第2話 再鑑定
翌朝。
王立術院の大理石のホールには、早朝にもかかわらず人が詰めかけていた。昨日の審理が噂となり、「副本が本物か否か」が王都の娯楽のように囁かれている。
わたしは帳簿を胸に抱き、深呼吸する。
記録は嘘をつかない。――たとえ人がいくらでも嘘を塗り重ねても。
「グレイ公爵夫人、こちらへ」
術院の鑑定官が手招く。長年、魔力紋章を研究してきた老学者だ。
「供給環を」
「はい」
指輪を外し、銀の皿に置く。魔力がほんのりと青く揺れた。
そこへ、夫アーネストが現れる。眉間の皺が深い。
「術院の鑑定など、買収されているかもしれん!」
「買収できるなら、あなたがしているはず」
口を挟んだのは、昨日からずっと静観していた王太子殿下だ。
「……殿下!」アーネストが狼狽する。
鑑定官は淡々と印影を照合した。
「供給環の記録は改ざんなし。むしろ――これは興味深い。停止が始まった日付に、夫人の魔力が一度“逆流”している」
「逆流……?」
「供給を受ける側ではなく、与える側が抑え込みを行った場合に出る現象です。つまり――夫人ではなく、ご主人が“止めた”のですな」
ざわめきが一気に広がった。
証言と真逆の鑑定結果。
アーネストの顔が赤黒く染まる。
「馬鹿な! これは捏造だ!」
わたしは帳簿を開き、静かに告げる。
「その夜、わたくしが病に伏した日です。食費が減らされ、倒れた結果……供給は強制的に遮断された。――それを不貞の証拠に仕立て上げたのは、あなた」
会場に重い沈黙が落ちる。
次の瞬間、義妹メリアが立ち上がった。
「で、でも! 姉様は……! わたくし見たんです! 姉様が男と――!」
「それならば」王太子が立ち上がる。「本日の午後、再度の審理を開こう。証人を改めて呼び、虚偽を断罪する」
殿下の目は冷たい湖の色をしていたが、不思議と胸の奥に温度を残した。
逃げ場は、もうない。
(つづく→次話:公開審理、義妹の“虚偽証言”崩し)