第二十八話:最強の看板騎士と、聖地のサイン会
第二十八話:最強の看板騎士と、聖地のサイン会
「……よし。アーシェ、そこだ。右から三番目の列の最後尾を案内しつつ、合間にペンを走らせろ。『タスク並列処理』だ。これも騎士の集中力を養う修行だよ」
魔王軍の二度の侵攻を「卒なく」退けた天狐の社の評判は、もはや帝都やエストレアだけに留まらなかった。
今や世界中から、「不落の社」の御利益を求めた参拝客が押し寄せている。ショータが美術部の感性でデザインした『勝ちお守り』は、軍関係者の間で「装備スロット必須アイテム」として飛ぶように売れ、社はかつてない活気に包まれていた。
「ショータさん! 物販コーナー、アーシェさんが使った剣のレプリカが完売ですぅ! リリィ、納品が追いつかないよぉ!」
「コン、お前はレプリカの刀身に『天つ狐の加護』を押しとけ。……ほら、アーシェ。次の客だ。笑顔を忘れるなよ」
社の広場に特設されたデスクで、エストレア王国の誇り高き騎士団長、アーシェは困惑していた。
彼女の最初の大事な任務。それは、長蛇の列を作るファンや他国の軍関係者への『サイン会』だった。
「……ショータ殿。私は、剣の修行をしにここへ来たはずだ。なぜ、この平たい紙に自分の名を記し続けねばならんのだ? これが本当に、九尾を討つための鍛錬になるのか……?」
「当たり前だろ。いいか、アーシェ。九尾のような強敵を倒すには、剣の腕だけじゃ足りない。『軍事的・政治的ネットワーク(コネ)』こそが最大の武器だ。今お前がサインを渡している連中を見ろ。あれは近隣諸国の兵站担当や、有力な傭兵団のスカウトだぞ」
ショータは営業マン時代の「人脈形成」の理論を、アーシェに叩き込んだ。
「お前のサイン一枚で、将来エストレアが攻められた時、彼らが『あのアーシェ団長の国なら』と一歩踏み出してくれる。……一筆入魂、これこそが国家を守る究極の剣技だ」
「な……! なんという深謀遠慮! つまり、このペンは剣よりも重い、平和の礎……。私としたことが、聖者様の真意を汲み取れず、不徳の致すところであった!」
アーシェは、かつてのアリア王女のように目を輝かせ、勘違いの海へと深く沈んでいった。
「分かりました! 全てはアリア様……いや、ガイ殿との未来のため、ではなく! 国を守るため! 私の全霊をこの署名に込めましょう!」
シュッ、シュッ! と鋭い剣筋のような速さでペンを走らせるアーシェ。
それを見た参拝客たちは「おおお!エストレアの 騎士団長の直筆サインだ!」「家宝にするぞ!」と狂喜乱舞し、社の信仰心(と売上)は天井知らずに跳ね上がった。
「……ショータ。貴様、またあの真面目な騎士を騙しておる(だましちゅる)な。あれはどう見ても、ただのファンサービスなのだ(にょだ)」
コンが呆れて囁くが、ショータは帳簿にペンを走らせながら、ドヤ顔を崩さない。
「騙してないさ。『パーソナル・ブランディング』だよ。……さて、アーシェ。サインが千枚終わったら、次は『ガイの騎士団との合同警備計画書』の作成だ。……ほら、やる気が出ただろ?」
「はい! 直ちに取り掛かります、プロデューサー殿!」
卒なく、しかし今や「世界の英雄」すらパシリ……もとい、適材適所に配置し始めたショータ。
天狐の社は、世界最強のアイドル騎士(広報)を擁する、史上空前の宗教・軍事コングロマリットへと進化を遂げていた。




