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大地の歌を奏でる者たち  作者: 日高明人
第一楽章 召喚
1/37

第一話 召喚と出会い

歌声が……聞こえる……


なんだろう……なにかの音色……


笛だろうか……そんな音も聞こえる……


真っ白で……なにも見えない……


   ●   ●   ●


天井のない広々とした空間がある。

壁には白い石造りの柱が並び立ち、床は石畳が敷き詰められていた。

白い広間中央には円を描くように色とりどりの花が咲いており、

円の中心には扉をかたどった黒い物体が光を反射してその存在を示す。


そして、青年と思わしき背格好の黒髪の男が、扉の前に1人。

服装は上は白く、下は黒。両手には何も持たずに立っていた。


青年はたったいま、眠りから覚めたかのように寝ぼけた顔。

突如、焦った表情で右を見て、左を見て、正面を見て、


「え」


ひとつ呟き、ゆっくりと右手を上げていき、

勢いよく頬をひねり引っ張った。


「……! いたたたたたたた! って、夢じゃない?」

「異界へようこそ! 奏者様!」


突然の声に、はじかれたようにして顔を上げた青年の前には、

橙色の髪を首から上あたりで切りそろえた少女が立っていた。

白くゆったりとした服装に身を包んだ少女の隣には、

横笛を口元にかまえて立っている若草色髪の白い鎧姿が立っていた。


口元から横笛をはなした鎧姿の人物は、


「セリア、いきなり過ぎるぞ。奏者殿が混乱しておられる」


セリアと呼ばれた少女は、鎧姿の人物に向き直ると、


「人がせっかく寝ないで考えた迎えの言葉に駄目だししないでー!」

「寝ないでって……緊張感があるのかないのか」


鎧姿は呆れた表情だったが、扉の前で呆然としている目線に気づいた。


「ああ、すまない奏者殿。我が名はエオリア・バール。

 奏者殿の護衛を受け持つ神殿騎士であります。隣のは……」

「自己紹介ぐらいちゃんと自分でやるよー

 ボクはセリア・オペラ! この神殿の巫女をやっているよ!」


少女と鎧姿はそれぞれ名を名乗ったあと、

黒い物体の前に佇む青年へと目を合わせた。


「あ、ありがとう。俺は……山羽有人やまはあるひと


青年は戸惑いの抜けない顔だったが、二人に習って名のる。


「ヤマハ・アルヒト……うん、アルトって呼ぶね奏者様!」

「勝手に奏者殿の名を縮めるなセリア! 奏者殿に失礼だろうが!」

「いや、その、いいですよアルトで。前もそう呼ばれていたし」

「ほ〜らアルトでいいって言ってる」

「そんな得意そうな笑顔でこっちを見るな」


(すごいなあ。息ぴったりなやりとりだ)


アルトは二人を見て思いつつ、改めて周囲を上下左右に見渡す。

白い石作りの柱が何本も並び、足下は白い石が幾つも敷かれ、

近くには花壇が自分を囲むようにして作られている。


(少なくとも自分の部屋じゃない。それにさっき異界って……)


「あの……異界というのは」

「そのことについては僕が説明しましょう」


耳に聞こえたのは年老いた男性の声。

見れば目の前にいる少女と鎧姿の後ろから、

顔に皺を刻んだ白い装束姿が確かな足取りで歩いてくる。


「この神殿の大神官を務めるブッファ・オペラと申します」

「あーお父さん! 出てくるの早いよぉ」

「セリアに任せようと思いましたが、話が進まない気がしましてね」

「正しい判断かと思われます大神官殿」

「エオリアまでひどーい!」


鎧姿をとがめる少女に苦笑いを浮かべた大神官は、


「さて、奏者であるアルト君よ、突然のことに驚いているかと思われます。

 まずは落ち着いて話を聞いて頂くために食事などいかがでしょう」


ブッファは両手を広げて黒い物体前の青年に問いかければ

青年は思案するかのように悩んだ顔をして、


「このまま立っててもどうしようもないですしね。

 奏者とか異界とか分からないことばっかですから是非お願いします」


丁寧な物言いとともに頭を下げた青年に、大神官は感心した顔を浮かべる。


「ははは、そんな堅い口調でなくても良いですよ。

 それでは食事の間へと案内いたしましょう。

 あとセリアとエオリアもいい加減口喧嘩をやめなさい」


   ●   ●   ●


アルトが案内されたのは何十人もの人が入れる広さがある、

白い石で作られた長机と横に何人も座れる長さをもった横長い石が置かれた広間であった。


大神官に促されるようにして座ったアルトは、興味深そうに周囲を見つつ、

(まるで中世に建てられた神殿そのものだ。いや神殿って言ってたからその通りか)

歩いて来た古びた石造りで造られた通路や歳月を重ねた色合いの装飾を思い浮かべていた。


「アルヒト殿、となりに失礼する」


右を見れば若草色髪の鎧が石椅子に腰掛けていた。

テーブルを挟んだ向かい側には大神官と巫女。


「ああ、さっきの巫女さんが言っていたようにアルトでいいですよ。えーと」

「エオリア・バール。エオリアと呼んでもらってかまわないアルト殿」

「もうかたいんだってエオリアは。殿じゃなくてアルトって呼んだらいいじゃない」

「貴女は親しみすぎですよセリア。もう少し慎みなさい」

「はーい。以後つつしみまーす……ってなによエオリア」

「なにも言ってない。なにも言う気はない」

「その顔が言ってるの!」

「二人とも静かになさい。すまないねアルト君、騒がしくて」

「いやいいですよ。騒がしいの嫌いじゃないですから」


四人が会話をしているうちにテーブルの上には、

部屋の奥から歩いてくる年配の女性によって料理が並べられていく。


「ありがとうヒルダさん。さあ、頂きましょうか」

 ではアルト君、食べながらでいいから聞いてください」

「は、はい」

「アルトーこっちの鶏肉美味しいよー」

「よせセリア、アルト殿はまだ野菜を食べてる」

「二人とも……食事ぐらいは静かに摂りなさい。とにかく話を始めますね」


顔の皺をゆるませるように息をついた老人は、落ち着いた声色で話し始めた。


「すでに分かっていると思いますが、この世界はアルト君のいた世界ではありません。

 異界、と称しているように異なる世界なのです」

「それは分かりますが……一体なんで俺はここにいるんですか?」

「ええ、アルト君はこの世界へばれたのです奏者として」

「さっきから言われてる奏者ってのは……」

「奏者とは、この星の大地を巡り、星の歌を奏でる者です。

 アルト君はその奏者として選ばれ、こちらへと喚ばれたのです」

「大地を巡る……旅に出るってことですか」

「理解がはやくて助かります」


老人は微笑みを浮かべながら、隣に座る少女と向かい側の鎧姿を見た。


「旅に当たってはセリアとエオリアが同行いたします。

 アルト君には大地を支える大精霊が住む場所へ行ってもらい、

 星を讃える賛美歌を集めて頂きたいのです」

「はあ……あの……」

「どうしました?」

「俺、元の世界には帰れるんですか?」


青年はわずかにうつむき震えていた。

話は理解はできた、どうしてこんな現状なのかも分かった。

しかし理解できてしまったゆえに、急速に胸の内側へと不安が顔をだしはじめ、

自分は見知った顔がいる場所へと戻れるのかと心配だけが顔に出る。


「……申し訳有りませんアルト君。不安にさせてしまったようですね。

 大丈夫です、ちゃんと帰れます」


青年はまだ震えていた。

少女は心配そうに、鎧姿は口を開いては閉じていた。


「奏者が歌を集める旅、僕達は『賛美歌さんびかの道』と呼んでいるのですが、

 記録にある通りでは旅が終わった奏者は誰もが、無事帰っています」


老人は落ち着かせるように、ゆっくりと穏やかに青年へと声をかけた。

はっとした顔で青年を顔を上げる。


「す、すみません。余計な気をつかわせちゃって」

「いえいえ、こちらこそ説明足らずで不安にさせてしまって。

 実は『賛美歌の旅』は三千年前から始まったもので、

 百年ごとの決まった月日に奏者、つまりアルト君のような人がこの神殿へと喚ばれるのです」

「なぜ喚ばれるのですか?」

「実のところよくわかっていないのです。

 事の発端が三千年も昔であるため、起源がどうであったかは記録がないのです」

「記録がない……」

「ええ、ないというより失われてしまった、という方が正しいですね」


老人の言葉に青年は不思議そうな表情を浮かべる。

その表情へ答えるように少女が口を開く。


「ボクたちのご先祖様は『賛美歌の道』を毎回記録に残していたのだけれども、

 記録がのこしてあった図書館、うん、風の大精霊様の地にある図書館なんだけど」

「その図書館が千年前に燃えてしまうことがあったんだ」

「ボクの説明を取らないでよエオリア〜」

「そう良いながらこっちに人参をよこすな、ちゃんと食べろ。

 で、図書館は再建されたものの収められていた記録の大半はなくなり、

 いまでは三千年前なにがあって『賛美歌の道』が始まり」

「どうしてアルトのような異界の人が喚ばれるのかもわからなくなったの。

 エオリア、果物食べてあげるね」

「自分は好物は最後に食べる主義だと分かってて言ってるだろセリア!」

「二人の言う通り、現在は千年年分の記録しか残っておりませんが、

 少なくとも喚ばれた人は誰1人例外なく帰ったと記録には記されています」


二人の説明の最後を老人が締める。

一息つくように老人は右手にもっていた器を口元に運び、

木製の器にはいっていた茶色い液体を飲む。

青年も同じ形をした器を手にとり、同様の液体を飲む。

少し苦いが飲めなくはないなと思いつつ、


「じゃあ、百年ごとの恒例となっている旅なんですね」

「そうです。それにちゃんと帰れますのでアルト君には楽しんでもらいたいのです」


青年を思ってか、老人は帰れることを強調しながら言葉につづける。


「楽しむ……旅をですか」

「ええ、こちらの世界にはアルト君がいた世界とは違った様々なものがあります。

 見るもの聞くもの触るもの、全てが新鮮だと思いますよ」

「旅にはボクとエオリアが一緒だから観光気分でいるといいよ!」

「あのなセリア、巫女と騎士は観光のためにいるんじゃないぞ」

「そういえば二人は、セリアは巫女、エオリアは騎士と名乗ってましたが」


と言ってからアルトは呼び捨てにしてることに気づき慌てる。


「ううんよびすてでいいよ、その方が気楽だし。果物美味しい」

「自分も呼び捨てでかまわない。セリア人参食え」

「ありがとう二人とも、俺も呼び捨てで頼むよ。」

「ふふ、三人とも気が合いそうで安心しました。さて、先ほどの巫女と騎士についてですが」

「はい、説明お願いします」


先ほどまであった震えはなくなり、

青年は話し出した当初よりも明るい声をだして老人と向き直った。

(よかった、なんとか前向きになってくれたようですね)

ブッファは胸の裡で安堵を得たあと再び話しだす。


「巫女と騎士は旅の案内役としての役割がひとつ。

 巫女は大精霊へと案内をする役割が、騎士には奏者の護衛をする役割がそれぞれあります」

「巫女は仲介、騎士は護衛……」


アルトがセリアを見て、エオアリを見るとそれぞれがうなづく。


「そう、巫女のボクは各地の大精霊様に会えるよう案内をするの」

「自分は旅の最中においてアルトを危険から守る」

「大精霊と危険……想像つかない」

「あ、そっか。アルトの世界には精霊がいないんだね」


青年の不可思議顔と言葉に巫女は驚きの表情を作る。

騎士はうんと頷くと、


「ならこちらの世界の危険が想像できないのは当然だ。

 この世界では精霊の影響からか凶暴化した獣がいるんだ」

「街から外に出ると凶暴化した獣、ボク達は凶獣と呼んでるけど、その凶獣が人を襲うことがあるの」

「とは言っても野外で人を襲うのは何も凶獣だけじゃないがな」


しかめっ面をした騎士の言葉に、青年がそれはと問う。


「アルトの世界にもいるかもしれないが野盗の類いだ。

 ほかにも人を襲うなどして迷惑をかける存在がいるだろうが、

 そんな存在からアルトを守るのが自分の役割だ」

「ボクだって精霊術でアルトのこと守ってあげるから安心してね」

「うん、ありがとう二人とも」


巫女と騎士の言葉に、青年は笑顔を見せるが、

(人と争うことにもなるのか、嫌だな)

内心では今後のことをわずかに憂いていた。

その様子がちいさな沈黙を場に招く。

沈黙を破ったのは老人。


「さてさて、色々とお話しましたが、食事はまだありますので、これらを頂いてしまいましょう。

 ほかにもこの世界のことを知るにあたって何か疑問あればお答えしましょう。

 どうですアルト君」


   ●   ●   ●


時間は午後。


食事を終えた青年は、石造りの部屋に備えてある寝台へ腰掛けていた。

眉と眉の間にしわをよせたうつむきがちな表情で床を見つめる。

やがて顔を振り上げ、しわを解放して寝台へと後ろから倒れこむ。


「いわゆる異世界召喚物語、だよなこれ」


誰に問うのでもなく、青年はつぶやく。

脳裏には食事にて質問して得た異界の知識。

四大精霊と精霊術、人と四つの種族、そして大地の歴史と文化。

左腕を顔の前にかざす。

手首には青、赤、緑、黄。四色の宝石がはめられた銀色の腕輪。


「賛美歌を収める腕輪、か」


食事のあと、大神官から渡されたもの。

代々の奏者に受け継がれている腕輪であり、

大精霊から受け取る賛美歌を入れておくのだとアルトは聞いた。

そして、四つの賛美歌を集めてくるだけでいいという話だったが、

それ以上にこの世界を楽しんでほしいと言われた。


「そりゃ世界を救えなんて言われるよりはいい。

 あんなの喚ばれた側からしたら理不尽きまわりないし、

 それに比べたら道案内付き、護衛付き、楽しんでこいって言われたら、

 断る理由なんて……でてこないや」


広げた左手で顔を覆う。

(なにより、あんな人の良さそうなブッファさんの頼みを断れない)

はあと語尾を伸ばしたため息が漏れる。


「なんで喚ばれたかは分からないけれど、

 セリアの言ったとおり異世界観光気分で気楽にいこうかな」


疑問はあった、どうして自分がこの世界へ喚ばれたか。

賛美歌を集めるのがなぜ奏者でないといけないのか。

しかし、答えとなる記録は失われている。

考えても仕方がないと青年は思考をやめた。

気分を変えるつもりで寝台そばに飾られている花瓶を見る。


白い花瓶には腕輪と同じ四色四本の花が飾られていた。

それぞれが別々の花ではあるが、互いが目立ちすぎず、

かといって違和感があるのでもなく自然な姿を映していた。


「あっちの世界では見た事無いけれど、四本とも綺麗な花だ」


そう思ったとき、木製の扉を軽くたたく音が聞こえる。


「エオリアだ。アルト入ってもいいだろうか」


扉向こうから聞こえる声にアルトが快く返事を返すと、

開かれる扉からは若草色髪の男性が入ってくる。


「休んでいるところすまないアルト」

「いや気にしないで。あれ、エオリア鎧は?」

「ああ、先ほどまでは儀式ということもあって鎧を付けていたのだが、

 もう儀式も終わったので外している。付けっぱなしでは身体が持たないからな」

「そりゃそうだ。てっきり騎士というからずっとそうだと思ってた」

「ははは、その言葉だとアルトの世界には騎士はいないのか?」

「俺の世界にはいないな、いや昔はいたのだけど見た事はないんだ」

「そうなのか、騎士をやってる自分としては少し残念だな。

 ところで、良ければ神殿付近を案内しようと思って来たのだが」

「本当? それはありがたいや。出歩くにも迷子は勘弁だし」

「よし、では行こうか——」

「あーっ! ちょっとなに抜け駆けしてるのエオリア!」


響いた声の方に目をやると橙色の髪が怒った顔でいた。


「しまったもう来たか。セリアが来る前に行こうと思ったのに」

「ひどーーい! ボクだってアルトの案内したいのに!」


高い音を立てる足音ともにエオリアに近寄るセリア。


「え、ちょっとエオリア、なんでセリアの前に?」

「いやなアルト。セリアはこう見えて不真面目だ。

 巫女という職に就いてはいるが仕事をさぼるわ好き嫌いはするわ」

「なーにーをー言っているのかなエーオーリーアー」

「自分の言いたい事がわからんのか。さっさと仕事に戻れ」

「アルトの案内だって立派な仕事ですぅ筋肉馬鹿」

「だれが筋肉馬鹿だ! この不真面目巫女!」

「おーい……」


アルトをよそに口喧嘩が始まる。

どうしようかと思っていた矢先、再び扉をたたく音が聞こえた。

室内にいた三人は音へと振り向けばひとりの少女が新たに立っていた。


「リラじゃない、ひさしぶり〜」


開いた扉近くに佇む少女の近くへと足を運ぶセリア。


「セリアさん、お久しぶりです」


リラと呼ばれた少女は藍色の長髪を伴ったお辞儀をする。

お辞儀から顔をあげた顔には包帯が巻かれており、両目が隠されていた。

その藍色の少女は手元に色とりどりの花束を抱えてもいた。

その花束を見てアルトは少女に尋ねる。


「その花……もしかして花瓶の?」

「はい。大神官様に言われてお花の交換に参りました」

「交換って言っても、花瓶の花は……あ」


まだ交換するほどでは、と思い花瓶を見たアルトだったが、

花瓶に生けられた花々は近くで見ると痛みが表面化していた。


「以前に交換してからもう一ヶ月は経っていますから、そろそろだと思って」


両目を包帯で覆った少女は、まっすぐに花瓶へと向かい手前で歩みを止める。

あっと気づいた顔でアルトへと向き直ると、


「自己紹介が遅れてごめんなさい。私、リラヴェル・カマックといいます」

「あーいいよいいよ。俺はヤマハ・アルヒト。」

「リラーこっちのアルトが噂の奏者だよー」

「こっちと呼ぶんじゃない、アルトに失礼だろ」

「いいってエオリア。気にしないから」


苦笑で呼びかけるアルトだったが、疑問を思い口を開いた。


「えーと、リラヴェルさん」

「リラと呼んでもらってかまいません」

「ありがとう、じゃあ俺はアルトと呼んでくれ」

「はいアルトさん、それで何でしょうか」


あまりに自然な会話、そしてリラが見えない目線をはっきりアルトの顔に合わせる。

その姿に聞こうかどうか少しだけ悩んだアルトだが、


「あの花瓶の花は君が生けたの?」


本来の疑問は口にしなかった。


「はい、私のお店で販売しているものを神殿に飾らせて頂いてるんです」

「そうなんだ、とても綺麗な花だから気になったんだ」

「そう言ってもらえて嬉しいです」


言葉とともに笑顔を浮かべる少女に青年は照れた顔を見せる。


「ねえリラ、まだお仕事ある?」

「いいえ、もうこれで最後ですので」

「じゃあじゃあさ、ヒルダさんとこ行って果物食べようよ!」

「セリアさん、相変わらずですね」


ふふっと笑ったリラを見てセリアも笑い、

いつのまにかアルトとエオリアも笑っていた。


「では自分たちは神殿の案内と行こうか」

「そうだな、頼むよエオリア」


   ●   ●   ●


石造りの通路を黒髪と若草色髪の男が歩いている。

若草色髪の男は身振り手振りをしながら、黒髪の男に説明していた。


「さっきアルトがいた部屋付近は、自分などの神殿に務める人が住まうところで、

 『大地の間』を挟んだ反対側には食事をした食堂がある」

「『大地の間』って?」

「そういえば大神官様も説明していなかったな。

 アルトが最初にいた広間がその『大地の間』だ」

「ああ、最初にいた広間のことか」


『大地の間』そう呼ばれた広間のことをアルトは思い浮かべた。

(そういえば立ってた場所の後ろに、なにかドアみたいなものがあったな)


「エオリア、広間にあったドアみたいなものはなに?」

「ドア? ああ、扉のことをそう言うのか」

「そうそう、その扉なんだけど、あれは一体」

「あの扉は異界に通じていると言われていて、

 奏者はその扉を通じてこちらへと喚ばれてくるという話だ」

「え、じゃあ扉を開ければ帰れるの?」

「残念ながら開かない。昔自分も興味本位で扉を開けようとしたが開かなかった」

「そうなのか……でも奏者なら開けれるんじゃあ」

「同じことを過去の奏者も考えたらしいが、誰ひとり開けれなかったらしい」

「やっぱり……」


少し肩を落として歩くアルトに対して、慰めるような口調でエオリアが言葉をかける。


「そんなに気を落とすな。どういう理屈かは分からないが、

 過去旅を終えて歌を集めた奏者が扉の前に立つと、扉が開いたと記録にはある」

「奏者の意思では開かないのか、一体誰の意思で開いてるんだろうな」

「記録が失われてしまった今となっては誰にもわからんな」

「研究してる人とかはいないのか?」

「かつてはいたそうだが、結局何もわからず匙を投げたそうだ」

「そーなのかー」

「おっと、そろそろ神殿の出口だ」


エオリアの言葉に前を見れば、外から光の射し込む壁が見える。

光が当たる壁の反対に目をやると空と大地がアルトの視界へと映る。


「これが、この世界の空と大地か」


青空は変わらない、髪をなでる風が心地いい。

大地も変わらない、草と土の匂いもする。


ここが異界だという実感はあまり、なかった。

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