第三話:神の使いの落とし物と、木の枝の「極致」
コンの転送ミスで、一人異世界に放り出されたショータ。
武器も防具もない絶望的状況で現れたのは、初心者殺しの魔物・角ウサギでした。
第三話:神の使いの落とし物と、木の枝の「極致」
「……おまっ、あのアホ天狐、また噛んだ挙句に放り出しやがったな……ッ!」
コンの放った転送魔法は、およそ「丁寧」とは言い難い出力だった。視界が白く染まった直後、ショータの鼓膜を叩いたのは風を切る轟音。
――地上、およそ百メートル。
「卒なく済ませられる場所」という言葉を信じたのが間違いだった。眼下に広がるのは、見渡す限りの深い緑と、得体の知れない巨大な植物の群生。
(……高度、落下速度、空気抵抗。受け身の重心移動、テニスの打点感覚……全部繋げろ)
ショータの脳内で【器用の極致】が火を噴く。彼は空中で手足を広げ、パラシュートのように風を掴むと、着地点を川沿いの柔らかな草地へと定めた。
――ドォォン!
凄まじい土煙。しかし、ショータは衝撃を膝でいなし、三回転して無傷で立ち上がった。
「ふぅ……。三ヶ月通ったボルダリング教室の着地術が、まさかここで役に立つとはな、けど流石にこの高さから助かるとは...あいつ、マジで神⁇」
土を払い、ふと顔を上げた時だ。背後の空間がパカッと割れ、中から慌てふためいた様子のコンが転がり出てきた。
「あわわわ! すまんショータ! 転移装置の設定を我を含めるの忘れておった! 貴様だけ先に射出されてしまったのだ!」
「……は? 忘れてた? お前、神の使いだろ。自分を転送し忘れて一人で放り出すとか、営業なら即日クビだぞ。ここがどこかも分からん新人に、そんな不義理があってたまるか」
「う、うるさい! 貴様なら『卒なく』なんとかすると思って……ひいいいっ!」
ショータの冷ややかな次なるツッコミが来るのを遮るように、コンが先に悲鳴を上げた。
茂みがガサガサと揺れ、一匹の魔物が姿を現した。それは、可愛らしいウサギ……ではなかった。体長は一メートル近く、額からはドリル状の鋭い角が突き出し、その瞳は血走った赤色に染まっている。
「待てショータ! ツッコミを入れておる場合ではない! あれは『角ウサギ(ホーンラビット)』だ! 異世界初心者が装備も整えずに遭遇して無残に食い散らかされる、通称『初心者殺し』! 皮膚は岩のように硬く、突進は鉄板をも貫くというのに……あわわ、武器すら持っておらんではないか!」
コンが必死にショータの背後に隠れる。
「神の使いなら戦えよ……。まあいい、武器ならこれで十分だ」
ショータは足元に落ちていた、長さ一メートルほどの折れた樫の枝を拾い上げた。
その瞬間、彼の視界に青い文字列が流れる。
『解析完了:【樫の折れ枝】
密度:中、しなり:大、重心:先端より45cm。
――スキル【剣道:二段】および【テニス:トップスピンスイング】を適応可能』
「……なるほどな。道具の特性を掴むのは、営業の道具選びも、空手の武器術も一緒か。要は使い方の問題だ」
ショータは枝を「卒なく」構えた。
角ウサギが地を蹴り、弾丸のような速さで突進してくる。
コンは「ひいいっ!」と目を塞いだが、ショータの瞳は冷静だった。
「テニスの打点よりも、拳一つ分だけ前だな」
――シュッ!
鋭い風切り音。ショータは最小限の動きで突進をかわすと、すれ違いざまに枝を振り抜いた。
テニスのスイングを応用した強烈な「遠心力」と、空手の踏み込みによる「体重移動」。それらが一本の枝に集約され、ウサギの眉間を的確に打ち据える。
「ギチッ……」
悲鳴すら上げられず、角ウサギは地面を数回転して動かなくなった。
直後、魔物の死体が淡い光を放ち、一瞬で「竹串に刺さった、ほかほかの照り焼き肉」へと変化した。
「……は?」
「おおお! さすが我の見込んだ勇者! いきなりドロップ品が『調理済み』とは運が良いぞ!」
はしゃぐコンを横目に、ショータは枝を捨てて深く溜息をついた。
「……物理法則以前に、文化的なツッコミが追いつかないんだが。おいコン、この肉……美味いのか?」
ショータの「飽きさせない異世界生活」は、こうしてシュールに、そして圧倒的な「器用さ」と共に幕を開けた。
遅れてやってきたコンの、神の使いとは思えない「自分を転送し忘れる」という凡ミス。ショータの冷徹な営業マン風ツッコミにタジタジになる彼女ですが、魔物が倒れた瞬間に「調理済みの肉」に変わるという、この世界のシュールなシステムだけはちゃっかりドヤ顔で解説しています。




