第四十三話:深淵の禁忌と、非情なるヘッドハント
第四十三話:深淵の禁忌と、非情なるヘッドハント
魔王軍の円卓には、常に空席となっている最後の一席がある。
四天王最強の将、死界の王・アザトース。
魔界の最深部に封じられた「生ける災害」であり、その魔力は異世界はおろか、現世(ショータのいた世界)すらも無に帰す破壊の権能を秘めている。魔王ですら「奴を刺激するな」と厳命しており、これまでの戦いでも決して召喚されることはなかった。
しかし、主君であるモリガン三姉妹が幼女化し、泣きじゃくる姿を目の当たりにしたローレライの心は、静かな狂気に染まっていた。
「……魔王様がお止めになろうとも、私は……」
ローレライは独り、魔王に無断で魔界の最下層へと降りていった。
立ち込める瘴気の中、禍々しい封印が施された巨大な門の前に立つ。彼女は自身の膨大な魔力を鍵とし、禁忌の術式を解体し始めた。
「……目覚めなさい、アザトース。貴方の渇きを癒やすに相応しい、正一位の輝きを持つ贄が、地上にございます」
ギギギ……と、世界が悲鳴を上げるような音を立てて門が開く。
中から溢れ出したのは、音も光も吸い込む「無」の波動。ローレライは青白い炎を瞳に宿し、主君の雪辱を果たすため、制御不能の災厄を解き放った。
一方、そんな破滅の足音に気づく由もない、活気溢れる天狐の社。
ショータは拝殿の縁側で、ランクアップした【異世界プロデューサー】の解析画面を眺めながら、ある「未練」を抱いていた。
「……なぁ、リリィ。あの幼女化したモリガン三姉妹、あれは逸材(ダイヤの原石)だぞ。純粋な『表現欲求』が魔力に変換されてた。あれをうちの『専属アーティスト』として引き入れられれば、社のエンタメ事業は完成するんだが」
「ショータさん、また無茶なヘッドハンティングを考えてるですぅ! 相手は四天王ですよぉ!?」
リリィがパタパタと羽を揺らして驚く。隣で影から現れたキキョウも、珍しく困り顔で首を振った。
「……厳しい。三姉妹のガードは鉄壁。特に、あの側近のローレライ。彼女の献身はもはや信仰に近い。彼女がいる限り、三姉妹をこちら側に引き入れるのは不可能に近いだろう」
「ローレライ、か。あの時感じた魔力はとてつもなかった。……逆に言えばだ。あのローレライさえこちら側に『落とせ』れば、三姉妹はセットでついてくるってことだろ?」
ショータは現世での営業マン時代のノウハウを脳内でリンクさせた。
「リリィ、キキョウ。策を練るぞ。ローレライを『神社のマネージャー』として採用できれば、魔王軍の武力は事実上、半分になる」
「ショータ、貴様はついに魔王軍の頭脳まで雇用しようというのか! 恐ろしい男なのだ!」
コンが感心したようにおとぼけ顔で頷く。
卒なく、しかし今や「魔王軍の解体」を経営戦略として描き始めたショータ。
解き放たれた災厄アザトースと、最強の側近ローレライの勧誘。
天狐の社を舞台にした、異世界最大の人材争奪戦が、静かに幕を開けようとしていた。




