表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/19

第5話 王太子の庇護

 審理の熱は冷めない。

 アーネストが廷吏に押さえつけられ、義妹メリアが泣き崩れる。傍聴席では罵声と怒号が飛び交い、王宮の大広間はまるで市場のような騒めきに包まれていた。


 その騒音を切り裂くように、王太子殿下が立ち上がる。

「静粛に」


 低い一言に、広間全体がぴたりと凍った。

 王太子エドワード殿下。彼の存在は、沈黙すら命令できる力を帯びていた。


「本件、まだ最終判決には至っていない。しかし――」

 殿下は一度わたしを見た。

 その目は、冷たくも優しい、深い湖の色をしていた。


「この場で宣言する。エリス・グレイ夫人を、王家の庇護下に置く」


 ざわめきが走った。

「お、おお……!」

「庇護下に……? つまり、王家が直接守るということか!」


 廷吏たちでさえ小さく目を見開いた。


「待て! 殿下!」

 アーネストが声を荒げる。拘束されながらも必死に叫ぶ。

「彼女は裏切り者だ! 不貞を働き――」


「虚偽の証言は、すでに否定された」

 殿下の声は冷徹だった。

「領軍を飢えさせ、義妹に贅を尽くす。そんな者の言葉に、これ以上の価値はない」


 アーネストの顔から血の気が引いた。


 傍聴席から拍手が沸き起こる。

「よく言った!」

「夫人を守れ!」

「公爵家より、王家の方がよほど誠実だ!」


 声はやがてひとつの大きな波となり、広間を揺さぶった。


 わたしは、心臓を強く打たれるのを感じた。

 ――庇護。それはつまり、二度と孤独にされないという約束。

 けれど、それを受け入れてしまっていいのだろうか。


 エドワード殿下がゆっくりと近づいてきた。

 目の前に立ち、低く囁く。

「あなたは、もう一人で戦う必要はない」


 その言葉は甘美だった。だが同時に重い。

 庇護を受ければ、わたしの戦いはわたしだけのものではなくなる。

 王家を巻き込むことになる。


「……恐れながら、殿下」

 わたしは膝を折り、深く頭を下げた。

「わたくしは、まだ“自らの手”で決着をつけたいのです。記録を残し、真実を突きつける。そのうえで――もし殿下がなお庇護をとおっしゃるのなら」


 エドワード殿下は小さく笑んだ。

「なるほど。あなたは強い」


 わずかに差し出された手が、わたしの肩に置かれる。

「だが、強い者が弱ってしまったときのためにこそ、庇護はある。忘れないでくれ」


 その瞬間、傍聴席から歓声が再び沸き起こった。

「殿下万歳!」

「夫人に光を!」

「ざまぁだ、アーネスト!」


 廷吏たちが拘束されたアーネストを引き立て、義妹メリアも取り押さえられる。

 彼女は泣き叫び、殿下を罵った。

「どうして姉ばかり! わたしは殿下に選ばれるはずだったのに!」


「選ばれる価値は、誠実で決まる」

 殿下は冷たく告げる。

「誠実を欠いた者に、未来はない」


 その言葉は、彼女の最後の抵抗をも砕いた。


 ――わたしは、静かに目を閉じた。

 歓声の渦の中で、帳簿を抱きしめる。

 この記録こそ、わたしの武器であり、守りであり、生きてきた証だから。


 だが同時に、胸の奥で別の感情が芽生えていた。

 エドワード殿下の言葉が、まだ温度を残している。

 あの人の庇護を受けてもいいのではないか――そんな甘い囁きが、心のどこかで繰り返されていた。


 審理は続く。

 次は判決。

 すべてが決まる時が、迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ