ここが前世の物語の中だと言うから。
どうやら僕の婚約者な悪役令嬢というものらしい。
ある夜会の後、混乱した様子の婚約者ジュリエッタからそう告げられた。
矢継ぎ早に繰り出された話をなんとか汲み取ると、僕はこの夜会の最中、婚約破棄をしなければいけなかったようなのだ。
「マルクス様はどうして婚約破棄をしなかったのです!?」
「どうしてって……婚約破棄をする必要性を感じないから?」
至って真面目に答えたが、返ってきたのは驚愕の声。
「なぜ!?」
「なぜって、君ほど立派な婚約者はいないと思うから?」
「わけがわからない!」
それは僕のセリフでは? と思いつつ、目の前の紅茶を勧めた。
一呼吸置けば話が通じるかもと思ったが、そんな間もなく彼女はカップの紅茶をぐいっと飲み干した。珍しいこともあるものだ。いつも完璧に振る舞うジュリエッタが、淑女の所作を忘れている。
「えっと、じゃあ逆に聞くけど、どうして僕が婚約破棄をすると思ったの」
「だってわたくし、悪役令嬢ですから」
これだ。この理由には、首を傾げるばかりである。
眉の間に寄るしわを指で伸ばしながら、会話を続ける。これは負けられない戦いだと本能が叫んでいた。
「ん、ん? いや、うん、仮にそうだとして、婚約破棄する理由にはならないよね。僕たちは幼い時から婚約者であり、王家と公爵家との絆を深めるための大事な婚約で、僕たちが一緒になることで隣国への牽制にもなる。別に家同士の仲が悪くなったわけでもないし、僕とジュリエッタも仲が悪くなったわけでもない。婚約破棄する理由なんてないだろう。違う?」
「え……いやいや、どういうこと、バグ? だって、聖女は!? この国を覆う結界が弱くなっている今、結界を補強してくれる聖女は必要なはずでしょう。この夜会でも、聖女サーシャ様を、マルクス様はエスコートされていたではございませんか! 婚約者のわたくしではなく!」
バグってなんだろう。
そう一瞬思ったが、気にしないことにした。だってジュリエッタが今日も可愛い。
「ふふ、ジュリエッタ、嫉妬かい? そっかそっか、嫉妬してくれるっていうのもなかなか嬉しいものだねえ。前にも連絡したと思うけど、サーシャ嬢は平民だからね、夜会の場には慣れていないだろう? 大事な聖女に恥をかかせるわけにもいかないから、僕がエスコートすることにしたんだ。君も了承してくれたじゃないか。でも君が嫌な思いをしたのなら、今後は引き受けないことにしよう」
「え、いえ、そうではなくって、サーシャさんに嫌がらせをする性根の悪いわたくしは断罪されるのでは?」
「断罪? そんなこと誰が言ったの? 僕がジュリエッタを罪に問うわけないじゃないか。しかも嫌がらせなんて理由で? バカバカしい。それにそんな真似、ジュリエッタがするわけないでしょう」
「いや、あの、大勢の前で厳しい言葉を言ったりだとか、ぶつかって転ばせたとか……」
まだまだ戸惑っているようだが、当初の勢いはどんどんなくなってきた。
よし、と内心胸を撫で下ろす。
「ああ、知っているよ。王族に対する礼節を説いてあげたり、貴族特有の言い回しを解説してあげたりしたんだろう。ぶつかったのは不運だったとしか言えないけど、その後のフォローもしたと聞いている。何か問題が?」
「…………その、マルクス様がそう仰るなら、問題はありませんが……え、辺境行きの罰は?」
ぴくりと耳が反応した。
辺境だって?
「罰も何も、ジュリエッタは罪なんて犯していないんだから。だから、辺境行きだなんて罰もありえない。──もしかして行きたかった、とか?」
「ま、まさか、そんなこと! ただ、思っていた展開とは違ってたので驚いてしまって」
「そう? 何を想像していたのかわからないけど、僕が君との婚約を破棄することはないから安心してほしい。ジュリエッタにはずっとそばにいてほしいんだ」
◇◇◇
王子の様子がおかしいと気づいたのは、夜会の時だった。
聖女のサーシャをエスコートして入場してから、もう随分と時間が経ったというのに、一向に婚約破棄が行われない。
今か今かと待っているのに、時折視線の合うマルクスはただ微笑むだけだ。
そうこうしているうちに、夜会はお開きになってしまった。私の頭はハテナだらけだ。
前世の記憶によると、乙女ゲーム本来のストーリー通りであれば、聖女サーシャをいじめたと様々な難癖をつけられて、私は孤立。そんな中、王妃となるには慈愛が足りないだとか嫉妬が醜いとかで婚約破棄を突きつけられるはずだった。
どういうことなのかとマルクスに詰め寄ると、「婚約破棄」なんて頭にもないようだった。
もしかして今日の夜会じゃ、なかったのかしら。いえ、でも時期もタイミングもぴったりのはず。
目の前に座るバグった王子を見ながら、内心首を傾げ──力が抜けた。いくら考えても答えなんて出ない。
もう、こんなことなら、もっとしっかり食べておくんだった。口をもごもごさせながらの婚約破棄は流石にヤダなと思って、ドリンクにも料理にも手をつけなかったのに。
緊張もしていたのだろう、ひとまず今は婚約破棄が行われないと知って拍子抜けした身体は、あまりに正直で。
ぐーと鳴ったお腹の音は、マルクスにも聞こえてしまったようだ。恥ずかしい。
「ああ、夜会では立ってばかりだったから……すぐに君の好きなものを用意させよう」
そう言って出てきた食事は、急ごしらえには見えないほど豪華で、私の好きなものばかりだった。それに今さらながら驚く。
マルクスは可愛げもない私より、可愛らしく素直で、従順なサーシャを愛しているはずだった。
サーシャが聖女であることも、誰よりも魅力的な女性であることも、彼女が中心である世界だから。そのはずだった。
だから、婚約破棄後に追放される辺境の地デレイハイドで、どうやって生きていこうかと考え続けていた。知らないまま追放されるよりは、と思い、その土地のこと、治めるデレイハイド辺境伯のこと、経済状況などを調べもした。
ストーリーの中でも明らかにされていることだが、デレイハイド辺境伯は隠れお助けキャラの位置付けであり、渋めのイケオジである。追放された後は、どうにかそのお顔を拝見しながら生きていければ最高ね、と考えていたから、この夜会の後は用意しておいた馬車に飛び乗って、辺境伯領へ出発。事前に取り付けていた約束のもと、辺境伯の元で働かせてもらう予定だったのだ。そのための勉強だってした。
それなのに肝心の婚約破棄が行われないとは。
人生狂ってる。
「あの、マルクス様は、サーシャさんのことをどう思われておいでなのです?」
「この国においてとても重要な役割を担う、大切な聖女だと思っているよ。なにしろ国の結界を修繕できるのは伝説の聖女だけというのだから。魔物からこの国を守るためにも、彼女の力は必要不可欠だろう」
「可愛い、とか守りたい、とかそういった感情は……」
「ん? ああ、貴族社会には慣れていないから可愛らしいお嬢さんだと思うし、聖女である彼女は守らなければならないと思ってるよ。ただ、恋情という意味はないよ? 僕のそれは、ジュリエッタに向いている」
さすが王子。恥ずかしげもなくよく言う。
そうは思うけれど、赤面するのは抑えられなかった。マルクスも興味深そうに、それでいて満足そうに眺めてくるものだから、不本意にもどぎまぎしてしまった。
頬を押さえながら思う。
うん、それもこれもサーシャが王子に纏わりつかないのがいけないのよ。そう結論づけた。
◇◇◇
近頃、公爵令嬢であり悪役令嬢であるはずのジュリエッタによく話しかけられるようになった。
思えば、王子にエスコートしてもらった夜会の後からだ。
「ねえ! サーシャさん! もう少しマルクス様とお話ししてはいかが?」
そしてあろうことか自分の婚約者であるマルクスとの密会を勧めてくる。王宮で出くわすたび、辟易していた。
「もうしつこいですよね、ジュリエッタ様って。あたしはこれから図書館に用事があって。だいたいマルクス様はジュリエッタ様の婚約者でしょ。それにこの国の王子様でもあるわ。平民のあたしがそうそう声をかけていい相手ではないの。ご存知でしょうに」
ストーリーの通りなら、あたしはジュリエッタに虐められているはずだった。
しかし、これまで幾度か注意をされただけ。それどころか転んだあたしを助けてくれたこともある。
虐められることが面倒で王子には極力関わらないようにしていたおかげかしら、と喜んでいたというのに、とうとう王子に関心を向けろと言われてしまった。やはりストーリーに強制力はあるのかもしれない。幾分か変わった方向ではあるが。
「ジュリエッタ様だって、あたしがマルクス様とお話ししても良い気分ではないんじゃないですか? 平民のあたしが、礼儀も知らず、王子様に声をかけるなんて、と」
「まさか! 平民なんて関係ないわ。あなたは聖女ですもの。マルクス様とお話しされても、何にも問題はございませんわ。最低限の礼儀さえ守っていれば、マルクス様も嫌な顔はされないでしょうし。ああ、それに、あなたのことは可愛らしいと仰っておりましたし」
悪役令嬢が、王子からの褒め言葉をあたしに伝えるですって?
何のバグなのよ、一体。そこまでしてあたしをけしかけたいの。
「それは光栄ですね。ですが、それは妹のような、という意味だと思います。何もわからないあたしに丁寧に教えてくださいますから」
「そんなのわからないじゃない! もう少しお話ししてみれば、王子の愛情に気づくかもしれないし。王子だって聖女の可憐さに夢中になるかもしれないし」
言葉遣いに少し違和感を感じながら、それはないと思う。
絶対にありえないが、もし仮に王子からの愛を感じられたとして、それでもあたしが王子に靡くことはない。
手に抱えた分厚い本の背表紙には「デレイハイドの歴史」「辺境の衣食住」「王都と辺境の関係」と書いてある。
だってあたしの推しはデレイハイド辺境伯様。
困った時にそっと助けてくれる頼りになるイケオジだ。乙女ゲームではプレイできない対象外のキャラと交流できる機会を逃せるわけないの。
「いいえ。あたしも身の程を知っているつもりです。聖女の役割をちゃんと果たしたいと思って、辺境の地、デレイハイドへ行きたいのです。あの土地は結界の境界。何かあったときに対処できるのは、デレイハイドだと思うのです。だからこうして勉強もしていて」
「デレイハイド、ですって? でもあの土地は……時々結界をくぐり抜けた魔物も出るとか。聖女であるサーシャさんは、もっと安全なところにいたほうがいいのではなくて? 万一ケガでもすれば、誰もが嘆き悲しみますわ」
ジュリエッタはあたしを王都に留めておきたいようだけど、そうはいかないわ。
あたしの推しは、デレイハイドにいるの。
「いいえ、いいえ。あたしの力を最大限に引き出せる場所があの土地なのです。王都はマルクス様とジュリエッタ様のお二人にお任せしますわ。お二人がいらっしゃれば、王都に心配事はありません。もちろん他にも優秀な方々がいらっしゃいますし」
「でも心配だわ……」
「こう見えて運動神経は良い方なんです。逃げるのは上手だと思います。治癒魔法も使えるんですよ」
聖女の特権。結界の修繕と治癒魔法だ。
この力があれば、魔物と戦うデレイハイドでも力になれるはず。
そうしてあたしはデレイハイド辺境伯様と仲良くなるのよ。そしていつか恋仲に、なんて。期待は膨らむばかり。
「だから何も心配しないでください。あたしは大丈夫です。ちゃんと聖女の役割を果たしてみせます。だから、ジュリエッタ様は王都でマルクス様と幸せになってください」
「な、なんで、そこでそんな話に?」
「ジュリエッタ様は、心配だったんでしょう? あたしがマルクス様を好きになるか、それともマルクス様があたしを好きになってしまうんじゃないかって」
「……え」
「だから確かめようとしたんじゃないんですか? まだ婚約中のうちに。あたしがたくさん話しかけたとしても、マルクス様の気持ちが変わらないかどうか」
ジュリエッタがなぜかデレイハイドに興味を示していたことは知っていた。だけど、あたしの邪魔はさせないわ。
「マルクス様とジュリエッタ様、本当にお似合いだと思うんです。どう見てもマルクス様は、ジュリエッタ様のこと大好きですもの!」
こんな言葉だけで薄く頬を染めるジュリエッタは、美人で、綺麗で、可愛かった。悪役令嬢らしさは無い。
まったく一体どうなってるのかしら。
まあ、あたしの邪魔をしないならどーでもいいけどね。
◇◇◇
おかしい。おかしいわ。
私が整えたはずの舞台が塗り替えられていくようだった。なぜかマルクスは私に好意的で、なぜかサーシャは辺境行きを熱望している。
全て、悪役令嬢を甘く見ていた自分のせいなのだろう。
物心ついた時には、この世界が自分の知っているものだと気づいてしまった。私は悪役令嬢である運命をただ受け入れただけだった。悪役令嬢になる努力をしなかったのだ。
ストーリー上、いずれそうなるのだろうと簡単に考えていたが、何もしなくとも悪役令嬢になれるわけではなかったらしい。
追い出された後の心配しかしていなかったことが悔やまれた。
マルクスから愛の言葉を囁かれるなんて、聞いてない。どうしろっていうの。
頭を抱えながら、優雅に微笑むマルクスの顔が思い浮かぶ。
淡い金色の髪にブルーの瞳。サーシャに向けられるはずの視線が私を向く。なぜ。
王子であるマルクスは、ずっと私に優しかった。
紳士的に、社交辞令の褒め言葉も忘れずに接してくれていた——幼い頃、女性にはそうであれと教えられたとおりに。
私も、教えられた婚約者の対応というものを欠かさなかった。王子の婚約者という立場は結構難しいものらしく、ベタベタしすぎてもダメ、不仲に見えてはダメ、それでいて仲睦まじい様子を見せなければならなかった。周りから見て不興を買わないよう適度な距離感を保つ必要があったのだ。
そういうものだと思っていたし、いずれ聖女サーシャが現れるまでのことと思っていたから特に気にならなかった。与えられた役割を淡々とこなしていた。
しかしサーシャが現れてなお、マルクスの態度は変わらなかった。
青い瞳はよそ見することなく私を見て、その目は恋人に向けられるように甘く。
まるで私を好きだとでも言うように。
「どうしたの? ジュリエッタに見つめられるなんて」
「あっ、ごめんなさい、つい」
「なんで謝るの。こんなに嬉しいのに。ジュリエッタにならずっと見つめられたって構わない。もっと見てほしいくらいだ」
てっきりマルクスはサーシャを愛するものだとばかり思っていたから、彼のことを真剣に見ようともしていなかった。
この婚約関係が続くものだとは、思っていなかったのだ。
今考えれば、随分と失礼なことをしていたと思う。
与えられる好意を認めてしまえば、簡単だ。
ただもう後戻りはできない。私にはマルクスを拒否できない。
「ずっと昔から、ジュリエッタを愛しているよ」
「!?」
ぶわっと体温が上がり、唇を引き結んだ。
耐えられるかしら。
ゲーム一番人気の顔面で微笑まれながら、そんなことを思った。
◇◇◇
初めて見たとき、もう心奪われていた。
彼女の絹のようなシルバーに輝く髪、色白の肌、少しつり目の赤い瞳は力強くて。
赤い口紅が印象的だった。
僕はずっとジュリエッタに焦がれている。
どうしても一目見たくて毎日会いに行った。嫌なことがあっても彼女を見れば癒された。結局いつも怒らせてしまって、視界からいなくなってしまう。何度も繰り返したが、つんと顎を上げる仕草が格好良くて、自分のために聖女に嫉妬してくれるところも健気で可愛くて、一切飽きず。
もしも、彼女が本当に婚約者だったなら絶対に大切にすると誓ったものだ。
それが今、ティーテーブルで向かい合わせに座り、ジュリエッタを見つめられる。
なんて幸せな時間だろうか。
「最近、サーシャ嬢と仲が良いそうだね?」
「いえ、そんなことは。少しお話しする機会があって……」
「ちょっと妬けちゃうね。何か楽しいことでもあった? 二人でいるときは笑顔も多いと聞くけど」
「え! 妬け!? いえ、共通の……ええ、共通の話題で盛り上がりまして」
デレイハイドのことかと瞬時に理解した。
ジュリエッタがデレイハイドに関する書物を長年愛読していることは知っていた。
つい先日「デレイハイド行きの罰」のことを本人の口からも聞いている。
先手を打っておいて良かった。
サーシャが同じくデレイハイドに興味を示していたから、勉強できる環境を与え、ジュリエッタの代わりとしてデレイハイドに行ってもらうことにした。サーシャ自身もデレイハイド辺境伯に近づけると喜んでいたし、勉強も順調のようだ。
いつの間にデレイハイドで働く約束なんて取り付けていたんだ。全くジュリエッタから目は離せない。
辺境伯は大人の色気があるからな。辺境伯領には時々魔物も出没するということがなかなか忌避されているが、辺境伯本人は至って良識ある人間だ。
だからこそ余計に、ジュリエッタは渡すものか。
「サーシャ嬢もよく学んでいるでしょう。図書館の使用許可を与えて本当に良かったと思っているよ。結界が脆弱なデレイハイドで力を発揮してくれるというのだから、こんなに心強いことはないね」
そんな僕にジュリエッタはこてりと首を横に倒した。
「マルクス様は、サーシャさんがデレイハイドに行ってしまってもよろしいのですか?」
「彼女が行くと明言しているんだ。聖女の力を存分に発揮したいからと。僕に止める権利もないし、僕もそのほうがこの国のためになると思ってるからね」
心底不思議そうなジュリエッタも可愛らしい。が。
「ああ、もちろんジュリエッタが行きたいと言うのは別だよ。君は僕の大事な婚約者だからね。絶対に行かせたくない」
赤面する姿も可愛らしいのだ。本当に愛おしい。
「……本心です?」
「もちろんだとも。これまでもずっと伝えていたかと思っていたけど、足りなかったかな。僕はずっとジュリエッタだけを見ていたし、これからもジュリエッタだけを見ていたいし、僕が愛するのもジュリエッタだけだ」
隙あらばジュリエッタへのアピールをしていたつもりだが、これまでの彼女はどこ吹く風で。
何を言っても「そうですの」「ありがとうございます」と相槌や形ばかりの謝礼の言葉が返ってくるだけだった。
それが何か心境の変化でもあったのか——彼女が「婚約破棄」を口にした後から、僕に嬉しい反応を見せてくれるようになったのだ。
愛の言葉を囁けば赤面し、少し動揺して、それを隠すように視線が合う。我慢くらべのように見つめ合うと、最後には照れたようにそっぽを向いてしまう。
これは男として意識されていると思っていいのではないか? どうだ?
少しの充足感に浸っていると、ややあってジュリエッタが口を開く。
「……これまでの私は、少し、思うところがありまして、マルクス様には大変失礼な態度を取っていたかもしれません。どうか償いをさせていただけませんか」
などと言うものだから口にしていた紅茶を吹き出しそうになった。
おっと格好悪いところは見せられない。強く握りしめた手で何気なく口元を押さえた。
失礼な態度というものには全く身に覚えはないけれど、転がり落ちてきたチャンスは逃せなかった。
「償ってもらうようなことは何もないけれど。ああ、そうだねぇ、それでも償ってくれるというのなら……僕のそばで、僕だけを見て?」
「え? もう婚約は済んでいますのに、マルクス様以外の男性を見ることはございませんよ」
「わかっている、それでもだ。そうしてもらえると僕はなんだってできるから」
「そう、ですか?」
「ああ、そうだとも」
一切の迷いなく頷くと、ジュリエッタはまた見たこともない顔で——思わず抱きしめたくなるような顔を見せてから、少し俯く。
顔が見えなくなってしまったことが残念で、もったいなくて手を伸ばした。伸ばせば届くところに彼女がいる。
だから夢なら醒めないでくれと願わずにはいられない。
彼女の顔横に落ちる銀髪を掬いとってそっと口づけた。髪束を耳にかけようとした時、真っ赤な目と合う。
そして薄く色づく頬と潤んだ大きな瞳から目が離せなくなった。
前世では決して見られなかった表情に、心が鷲掴みにされたのだ。
「綺麗で可愛いジュリエッタ。いつも君を見るだけで、僕の心は安らぐんだ」
このまま僕のそばで、僕だけを見て、知らない顔を見せてほしい——俺の最推し。
お読みいただきありがとうございました!
お前もかーい(・A・)と思っていただけたら嬉しいです。