私、婚約破棄されましたわ
「…カミーリャ・フィーユ・ニクス」
「はい。どうされました?お父様が私のことを執務室に呼び出すなんて珍しいこともありますのね」
いつも午後のティータイムの時にしか呼び出さないお父様。私には執務室よりもそちらの方がお似合いだと耳にタコができるほどお話しされていました。そのためわざわざ執務室に呼び出すというのは何か本当に大きなことを私がしてしまったということになると思うのですが…はっきり言って私何も心当たりがございません。
「皇太子殿下との婚約が破棄された」
「はい?」
「だから…皇太子殿下との婚約が破棄された」
「いつ?」
「昨夜」
「どこで?」
「舞踏会で」
「誰が?」
「皇太子殿下が」
「何をしたの?」
「婚約破棄をなさった」
全くもって身に覚えがありませんわ。どうしましょう。そもそも私昨夜の舞踏会には出席していませんわ。それどころか手元に手紙すら届いていませんもの。いけるはずがないわ。
「それ、お父様がお年を召してらっしゃるせいで聞き間違えたのではなくって?」
「わが愛しの娘でなくてはその言葉許されないぞ」
「あら愛しの娘でよかったわ」
それにしても今の反応と頭に手を置き項垂れている様子を見るとどうやら本当のことらしいですわね。でもどれだけ考えても何も浮かんでこない。どうして婚約破棄をされたのかさえも全く見当がつかない。
「本当に心当たりがないのか?」
「ええ。いつも通りサフィールと取り換えごっこをしていましたので本当に」
「完全にそれが原因ではないか!!」
「あ、だから今日サフィは元気がなかったのですね!」
「そういう問題ではない!」
さらにお父様の纏う空気がどよんと暗くなった。あら、いつもしているのですから何の影響もないと思うのですが…そもそも私殿下と最後に顔合わせをしてから8年は経っていますわ。最初のお見合い以降一回もあったことがありません。デビュタントも結局サフィと入れ替わっていましたし。
「そもそもの話ですわ、お父様。一番初めにお会いしてから一度も会話…というかお姿も拝見したことがありません。なんたら教育?すらも受けたことがありませんわ。婚約破棄されたのであればサフィに何か原因があったということでしょう」
私には非がないことを伝えなくてはなりません。もう8年も前にみたご尊顔は頭の片隅からこびりついて離れませんわ。あの絵画のような美しさは形容し難く、忘れようにも忘れられないもの。太陽の光が反射し、キラキラと輝く黄金の髪にサファイアを埋め込んだような眩い瞳。そして吸い付きたくなるような薄いピンクの唇。一目見て分かりましたわ。この方に私は相応しくないと。
件の王太子殿下のことを思い出すのは8年ぶりのことですわね。懐かしいですわ。ん?お父様の顔に見たこともないくらい皺が寄って動きませんわ。どうなさったのでしょう。
「…心当たりはある」
やっぱり。私ではありませんわ。
「顔も背格好も全く同じですわ。やっぱりサフィが何かしでかし…」
「…ついているだろう…」
「はい?」
なんておっしゃったか全然聞こえませんでしたわ。
「もう少し大きな声で言っていただかないといくら若い私と言えど聞こえませんわ」
「サフィールにはお前にはないものがついているだろう!!!」
お父様、そんなに大きな声を出せと言ったのではありません。