秘められた真の才能
ノクスの仕事は、アイゼルの業務補佐と護衛が基本である。
……とはいえ、この皇太子に護衛が必要なのかといつも思う。
命知らずな暗殺者なんて滅多にいないし、いたとしても先に気づくのは大抵アイゼルだ。
仕留めるのはノクスだが、前に一度だけ聞いたことがある。
「……暗殺者の存在、最初から気づいてましたよね。何で動かなかったんですか」
「それは貴様の仕事だからだ。私の手を煩わせるな」
あまりに当然の口調に、思わず顔をしかめた。
……言ってることは正しい。言い方の問題だ。
しかも仕留めた後には「次はこうしろ」と講義付き。
護衛対象が護衛を育成してるとか、どんな構図だよとノクスは思う。
けれど、この国で一番強いのが彼ならば、理屈は通ってしまう。
「拘束系の魔術は使えるのか?」
執務室で書類を処理している最中、資料から目をそらさないまま不意に問われた。
「間接的に体を止めるとか、魔術の鎖で縛るとか……一通りは」
「ほう。補助系の適性も十分あるようだな」
「……」
言われた言葉に、ノクスは言葉を飲み込む。
幼い頃、アルナゼル王国で受けた魔術適性検査では“攻撃系のみ”とされた。
けれど実際は拘束も、結界も、回復もできる。
おかしいと思わない方がおかしい。
(……もう一度測ってみてぇ)
魔力の視認ができても、自分の魔力だけは見えない。
確認するには再測定しかない。
あの国では確認のしようがなかったが、目の前の男なら、話を聞いてくれるかもしれない——そう思えた。
「あの、殿下」
「何だ」
「魔術適性検査を、受けたいんです」
アイゼルがわずかに目を瞬かせた。
「出身国で受けていないのか」
「受けました。でも……結果に納得できなくて」
短く沈黙。アイゼルは机に指を当てて考える。
「……本来、再測定は認められない。特例がなければな」
「ですよね」
「だが——俺様が許可すれば話は別だ」
ノクスが目を上げるより早く、アイゼルは言った。
「わかった。検査を行おう」
「えっ、いいんですか!?」
「ああ。ただし、条件がある」
「……条件?」
ノクスが小さく首を傾げる。
それを見て、アイゼルは続けた。
「結果を俺様にも見せろ」
「それは……別に構いませんけど」
結果は本人と親族しか見られない決まりだが、上官としてなら権限はある。
特に拒否する理由はない。
彼の返答にアイゼルは満足そうに頷くと、椅子から立ち上がりマントを羽織った。
「では決まりだ。——行くぞ」
「今から!?」
驚くノクスを意に介さず、アイゼルは彼の手を取ると扉へと歩き出す。
「そんな急に受けられるんですか?手続きとか準備とか、色々必要なんじゃ……」
「そんなもの形式だけだ。俺様が行けば通る」
「マジかよ……」
引きずられながら、ノクスは思う。
——この国では、皇族が絶対だ。誰も逆らうことが許されない。
だからこそ、暴君が生まれるのかもしれない。
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魔術適性検査の施設は、帝都でも最も厳重に守られた区域にあった。
夜間であろうと立ち入りには事前申請が必要……な、はずだが。
「皇太子殿下!? 本日はこちらのご予定は——」
「予定が変わった。問題あるか?」
「い、いえ! どうぞお入りください!」
通用門が開くよりも早く、アイゼルは堂々と歩み入る。
ノクスは半ば引きずられたまま後を追った。
「……本当に一発で通るんだな」
「当然だ。私を誰だと思っている」
「皇族ってのは便利な立場だな」
「それを有効に使わない者は愚かなだけだ」
軽く言い放つその横顔は、冗談に聞こえない。
ノクスは思わず息を飲んだ。
検査室の扉が開くと、白い石壁に囲まれた静謐な空間が広がっていた。
中央には魔術式が刻まれた台座。
空気が張り詰めている。
「結果はこの場で見せろ。報告書は必要ない」
「わ、分かりました」
淡々と指示すると、検査官は背筋を伸ばし緊張気味の返答をした。
アイゼルはノクスを振り返ると、台座に立つよう促す。
指示に従ってノクスが台座に登ると、薄い光が足元から立ち上る。
視界の端で、検査官が震えながら儀式文を唱え始めた。
測定魔術式が起動し、魔力の波がノクスを包み込む。
数秒の静寂。
やがて、検査官の手元にある魔晶板に、数値と属性が次々と浮かび上がる。
しかし——
「……これ、は……」
検査官が声を失った。
目を丸くして、アイゼルとノクスを交互に見る。
「どうした」
「し、失礼ですが……この数値、故障の可能性が——」
「もう一度測れ」
低く冷たい声。室内の空気が一瞬にして凍りつく。
慌てて再起動した魔術式が再び光を放つ。
しかし結果は変わらなかった。
むしろ、最初よりも鮮明に表示される。
——攻撃、補助・支援・回復等の間接全般、そして……付与魔術。
すべてが“高適性”。
魔力量に至っては、帝国の検査規格を優に超える数値。
伝えられた結果に、ノクス自身が最も息を呑んでいた。
検査官から手渡された魔晶板を、食い入るように見つめる。
「……何だよ、これ」
「貴様の結果だ」
自分が使える魔術と、検査結果に齟齬があるのは分かっていた。
だが——あまりにも逸脱している。
微かに声を震わせながら、ノクスは拳を握りしめた。
「どういうことだよ……俺、王国じゃ攻撃系だけって……魔力量だってもっと……」
「王国の測定器が劣っていたのか、あるいは——意図的に数値を書き換えたか、だな」
アイゼルの声は淡々としているが、瞳の奥が鋭く光る。
ノクスは息を詰めた。
「意図的に……?」
「アルナゼル王国の魔術師団——あそこは団長の権限が絶対だ。
団長にとって脅威となる才能は、早めに“処理”される」
「……つまり、魔術師団が俺の結果を潰したって言いてぇのか」
「断定はしない。ただ、偽装するのは容易い」
ノクスは唇を噛みしめる。
胸の奥がじりじりと熱くなる。
忘れかけていた怒りと、失われた何かが再び顔を出した。
沈黙を破ったのは、アイゼルだった。
「落ち着け。結果が出た以上、事実は動かない」
「……」
「つまり——貴様は“選ばれた側”だ」
「……何ですか、それ」
「天賦の才だ。利用しろ、潰される前にな」
ぞくり、と背筋を走るような響き。
ノクスは思わず目を逸らした。
「怖いことサラッと言いますね、あんたは……」
「事実を述べただけだ」
「……」
黙り込むノクスの手から魔晶板を取り上げると、アイゼルはそこに映された数値を改めて眺め、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「これは……期待以上だ……」
「何か言いましたか?」
「何でもない。——仕事に戻るぞ」
魔晶板を検査官に返し、アイゼルは踵を返す。
ノクスは小さく息を吐くと、その背を追った。
振り返らないまま、アイゼルは低く声を落とす。
その声音は、いつもの「俺様」ではなく——皇太子としてのそれだった。
「よく覚えておけ、ノクス。貴様の力は私のために磨き、私のために使え」
「……命令ですか」
「側近としての義務だ」
言いながらも歩みを止めないアイゼルの背を、ノクスはただ見つめる。
想定以上の「力」は、恐怖すらも感じる。
だが、不思議と——
胸の奥に、熱が灯るのも感じていた。




