第十四話 鐘鳴る街名物
遠くに陽炎を揺らめかす大地を歩く馬に乗った人影が、
土壁に守られた街へと近づいていけば彼らの視界には、
槍や剣などで武装した男達の姿が見受けられた。
武装した男達は三人が歩いてくる方向以外にも視線をはりめぐらしており、
男達を見る黒髪の青年は、なにかを警戒してる? と内心に思いを得る。
「エオリア……あの人達、なにかすごい警戒してるんだけど」
「ああ、いまの時期はーー」
身体周辺を薄い霧に包まれた若草色髪の男は、青年の言葉に答えようとした。
瞬間、道を進む三人の背後と前方の街から音が鳴り響く。
背後からは地鳴りを思わせる低く連続した音。
前方の街からは甲高い鐘の音が断続的に鳴る。
青年の視界に映っていた男達はだれもが慌てた顔になり、
三人の方へと向かって叫び始めた。
「おまえたちー! 早くこっちへ来るんだ!」
叫びが聞こえる前に、背後の異常を察した三頭の馬は、駆け出し始める。
先頭の馬に乗っていた橙髪の少女は、突然走り始めた馬にしがみつく。
同じように馬にしがみついた青年は、いきなりの事態に焦る。
(え、なんだ、なんだよ一体! 後ろになにがいるってーー)
上下に揺さぶられながら青年は焦る内心のもと、背後へ視線を振り向ける。
そこには、馬に乗った青年たちの五倍以上は背丈のある、
土色と茶褐色と黒色がまだらに混ざった模様の物体。
時に高く、時に長く伸ばされる十数本の足らしきもの中心に四つの黄色い眼。
眼がついているのは丸い頭部であり、頭部だけでも五倍以上の背丈があった。
「う、う、うわああああああああああああああああああああああああ!」
内心の焦りは意識の混乱を促し、混乱は恐怖を呼んだ。
青年は声の出る限り叫び、馬にしがみつく。
最後尾を走る馬に乗る男は、青年と同じように叫びたくなる衝動を抑えながら、
背後から煉瓦道を破壊しながら追って来る巨大な生物を見据える。
「これが……ディオソ名物の、巨大砂蛸か!」
● ● ●
土壁近くに陣取る男達は、馬にのって掛け走ってくる三人へ叫んでいる。
「もっと馬を走らせやがれー! いそげいそげー!」
「最後のやつ、振り返ってないでさっさとこっちへ来い!」
「ぎゃー! もうだめだー! いやーばらばらのぐっちゃあ!」
顔を手で覆って叫ぶ男は、隣にいた男から拳骨を喰らった。
「あほかテメエは! なに諦めてやがんだ、ほれさっさと行くぞ!」
隣の男を殴った長槍を手にした男は、拳骨喰らった男に声を掛けて走りだす。
拳骨を喰らった男は頬を抑えつつ、背中に矢筒を背負い長大な弓を手に駆け出す。
二人へと続くように幾人かの男たちはそれぞれの獲物を手に動き出す。
● ● ●
後方から迫る巨大砂蛸へと視線を見据えていた若草色髪の男は、一度前方へと顔を向ける。
先を行く二頭の馬には、しがみついてる姿勢の少女と青年。
男は手綱を握る手に力をこめ、再度背後へと振り返り、片手を後ろへ高く掲げる。
背後から迫り来る巨大砂蛸の勢いは凄まじく、見ているだけで男は気圧される。
奥歯を噛み締めて、男は胸に強く念じた。
(我が守護となる精霊よ! 我が使命果たすための力、目の前に現せ!)
念じるとともに身体に熱を感じた、同時に掲げた片手の掌からは拳ふたつほどの火の球。
(もっと、もっとだ!)
さらに念じることで、火の球は男自身を飲み込むほどの大きさとなる。
(こんなもので足りるかっ!)
噛み締めた奥歯から歯ぎしり音を響かせ、男は眉を強く立ててさらに、さらに、さらに念じる。
掌の上空へと現れた火の玉は馬に乗った男ごと飲み込む大きさとなり、
火の玉の影響を受けて男の周囲にあった霧はすでになくなっていた。
掌先から感じる熱さに汗を垂れ流す男は、背後の巨大砂蛸を睨みつける。
地面へと叩き付けられる足の動きを見て、男は火の玉をぶつける機会を伺う。
数瞬、時間が流れたとき、背後へと振り向いている若草色髪の男へ届く声。
「そこで火の玉出してる野郎! ワシがやつの動き止めたらぶっぱなせ!」
届く声は低くも通る声だった。
声を聞いた男は、かざした掌に意識を集中させる。
「うおっ!? また火の玉がでかくなりやがった!」
いつのまにかすぐ側で聞こえた声に、若草色髪の男は声の方向へ眼を向ける。
そこには長槍を手にし、あご髭を生やして頭部には白布を巻き、
布から伸びる黄土色の髪を肩口でざっくり切りそろえている人物がいた。
馬とは反対の方向へと走っていった黄土色髪の人物は、地面へと長槍を突き刺し、叫ぶ。
「化け蛸がぁ! ここはおめえの遊び場じゃんねえだよ!」
力強く叫んで地面を勢いよく殴りつける。
瞬間、地面から太い土の柱が数本飛び出して巨大砂蛸へと向かう。
飛び出した土柱は砂蛸の歩みを防ぐように、砂蛸以上の高さまで伸びる。
砂蛸は自身の前方に現れた土の柱を叩き落とそうと足を振りかざす。
「コル! さっさと放て!」
「いまやりますよ!」
コルと呼ばれた白い帽子をかぶった人物は、黄土色髪の人物横に長大な弓を構えて立ち、矢を放つ。
風がまとわりついた矢は、土柱をたたき壊そうとする砂蛸の足よりも早く、土柱に着弾。
土柱は矢のまとっていた風に砕かれ、その身を大きな土塊となす。
矢がまとっていた風はそこで止まらず、土の塊を砂蛸の身体へと吹き飛ばす。
同じように矢で砕かれた他の土柱も、大量の土塊を雨のように砂蛸へと降らせる。
砂蛸は、降り注ぐ土塊に、ひるむ。
「火の玉ぁ!」
馬から降り立ち、男達の背後に立っていた騎士は、
黄土色髪の人物からの合図に無言で頷き、上空へと掲げた掌の腕を後ろへと引き、肘を曲げる。
曲げた肘をばねにして広げた掌とともに、火の玉を砂蛸へ向かって押し込んだ。
● ● ●
砂蛸にぶつかった火の玉は周辺に熱風と砂埃をまき散らす。
熱風と砂埃を遮るように顔を腕で覆う男達。
辺りにはなにかが焦げた臭いが漂う。
音は、風が吹き付ける以外、なにも聞こえない。
三人は武器を構えて、砂埃に隠れて見えない前方を注視する。
「……おい、火の玉出してたやつ。手応えはどうだった」
「……確実に当てた、が先ほどので沈むとも思えん」
「え〜!? あれ食らって生きてるとか勘弁してくださいよ〜?」
長大な弓を構えた男が泣き言をほざいてるなか、
街の方からは武装した男達が大勢追いついて来た。
追いついた男達は三人の周囲に立ち並び、構える。
● ● ●
街へと半ば暴走気味に走っていた二頭の馬は、
武装した男達に止められ、橙髪の少女と黒髪の青年は地面へと降りていた。
地面へと足を降ろした青年は、落ち着かない胸を手で押さえながら街と反対方向を向く。
視線の先には、空中で大量に舞っている砂埃。
「……どうなったんだ? あの生物はどこに?」
状況を理解していない青年はひとりつぶやく。
そのまま視界をさまよった視線は、大量に舞う砂埃の前にいる男達のなかに、若草色髪を認める。
「! まさかエオリア!」
あのでかい生物と戦うつもりなのか! と心で続けた青年は、
腰横から白き剣を抜き出して駆け出そうとする。
が、横手から伸びた手に腕を掴まれる。
「セリア! なにするんだ!?」
「だめ。アルトはいっちゃだめ。これはエオリアのためなの」
「なにを言って……」
目の前の少女の様子に、青年は言葉を最後まで言えない。
橙髪の少女は身体を震わせ、腕を掴む手は強く力が込められていた。
涙をこぼしそうになる目元を腕で拭った少女は、震えの止まらない身体を持って言う。
「エオリアは、アルトを守るための人。だからアルトはいっちゃだめなの!」
「そんな……助けにもいけないのか」
普段とは違う焦りと恐怖がないまぜとなった少女の声に、青年は胸に強い衝撃を受ける。
音が響き渡る、低く地鳴りを思わせる音。
少女と青年は咄嗟に音の方へと視線を向ける。
砂埃が晴れた向こう、各部位を焦げつかせた巨大砂蛸が街へと進み出した。
● ● ●
砂埃が晴れた地面には黒くなった土の塊が落ちていた。
「くそが! 土を降らせたのが反対にじゃまになっちまったか!」
「リゾル先輩! んなこと言ってないで早く逃げましょうよ!」
「馬鹿野郎! ここで食い止めねえと街があぶねえだろうが!」
地面を叩き付ける砂蛸の足をかいくぐりながら言葉を交わす男二人。
同じように足を避ける若草色髪の男は、思考する。
(さっきのは降る土が邪魔して頭部に当てれなかった。ならそうでないなら!)
「さっき土術を使ったおっさん!」
「ワシはおっさんじゃねえがなんだ!」
「……ワシって言ってるからおっさん呼ばわりされるんですよ」
「黙れコル! で、なんだ!」
「でっかい壁を奴の前に作ってくれ!」
「はあ!? それで止まるわけねえだろ!」
「いいからやってくれ!」
どうなっても知らんからな!? と言った黄土色髪の男は、
巨大砂蛸から大きく距離を取るため街へと走りだす。
周囲にいた武装した男たちも同じように街へと走り出した。
エオリアも同様に駆け出しながら、身体の鎧を外して地面へと捨てて走る。
立ち止まった黄土色髪の男は、地面に長槍を突き立て、
「くそったれがあああああ!」
地面を強く殴りつけた。
巨大砂蛸の眼前にある地面の土が盛り上がる。
盛り上がった土はそのまま壁となり背丈を伸ばし続ける。
壁が伸びるのを振り返って確認したエオリアは声を出す。
「さっき風術つかった弓の人!」
「えええ!? 今度はぼくですか〜!?」
「風で自分を壁の上へと飛ばしてくれ!」
「ばらばらになっても責任とりませんから〜!」
泣き言をほざきながら弓を構えた帽子をかぶった男は、エオリアとともに足を止める。
足を止めたエオリアは赤き大剣を抜き出し構える。
構えたエオリアの背後に立った男は、矢をつがずに構えた弓を騎士の背中に合わせる。
「ぶっとばすよ!」
「やってくれ!」
応答に弓の弦を鳴らす男。
瞬間、暴風が騎士を背後から襲い、空へと身体を吹き飛ばす。
歯を噛み締めるとともに漏れる声。
暴風に飛ばされる身体はなんども空中で回転しつつ、壁上の空間へとたどりつく。
回転する視界のなか、騎士は街の土壁付近にあるふたつの色を認める。
黒と橙。
(そんな泣きそうな顔するなセリア)
場違いな思いを得る騎士。
一瞬、そんな自分に呆れたが、すぐに眼下に意識を向ける。
すでに身体は勢いを失い、巨大砂蛸に向かって落下しはじめていた。
砂蛸は眼前にたちはだかる土壁を高く振り上げた足で叩きつける。
「ちぃ! やっぱもたんか! おまえら奴の注意をこっちに向けろ!」
黄土色髪の叫びに武装した男たちは各々の精霊術を砂蛸へと放つ。
放たれた術のことごとくが砂蛸の足に阻まれ打ち消されていく。
「せんぱ〜い! 正面からは無理ですよ〜!」
「だからあいつは飛んで行ったんだろが! 黙って仕事しろ!」
● ● ●
落下しつつ太陽の光を背中で浴びるよう姿勢を制御した騎士は、頭上で赤き大剣を構える。
(今度は外さん! 頭部に直接当てる!)
決意とともに苛烈に念じる。
(一撃で! 一撃で! 一撃で!)
身体が燃えた、そう騎士が感じたとき握りしめた大剣に熱を覚える。
炎をまとった赤き大剣は、炎の剣先を伸ばす。
伸びるとともに剣幅も広がり、数瞬の後、騎士の背丈三倍以上となる炎の大剣が出来上がった。
掌が熱く痛みを得るが、騎士は無視。
目の前には巨大砂蛸の頭部が迫る。
● ● ●
街の土壁付近に立っていた橙髪の少女は、駆け出し始めた。
慌てて黒髪の青年も駆け出していく。
● ● ●
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
激しく鼓動する胸を誤摩化すかのように騎士は咆哮する。
そして、咆哮とともに炎の大剣を眼下へと強く握って、振り降ろす。
直撃。
● ● ●
炎の大剣が巨大砂蛸の頭部へとぶつかるのを見て、
黄土色髪の男と帽子をかぶった男は走り出す。
● ● ●
砂蛸の頭部は中央部分が凹み周囲が焼き焦げていた。
しかし、砂蛸はまだ生きているのか足は動き続けており、動きは激しくなっていた。
また、炎の大剣は既に失せており、赤き大剣を手放した騎士は地面へと落下している。
騎士の掌は火傷しており、顔にも水ぶくれや軽度の火傷があり、
炎の大剣をぶつけた際の衝撃で気絶しているようでもあった。
騎士が落下していく先には激しく動き回る砂蛸の足。
それを見た帽子をかぶった男は、矢をつがえずに弓を構える。
「人命救助も仕事のうちだ! 黙って放て!」
「まだ何も言ってませんから!」
弓の弦を鳴らして、暴風を視線の向こうに飛ばす。
が、砂蛸の足に暴風は阻まれ、騎士に届かない。
意味をなさない言葉が帽子の男の口から漏れ、黄土色髪の男は小さく毒づく。
二人の横を人影が駆け抜けていく。
「! おまえら!」
咄嗟に伸ばした手は届かず、男の声も届かない。
くそっ、そう言い漏らして男たちは二人を追いかける。
● ● ●
黒髪の青年は砂蛸に恐怖を覚えつつも戸惑っていた。
自分を止めたはずの橙髪の少女が、騎士のもとへと走り出したことを。
走り出した少女を見て、自分も走り出したが何か考えがあったわけではなかった。
(このままだとエオリアがでかい生物の足に巻き込まれる……!)
この状況が危険であることは分かっていたが、
どうやって騎士を救い出すかは思いついていない。
どうするべきか、そう考えているうちに足は少女に並ぶ。
● ● ●
「セリア! どうしよう!」
「……」
隣に並んだ青年の声には答えず、巫女は考える。
騎士を救う手だてを。
(ここから水を飛ばしても、足に邪魔される……)
先ほど、暴風が足に阻まれたのを思う。
あの足さえなければ彼が助かるのに、そこまで考えて気づく。
(そうだ! あの足を止めればいいんだ!)
でもどうやって? 巫女は自問する。
水術で生物の動きを止めることは、今の自分には難しい。
足を止める、足をなくす、足を……切る? 思いつく。
「アルト!」
「な、なんだ!?」
「ボクの術で飛ばすから足を切って!」
「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
隣の青年は巫女の頼みに絶叫。
「お願い! エオリアが!」
「うう……分かった! やってくれ!」
頷いた巫女は足を止め、頭上に両手を掲げて一心に祈る。
(お願い精霊さん! 彼を助けたいの!)
水の点が浮かんだ、次の瞬間、巫女の背丈を越す水球が現れる。
巫女は両手を前方へと構え、水球も前方へと固定し、
砂蛸へと走りつつ白き剣を構える青年の背中へと視線を合わせた。
「アルト! 痛いだろうけど我慢してー!」
青年への叫びとともに巫女は両手に意思を込める。
すると巫女の前方にあった水球から勢いよく水柱が飛び出した。
飛び出した水柱は青年の背中にぶちあたり、青年を砂蛸の足へと運んで行く。
「うわああああああああああああああああああああ!?」
水柱には絶叫が付いていた。
● ● ●
青年は背中に強い衝撃を受けたと同時に、足が地面を離れるのを感じた。
そのまま背中に衝撃を受けたまま身体は空中を突き進む。
衝撃に剣を放り出しそうになるのを堪えながら、青年は剣を構える。
眼前には巨大な足が迫る。
(切るって言ったってこんな太くてでっかい足切れるかよー!)
逃げ出したい衝動に駆られながら青年は目前の足を見つめる。
足の向こうに見える上空には頭を下にして落下していく騎士。
「! ちっくっしょおおおおおおおおおおお! どけえええええええええええええ!」
一直線に進む青年の身体へ、叩き付けられるように振り下ろされる砂蛸の足。
青年は白き剣を、右へと斬り振れるよう左に構える。
眼前が足で埋め尽くされた、とき。
一閃。
だが、足は半ばまでしか切れなかった。
「うそだろ!?」
そのまま青年は半ばまで切れた足にぶつかる。
● ● ●
青年がぶつかった足は切れた部分から地面へと折れだし、激しく動く足に隙間を空けた。
その隙間に向けて、一筋の風が通りすぎる。
風は騎士の身体を再び上空へと飛ばし、砂蛸が通りすぎた地面へと運んでいく。
「そこのお嬢ちゃんは、あいつの元へ行きな!」
黄土色髪の男の言葉に巫女は頷き、巨大砂蛸を避けて騎士の元へと走って行った。
「あとは……あの化け蛸の始末だな」
「あの先輩……蛸の頭部、見てください」
「……なにやってんだあいつ!」
男の視界には、巨大砂蛸の焼け焦げた頭部に剣を突き刺して立つ青年が映った。
● ● ●
「うわあああああ! 剣が抜けないいいいいいいいいい!」
足にぶつかり、そのまま砂蛸の頭部へと身体を飛ばされた青年は、
飛ばされた拍子に剣を突き刺したまま身動きがとれないでいた。
身体を上下に揺さぶられながらも剣を抜こうと力をこめるが、抜けない。
(なんだかさっきよりも足の動き、激しくなってないか?)
剣に手を掛けたまま周囲を見渡すと、先ほどよりも地面や空中を激しく動く足が眼に入る。
鈍い風切り音がときたま鳴り、青年は身体を強ばらせた。
(くっそ! 早く逃げないとやばい!)
内心に焦りと恐怖を得ながらも剣を抜こうとするが微動だにしない。
「くそ、くそ! 抜けろよ! 抜けろよぉ!」
叫びながらも剣を引っ張る。
「だああああああああ! 抜けろって言ってるだろおおおお!」
苛立ちを含んだ叫びとともに青年は右手を剣から放し、
空中で拳を握りしめて剣の柄を強く殴りつけた。
剣先が頭部へと深く沈んだ。
● ● ●
沈んだ剣の様子に間抜けな声を漏らす青年。
次の瞬間、激しく動き回っていた足が一度大きく震えたのち、
地面へと打ち倒れて動きを止めた。
青年が剣を突き刺していた頭部も斜めに倒れ始める。
「え? え? なにこれ、どうなったの?」
事態が飲み込めず周囲を見回す青年。
「そこの黒髪! 倒れるからさっさと逃げろ!」
声とともに地面から伸びた土柱が青年の隣へと伸びる。
声のした方へと振り返って青年は言う。
「で、でも剣が抜けないんだ!」
「そんなもんあとで取ればいい! いまは逃げるのが先だ!」
その声に青年は迷い、数瞬ののち、刺さった剣へと、
「ごめん、あとで必ず取りに来るから!」
詫びるように言って土柱の上を走って地面へと向かった。
● ● ●
鈍い地響きを立てて巨大砂蛸はその身を地面へと倒した。
もはや動く気配はなく、巨体は静かに身体を横たえている。
武装した男たちはそれぞれの武器を構えて砂蛸を取り囲み、砂蛸を見つめている。
そのうちの長大な弓を手にした男は、
「どうやら死んだみたいですね。はぁ疲れたー皆さんもう構え解いてもいいですよ!」
武装した男達へと声を掛けた。
砂蛸から離れた場所では、布を敷かれた地面の上に若草色髪の男が寝かされていた。
両隣に少女と青年、そして頭に白布を巻いた黄土色髪の男。
白布を巻いた男は眼を閉じて、寝ている男へ両の掌を向けていた。
少女と青年が見守るなか、寝ている男の顔や掌にできた火傷が治っていく。
「……うし。これで傷の方は大丈夫だろう」
「ありがとうございます!」
「ありがとうおじさん!」
「ワシはおじさんじゃねえって! けど、礼を言いたいのはワシらの方さ。
今年現れた砂蛸を早くも退治できたのはあんたらのおかげだからな」
「そんな……それは俺たちというよりエオリアのおかげだと思います」
青年は顔を左右に振りながら男に答える。
「俺たちは、砂蛸でしたっけ、あれを倒すよりもエオリアを助けることに必死でしたから」
「そう言うなって、結果としてあんたらが助けになったのは変わりねえ」
笑いながら話す男を見ていた青年は何も言えない。
「それにしても……エオリアって名前、どっかで聞いたような……
あ!? もしかして神殿騎士のエオリア・バールか、こいつ!」
「こいつ呼ばわりはないと思うなー」
男の声に少女は苦笑いになる。
「ああ、そりゃすまねえ、ってもしかして……あんたは」
「言われる前に名乗るよー大地の神殿が巫女、セリア・オペラでーす」
「うわあ! これはすまん! 巫女と騎士とは知らずに!」
「気にしないよーそんな偉いものじゃないしー」
「ははは、そう言ってもらえると助かるが、じゃあこっちの黒髪さんは?」
「あ、えーと俺は」
青年はどうやって名乗ったらいいかと思い、精霊の腕輪を付けた左手で頭をかく。
「ああ!? そ、その腕輪っておいおい!」
「え、知ってるんですか?」
「知ってるもなにも言い伝えにある精霊の腕輪じゃねえか!
ってことはってことはだ、うわーワシもう死ぬかもしれん……」
「待って待ってくださいって、そんな暗い顔しなくても!」
「だめだめ、まさか今代の奏者様に対して"そこの黒髪"なんて呼びつけちまったんだ……
うちのかーちゃんが知ったらワシ殺されるわ……」
肩をがっくり落とした男は暗い口調で言葉を吐く。
その様子におろおろしている青年の向かい側、橙髪の少女は笑みを浮かべる。
「そっかそっかー知られたら殺されちゃうんだー
だけどなんでだろ美味しいもの食べたら全て忘れちゃう気がするなー」
「え、おいセリア」
「! 本当かお嬢ちゃん!」
「でも、満足できなかったらどうしよっかなー」
「わかったまかせろ! 街一番の料理をおごってやっからな!」
「やったやったー!」
先ほどとは打って変わって力強い顔となった男と、
美味しいものが食べられると知って笑顔になる少女を見て青年は呆れ顔になった。
そんなやりとりがされている元、地面に寝かされた男は心地よさそうに寝息をたてていた。