偽装魔術式と擬態魔力
特訓を始めて三ヶ月、ノクスの成長はめざましかった。
簡易的な魔術なら、式の展開から発動まで一秒未満。
同時展開できる魔術は中級程度なら十を超え、上級魔術ですら五つ同時に扱える。
元々、同時展開は二〜三が限度だったことを思えば、異例の速度と言えた。
普通なら何年もかかる──いや、何年費やしても、この数を同時に扱うのは困難だろう。
最高級の杖の補助があるとはいえ、才能と集中力、そして特訓についていける精神力がなければ絶対に不可能だ。
フェイクの魔術式も一つなら混ぜられるようになったが、どうしても展開が遅くなる。
そんなノクスにアイゼルが告げたのは、さらに厄介な内容だった。
「本物の魔術式に、フェイクを混ぜろ」
「……は?」
意外な言葉に、ノクスが目を丸くする。
「魔術式の一部に弱点を偽装するんだ。そうすれば式を破壊される可能性は格段に下がるし、相手の隙も作れるだろう」
理屈はわかる。
だが、現実的だと思えない。
本物の魔術式にフェイクを混ぜるということは、その本質を変えないまま一部だけ偽物を織り交ぜなければならない。
偽物の魔術式そのものを展開するより、よほど高度だ。
「見せた方が早そうだな」
言うが早いか、アイゼルは魔術式を展開した。
その一箇所に、僅かな「綻び」がある。
打ち消すなら必ず狙う場所だ。
「消してみろ」
言われるままにノクスは打ち消しの魔術を展開し崩そうとしたが、弾かれた。
逆に、反動で手元に痛みが走る。
「っ……」
「展開に時間がかかる魔術は打ち消されやすい。こうやって弱点を偽装することで、時間を稼げる」
「いや、どんな思考回路だよ!? 一瞬でそんなもん組み上げられるわけ……ない、でしょう」
咄嗟に取ってつけたような敬語を混ぜつつ、ノクスは反論する。
だがアイゼルは涼しい顔で答えた。
「俺様は出来る」
「あんたはセンスがずば抜けてるんです」
「魔術の才能は貴様の方が上だ。経験次第だろう」
“ノクスにも出来る”ことを当然の前提として告げる声に、ノクスは言葉を失う。
だがアイゼルは相手を過大評価も過小評価もしない。
彼が口にするのは、ただの事実だ。
つまり——本気で出来ると思っているということだ。
「術式にフェイクを混ぜるのは簡単ではない。だが貴様の求める“魔力路干渉”にもつながる技術だ」
その言葉に、ノクスの表情が強張る。
「この間、一度俺様相手に干渉を試みたが、出来なかっただろう?」
「……そうですね」
魔力パターンは見えていた。
集中すれば、体内の魔力の流れまで理解できる。
それでも——干渉はできなかった。
魔力を流し込もうとしても、干渉どころか近づけもしない。
「ではなぜ、俺様は魔力路に干渉できたと思う?」
「………」
「貴様の魔力に“擬態”したからだ」
予想外の単語に、ノクスは思わず息を呑む。
その反応を楽しむように、アイゼルは口元だけで笑った。
「魔力路は最も繊細な部分だ。防衛本能が働く。普通なら干渉など不可能だ。赤子でも本能的に拒絶する」
そう言いながら、アイゼルの顔が突然近づく。
距離の詰まり方に呼吸が止まりかけるが、ノクスは目を逸らさない。
怯まない態度に満足したように、アイゼルはノクスの顎に指先を当て、僅かに魔力を集束させた。
「今、この魔力は俺様の性質のままだ。何も起きない。——だが」
言葉と同時に、指先の魔力が揺らぐ。
そして、まるでそれが自然なことのように、ノクスの中へ入り込もうとした。
……が、直前でアイゼルは魔力を散らす。
それでもノクスは、確かに “違和感” を感じた。
「貴様の魔力に擬態した途端、意識せずとも入り込む。自分のものを取り込もうとする、ごく自然な現象だ」
「自然現象……」
「内部に入り込めれば、破壊するのも容易い。そして魔術式の本質を壊さずフェイクを混ぜ込むのも、自分の魔力を相手に似せるのも、原理は同じだ」
はじめてアイゼルが言った “つながる技術” の意味が腑に落ちた。
同時に、干渉がノクスに向いていると言われた理由も理解する。
魔力を視認できる——それだけで、擬態において絶大なアドバンテージなのだ。
だが疑問は残る。
「……なんで、あんたは俺の魔力に、あんな簡単に擬態できたんですか?」
「貴様の魔術は何度も見ている。当然だ」
「……………………」
魔力に“質”があることすら知らない者が多い中、近くで見ただけで擬態させるなど——この男以外にできるとは思えない。
まだ会って一年も経っていないのに、異常性を感じる場面が多すぎる。
(けど……こいつが規格外のお陰で、俺は目的に近づけてるんだよな……)
他の誰であっても、魔力路干渉など発想にすら上がらないはずだ。
そう考えれば、側近に選ばれたのは幸運だったのかもしれない。
これほど近くにいなければ、このような訓練などしてもらえるはずがない。
「納得したようだな。では再開する。速度は問わん。今日中にフェイクを混ぜられるようになれ」
「は……!?」
——その後は、また更に地獄だった。
強くなれるのは確かだが、スパルタ過ぎる特訓に、終了と同時にノクスの意識は途切れた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
気がついた時には、部屋のベッドの上にいた。
頭がまだズキズキと痛む。
カーテンの隙間から差し込む光で、朝であることがわかった。
昨日、なんとかフェイクを混ぜた術式の組み方は覚えたが、まだ壊滅的に遅い。
実践で使えるようになるのは、まだ先だろう。
そんなことを考えていた、その時だった。
「ようやく起きたか」
大きくはないのに、よく通るその声に、ノクスは飛び起きる。
それと同時に脳が悲鳴を上げ、思わず頭を抱えた。
「飛び起きるからだ、馬鹿者」
「何で、あんたがここに……」
「臣下の管理も主の務めだ」
当然のように淡々と告げるアイゼルを、ノクスは横目で見る。
気を失ったノクスを部屋まで運んだのは、十中八九彼だろう。
しかし何故、未だにこの部屋にいるのか。
まさか心配で、ずっと様子を見ていたのか……と思ったが、すぐに「いや、ねぇな」と自己完結する。
朝になったから、様子を見に来たのだ。多分。
「まだ魔力が回復しきっていないはずだ。今日は休め」
「え?いや、でも仕事は……」
「一日くらいどうとでもなる。休むのも仕事のひとつだ」
あんたが言うな、という言葉は飲み込んだ。
アイゼルが休んでいるところなど、見たことがない。
流石に夜は寝ていると思うが、睡眠時間が短いことは確かだ。
「明日は騎士団と魔術師団の合同演習がある。貴様も同行させるから、それまでに万全にしておけ」
「合同演習……?」
「定期的に行っている軍事訓練だ。そろそろ顔を出したいと思っていた。貴様の実力を見せる良い機会でもある」
アイゼルの言葉に、ノクスは首を傾げる。
「俺の実力を見せて、どうするんですか?」
「我が国は実力主義だ。能力が認められれば、敬意を払われる。未だに私の側近であることを不満視する声が多いからな、この機会に見せつけろ」
今のノクスの実力なら、この国の魔術師団であろうとも認めると、そう言いたいようだ。
世界最強の軍事国家のエリートであれば、当然かなりの実力者の集まりのはずだが。
……アイゼルが言うのならば、大丈夫だろう。
そう思えるくらいには、もう信頼していた。
「わかりました。整えておきます」
「ああ。ただし、昨日の理論の復習だけはしておけ。魔力を使わずとも、それくらいは出来るだろう」
ノクスが頷くと、アイゼルは立ち上がり扉に向かう。
だが部屋を出る直前、一度足を止めノクスを振り返る。
「殿下?」
「——いや、何でもない」
言いかけた言葉を飲み込むように、アイゼルは部屋を後にした。
少し気になりはしたが、確かめる術もないので今日は休むことにする。
考えてみれば、側近になってからほとんど休日などなかった。
だったら、この機会に回復しておいた方がいいだろう。
そして、その日の午後……
食事を運んできた侍女から、昨日の夜アイゼルが“気を失ったノクスを姫抱きで運んでいた”ことや、
“他の人に看病を譲らなかったこと”を聞かされ、また変な噂が流れかねないと、胃を痛くしたのだった。




