第七十二話:不自然な三ヶ月と、沈黙の共犯者たち
第七十二話:不自然な三ヶ月と、沈黙の共犯者たち
「……よし。エストレア戦線の物資補給、遅滞なし。リリィ、次便の『天狐印の携帯食糧』に、大介から届いたフリーズドライの味噌汁を追加しろ。兵士のメンタルケアだ」
天狐の社は、驚くべきことに「平和」を維持し続けていた。
魔王軍の新鋭ルシファーがエストレア王国へ侵攻を開始してから、すでに三ヶ月。現地ではアーシェが故郷を救うべく、ガイ率いる帝国騎士団やアーメリア共和国の支援を受けて泥沼の防衛戦を展開していた。本来なら、背後に位置するこの「聖域」が健在であることは、魔王軍に即座に露呈し、総攻撃を受けていてもおかしくない状況だった。
「ショータ、不可解なのだ。三ヶ月だぞ? あのルシファーという男、草木も残さぬ苛烈な性格と聞いておるが、なぜ我らの存在を無視して前線に張り付いておる(はりついておるぅ)のだ?」
コンの疑問はもっともだった。かつてベリさん(ベリアル)から「山頂にベルゼらしき蕎麦っ食いが現れた」という報告もあった。人事部長のベルゼが社の生存を知りながら、魔王軍が動かないはずがない。
「……バレてないんじゃない。『報告が握りつぶされてる』んだよ」
ショータは【世界の総支配人】の演算画面を閉じ、冷徹に断言した。
魔王軍は今、度重なる敗北と主要幹部の離脱により、組織としての余裕を完全に失っている。ベルゼという男は、極めて有能で合理的だ。もし今、ルシファーに「背後の社は健在で、ベリアルは清掃員として生きている」と正直に報告すれば、ルシファーは激昂して軍を返し、前線は崩壊、魔王軍のガバナンスは完全に破綻する。
「……つまり、ベルゼ殿は自分の『保身』と『組織の維持』のために、ルシファー様に嘘を吐き続けている……ということか」
境内の隅で、ベリさんが静かに箒を止めた。
「ああ。あいつはベリさんが生きてることを知ってて、あえて『社は焼けていた』という虚偽報告を継続してる。……皮肉なもんだな。敵の人事部長が、うちの最大の隠蔽工作員になってるんだから」
卒なく、しかし今や「敵の組織的欠陥」さえも防衛線に組み込んでしまったショータ。
三ヶ月という異例の猶予。その間にショータが仕込んでいたのは、単なる物資支援ではなかった。
「……リリィ、キキョウ。準備はいいか。……嘘で塗り固められたルシファーの進軍。そろそろ、その『決算書』を突きつけに行ってやる」
平和な社に、一陣の鋭い風が吹く。
沈黙を守り続けたベルゼの「嘘」が限界を迎える時、ショータの用意した「真実の上書き」が、戦場のすべてを卒なく飲み込もうとしていた。




