露と消える
これでよかったのかボクにはよくわからない。でも後悔なんてないし過去に戻れたとしても同じ結果になるという確信がある。ボクは吹雪の中、隣にいる愛麗を支えながら山道を進む。近いうちに死ぬという確信を持ちながら…。
吹雪はまるでボクたちを逃がさないようにするかのように吹き付ける。体はかじかむし、足の感覚はもうなくなっているけれど、大丈夫まだ歩けると自分を鼓舞しながら歩き続ける。愛麗は村の人たちに焼かれてやけどをした足を引きずりながらもボクの肩に掴まって歩いてくれている。ボクが諦めるわけにはいかない。
遠くでまだ村の人たちが騒いでいる声が聞こえる気がする。気のせいかもしれない。空耳かもしれない。だけど、祭りの光景が目に焼き付いて離れない。
愛麗を柱に括り付け、炎を放とうとする愛麗の両親、その光景に熱狂する村の人たち。すべてが異常であった。彼らは一瞬でボクには理解できない存在になり替わった。昨日までは何事もなく平穏だった村が神子の一言で地獄になり替わった。神子が
「贄を神に捧げよ!神に感謝を示すのだ!」
と一言告げた瞬間世界が一変したのだ。ボクは何が起こっているのか理解することができず、ボクを養ってくれているおじさんに助けを求めるように、縋りつくような気持ちで、みんなはいったい何をしているのかと聞いた。おじさんは
「神子様のお言葉は絶対だ。近いうちに何かいいことが起こるに違いない。」
と笑顔でそう言い残しボクを置いて行った。ボクはおじさんの言っていることの意味が理解できず、その場に立ち尽くした。しかし、愛麗の叫び声でボクは目を覚ました。
「お母様、やめてください!お父様も!いやだ!まだ死にたくない!神子様!おねがいです!やめてください!いやっ!やめて!おねがいです!!だれかっ!香恋!か…かれん…!助けて…!」
間違いなく愛麗の声だった。何年も一緒に過ごしてきた親友の声であった。ボクは気がつけば、燃え盛る炎の中に飛び込み、彼女を縛っていたロープを腰に差していた小刀で切り裂き、彼女の手を握ると、全速力で逃げていた。絶対に捕まってはいけないということだけが頭の中を支配していて、それ以外は考えることもできなくなっていた。
ボク達は走り続けた。神子の結界を抜けると景色が急変した。それでもボク達は進み続けた。結界の外は吹雪が吹き荒れていて、体温が一気に奪われた。
どれぐらい進んだのか…。どれくらい時間がたったのか…。わからない…。ボクは…何も分からない。分かっていない。どうして愛麗がこんな目に合わないといけなくなったのかも、どうしてみんながおかしくなったのかも…。愛麗をできるだけ村から離すという使命感だけがボクを突き動かしていた。
「神子様のお言葉は絶対だから…。」
愛麗が言った。ボクは驚いて隣を歩く彼女を見た。彼女の胸にはボクの小刀が刺さっていた。なんで…?どうして…?どうして愛麗の胸にボクの小刀が刺さっている?混乱した頭でボクは自分の腰を見る。差していた小刀が無くなっていた。
「香恋、ありがとう…」
幸せそうな顔で愛麗はそう呟いてボクの隣で崩れ落ちた。隣で愛麗が死んでいる…。意味が分からない。分からないのはボクがよそ者だから?ボクは…どうすればいい…?ボクは無意識に彼女の横に寝転がる。寝転がると疲れがどっとあふれてきた。もう眠い。疲れた。身体が鉛のように重い。もう身体の感覚がない。愛麗の幸せそうな顔が見える。なんで彼女はこんなに幸せそうな顔をしているんだろう?分からない。分からないけど…愛麗が幸せに死ねたのなら…これでよかったのかもしれない。ボクは彼女の寝顔を見ながら瞼を閉じ、深い眠りについた。
ザクザクと神子は雪を踏みしめ、死んだ二人へ近づく。辺り一帯は先ほどと違い、吹雪は止み、しんしんと穏やかに雪が降っている。神子は愛麗に近づき、彼女の魂を吸い取った。そして香恋に近づき、
「今回もお疲れ様です。えーっと…63回目でしたっけ?今回の名前は香恋でしたね。良い名前です。あなたの里親には感謝しないといけませんね。それに今回はあなたも幸せに逝けたようで私も嬉しいです。次回も頑張ってくださいな。期待していますよ。」
という言葉を残し、去っていった。しばらくすると、香恋の身体は溶け出し、やがて真っ白な雪の精霊のような容姿へと変わった。かつて香恋という人間であった雪の精霊は愛麗の亡骸に寄り添う。かつて見送った数多くの友人たちとの思い出の記憶に愛麗との思い出も足して雪の精霊は眠る。忘れたい、けれど忘れたくない記憶、甘くて辛くて切ない記憶を抱えながら。そして、次が来ないことを切に願いながら。
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