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側近としての装い

数日後に控えた公務は、ノクスが側近として初めて臨むものだった。

皇太子に初の側近が決まった話はすでに広まり、廷臣たちの注目を浴びるのは必至だ。


その日のために執務室へ運び込まれたのは、眩いほど白を基調とした装束だった。

銀糸で雪の結晶や唐草模様が縫い込まれ、淡い青の差し色がさらに輝きを引き立てている。

ひと目で「皇太子直属の側近」とわかる、荘厳で、同時に華美な装束だった。


ノクスはしばらく黙り込み、やがて低く吐き出す。


「……こんなもん、俺には着られません」


書類に向かっていたアイゼルが顔を上げた。


「何を言っている。私の側近として相応しい装いをしろと言っているんだ」

「わかってます。ですが……」


そこで言葉が途切れる。

拒めば任を解かれるかもしれない。罰を受ける可能性だってある。

それでも首を縦に振ることはできなかった。


“光”を思わせる明るい色を纏うことに、どうしても強い抵抗があるのだ。


折れそうにないノクスの態度に、アイゼルは眉をひそめる。


「……面倒なやつだな」


舌打ち混じりに呟き、装束を控えていた使用人へ渡すと、小声で何かを告げた。

内容までは聞き取れなかったが、使用人は深く頷いて部屋をあとにする。

アイゼルは何事もなかったかのように机に向き直った。


「立ってないで、さっさと書類を片付けろ」


冷ややかな声に促されれば、従うしかない。

ノクスは胸中のざらつきを押し隠しながら、手元の書類に集中した。


――この先、自分がどう処遇されるのか、その時点では知る由もなかった。






ーーーーーーーーーーーーーーー






翌日、再び執務室に運び込まれたのは、昨日と同じ意匠を持ちながらも全く異なる装束だった。

眩しい白は一切なく、漆黒を基調とした宮廷服。

銀糸の刺繍が闇を裂くように浮かび上がり、胸元から裾へと並ぶ銀のボタンが冷たい光を放っている。

裾や袖口の蔦模様も、白地のときの華美さではなく、鋭さと威厳を際立たせていた。


背に垂れる外套も黒一色で、翻るたびに裏地の淡青が僅かに覗く。

それは「氷雪の皇太子の影」を示す衣であり、威厳を保ちながらもノクスの色に寄り添った装いだった。


困惑するノクスに、アイゼルは視線だけで示す。


「黒ならいいんだろ?」


ノクスは目を細め、低く返した。


「……この色は、原則、密偵しか身につけないはずです」

「原則には例外もある。私が許可したのだから問題ない」


一片の揺らぎもない声音。

咎められるどころか、妥協点を与えられたことにノクスは困惑する。

だがここまでされては拒むこともできず、袖を通すしかなかった。


仕方なく着てみたその瞬間、わずかに息を呑む。

布地は身体に沿って仕立てられており、動きを妨げることなく馴染んだ。

堅苦しいだけの服だと思っていたのに、意外にも重さはなく、むしろ背筋を強制的に伸ばすような感覚がある。


鏡に映る姿は、想像以上に整っていた。

漆黒の生地に銀糸が冴え、立ち襟に刻まれた氷華の文様が――自分の鋭い眼差しに呼応するように映えている。

嫌悪していた華美さはそこになく、ただ「皇太子の影」としての威容があった。


「……思ったより似合っちまってるのが、気に食わねぇ」


誰に聞かせるでもなく、小さく言い捨てる。

背後から視線を感じ、振り返れば、書類に目を落としながらも口の端を吊り上げている男がいた。


「だから言っただろう。私が許した装いなら、それでいい」


声音は淡々としていたが、そこには確かな満足が滲んでいた。

ノクスは言葉を飲み込み、深く息を吐く。


――これで、逃げ道は完全に絶たれた。






ーーーーーーーーーーーーーーー






そして迎えた、公務の日。

皇太子の背後に立つノクスの姿に、廷臣たちは思わず息を呑んだ。


漆黒の宮廷服に銀糸が冴え、翻る外套の裏地から淡青が覗くたび、氷雪の剣が歩んでいるかのような印象を与える。


「……あれが皇太子殿下の決めた側近か」

「黒だと……? あの色は密偵のはず……」


囁きが広間を駆け抜ける。

ノクスは全ての視線を鬱陶しく感じながらも、前に立つ男は微動だにしない。


氷の瞳でまっすぐ前を見据え、圧倒的な威を放つ背中。

その存在があるから、自分はここに立てている。


「……クソッ」


誰にも聞こえないほど小さく舌打ちし、視線を逸らす。


――堂々と前だけを見るその姿に、つい見惚れてしまった。

無意識に「頼もしい」と思ってしまった。

その事実を誤魔化すための舌打ちだった。


(この男の側に立つ存在として、本気で俺が相応しいかどうかなんて……わからねぇ)


だが黒い宮廷服を纏った自分が、彼の背を守る影として立っている構図は、否応なく馴染んでいた。

広間に集う廷臣たちの目にも、彼はすでに「皇太子直属の側近」として焼き付けられていた。






公務が終わり、執務室に戻る際。

歩きながらアイゼルがふいに声を低める。


「……悪くなかったぞ」


その声音に、嘲りも試しもなく、ただ事実を告げる冷ややかな響きがあった。

ノクスは一瞬言葉を失い、すぐに顔を逸らす。


「……評価されて喜ぶほど、子どもじゃねぇ」


吐き捨てるように答えながらも、胸の奥が妙にざわつくのを誤魔化すように足を速めた。





背後で、氷の瞳を細める気配がした。



ノクスが“光”を思わせる色を拒むのは、幼少期に「闇の存在」と蔑まれてきた経験のせいです。

その彼が「皇太子の影」として黒を許されることで、居場所を得る象徴的な場面となっています。

そしてアイゼルのさりげない一言は、彼にとって「側近としての合格点」でもあり、逃げ道を完全に塞ぐものでもあります。

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