第七十六話:魔王の「全肯定」と、停滞する不条理
第七十六話:魔王の「全肯定」と、停滞する不条理
円卓の空気が凍りついた。
背後に佇んでいたのは、異世界の絶対君主――魔王。その存在感は、ただそこに立つだけで万物の因果をねじ曲げるほどの密度を放っていた。
魔王は音もなく歩を進めると、主がいなくなって久しい四天王の空席へと、流れるような動作で腰を下ろした。その一挙手一投足、指先の角度から視線の流し方に至るまで、あまりにも美しく完成された所作。ベルゼも九尾も、その圧倒的な「カリスマ」を前に、呼吸をすることすら忘れて見惚れていた。
「……新四天王のルシファーよ。まぁ、そう固くなるでない」
鈴を転がすような、しかし奈落の底から響くような声。
ルシファーは、蛇に睨まれた蛙のように硬直していたが、プライドと怒りに突き動かされ、震える声でついに叫んだ。
「あ、うぅ……っ! 魔王様! 報告申し上げます! ベルゼと九尾は……奴らは知っていたのです! あの社が健在であることを! ベリアルが死んでいないことを! 奴らの怠慢が、我が軍を……私の三ヶ月を無に帰したのですッ!!」
堰を切ったように、ルシファーは捲し立てた。虚偽報告、情報隠蔽、非協力的な態度。事実を突きつけられたベルゼと九尾は、もはや反論の余地もなく、ただ沈黙して床を見つめるしかなかった。
どれほどの時間が過ぎただろうか。ルシファーがすべての「不祥事」を告げ口し終え、荒い息をつきながら魔王の裁定を待つ。
魔王は目を細め、静かに、そして楽しそうに一言。
「……ふむ。面白いではないか」
「え……?」
ルシファーの呆然とした声が漏れる。
「虚偽、隠蔽、私情による判断の狂い。……実によい。組織とは、そうして内側から腐り、淀んでこそ『味わい』が出るというもの。……ベルゼよ、九尾よ。これからも、その調子で励むがよい。ルシファーも、それを乗り越えてこそ真の四天王よ」
魔王のその一言で、ルシファーが命懸けで告発した「正義」も「責任追及」も、すべてが無に帰した。魔王にとって、軍の勝利や効率など、些末なことに過ぎなかった。彼はただ、ショータが持ち込んだ「社会の理不尽」が、自らの臣下をどう狂わせていくかという「余興」を愛でていたのだ。
「……は、……ははっ。……御意にございます、魔王様……」
ベルゼが力なく項垂れる。それは、最悪の「全肯定による思考停止」だった。
一方、天狐の社。
ショータはノートPCの画面越しに、魔王城に仕掛けた『キキョウの隠しカメラ(魔力センサー)』が捉えた異常な数値を見て、眉をひそめた。
「……何だ、この異常な『熱』の消失は。……魔王軍のガバナンスが、崩壊を通り越して『虚無』に突入してやがる」
「魔王の圧倒的な無関心」という予想外の変数に直面したショータ。
不条理を武器にするプロデューサーに対し、不条理そのものである魔王が、ついに直接、社へと視線を向け始めた。




