出かけると言うのだから)


いまだに大口開いて動かない坊主頭を横目に女性は娘を思う。


(けどねリラ。夜露草は昔あたしが散々苦労した上で咲かせた花さ。

 決して簡単にはいかない、けれど咲かせることができたなら……)


言葉の先を胸奥にしまいこんで女性は、再び樹の苗と向き合った。


   ●   ●   ●


「だーかーらー! 俺は嫌だって言ってるんです!」

「いーいーかーらー! その歳で色無しはもったいない!」


桃色や赤紫色で塗られた看板には片目をつぶった女性の裸体が描かれている。

その看板が掲げられた建物の前で、帽子の男は青年の首裾を掴んで連れ込もうとしている。

首裾を掴まれた青年は首を左右に振りながらも、腰をふんばって抗っている。

近くを歩く人々は横目でちらりと見ながら通り過ぎて行く。


「奏者くーん! ちょっと、ちょっと覗くだけですから!」

「右手にそんなお金握りしめておいてなに言ってるんですかー!」

「いやだなあ、これは見物料ですよー」


誰が信じるか、と思い青年は帽子の男が掴む手を、身体を振って引き離す。

あっ、という声がすぐ側で漏れ、青年は通りを走りだす。


「コルさん案内ありがとうございましたー!」

「ちょ、ちょっと……そんな簡単に逃がすわけがないでしょー」


慌てて走り出した青年は、数歩横にふらついてから姿勢を正して勢いを増す。

その姿を見ながら帽子の男は背中から長大な弓を取り出して構える。

矢をつがないで弦を伸ばす男は、ひとつ口端をつりあげて大きく弦を鳴らす。


瞬間、帽子の男が視ている先へ突風が駆けていく。

走っていた青年は半ば振り返りつつ、迫り来る風に声を上げそうになる。

身体が、浮く。


「うわあ……!」

「よぉっし! って、え?」


青年の身体は一瞬浮いて、地面へと落ちる。

その様子に一度は歓喜した男の顔は戸惑いへと転じた。

走りと風の勢いが抜けずに地面へと落ちた青年は、地面を転がり止まる。

青年が腰に見つけていた白き剣の鞘からは、薄く風が巻いていた。


「いつつつ、なんだ? どうして落ちたんだ?」


状況が理解できずに青年は身体をさする。

帽子の男も不可解そうに顔をかしげたが、もういちど長大な弓を構える。


「う~ん、不思議ですけどもう一発」

「少しは考えないんですか!?」


青年の訴えを横に弦は鳴る。

今度こそ風に乗せれるだろうと、帽子の男が視ている先、

地面へと腰をつけながら顔を腕で覆った青年の正面で、風は土壁に阻まれる。


「えっ」


双方から同時に声が響く。

土壁を見た帽子の男は、汗を一筋頬から垂らす。

地面から立ち上がり、土壁の横から顔を出した青年は、ひとりの人物を眼に映す。


「……リゾルさん!」


黄土色髪の男から放たれた強烈な拳骨が、帽子の男に直撃した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ