第三十二話:お忍び王子と、影のエージェント始動
第三十二話:お忍び王子と、影のエージェント始動
ガイとアーシェの劇的な婚約発表以来、天狐の社は「異世界最強の縁結びスポット」として不動の地位を築いていた。そんな喧騒の中、一際豪華な馬車から、あからさまに「お忍び」を強調した派手なマントの青年と、冷徹そうな老執事が降り立った。
「ふん、ここが噂の社か。……執事よ、私はあ.く.ま.で『民情視察』に来たのだ。決して、恋路を神頼みしに来たわけではないぞ(チラッ)」
「左様でございますな、エドワード第一王子。視察のために、わざわざ『恋愛成就・特別祈祷券』を事前予約された熱心さ、感服いたします」
帝都の第一王子エドワード。彼は拝殿の隅でショータを捕まえると、周囲を警戒しながら、顔を真っ赤にして打ち明けた。
「……町娘なのだ。パン屋の、小麦の香りがするリサという娘だ。だが、私は帝都の世継ぎ……父上(皇帝)に知れれば、彼女は追放されてしまう。私は、私は……どうすればいいのだ!」
ショータは現世での「不倫……いや、極秘交際対策」と営業マン時代の「身分違いの商談」のノウハウを呼び覚ました。
(……なるほど。権力者の二世が、しがらみのない純愛に溺れたか。落としどころ(クロージング)は『既成事実の構築』と『世論の味方』だな)
「コン、リリィ。新しい案件だ。……それから、新人。初仕事だぞ」
ショータの影から、狐耳をピンと立てたキキョウが音もなく現れた。
「御意。……縁結びエージェント、キキョウ。これより帝都へ潜入を開始する」
「いいか、キキョウ。お前の任務は暗殺じゃない。『徹底した外堀埋め』だ。王子と町娘が『運命の出会い』を何度も繰り返すように工作し、それを帝都の広報(噂好きの奥様方)に『美談』として流せ。親父さんが反対できない空気を作るんだ」
「……了解。得意分野だ」
キキョウは九尾の毒気が抜けた澄んだ瞳で頷くと、風のように帝都へと消えていった。
数日後の帝都。
エドワード王子がリサのパン屋の前を通りかかると、なぜか「偶然」リサが荷物をぶち撒け、それを王子が「偶然」通りかかった騎士(に変装したキキョウ)に促されて助ける……という、ショータがプロデュースした「ベタな恋愛ドラマ風の演出」が連発された。
「……ショータ。貴様、またあの真面目な王子を手の平で転がしておる(ころがしちゅる)な。あれはもはや『やらせ』ではないか(にょだ)!」
社の縁側で油揚げを齧るコンが呆れる。
「やらせじゃない、『ドラマチック・マーケティング』、『演出』だよ。……さて、リリィ。帝都の新聞社に『王子とパン屋の聖なる恋』という記事の原稿を届けてこい。バドさんを通じて裏を取るのも忘れるなよ」
「了解ですぅ! リリィ、キューピッドになってきますぅ!」
卒なく、しかし今や「国家の世継ぎの婚姻」までプロデュースし始めたショータ。
天狐の社は、単なる神社を越え、異世界の歴史を「愛」で書き換える最強の戦略広報室(PR会社)へと変貌を遂げようとしていた。




