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磨かれる前の原石

魔力測定を行ったその日、書類仕事が終わった後、アイゼルはノクスを魔術訓練所に連れてきた。


「一度、貴様の実力を確認する。私も魔術以外の戦闘手段は使わないでやろう。全力で打ち込んでこい」


挑発的な言い方に、ノクスは多少の苛立ちを覚えつつも、魔術式を組み上げる。

しかし威力の高い魔術は構成に時間がかかり、発動途中にアイゼルにより相殺された。

また、速度重視の魔術もほとんどが打ち消され、辛うじて発動できたものも簡単に防がれる。

その魔術すら「わざと」打ち消さなかったことがわかり、ノクスの表情がわずかに歪む。


「速度が遅い。同時発動の数も少ない。威力が中途半端だ」

「……言いたい放題ですね」

「それが今の、貴様の実力だ」


言いながら、アイゼルは一瞬の内に空間内に無数の魔術式を組み上げる。

咄嗟に打ち消そうとしたが、いくつかの魔術式には妙な違和感があった。

困惑したその刹那に氷の矢が多方面から飛んできて、即座に結界を張って防ぐ。

ただ不思議なことに、発動したのは展開された式の半分程度だった。


「半数はフェイクだ。貴様が感じた違和感はそのせいだな。——まあ、普通は違和感すら感じられないはずだが」

「フェイクの魔術式……?」

「私の魔力量で、あの数は同時に発動できない」


ノクスはわずかに息を呑む。

本物と見紛う“偽の式”を混ぜられていたせいで、さきほど感じた違和感が生まれていた——そう理解した瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。


「魔術の最大の弱点は、発動前にバレることだ。だが、わかっていても防げぬほど即座に組み上げるか、フェイクを混ぜて打ち消されないようにするか。あるいは消しきれないほど大量に展開するか。そのいずれかで克服可能だ」

「あの一瞬で、両方組み上げたって……」


フェイクとは言え、本物と遜色ない魔術式を組み上げるのはかなりの集中力がいるはずだ。

しかも何十という式を織り交ぜて展開するなど、常人に出来るとは思えない。

……目の前の男が、常人とは思っていないが。


「貴様は、私の適性を知っているか?」


唐突な問いかけに、ノクスは顔を顰める。


「知ってるわけ無いでしょう」

「氷と水、風の攻撃、そして一部の補助系魔術だ。他に適性はない。魔力量に至っては貴様の2/3にも及ばないだろう」


予想外の言葉に、ノクスが固まった。

自分の適性は、普通他人に告げたりしない。

魔術師にとって、手の内を明かす事と同義だからだ。

ノクスは立場上結果をアイゼルに見せているが、アイゼルがノクスに明かす必要はない。

そして、無敵と思っていた彼の魔力量が自分にまったく及んでおらず、適正の数も想定以下だったことにも、驚きを隠せなかった。


(確かに、氷以外の魔術を見たことはねぇけど……)


まだ、実際に受けたのは2回目。実力を見せていないだけだと思ってた。

驚愕の色を浮かべたままのノクスに、アイゼルは言う。


「わかっただろう?貴様は俺様より魔力量も使える種類も多いというのに、実戦では遠く及ばない。それでは宝の持ち腐れだ」

「………!」


核心をついた言い方に、ノクスが言葉を失う。

しかしその沈黙に滲む"悔しさ”を感じ取り、アイゼルは口の端をわずかに上げた。


「実力など、あくまで現時点での話だ。その才能に見合った技術を身につければいい。おそらく、今まで独学で学んでいたのだろう」

「そこまでわかるんですか」

「戦い方を見ればな。だが安心しろ、これから俺様が鍛え上げてやる」


目を細め、不敵に笑うその顔が、まるで悪魔のように見えて——

ノクスの背筋に、冷たいものがぞくりと伝った。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






そこから一時間は、まさに地獄だった。


「魔術とは思想の伝達だ。もっとはっきりイメージしろ。そして魔術式に落とし込め」


魔術を発動しようとするたび、綻びの指摘や発動速度について何度も注意を受ける。

魔力量と威力が一致しないのは、イメージが曖昧だからとも言われた。


休む間もなく魔術を使い続け、さすがに魔力も体力も限界だった。


「効率が悪い、消費が早すぎる。膨大な魔力量に頼りきりの使い方だな」

「効率……?」

「同じ威力で発動させる場合でも、効率よく使えばより少ない魔力で扱うことが可能だ。魔術式の構成の他に、感覚的な部分もあるのだが。……そういえば、杖は持っていないのか?」

「杖?持ってませんけど……」


魔術師は杖を使う者が多く、ノクスも一度持ったことがある。

だが、その日のうちになぜか割れてしまった。

それ以来扱ったことがない。


(……あの時、妙に嫌な予感がしたんだよな)


魔術が発動しやすくなると聞いたことがあるが、そんなものがなくても問題なく使えるので、気にしていなかった。


「……あんなすぐ壊れるモンが、そんなに有効なんですか?」

「恐らくだが、その杖が貴様の魔力に耐えられなかったのだろう。杖にも限界容量があるからな」


淡々と言っているが、大分恐ろしいことを口にしている。

それほどの力を今まで暴発させなかったのは、奇跡に近いのかもしれない。

実家のことはどうでもいいが、アリウスたちを巻き込んでいたらと思うと少しだけ肝が冷えた。


「貴様も魔術師なら知っているだろうが、消費する魔力と式に流れる魔力には誤差がある。体内から魔力を放出する際、一部は無駄に散ってしまうからだ」


言われてみれば、確かに思い当たる節がある。

ノクスは小さく息を呑んだ。


「杖を媒介すれば、その無駄を減らせる。そうすれば魔力消費量が減り、発動時間も威力も変化する。強敵を相手にする場合、あるいは大魔術を使う際は特に重要だ。そしてその感覚に慣れれば、杖がなくともある程度は効率的に扱えるようになるだろう」


アイゼルの説明を、ノクスはただ黙って聞いていた。

正論でしかない。

しかし今まで考えもしなかった。

独学で、それなりに使えてしまったが故だろう。


(……ありえねぇくらい、未熟だったんだな)


先程アイゼルに悉く魔術式を打ち消されたこと、そして今の話から痛感した。

強くなりたいのなら、ただ新しい魔術を覚えるだけでは駄目なのだと。

より精度を高め、実践で自在に扱えるようになる必要がある。


打ちのめされ、理論を叩きつけても、ノクスの瞳が翳るどころか強い意志に満ちていることに、アイゼルは満足げに口角を上げた。

そして、訓練場の時計を一瞥するとノクスに言う。


「さて、今日はここまでだ。明日から職務後に毎日特訓するから、覚悟しておけ」

「マジか……」


このレベルで毎日は厳しいと感じつつ、嫌だとも思わなかった。

今の一時間だけでも、相当な変化を感じている。

身体は苦しくとも、成長を実感できるのは、面白いとすら思えた。


(……強くなれば……、あの野郎に報復できるかもしれねぇ……)


ノクスは拳を握りしめると、既に出口に向かって歩き出しているアイゼルの背を追った。



念のため補足すると、アイゼルの魔力量は“少ない”どころか国で一番多いです。

……ただ、ノクスが桁外れなだけです。

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