生えた日
ハネという言葉を聞いて何をイメージするだろうか。
歯ね、跳ね、翅。
僕の場合は羽だ。
背中に羽が生えるという奇病を持って生まれる人間はそんなに多くない。
僕の場合、羽が生え始めたのは高校二年生の体育祭を2ヶ月後に控えた時のことだった。
いつも通り朝6時に目が覚め、固い布団の中で手足を伸ばしてから起き上がる。その時、背中に激痛が走った。なんとか立ち上がるが、身体を前に倒していなければ立てないほどの激痛だ。すぐに親に相談したが、取り合ってもらえなかった。実際に病院へと連れていってもらえたのは痛みが出てから一週間後だった。
医者はレントゲンを撮り、ねじ曲がった僕の背骨を見せてくれた。
「腰が曲がっているが、これは痛みから逃れようと無意識に身体を捻っているからだと思います」
僕は、曲がった背骨よりも背中にあった拳大の影の方に釘付けだった。
ちょうど、半分に切った玉ねぎのように、無数の白っぽい影で構成された肉塊。すぐに親が呼ばれ病気の説明があった。
この病気は人に羽が生える奇病とのこと。症例は少ない。手術で取り除くこともできるが、子供のうちは再発しやすく手術しても意味がないということ。そして、年を取って筋肉量が減ると再発する病気であると聞かされた。
「手術はしない方針でよろしいですか?」
「はい」親が答えた。
この時処方された薬は3種類あって、痛み止めと胃薬と、鎮静剤だった。鎮静剤は背中の神経を圧迫する痛みを軽減する物だと聞かされた。つまり、羽を伸びないようにするものではなく、痛みを取るための薬たち。それらを携帯して学校に行くのは苦痛だった。
背中を突き破って羽が生える病気のため、当然体育はお休み、皆がバスケットボールや水泳を楽しんでいる間、僕は見学者の椅子に座ってそれを見ているだけだ。
学校でこの病気にかかっている人は僕だけだったので、当然、エンタメとなる。特段仲良くもなかった女子が机まで詰めかけてきて「羽が生えるってどんな感じ?」と聞いてくる。
「どんな感じって……痛いかな」
「なにそれ」
やがて、僕の持っている薬の束への興味も薄れた頃、教室で問題が起きた。
僕は、処方された薬の副作用でぐっすりと眠ってしまった。午後の国語の時間。身を焼くような太陽もどこ吹く風、深い眠りに落ちてしまった僕は、背中を突き破るその感覚に気がつかなかった。
周りが騒がしくなって目を擦りながら起きた。先生が誰かを指名して変な答えが返ってきたのだと思った。でも違った。
教室の窓ガラスに体操着の背中を下から持ち上げるようにして出てきたそれが、背中を伝って腰の方まで伸びている。体操着の裾からは白い羽の先っぽが顔を出し、ちょうど指を伸ばすように数本の羽根が床についていた。
終わった、と思ったよ。
僕は今日から羽付きで生きなくちゃいけなくなった。