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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄された錬金術師令嬢の静かなる復讐

作者: AteRa

 王宮のシャンデリアが振りまく光の雨が、着飾った貴族たちの宝石や絹のドレスに反射し、きらきらと夜を彩っている。しかし、その華やかな喧騒の中心で、伯爵令嬢アメリア・フォン・ヴァイスは、ただ一人、世界の音から切り離されたかのような静寂の中にいた。


 目の前には、婚約者であるはずの王太子クリストフが立っている。その隣には、燃えるような赤いドレスをまとった男爵令嬢イザベラが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っていた。


「アメリア。君との婚約を、今この時をもって破棄させてもらう」


 クリストフの冷たい声が、周囲のざわめきを一瞬で鎮める。好奇と侮蔑の視線が、針のようにアメリアに突き刺さった。


「見ての通り、私が本当に愛しているのはイザベラだ。それに、君はあまりにも地味すぎる。我が国の妃として、その飾り気のない姿はふさわしくない」


 イザベラがくすくすと笑う。


「殿下、正直すぎますわ。でも、そういうところが素敵です」


 地味。その言葉は、アメリアがこれまで何度も投げかけられてきた評価だった。流行のドレスには目もくれず、刺繍やダンスよりも書斎で古い文献を読み耽る。貴族令嬢としての華やかさとは無縁の彼女を、社交界はそう呼んだ。


 クリストフは、アメリアが何も言わないのを、衝撃で言葉を失ったのだと解釈したらしい。満足げに鼻を鳴らし、イザベラの腰を抱いて踵を返す。残されたのは、嘲笑の渦の中にぽつんと佇むアメリアと、心配そうに駆け寄ってきた数少ない友人、そして床に落ちたアメリアの評判だけだった。


 しかし、誰一人として気づいていなかった。うつむいたアメリアの唇の端に、ごくわずかな、静かな笑みが浮かんでいたことにも、その瞳の奥に宿る氷のような光にも。


(ええ、殿下。その言葉、お待ちしておりました)


 彼女は転生者だった。現代日本の化学研究者であった前世の記憶を持つアメリアにとって、この世界の「錬金術」は、初歩的な化学知識の応用に過ぎなかった。そして彼女は、その知識を使い、この国の経済を根底から揺るがすだけの力を、誰にも知られずに蓄えていたのだ。


 婚約破棄は、屈辱ではない。それは、長きにわたる準備の終わりと、静かなる復讐の始まりを告げる、号砲に過ぎなかった。



   ***


 婚約破棄の屈辱的な夜会から一夜。ヴァイス伯爵家は、王太子からの非公式な通達に沈痛な空気に包まれていた。父である伯爵は娘を不憫に思い、母は世間体を気にして泣き伏している。しかし、当のアメリアは、まるで昨夜の出来事が他人事であったかのように、自室の奥にある秘密の工房に篭っていた。


 そこは、彼女だけが知る聖域。壁一面に並ぶのは、様々な薬草や鉱石の入った硝子瓶。中央には、前世の記憶を頼りに改良を重ねた特製の蒸留器やフラスコが、静かに次の出番を待っている。ここは、彼女が「アトリエ・アルケミア」という偽りの名で、王国中に革新をもたらしてきた製品を生み出す心臓部だった。


 彼女の最高傑作は、まず「高純度エリクサー」だ。従来のポーションが、薬草を煮詰めただけの気休めに近い代物だったのに対し、アメリアのそれは有効成分のみを精密に抽出・精製したもの。傷の治りを劇的に早め、騎士団や冒険者ギルドにとっては、もはや命綱とも言える必需品となっていた。


 次に、貴族女性たちが熱狂する「ジュエル・スキン」シリーズ。植物油から特定の保湿成分だけを取り出して配合した美容液や、天然鉱物から精製した微粒子パウダーを使ったファンデーションは、肌を美しく見せるだけでなく、肌そのものを健やかに保つ画期的な化粧品だった。今や、イザベラを含む多くの令嬢たちが、その虜となっている。


 そして、最も地味でありながら、最もこの国に深く根を張っているのが、土壌の三大栄養素である窒素・リン酸・カリウムの配合を最適化した「豊穣の恵み」。この革新的な肥料によって、王国の穀物収穫量はここ数年で一気に増大し、食糧価格の安定に大きく貢献していた。


 これらすべての製品は、アメリアが設立した偽りの商会を通して、正体を隠したまま国内に流通させている。王宮も、貴族も、民衆も、自分たちの生活が「地味な伯爵令嬢」一人によって支えられていることなど、夢にも思っていなかった。


 アメリアは、机の上に広げた羊皮紙に、羽ペンを走らせる。書いているのは、各取引先の代表者に宛てた短い手紙だ。


『拝啓。時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。さて、誠に勝手ながら、当方「アトリエ・アルケミア」は、一身上の都合により、本日をもちまして全製品の製造および供給を無期限で停止させていただくこととなりました。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。敬具』


 同じ文面の手紙を、何通も、何通も。彼女の表情は、能面のように変わらない。しかしその胸の内では、これから起こるであろう混乱の波を思い描き、冷たい満足感が広がっていた。


「さようなら、私の作り上げた砂上の楼閣。そして、さようなら、愚かな王子様」


 書き上げた手紙の束を、信頼できる使いの者に託す。狼煙は上がった。あとは、火が燃え広がるのを静かに待つだけだ。



   ***



 アメリアが供給停止の通達を出してから、三日後のことだった。最初の悲鳴は、王都の騎士団訓練所から上がった。


「どうなっているんだ! またエリクサーが届かんのか!」

「商会に問い合わせても、『製造中止の一点張りで』と…!」

「これでは模擬戦もできん! 怪我人が出たらどうするんだ!」


 高純度エリクサーがなければ、訓練の効率は半減する。万が一、国境で小競り合いでも起これば、騎士たちの命に関わる大問題だった。


 ほぼ時を同じくして、社交界にも不協和音が響き始める。


「ねえ、聞いた? ジュエル・スキンがもう手に入らないんですって!」

「嘘でしょう!? あれがないと、私、夜会にも出られないわ!」


 革新的な化粧品を失った貴族令嬢たちは、その苛立ちを隠せない。中には、婚約破棄騒動で時の人となったイザベラに、羨望と嫉妬の混じった視線を向ける者もいた。彼女の美しさも、所詮は『ジュエル・スキン』の力。それがなければ、一体どうなることか。


 そして一週間が経つ頃には、混乱の波はついに民衆の生活にまで及んだ。


「おい、小麦の値段がまた上がったぞ!」

「『豊穣の恵み』って肥料がなくなって、来年の収穫がどうなるか分からんらしい」

「馬鹿な! 王家は何をしているんだ!」


 食料価格の高騰は、民の不満に直結する。王都のあちこちで、不穏な噂が囁かれ始めた。


 クリストフ王子は、当初この混乱を楽観視していた。アメリアとの婚約を解消し、愛するイザベラを隣に置いた彼は、満ち足りた気分だったからだ。だが、日を追うごとに深刻さを増す報告に、ようやく眉をひそめざるを得なくなった。


「たかが一商会が製品供給を止めただけで、なぜ国がこれほどまでに揺らぐのだ!」


 大臣たちを呼びつけて叱責するが、誰にも根本的な解決策は示せない。「アトリエ・アルケミア」という商会は、代表者の顔も工場の場所も一切が謎に包まれており、交渉すらできないのだ。代替品を作ろうにも、その製法は完全に秘匿されており、他の錬金術師では足元にも及ばない品質だった。


 クリストフは苛立った。彼は、この国を揺るがす経済不安の震源が、数日前に自分が「地味で妃にふさわしくない」と切り捨てた女の、静かなる復讐であることなど、知る由もなかった。



   ***



 混乱に陥る隣国を、冷徹な瞳で見つめる男がいた。エスタード公国の若き支配者、公爵リアム・フォン・シュヴァルツだ。漆黒の髪と、すべてを見透かすかのような灰色の瞳を持つ彼は、「氷の公爵」と恐れられる一方、その卓越した統治能力で知られていた。


 彼の執務室の机には、隣国からもたらされた数々の報告書が並んでいる。ポーション不足、化粧品の枯渇、そして肥料の供給停止。バラバラに見えるそれらの事象を、リアムは一本の線で結びつけていた。


「『アトリエ・アルケミア』、か……」


 リアムは、以前からこの謎のブランドに強い関心を抱いていた。彼の国にも、密使を通じていくつかの製品サンプルがもたらされていたからだ。その品質は、驚嘆すべきものだった。特に肥料の成分を分析させた際には、彼の国の宮廷錬金術師たちが「これは錬金術ではない。神の御業だ」と匙を投げたほどだ。


 彼は、この「アトリエ・アルケミア」が隣国の経済に与える影響を独自に試算していた。その結果は、彼の予測すら上回るものだった。国の基幹産業のいくつかが、この一ブランドに依存していると言っても過言ではない。


 そして、その供給が、パタリと止まった。奇しくも、クリストフ王子が伯爵令嬢アメリアとの婚約を破棄した、その直後に。


 リアムは、アメリア・フォン・ヴァイスの噂を思い出していた。地味で、本好きで、社交界にはほとんど顔を見せない令嬢。しかし、その一方で、王立アカデミーでは錬金術の分野で類稀な成績を収めていたという記録もある。


 点が、線になる。そして、一つの仮説が、確信へと変わった。


「面白い。実に面白い女だ」


 リアムの口元に、初めて笑みが浮かんだ。それは、獲物を見つけた狩人のような、獰猛で、しかしどこか楽しげな笑みだった。国を捨て駒にして己の価値を証明し、婚約者を社会的に追い詰める。なんと大胆で、知的な復讐だろうか。


 彼は側近に命じた。


「ヴァイス伯爵家の令嬢、アメリアの動向を探れ。おそらく、彼女はまもなく動く。我が国に現れた際には、誰にも気づかれぬよう、丁重に私の元へ案内しろ」


 リアムは窓の外に広がる自国の豊かな大地を見やった。この国をさらに発展させるために、喉から手が出るほど欲しい才能。その才能の持ち主が、自ら鳥籠を蹴破って、こちらへ飛んでくる予感がしていた。



   ***



 アメリアが隣国エスタード公国の国境を越えたのは、供給停止から二週間が過ぎた、月のない夜だった。父には「少し頭を冷やしに、地方の別荘へ行きます」とだけ告げてきた。もはや、あの国に彼女を縛るものは何もない。


 質素だが仕立ての良い旅装に身を包み、フードを目深にかぶった彼女の前に、数人の黒衣の男たちが静かに現れた。一瞬、身構えたアメリアだったが、先頭に立った男の丁寧な口上に、その緊張は驚きへと変わった。


「アメリア・フォン・ヴァイス様でいらっしゃいますね。我が主、リアム公爵がお待ちかねです」


(読まれていた……?)


 すべては彼の掌の上だったというのか。アメリアは、噂に聞く「氷の公爵」の慧眼に、改めて戦慄と、そして奇妙な高揚感を覚えた。


 案内されたのは、国境近くに立つ古城だった。しかし、外見とは裏腹に、内部は機能的に改装されており、主の合理的な精神性を映し出しているようだった。通された執務室で待っていたのは、噂通りの男だった。


 漆黒の髪に、冷たい灰色の瞳。しかし、その瞳はアメリアを値踏みするように、それでいて強い興味を宿して射抜いていた。


「ようこそ、エスタード公国へ。そして、初めまして、『アトリエ・アルケミア』の創設者殿」


 リアムは椅子から立ち上がりもせず、しかし礼を失しない優雅な仕草でアメリアを促した。試されている。アメリアは直感した。


 彼女はフードを取り、堂々と公爵の前に進み出た。


「ご明察、恐れ入ります、リアム公爵閣下。私が、アメリア・フォン・ヴァイス。そして、あなたがたがそう呼ぶ『アトリエ・アルケミア』の主です」

「見事な手腕だ。たった一人で一国を混乱の淵に突き落とすとは」

「お褒めにいただき光栄です。ですが、あれは復讐などという大げさなものではありません。ただ、私の製品を必要としない国に、これ以上供給を続ける理由がなくなった。それだけのことです」


 皮肉の応酬。しかし、二人の間には不思議な緊張感と、互いの知性を認め合うような空気が流れていた。


 アメリアは、懐から数枚の羊皮紙を取り出し、机の上に広げた。


「これは手土産に。私の知識の一部です」


 そこに書かれていたのは、彼女の前世の知識――抗生物質の基礎となるカビの培養法、セッケンの化学合成プロセス、そして火薬の改良配合に関する数式だった。リアムの国の宮廷錬金術師たちが束になっても解明できないであろう、異次元の知識。


「私を、あなたの国で雇っていただけませんか? 閣下。私は、あなたの国に富と力をもたらすことをお約束します。その代わり、私に研究の自由と、私の価値を正当に評価してくださる環境をいただきたい」


 アメリは、リアムの灰色の瞳をまっすぐに見つめて言った。それは、もはや懇願ではなかった。対等な者同士の、取引の申し出だった。


 リアムは、数秒間、黙って彼女の瞳を見返した。そして、彼の唇に、あの夜と同じ獰猛な、しかし今回はどこか歓喜に満ちた笑みが浮かんだ。


「断る理由があるだろうか。君のような逸材を、愚かなクリストフのように手放すほど、私は耄碌していない」


 彼は立ち上がり、アメリアの前に来ると、その手を取った。彼の指は、噂に聞く氷のような冷たさではなく、確かな熱を持っていた。


「ようこそ、アメリア。今日から君は、このエスタード公国の宝だ」


 その瞬間、二人の間に、単なる主従でも取引相手でもない、強固な信頼の絆が結ばれた。



   ***



 アメリアを失った王国は、坂道を転がり落ちるように凋落の一途を辿った。


 経済の混乱は収まらず、民の不満はついに暴動へと発展した。クリストフ王子は、ようやく事態の根源が、追放した婚約者にあると気づいた。遅すぎた気づきだった。彼はあらゆる手を尽くしてアメリアの行方を探させたが、彼女が隣国エスタード公国に庇護されたと知った時、怒りと後悔で膝から崩れ落ちた。


「あの地味な女が……! 私を裏切ったばかりか、国まで売ったというのか!」


彼はアメリアを取り戻そうとエスタード公国に抗議の使者を送ったが、リアム公爵からの返答は冷淡なものだった。


「我が国に亡命を求めてきた一人の女性を、庇護するのは当然のこと。彼女は自らの意志でここにいる」


 クリストフの隣で咲き誇っていたイザベラの花も、国の混乱と共に急速にしぼんでいった。贅沢なドレスも、高価な宝石も、民の怒りの前では何の役にも立たない。彼女が頼りにしていた美貌も、もはや『ジュエル・スキン』なしでは保つことが難しくなっていた。二人の愛は、国が傾く音と共に、脆くも崩れ去っていった。


 一方、その頃アメリアは、エスタード公国で水を得た魚のようになっていた。


 リアムは、彼女に城の一角に最新の設備を整えた広大な工房を与えた。予算も人材も、彼女が望むままだった。誰にも邪魔されず、自分の知識と才能を存分に発揮できる環境。それは、アメリアがずっと夢見ていた場所だった。


 彼女は、まず自国で供給していた製品の生産を再開し、公国内に流通させた。公国の騎士団は強化され、農業生産は飛躍的に向上し、貴族社会は華やいだ。リアムは、アメリアがもたらす恩恵を的確に国力へと転換していった。


 だが、アメリアの真価はそこからだった。彼女は、手土産として持参した知識を次々と形にしていく。ペニシリンの抽出に成功し、感染症による死亡率を劇的に低下させた。石鹸を大量生産する工場を立ち上げ、公衆衛生の概念を根付かせた。改良火薬は、公国の軍事力を他国が窺い知れないレベルにまで引き上げた。


 リアムは、そんなアメリアの姿を、ただの「有能な駒」として見てはいなかった。研究に没頭する彼女の真剣な横顔、実験が成功した時に見せる子供のような笑顔、そして時折、ふと見せる過去の傷を思わせる儚げな表情。そのすべてが、彼の「氷の心」をゆっくりと溶かしていった。


 彼は、アメリアの知性だけでなく、その魂の強さと、その奥に隠された優しさに惹かれていた。彼女もまた、自分を絶対的に信頼し、才能を正当に評価してくれるリアムに、安らぎと、これまで感じたことのない温かい感情を抱き始めていた。


 二人の関係は、もはや領主と亡命者ではなかった。互いを唯一無二のパートナーとして認め合う、男と女のものへと、静かに、しかし確実に変わっていった。



   ***



 季節が一周し、エスタード公国に再び春が訪れる頃には、その国力は隣国を完全に凌駕していた。アメリアの技術革新は、国を内側から豊かにし、強くした。もはや、クリストフの王国が、公国に対して何かを言える立場にはなかった。


 ある晴れた日の午後、リアムはアメリアを城のバルコニーに誘った。眼下には、活気と緑にあふれる美しい国土が広がっている。


「見てくれ、アメリア。君がもたらしてくれた、我が国の新しい姿だ」


 リアムの声は、いつもの冷静さを保ちながらも、深い感慨を帯びていた。


「いいえ、リアム様。私に機会を与えてくださった、あなたの慧眼のおかげです」


 アメリアが微笑むと、リアムは彼女の肩を抱き、真剣な瞳で彼女を見つめた。


「アメリア。私は、君の知恵と才能に惚れ込んだ。だが、今は違う。君という一人の女性に、心から惹かれている」


 彼の灰色の瞳には、もう氷のような冷たさはない。そこには、アメリアだけを映す、熱い情熱が揺らめいていた。


「君の知識も、君の心も、すべて私のものにしたい。私の妃として、この国の未来を、私と共に歩んではくれないだろうか」


 それは、命令でも取引でもない。一人の男としての、真摯な愛の告白だった。


 アメリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、婚約破棄の夜に見せた悔し涙とは全く違う、温かくて、幸せな涙だった。地味だと蔑まれ、その価値を誰にも理解されなかった自分が、今、世界で一番自分を理解してくれる人に、乞われている。


「はい……。喜んで、お受けいたします」


 彼女は、自分を正当に評価し、深く愛してくれる男性の腕の中で、ようやく本当の自分の居場所を見つけた。


 数ヶ月後、アメリアとリアムの盛大な結婚式が執り行われた。彼女はもはや「地味な伯爵令嬢」ではない。その聡明さと美しさで民から敬愛される、エスタード公国の公爵夫人として、輝かしい新たな人生を歩み始めたのだ。


 遠く、凋落の一途を辿る故国の噂を耳にすることもある。クリストフ王子が、後悔の中で無気力な日々を送っていることも。しかし、アメリアの心はもう揺らがない。


 彼女の復讐は、派手な断罪や処刑ではなかった。ただ、自分の価値を証明し、自分を不要とした者たちに、その喪失の大きさを静かに、しかし永遠に思い知らせる。そして、自らは最も輝ける場所で、最高の幸せを手に入れる。


 それこそが、錬金術師アメリアが成し遂げた、最も知的で、最も完璧な復讐劇だった。バルコニーで夫の腕に抱かれながら、アメリアは真の幸福を噛みしめていた。

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素敵なお話をありがとうございました …地味すぎると貶められた令嬢のある意味地味すぎるざまぁ(実際に行ったことはおそらく個人で経営していた商会を畳んだだけですしね(^^;) ) でもその後は地味にじわじ…
アメリアはいったいリアムのどの辺を信頼したのだろう? 女性一人に対して男の部下を集団で派遣し、地位だけ言って理由も言わずに連れてくるというのは半分誘拐だし、アメリアの成果をちゃんと讃えることもしてない…
婚約破棄はいただけないが、地味で社交界に出ないと舐められるから王子の発言も決して間違ってはいない。 そこは現代人と現地人の価値観の違いでしょうか。 であれば郷に入っては郷に従え、その点だけ主人公は傲慢…
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