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奈々ちゃんの事は傷付けたくない。
こんな天使、傷付けるワケにはいかない。
だからって、元カノへの罪滅ぼしを投げ出す事は出来なくて。
せめて、少しでも改善しようと試みた。
「なに蓮斗?
てか蓮斗から呼び出すのってめずらしーよね」
「ん、実はさ。
僕も彼女が出来たんだけど……」
「……そっ。
え、それってこの前の天使とか言っちゃってた電話のコっ?」
「そう、そのコ」
「え、まさかその報告で呼び出したワケっ?
電話でよくなぁい!?私そんなにヒマじゃないんですけどっ」
まぁそーなんだけどさ……
てゆうかキミは、いつもそんな事で僕の時間を奪ってるよね?
「ごめん。
けどその事で頼みがあってさ……」
「頼みぃ?
ヤだ。めんどくさい」
輪をかけてめんどくさいキミから言われたくないんですけど!
「いや、大した事じゃないって!
ただ……
そのコの事は、特別ってゆうか真剣に考えてて。
だから……」
キミには遥さんもいる事だし、僕に頼るのはもう少し遠慮してほしいんだ!
とは、口に出来ず。
「本庄さんも、協力してくれる?」
代わりにそう、恐る恐る問いかけた。
途端、その人から殺気がみなぎって!
"人傷付けといて、のんきに彼女作るだけじゃ飽き足らず!
なんで傷付けられた私が協力しないといけないワケぇ!?"
なんて浴びせられると思ったのに……
「……ふぅん、そ。
ま、覚えてたらね」
それ、忘れる気マンマンだよね……
殺気は気のせいか、意外とアッサリした反応に拍子抜けする。
と同時、意図が伝わってない様子と跳ね除けられた様子に脱力する。
とはいえ。
根気強く、このめんどくさい状況の改善を図って行くしかない。
だって僕らはもう、とっくに違う道を進んでて……
その道が交わる事は、きっとない。
それはまるで、どこまで延長しても交わらない平行線で。
行き着く先には、それぞれ人とそれぞれの未来が待ってるんだから……
だけど予想外に、元カノからの連絡がパタリと止まった。
たまたまかな?
協力してくれる?なんて曖昧な頼みの意図を、キミが理解したとは思えないし。
こんなにもアッサリ応じるとは思えない。
いや、ひどい解釈してごめん!
って誰に謝ってるんだよ……
元カノから怒られ慣れてるせいで、条件反射に反省してしまう。
「蓮斗さん?
なにか考え事ですか?」
僕の部屋でくつろいでた天使が、クスクス笑って……
プチ思考旅行に出掛けてた僕を連れ戻す。
付き合ってからも相変わらず、さん呼びで敬語だ。
そんなとこも愛らしいけど……
僕だけ次のステージ、呼び捨てへ。
「いや、明日のデートプランどーしようかなって。
奈々はどこ行きたい?」
「私はどこでも……
蓮斗さんと一緒なら、コンビニでも楽しいですっ」
か、可愛い!
まぁ、何はともあれ。
おかげで順調に奈々との恋人ライフを送れてるからいんだけどね。
そしてどうやら、元カノから連絡がなくなったのは、たまたまなんかじゃないようで……
もう1ヶ月も音信不通だ。
遥さんとラブラブなんだろうな……
なんだか寂しく感じる。
って、いやいやそんなの錯覚だからっ!
この自由な日々を満喫しないでどーする!
そこで、迎えに行った僕の車に駆け寄って来た奈々。
「お待たせしてすみませんっ!
お弁当に手間取っちゃって……」
今日のデートはドライブだ。
てゆうかお弁当!?
なんて感激的なサプライズっ……
やっぱりいいなぁ、女の子の手料理って。
思えば元カノの手料理なんて、1度しか食べた事ない。
その貴重な1度は、味はともかく見た目がグロテスクで。
私は作るより食べる派!なんて、それ以来僕が作る羽目になったんだけど……
その1度切りの手料理が、今までのどんな料理よりも好きだったよ。
「……あの、蓮斗さん?
遅くなった事、怒ってます?」
「あ、ごめんっ!
いやちょっと、お弁当に感激しててっ」
良かったぁ!って微笑む奈々を前に、トリップしないように心がける。
「そういえば、蓮斗さんってサッカーしてたんですか?」
「まぁ、中高メインに。
大学じゃ、サークル程度だったけど」
「やっぱり!
部屋を見て何となくそうかなって」
「サッカー詳しんだ?」
「詳しいって程じゃ……
ただ、高校が第一高だったので」
「あ〜!第一高っ。
何年前からか、強豪校の仲間入りしたよね」
「はい。私が高3の時、選手権の地区大会で優勝してからです。
その時の試合、全校で応援に行ってたんですけど。
すごく感動して……
それ以来、サッカーが好きになったんですっ」
思わぬ共通の話題に、会話が弾む。
「え、ボランチだったんですかっ?
すごい!チームの心臓じゃないですかっ」
そうそう、この反応!
こんな反応されると嬉しいよね。
どっかの誰かさんとは、って……
もう皮肉センサーも働かないんだ。
それから、紅葉が見頃の公園を訪れて。
そこで、奈々が作ってくれたお弁当を広げた。
「ちょっと寒いですねっ?
すぐあったかいお茶を入れますね。
……ああっ!」
急に驚きの声をあげて、固まる奈々の手元には……
何も出ない水筒。
思わず吹き出してしまった!
そういえばこのコはドジっ子だった。
その指先にはカットバンが2か所貼られてて、このお弁当作りに奮闘してた事も伺える。
「すみませんっ、入れたつもりだったのにっ……
すぐ自販機で買って来ますっ」
慌てる奈々の……
その手を掴んで、抱き寄せる。
「お弁当、ありがとう。
飲み物くらいは僕に買わせてよ」
耳元で囁くと、奈々が僕をぎゅっとした。
ああ、愛らしくてたまらない。
そのあと食べたお弁当も、文句なしに美味しくて。
そこに綺麗な紅葉と、天使の笑顔。
極上のシチュエーションなのに……
なのになんで、切ないんだろう。
心なしか沈んだ僕を……
奈々が明るい話題で盛り上げる。
しっかりしなきゃ、と思った矢先。
「そうそうっ、この前。
走ってる車の助手席で、カップ麺を食べてる人がいて……
すごくないですかっ?
私だったら絶対こぼしそう!
男の人にしか出来ない荒技ですよねっ」
「っ……
僕の友達にもいるよ、そんな人」
カップ麺なんて日常茶飯事で、どれだけヒヤヒヤした事か。
それどころか……
*
*
*
司沙をバイト先に送る最中。
「時間ないから車で食べよっ」
コンビニで買った夕食を、ガサガサと膝に広げる姿が視界に入る。
「蓮斗っ?
揺らさないよーに急いでっ!」
またムチャな注文を……
何を買ったんだかと、その夕食を横目に映して。
驚愕する!
「ええっ!そーめん!?
え、そーめんっ!?
それ車で食べるのっ!?」
「別にカップ麺と変わんないじゃん。
あ、でもっ、つゆこぼれそ~っ!」
なんてキャッキャと笑う。
頼むからこぼさないでよっ!?
「てゆうか走行中の車でそーめん食べてる人、初めて見たよ……」
「貴重なもん拝めてよかったじゃん」
そーゆう問題っ!?
「うわ、今!
すれ違った車の人、2度見して驚いてたよっ」
「アハハっ!ウケる~」
え、なにが!?
「まったく……
司沙といると飽きないよっ」
「そっ?
逆に蓮斗といると飽きそーだけどねっ」
「っ、ええっ!
え、それ本気っ!?
本気で言ってんのっ!?」
「キャハハっ!
わかった、わかった!
じゃあ飽きないねっ?」
「いや、じゃあってなんだよっ。
しかもなにその取って付けたような言い方わっ!」
*
*
*
そうやって笑い合ってた、楽しい日々。
会わなくなるだけ、元カノの事ばかり思い出すのはなんでだろう……