サーカス
ステージの上で目が覚めるようなスポットライトを浴びた少年は、腰まである銀髪を優雅に靡かせて立ち上がる。
その物憂げな目に何が写るのか。満員の客席からは、感嘆にも似た溜め息がその容姿のために漏れ出た。
静かな曲に合わせ、か細い歌声が漏れ聞こえてくる。この世界は狭すぎる。何を手に入れても満たされることはない。私にとって。
曲のクライマックスにあわせ、背中から巨大な羽が広がり、数枚の羽根が桜吹雪のように舞った。
高さ8メートルはあろうかという、空中ブランコのお立ち台から命綱もなく飛び下りた少年は、風を羽にはらんで観客の真上を飛び回る。
入団から5年。あどけなさの残っていた彼は引き締まった体と、実際に飛ぶことのできる羽を持ち、サーカスのとりを飾るまでになっていた。
その人気ぶりは凄まじく、ショー後の記念撮影では長蛇の列ができ、(一枚写真を録るために1000円払うのだ)わずかな時間さえ惜しんでファンが彼に詰め寄る。
「凄かったわ!感動しちゃった!」
「ありがとう。また来てくれると嬉しいな」
どこか作り笑顔の彼は爽やかに応じて、あと何人と写真を撮らなければならないかを数えていた。
彼は未だに薬の影響で昼間は眠い。サーカスのシフトでは午後に3回開演があって、今は一番眠い2時の会だった。
「人気者ですなぁ。うらやましい」
ヤジを飛ばしてきたのはフラフープを勤めるガブリエラだ。スパンコールでキラキラとしたタイツ地のぴったりとした衣装に身を包んでいる。
くりくりとした黒目の瞳や、人好きのする幼い顔、日本では珍しい褐色の肌からも分かるように、彼女は外国人だ。出身はブラジル。
ふざけたようにペコリと腰を折った少年はこのサーカス唯一の日本人だ。
総勢40名19カ国から集まったサーカス団でも異彩を放つその姿は海外公演では特に質問攻めにあうことは必死だった。
今日は、写真撮影にもかかわらず記者が紛れ込んでいて不躾な質問を投げ掛けてきた。
「セッスクはどのようにされんですか?」
女の記者に聞かれ面食らった彼は、口をすぼめ、わずかに顔を赤らめた。
「……よかったら、今晩見に来ますか?」
彼なりのジョークである。すぐに団長がやって来て、ピエロ姿のまっ黄色の衣装で記者のカメラを遮って彼を幕内に入れる。
テントの中では次の公園の準備が進められていた。
サーカスのテントはとても大きく、一度に数百人の観客をいれることができるが、演者が人間である以上、1時間半程度の公演が限界であり、その都度休憩が挟まる。
銀色のウィッグを脱いだ少年は重そうに肩を回して、(それにつられて羽根も回るのだ)ほかの団員の気もそちらに流れているようだった。
何しろ、羽がでかい。片翼で2メートル超の白羽は、見るものに存在感と潔癖性を植え付ける。そんなことはないのだが。
彼の性格も合間って、他の団員と打ち解けるまで4年近い月日が必要となってしまった。
日課となっているストレッチをしながら、抜け毛が無いかきちんと見ておく所が、エンターテイナーとしての彼が得た貴重な素養である。
「さっきのも凄かったわ!」
「リサ、お疲れさま」
リサは3ヶ月前に彼に告白をして付き合うことになった人だ。
リサはこのサーカスの団長の娘で、専門は火吹きとフラフープ。胸の下にサングラスの刺青と、背中に羽のタトゥーがある。羽のタトゥーは、彼と付き合う前から入れていたものだったが、彼女が彼を気に入る理由が分かるという感じだ。リサの趣味は彼の抜けた綿毛を瓶に積めて保管することだったし、彼の寝床が常に綺麗なのはそういう理由だった。