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「そーいえばさぁ?
前に蓮斗、28銀行で働いてる友達がいるって言ってなかったっけ?」
「いるけど、なんで?」
「や、この前の飲み会でさぁ、28銀行の人がいたんだけど」
「キミ、遥さんじゃなかったの?
どんだけ飲み会行ってるんだよ」
「だーから遥さんと出会った社会人サッカーの飲み会だって!
でね?その人私らとタメなんだけどさっ、S藤M弥って知ってる?」
「S藤っ!?
え、知ってるよ!てゆうかそいつだよ友達って」
「え、マジ!?
世間ってほんと狭いよね~」って笑ってる元カノを前に……
一気に重たい気分になった。
「そんな事聞くって事は、S藤となんかあったんだ?
頼むから僕の友達はやめてよ」
「なにその言い方……
別になんもないって!
ただぁ、告られたってゆーかっ?」
「……相変わらずモテますね」
「へへぇっ!
逃した魚は大きかったでしょ~」
余計な事口走った……
実にめんどくさい。
しかも終始、なにが楽しんだかはしゃぎまくってて……
お酒強くもないクセに、キミが飲みまくってどーすんの!
挙句、僕がトイレに行ってた隙に……
「っ、本庄さん!
こんなトコで寝ないでよっ!」
「んん……
るっさいなぁ……」
瞬時に辺りを、ダークな空気で支配する。
怖っ!
一瞬黒いものが見えた気がする……
なんだかほんとに悪魔に見えて来た。
そんな悪魔は、起こそうとしなければ……
むしろ寝てれば無害で。
すやすやと気持ち良さそうに眠ってる。
少しはだけた服からは、柔らかな胸元が覗いてて……
ため息が零れた。
こんな無防備に寝ちゃって。
こんな……
無防備に寝ちゃって……
あ、2回言ってしまった。
あぁ!どうかしてるっ。
パンパンと、両手で頬を叩いて。
その肌に吸い込まれそうになった自分を連れ戻す。
危ない、危ない……
悪魔の魅力、いや魔力?に惹き込まれて、危険な世界の扉を開けるところだったよ。
仕方なく布団だけ掛けて。
朝までその場に放置、いや寝かせといた。
当然、目覚めたキミは身体が痛いって文句から始まって……
「普通女の子にベッド譲るよねぇ!?
蓮斗ってそんな気が利かないヤツだっけ?
っとに!もうちょっと優しくしてくれてもいんじゃなぁい!?」
とかって、さんざん小言を並べられたけど。
あの状況で抱っこして、つい危険な扉を開けちゃったらどーすんの!
ぶっちゃけ僕は眠れなくて、ベッドなんか使ってないってゆーのに。
あぁ~、本当に!めんどくさい。
それから1週間後。
スーツのクリーニングが仕上がって、今日は天使と会う約束。
仕事が終わり次第、僕の会社まで来てくれるそうだ。
シミの落ち具合はとゆうと……
スーツ本体は紺系だった事も手伝って、ほとんど目立たなくなってたけど。
ワイシャツとネクタイはアウトだ。
まっ、安物だからいんだけどね。
それに僕的には当然。
「これがクリーニング代です。
シミの方は、さっき確認したんですけど大丈夫でした」
来社した清松さんに、レシートを差し出しながらそう誤魔化した。
「本当に、すみませんでした。
それであの、よかったらお詫びに……
夕飯をご馳走させて頂けませんかっ?」
そこで思ってもない、嬉しいお誘い。
「ほんとですかっ?
……でも、お気持ちだけ」
だからって、そこまでしてもらうつもりはない。
「私と食事をするのは、嫌ですか?」
「まさかっ!
ただ、ほんとにもう気にしないで下さい」
すると清松さんは困った顔で、少しうつむいて黙り込んだ。
いやそんな反応されたら……
行くしかないよね!?
と、それを言い訳に。
願ってもない状況に乗っかる事に。
「じゃあ、僕の行きたい店でもいいですか?」
とたん、彼女の表情が明るく色づいて。
「はいっ、もちろんですっ」
咲いた笑顔の周りには花まで見えるよう。
ああ、ほんとに天使だ。
癒される……
そんな天使を……
こんな普通の定食屋に連れて来ていいんだろうか。
とはいえ、なるべく安上がりで済むようにここをチョイスしたワケで。
なにより。
「ここ、すっごく美味しんですよっ?」
「そうなんですかっ?
なんだか私まで楽しみですっ。
あっ、オススメとか教えてもらっていいですか?」
ああ、なんて健気で愛らしい反応!
そのうえ。
オススメしたものに、「美味し~いっ」って笑顔を溢れさせて喜ぶ姿は……
殺人級に可愛いらしくて!
ここに連れて来た僕の不安や立場も報われる。
こんなコと日々一緒に食事が出来たら、幸せなんだろうなぁ……
なんて思った矢先。
「あの、山口さんは……
その、付き合ってる方とか、いますか?」
え、そんな事を聞くって事は……
まさかの脈アリ!?
って何の脈だ、何の!
僕は当分、彼女を作る気なんかないのに。
「いえ、フリーです。
ちょっと色々あって、絶賛彼女作らない中なのでっ」
「そう、なんですか……」
と応えた清松さんから、沈んだ気配がしたのは……
気のせいだろうか。
ともあれ。
和やかに食事を終えて、店を出ると。
「あのっ!
あの……
よかったら友達になってもらえませんかっ?」
友達って、女友達!?
すでに友達100人分くらいの強ものがいる僕にとっては、恐るべきキーワード。
けど友達を断わるなんてちょっとあれだし。
なにより天使と仲良くなれるなんて!
「はいっ。僕でよければ喜んでっ」
かくして僕は、天使の友達ゲットだぜ!
になったのだった。
そして意外にも積極的な、天使こと清松さんとは……
その日を境に、日々電話をしたり食事に行ったりと。
順調に友達付き合いを発展させてた。
「奈々ちゃんもそろそろ、敬語やめたら?」
最近は下の名前で呼ぶようになって、僕だけ勝手にフレンドリー。
まぁ一応?
僕なりに相手の遠慮心をほぐしてるつもりなんだけど……
「いえっ、私の方が年下なので、そんな訳にはっ」
たかが1コ下なのに、この謙虚さ。
ほんと、どっかの誰かさんに見習わせたいよ。
とその皮肉を、自分への電波として捕らえたかのように……
「あ、キャッチ。
ごめん奈々ちゃん、また今度」
「あ、はいっ、気にしないで下さいっ。
じゃあ、おやすみなさい」
柔らかな声で紡がれた、天使のおやすみを胸に……
「もしもし蓮斗ぉ?今話せる~?」
裏切ってほしい予想を裏切らない、悪魔からのキャッチを受ける。
「ん、話せるよ?」
むしろいつもの事だけど、話せる状況を作ったよ……