第二十九話:王女の期待と、忍び寄る「九尾の刺客」
第二十九話:王女の期待と、忍び寄る「九尾の刺客」
「……よし。アーシェ、拭き掃除の手つきが良くなったな。剣の素振りと雑巾がけは、手首の返しが共通項だ」
天狐の社の朝は早い。エストレア王国の第一王女、アリア・フォン・エストレアから届いた激励の手紙には、『さぞ日夜、聖者様から高度な軍略と至高の剣技を学んでいることでしょう』と期待に満ちた言葉が綴られていた。
だが、現実は「九時五時勤務」の徹底した現場主義だ。
アーシェの修行は、夜明けと共にリリィと行う境内の掃き掃除から始まる。
「リリィさん、あちらの隅に落ち葉が溜まっているぞ、 パタパタして集めてください!」
「了解ですぅ、アーシェさん! 二人のコンビネーション、完璧ですねっ!」
掃除が終われば、即座に「看板騎士」としての業務が待っている。開店と同時に押し寄せる世界中の参拝客に対し、彼女は数千枚のサインを「卒なく」こなし、笑顔を絶やさない。
(……これも、ガイ殿...アリア様と国のための『徳』を積む修行……。書は剣よりも強し、ですわ!)
アーシェは、ショータに吹き込まれた「サイン=軍事的コネ」という教えを疑うことなく、聖者の如き微笑みでペンを振るっていた。
一方、コンも朝から特設舞台で「天つ狐の舞」を踊り続けている。
「ふふん! 我の舞で、皆の信仰心が吸い上げられていく(しゅいあげられていくぅ)のが分かるのだ(にょだ)! サービス(しゃーびしゅ)満点なのだ!」
ランクアップした霊力により、彼女の舞は物理的な癒やし効果を撒き散らし、社の売上をさらに向上させていた。
そんな中、ショータは帝都のバドに対し、白玉(ビデオ通話)で新たな「共同プロモーション」を提案していた。
「バドさん。この集客数を利用して、社の境内で帝都騎士団の『公式閲兵式』をやりませんか? 国家の威光を世界に見せつける絶好の機会ですよ」
(……本音:これでガイをここに呼べば、アーシェも少しは報われるだろ。部下のモチベーション管理もプロデューサーの仕事だからな)
一方、暗雲垂れ込める魔王軍の本拠地。
先の敗北でプライドをズタズタにされた四天王九尾は、豪華な寝椅子に突っ伏し、扇を噛み締めながら焦燥に震えていた。
「おのれ……あの忌々しき天狐の末裔、そしてあの小癪な人間め……! この我に、ベルゼごときから残業代カットの宣告をさせるなど、万死に値するわ!」
九尾の背後、影の中から一人の少女が音もなく現れた。小柄な体に黒装束、編み笠を深く被ったくノ一のキキョウである。
「九尾様、お呼びでしょうか」
「……キキョウ。今すぐあの忌々しき『社』へ向かえ。あの場に居座る生意気な女騎士を消し、社の看板を血で染めてくるのだ。……いいか、しくじるな。これは我が『ボーナス査定』を懸けた最後の一手なのだからな!」
「御意。……その首、必ずや」
九尾の狂気にも似た執念を背負い、キキョウは闇に溶けるように姿を消した。
平和な賑わいを見せる天狐の社。
だが、その門前には、九尾の放った「絶望」が音もなく紛れ込もうとしていた。




