第七十三話:三ヶ月の決算書と、エストレアの奇襲
第七十三話:三ヶ月の決算書と、エストレアの奇襲
エストレア王国の最前線。三ヶ月に及ぶ膠着状態に、新四天王ルシファーの堪忍袋の緒が、音を立てて切れようとしていた。
「……解せぬ。以前、九尾が報告したエストレア騎士団は、吹けば飛ぶような玩具の兵ばかりだと聞いていた。それがどうだ。帝国やアーメリアの援軍があるとはいえ、奴ら、人間を凌駕して魔族と同等に戦っておるではないか! ベルゼ、貴様の人事査定はどうなっておる!」
軍議の席、ルシファーの怒声が響く。隣に座るベルゼは、額の汗を拭いながら沈黙を守った。
(……言えるはずがない。三ヶ月間、あそこの『プロデューサー』から届く天狐印のサプリメントと現世の軍事教範、そしてアーシェによる最新の剣術指南が、兵士たちの基礎スペックを爆上げしていたなどと……!)
保身、出世、そして「蕎麦への恩義」。あらゆる事情がベルゼの口を封じていた。
その、魔王軍が内側から綻びを見せた一瞬の隙。
本陣の背後、闇を切り裂くような白銀の閃光が走った。
「――全軍、突撃! 聖域の守護を、今こそ剣に込めるのですッ!」
「遅れるな! 聖者殿が整えてくれた、最高の『勝利の方程式』を無駄にするな!」
アーシェとガイが率いる、エストレアと帝国騎士団五百の決死隊による電撃的な奇襲。
彼らはショータが『世界理の編集』で施した、雨や泥を物ともしない「高機能ワックス加工」の鎧を纏い、物理法則を「卒なく」無視した速さでルシファーの喉元へ肉薄した。
「なっ……! 貴様ら、どこから湧いて……グアッ!!」
不意を突かれたルシファーは、アーシェの放った一撃をまともに受け、右翼を深く切り裂かれた。圧倒的優勢を信じ込んでいた魔王軍の陣形は、内部の隠蔽工作(ベルゼの沈黙)によって情報が錯綜し、瞬く間に瓦解していく。
「……おのれ、汚らわしい人間どもめ! 覚えておれ、この屈辱は必ずや……! 撤退だ! 全軍、不夜城へ引けッ!!」
ルシファーの断腸の叫びと共に、三ヶ月に及ぶエストレア防衛戦は、劇的な幕切れを迎えた。
魔王城へと逃げ帰り、怒りで狂ったように咆哮するルシファー。
一方、天狐の社では、参拝客たちが歓喜の声を上げていた。
「やったぁぁ! エストレア勝利ですぅ! 騎士団の皆様、かっこよかったぁ!」
リリィが本殿の壁に設置した『超巨大プロジェクションマッピング』に、戦地からの凱旋の様子がリアルタイムで映し出される。
「ふふん! これも我が社の『勝ち守り』の効果なのだ! 予約注文がさらに殺到するぞ、ショータ!」
ショータはノートPCを閉じ、勝利に沸く境内を見下ろして小さく笑った。
「……さて。三ヶ月の猶予で、騎士団の『教育コスト』は十分に回収できたな。……ベルゼさん。最高の『隠蔽工作』、感謝するよ」
卒なく、しかし今や「敵の隠蔽」さえも戦略的勝利の糧に変えたショータ。
エストレアの戦勝は、天狐の社の「グローバル・ブランド」を不動のものとし、異世界の均衡を決定的に書き換えようとしていた。




