第14話 逆転の鍵
審理は続いていた。
宰相ダリウス卿は依然として堂々とし、証拠を突きつけられても余裕の笑みを崩さない。
「記録など、いくらでも操作できる」
その一言に、広間がざわめいた。
「やはり宰相が……」
「でも決定的な証拠は……?」
人々の不安が渦巻く中、わたしは机に置かれた帳簿を強く抱きしめた。
――決定的な証拠。
改ざんの痕跡だけでは不十分。元の文言を残した“副本”さえあれば。
思考を巡らせていたとき、廷吏が慌てて駆け込んできた。
「報告! 王立図書院の地下倉庫から、新たな記録が発見されました!」
広間が大きく揺れた。
殿下が鋭い声で問う。
「何の記録だ」
「はい。五年前の“王都建設費”に関する――副本です!」
ざわめきが一気に熱気に変わる。
「副本だと……!」
「つまり、改ざん前の元記録が!」
廷吏が差し出した古い帳簿を、わたしは震える手で受け取った。
表紙は埃にまみれ、だが封蝋はまだ保たれていた。
司法卿が封を解き、頁を開く。
その瞬間――。
「……これは!」
広間が息を呑む。
そこには、はっきりと記されていた。
《資金流用先:宰相府》
ただ一行の記録。
だが、それは全てを覆す一行だった。
殿下が立ち上がる。
「聞いたか! 資金は宰相府に流れ込んでいたのだ! これこそが決定的な証拠!」
歓声が広間を揺らす。
「ついに出たぞ!」
「宰相が黒幕だ!」
「ざまぁみろ!」
ダリウス卿の表情が、初めて揺れた。
唇がわずかに引き結ばれ、笑みが消える。
「馬鹿な……こんなもの……」
「“こんなもの”ではない」
わたしは声を張った。
「副本は、改ざんを防ぐために二重に保管されるのが制度。あなたが表を改ざんしても、裏は消せなかった」
宰相の目が鋭く光る。
「貴様……小娘が、私に楯突くか!」
「楯突くのではありません。――真実を示しているのです」
人々の視線が一斉に宰相へと突き刺さる。
その熱量に、さすがの彼も押し黙った。
殿下がわたしの肩に手を置き、力強く宣言する。
「この副本により、宰相の罪は明らかになった! 記録を欺き、王国を私物化した大罪――決して許されぬ!」
群衆は沸き立った。
「殿下万歳!」
「夫人こそ英雄だ!」
「記録の勝利だ!」
その歓声の中、わたしは深く息を吐いた。
震えていた手が、少しだけ落ち着いた。
――だが、まだ終わりではない。
宰相は一筋縄ではいかない相手だ。
睨みつけるようにこちらを見据え、低く呟いた。
「……まだだ。王がいる限り、私を裁くことはできん」
次の瞬間、広間は再びざわめきに包まれた。
王の存在――それは最大の壁。
殿下が険しい表情を見せる。
「……父上を巻き込む気か」
宰相は不気味に笑った。
「王が“私を信じている”限り、法は動かぬ。さて、どうする?」
広間の空気が一変する。
副本という決定的証拠を得ても、最後の壁は“王の意志”。
――真実を記録するだけでは足りない。
王を納得させる、新たな証明が必要なのだ。