第18話 最終審理
翌日。
王宮の大広間は、朝の鐘が鳴り終わる頃には既に満席だった。
貴族、軍人、学者、さらには各地から集められた民の代表。
王国のすべての階層が、この裁きの瞬間を見届けるために集まっていた。
「これより最終審理を行う!」
司法卿の声が石壁に反響する。
廷吏が証拠を机に並べる。煤にまみれた副本、押印原版、礼拝堂の別簿。
すべてが昨夜、命を賭して守り抜いた記録だった。
宰相ダリウスは鎖につながれ、王の前に引き出される。
顔には疲労の影があるが、その瞳にはまだ傲慢な光が残っていた。
「被告、宰相ダリウス卿」
司法卿が厳しい声を放つ。
「これらの証拠と証言により、三代にわたる公金横領と記録改ざんの罪が告発されている。弁明はあるか」
「戯言だ」
宰相は冷たく笑った。
「副本など、誰かが偽造したに決まっている。証言など買収すればいくらでも作れる。――王よ、どうかご明察を」
王は重々しく頷き、殿下へ視線を向ける。
「エドワード。お前がこの裁きを望むのなら、証を示せ」
殿下は一歩前に進んだ。
「父上。証拠はここにある。副本は王家の印璽で封じられていた。改ざんは不可能。
押印原版によって転写の痕跡も暴かれた。さらに礼拝堂の別簿には、宰相府の書記官による偽筆が残っている」
殿下の声は揺るぎなく広間を満たした。
だが、それだけでは足りない。
わたしは帳簿を胸に抱え、深く息を吸い込む。
「陛下」
声が震えなかったのが不思議だった。
「記録は人の手で書かれ、人の手で守られるものです。
私が孤独に帳簿をつけ続けた日々は、誰の目にも価値がなかった。
けれど、こうして積み重ねた数字が、真実を照らし出すのです」
人々のざわめきが静かになっていく。
誰もが耳を傾けていた。
「数字は嘘をつきません。証言は裏切るかもしれません。人の記憶は曖昧です。
けれど、記録は残る。たとえ燃やされても、灰の中から再び立ち上がる。
――その証が、ここにあります!」
煤だらけの副本を掲げる。
焼け焦げた頁。だがそこに刻まれた一行は、消えることなく残っている。
《資金流用先:宰相府》
広間が震えた。
「確かに……残っている……!」
「灰になっても、数字は消えない……!」
王は長く目を閉じ、沈黙の中で思案していた。
その時、群衆の中から声が上がる。
「兵が飢えたのは宰相のせいだ!」
「民の税を奪ったのも宰相だ!」
「王よ、正義を!」
声は一つまた一つと重なり、やがて大合唱となった。
殿下が再び前へ進む。
「父上。国を導くのは柱ではなく、信頼です。腐った柱にすがれば、国は崩れる。
――今こそ、国の未来を選ぶ時です」
王の瞳がゆっくりと開いた。
玉座の上から見下ろすその目に、もはや迷いはなかった。
「……よかろう。判決は、次の審で下す」
王の声が広間を震わせた。
「だが、宰相よ。最後の言葉を用意しておけ。次で裁きは終わる」
鎖につながれたダリウスはなおも笑みを浮かべていた。
「終わるのは……どちらか、だ」
広間がどよめく。
けれどわたしは知っていた。
この審理が終わる時、必ず真実は記録に残る。
そして――未来が開かれるのだ。