表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/19

第15話 王の前で

 重厚な扉が開くと、空気が一変した。

 王宮最大の謁見の間――王の座が置かれたその場に、全ての視線が集まる。


 高い玉座に座すのは、王国の象徴たる人物。

 国王レオポルド陛下。

 長い銀髪を後ろに流し、威厳に満ちた眼差しを我々へと向けていた。


「……さて」

 低く響く声。

「宰相に対する訴えを聞き届けた。だが、我が宰相は長年にわたり国政を支えてきた忠臣である。――その忠臣を裁こうというのか?」


 広間がざわめく。

 人々は恐れと期待の入り交じる眼差しを交わした。


 殿下が一歩前へ進み、膝をつく。

「父上。宰相は確かに功績ある人物です。ですが、証拠が示す通り、不正を働いたのもまた事実」


 ダリウス宰相は堂々と胸を張った。

「陛下。殿下は若さゆえに熱に浮かされております。

 この女に惑わされ、ありもしない陰謀をでっち上げて……」


「陰謀ではありません!」

 わたしは声を張った。


 広間に響いた自分の声に、一瞬だけ緊張で震えた。

 けれど、殿下の視線が背中を支えてくれる。


「五年前の王都建設費。その副本が証明しています。資金は宰相府に流れ込み、兵糧不足の原因となったのです!」


 廷吏が副本を掲げ、王の前に差し出す。

 王はじっと頁を見つめ、静かに息を吐いた。


「確かに……記されている。だが、それがダリウス自身の命令であった証はあるのか?」


 宰相がすかさず言葉を重ねる。

「ご覧ください陛下。帳簿に名が記されているだけでございます。下僚が勝手にしたことを、私に押し付けているのです」


 広間がざわめいた。

「やはり宰相は潔白なのでは……」

「いや、副本がある以上……」


 空気が揺れ、どちらに転ぶか分からない緊張が走る。


 殿下が立ち上がり、鋭く言い放った。

「父上。宰相の言葉に惑わされてはなりません。五年前から繰り返されてきた横領と改ざん。兵たちが飢え、領民が苦しんだのは事実です!」


「証人を」

 司法卿が声を上げる。

「当時、宰相府で資金の流れを管理していた会計官を呼べ!」


 扉が開き、一人の老人が連れてこられた。

 震える手で杖をつきながらも、目は真っ直ぐだった。


「……確かに見ました。あの日、宰相自ら命じて資金を移すのを」


 広間が揺れた。

 人々のどよめきが波のように広がる。


「嘘だ!」

 宰相が怒声を上げる。

「貴様ごとき下僚の言葉で、私を裁けるものか!」


 だが老人は首を振った。

「恐れて黙ってきました。ですが……勇気を与えてくれたのは、エリス夫人です。

 彼女が帳簿を守ったから、わたしも真実を語る決意を持てた」


 視線が一斉にわたしへ注がれる。

 胸が熱くなり、震える唇から言葉が漏れた。

「……ありがとうございます」


 王は深く目を閉じ、やがて重く告げた。

「証言と副本。確かに重い。だが、宰相はこの国の柱。――柱を失えば、王国は揺らぐぞ」


 その言葉に、人々は再び揺れた。

 支持と不安が入り交じり、裁判は混沌とした空気に包まれていく。


 殿下が王へと歩み寄り、真剣な声で告げた。

「父上。柱が腐っているなら、いずれ国全体が崩れます。

 今ここで裁かなければ、民の信頼を失うのです」


 王の瞳がわずかに揺れた。

 宰相の目は鋭く、なお余裕を残している。

「殿下の言葉は勇ましい。しかし陛下、この女に国を任せられますか? 記録しか取り柄のない、孤独な女に」


 その言葉に、胸が痛んだ。

 過去の傷を抉るような嘲り。

 けれど、わたしは負けない。


「孤独だったからこそ、記録を信じてきました」

 静かに、しかし広間に響く声で告げる。

「誰も信じてくれなくても、数字と記録は裏切りません。

 ――だからこそ、真実を残せるのです」


 広間が静まり返った。

 その沈黙を切り裂くように、殿下が言葉を重ねる。


「父上。私はこの女を信じます。彼女の誠実さこそ、この国を導く力です」


 玉座の上で、王は長く目を閉じた。

 そして静かに告げる。

「……よかろう。審理を続ける。宰相の罪、さらに明らかにせよ」


 歓声が沸き上がった。

 宰相の顔から余裕がわずかに崩れる。


 ――ついに、王も審理を認めた。

 最後の壁を越えたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ