第16話 暴かれる系譜
大審理は、さらに熱を帯びていた。
王自らが審理を認めたことで、もはや後戻りはできない。
広間には領主や貴族だけでなく、民の代表すら招かれていた。
王国を二分する裁き。その視線は全て、玉座の前に集まっている。
司法卿が声を張り上げる。
「追加の証拠を提出する!」
廷吏が持ち込んだのは、分厚い帳簿の束。
埃を被った古文書に、わたしは目を凝らした。
「これは……」
思わず声が漏れる。
頁を開くと、そこには宰相家――ダリウス一族の過去三代にわたる“収支報告”が記されていた。
だが、その数字は不自然に膨れ上がっている。
兵糧費、建設費、援助金。名目こそ違えど、どれもが“宰相府”に流れ込んでいた。
殿下が険しい声を放つ。
「まさか……三代にわたって横領を?」
司法卿が重々しく頷いた。
「記録は偽装されていたが、地下倉庫に残されていた副本により改ざんが発覚した。
つまりダリウス卿のみならず、その父、その祖父も――同じ罪を犯していたのだ」
広間が激しく揺れた。
「一族ぐるみ……!」
「代々、国を食い物にしていたのか!」
「許せぬ!」
歓声と怒号が入り混じる。
王の眉間に深い皺が刻まれた。
「……ダリウス。これは真か」
宰相の顔色が初めて崩れた。
しかしすぐに唇を吊り上げ、冷笑を浮かべる。
「確かに数字はそう記されているでしょう。だが、帳簿などいくらでも書き換えられる。副本? 誰かが偽造したに違いない」
わたしは強く帳簿を握りしめ、声を上げた。
「偽造ではありません! 副本の封蝋は三代前の国璽で封じられていました。
――王家の印を偽造できる者など、この世に存在しません!」
広間に息を呑む音が響いた。
王が深く目を閉じ、重々しく言葉を落とす。
「……確かに、王印は絶対だ」
宰相の表情がわずかに強張った。
その肩を、殿下の冷たい視線が射抜く。
「つまり、貴様の一族は三代にわたり、国を欺いてきたのだ」
人々の怒りが爆発する。
「恥を知れ!」
「その血筋こそ罪だ!」
「国を食い潰す亡者め!」
宰相の余裕は少しずつ削られていく。
それでも彼は必死に笑みを作り、声を張った。
「陛下! お信じください! この国は私が支えてきたのです! 民が飢えずに済んだのは、私が采配したからこそ!」
だがその声は、もう広間の誰の心にも届かなかった。
殿下がわたしの隣に立ち、低く囁いた。
「……よくここまで繋いでくれたな、エリス」
「わたしは、ただ記録を残しただけです」
「その記録が、国を救うんだ」
殿下の言葉が胸を打つ。
孤独に帳簿を書き続けてきた日々は無駄ではなかった。
今、この瞬間、真実を暴く武器となっている。
宰相が最後の足掻きを見せる。
「だが陛下! たとえ私が罪を犯していようと、一族を処断すれば国政は混乱します! 王国は立ち行かなくなる!」
その言葉に、王は長く目を閉じた。
広間に緊張が走る。
人々の心は揺れていた。
――正義を取るか、安定を取るか。
わたしは息を吸い込み、王を見上げた。
「陛下。腐った柱は、いつか必ず国全体を崩します。
だからこそ、今ここで断ち切らねばならないのです!」
殿下も強く言葉を重ねる。
「父上。私はこの国を継ぐ者として誓います。たとえ柱を失っても、新しい柱を築き直してみせる!」
王の瞳がゆっくりと開かれる。
その光は、決意を固めた者のものだった。
「……ならば、この裁きは徹底する。宰相の一族、その罪を暴き尽くせ」
広間が歓声に包まれた。
ついに、王自らが“断罪”を宣言したのだ。
宰相の顔から、ついに笑みが消えた。
その姿を見て、わたしは心の底から悟った。
――これは、必ず勝てる戦いになる。




