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そうやって、天使と悪魔に挟まれて……
ひと月をまたいだ、ある日。
「れーんとっ!
ね、一緒に飲もっ?」
いつもの如くやって来た元カノが、今日はいつにも増してはしゃいでる。
「どしたの?
なんかいい事でもあった?」
差し出されたシャンパンらしきものが入ってる袋を、受け取りながら尋ねると。
「そーなのっ!
だから今日はお祝いなのっ!
実はねぇ、フフっ。
遥さんと付き合う事になったんだぁ!」
瞬間、心臓が思い切り縮んだ気がした。
「っ、ふーん、そう。よかったね」
「反応薄っす!
もっと祝福してくれてもいーじゃんっ!」
「いや、こーなるのはわかってたし。
むしろ、いつまでジレジレしてんのかなって思ってたからさ」
「ん~、まぁ今回は慎重に?
だって運命の人だからさっ」
「ああ、言ってたね。
ツマミ、チーズでいい?」
サラッと流しながらも……
僕はキミに彼氏が出来る度に、大なり小なり動揺する。
元カノになったキミに、初めて彼氏が出来た時。
その頃はまだキミの事が好きだった僕は、ショックが大きくて……
機能しなくなった思考で、今回同様ただ淡々とそれらしい言葉を並べる事しか出来なかった。
どこかで線引きしないと苦しくて。
その時を機に、キミの事を司沙から本庄さんとか呼ぶようにして……
だんだんと気持ちに折り合いを付けて来たはずなのに。
なのに今回は、その時の次にショックが大きい気がする。
なんでなんだ?
なんで僕は、今さら期待なんかしてるんだ?
いや、そもそも!
なんの期待をしてるんだっ?
こんなめんどくさい元カノと、今さらどーしたいわけでもないのに。
ただ今回は、2人ともフリーって状態が長かったし。
その間キミは、やたらと僕に懐いてたし。
正直ゆうと、最近の僕たちは何気にいい感じかな?なんて思ったりしてたから……
だけど結局、キミにとって運命の人は遥さんで。
僕たちの関係は、もう友達以外のなんに変わる事もないんだ。
「ちょっと蓮斗っ。
ハイペースで飲みすぎじゃない!?
てか、目ぇ座ってるって」
目が座ってるワケじゃなくて、ただキミを……
酔いに任せて、このまま押し倒したらどーなるかなって。
そう思いながら見つめてたんだけど。
そんな事をしたらきっと、間違いなくブチ切れられて。
もう友達ですらいられなくなる……
いや、そんなの願ったり叶ったりだし!
むしろ僕は、この状況から早く抜け出したかったワケでっ……
だけど、罪滅ぼしを投げ出すワケにはいかなくて。
ああ~!もうっ。
なんかほんとにめんどくさいっ!
「だから蓮斗っ、飲みすぎだって!
もぉ~、誰のお祝いだと思ってんのっ!?」
おかげで次の日は、シャンパンの反撃に遭う羽目に……
「あの、蓮斗さん!待って下さいっ」
その日、営業先を訪れた帰り。
そこで働く奈々ちゃんが、僕を追い掛けて来た。
「え、どしたの?
仕事大丈夫?」
「はいっ、今から休憩なのでっ。
それであの、良かったら……
お昼一緒にしませんかっ?」
「あ……
いいよ?何食べる?」
「じゃあ今日は、気持ちのいい秋晴れなので。
何かテイクアウトして、そこの公園で食べませんか?
あっ、近くに美味しいお弁当屋さんがあるんですよっ?」
心がモヤモヤと曇ってた僕は、その提案には大賛成で……
晴れ晴れとした青空の下、2人でお弁当をつついた。
とゆうか、僕はあんまり口に入らず……
半分は、ほんとにつついてるだけの状態に。
「あの……
お口に合いませんでした?」
「えっ、あ、ごめんっ。
そうじゃなくて、実は二日酔いでさ」
「そうだったんですかっ!?
なんだか、すみません……」
「なんで奈々ちゃんが謝るの?
むしろ、こんな美味しいお弁当じゃなきゃ、何も食べれないとこだったよ。
ありがとう」
そう言うと奈々ちゃんは、切なげな顔を覗かせた。
「……蓮斗さんは、ほんとに優しい人ですね」
「別に普通だよ。
それに……」
ー「どんなにカッコよくても優しくても。
他の女の子を優先するような人、嫌だよ!」ー
「……そんなもん、なんのプラスにもならないよ」
それは、優先して来た元カノに対しても。
「そんな事ありませんっ!
私はっ、その優しさに救われました!
今だって、いつだって、救われてますっ」
「っ、大げさだよっ」
「大げさなんかじゃありませんっ。
だから私も……
蓮斗さんを救いたいです」
いっそ救ってくれたら……
そう思ってた僕の心を、天使が優しくすくい上げる。
「何があったんですか?
今日の蓮斗さん、すごく辛そうでした。
元気がないのは、二日酔いの所為だけじゃないですよね?」
見つめる僕に、柔らかな声がそう続く。
普通にしてたつもりなのに、気付いてくれたんだ……
一連の天使の言葉は、胸を叩いて心をジワリと溶かしてく。
と思いきや、突然。
「こらぁ!し、しっかりしろぉっ!
おまえの限界はっ、こんなものじゃないだろうっ?
げっ、元気だせぇっ!
っ、私が……
私がいますっ!」
可憐な天使らしからぬ、思いがけない言動に……
若干あっけに取られたものの。
顔を真っ赤にして、プルプルしながら訴えてる姿は、例えようもないくらい愛らしくて!
今度はそれが、慈愛の笑みに変化する。
「何も求めません。
なんだったら、利用してくれて構いません。
だから……
恋人として、蓮斗さんを支えさせてもらえませんか?」
ズルいよ、奈々ちゃん。
なんだか弱ってる時に、キミみたいなコから手を差し伸べられたら……
その手を引き寄せたくなる。
不可抗力に、その天使を抱きしめた。
「僕も恋人として、奈々ちゃんを守らせてもらえるかな」
ズルいのは僕だ。
だけどさ……
甘えだけじゃなく、紛らわしだけじゃなく。
そんな奈々ちゃんを守りたいと思ったんだ。