第2話 遅刻
家を出ると、鼻歌を歌いながら一人で学校に向かった。
最近は氷翠がいつも家に来ていたので、一緒に学校へ行っていたのだ。だから一人でいると、辺りの風景が少し新鮮に感じられた。
そんな事を考えていた時。
「怜~っ! 待ってよぉ!」
そんな叫び声が後ろから聞こえてきた。振り向くと、髪の毛がいつもほど整っていない氷翠が走って来ていた。
「げっ、氷翠……」
「はぁ、はぁ、ようやく追いついたよぉ……!」
そう言いながら俺の服を掴んでしゃがみ込んだ。
「離せ、誰かに見られたら勘違いされる!」
「もう、照れちゃって。可愛いなぁ……」
「照れてねぇよ! 早く離してくれ、マジで。この時間だとアイツが――――」
氷翠の手を振りほどこうと、必死に服を引っ張っていた時。
「おぅ、怜じゃんか! ……って、またイチャイチャしてるのかよ。ムカつくヤツだな……」
俺の同級生の優が来た。イケメン……とは言えないが、性格が良いので結構モテてるらしい。本人曰く。
「してねぇよ、マジで! それより、コイツ離すの手伝ってくれ!」
「あぁー、すまん。遅刻しそうだから先に行くわ」
優は両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうに言うと、学校へ向かって走っていってしまった。
「あぁー、優くん行っちゃったねぇ……」
「お前のせいだぞ」
「まぁまぁ。それより早く学校行かないと。遅刻しちゃうよ?」
「だから、全部お前のせいな」
「えぇ……。ごめん……」
氷翠も優と同じように、申し訳なさそうに下を向きながら言った。
「許してほしかったら掴んでる手を離せ」
「……はい」
俺は手が離されたのを確認すると、全力で逃げるように学校へ向かった。
教室に入って時計を見ると、長い針は25分のちょっと前を指していた。
ちなみに朝の学活が始まるのは25分からである。
「あぶねぇ……遅刻するところだった……」
ホッとしてカバンを机に掛けて椅子に座ると、同級生の男子が数人集まってきた。
「おい、怜。今日も氷翠が家に来てたんだって?」
「誰から聞いたんだよ。そうだけど」
「ぐっ……。う、羨ましい……!」
「は? 面倒くさいだけだぞ? なんでか知らんが合鍵持ってるし……」
「ちくしょう! お前は敵だ! 美少女が家に来て面倒くさい事なんてあるわけ無いじゃないか!」
メガネを掛けた男子、大翔は泣きながら俺を指さして言ってきた。
その時、ちょうどチャイムが鳴った。
「ほら、鳴ったぞ。帰れ」
「くっ……。本当に面倒くさいと思ってるなら、行くなら大翔のところに行け、って言ってくれよ!」
「良いよ」
「まじ?」
「うん」
俺がそう言うと、集まってきていた男子たちは羨ましそうに大翔の事を見ながら自分の席に帰っていった。
全員が着席して静かになったと同時に、先生が話し始めた。
「あれ、氷翠が遅刻か……。珍しいな……」
先生が呟きながらノートにメモしていると、教室の後ろの扉あたりから声が聞こえてきた。
「遅刻してません!」
氷翠が肩で息をしながら叫んでいたのだ。
「遅刻してるんだよなぁ。チェック入れとくね〜」
先生は氷翠の叫んだ事を無視してノートになにか書き込んだ。
「なんでよ、先生……。それぐらい良いじゃん!」
「ダメです。とにかく座りなさい」
「……はーい」
「それと言っておきますが、怜くんのところに座りに行かないでくださいね」
そう先生が言うと、氷翠はバレたと言いたげな顔をして俺の事を見つめてきた。
「来るつもりだったのかよ……。学校ではなるべく引っ付いて来ないで欲しいんだけどな……」