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「さっむい!いつまで待たせんのっ!」
「ごめん!教授に捕まっちゃって」
「もうっ!身体の芯まで冷え切っちゃったじゃん!」
「だからごめんてっ……」
「ごめんじゃあったまんないし!
今すぐどーにかしてよっ!」
それは僕の上着を貸せって事?
いやキミなら無理やり奪うよね。
そんな回りくどい言い方するって事は……
抱きしめて欲しいとかかな?
素直にあっためてって言えば可愛いのに。
「ごめん……」
再度謝りながら、抱きしめる。
「ちょっ、こんなとこでやめてよ!」
え、違った!?それとも照れ隠し!?
「ちょっとだけ」
とりあえず続行してみると。
「……ちょっとじゃ、ヤダ」
ってなにその可愛いさ!!ズルいでしょ!
なんで急に素直になるかなっ。
キミはどっかの小悪魔星から来たツンデレ女王なの!?
僕にぎゅっとしがみついてる司沙が……
ああ、愛しくてたまらない。
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「なにニヤついてんの?」
「えっ……
いやなんか、いろいろ思い出して……」
「……気持ちわるっ」
あの、僕の幸せな余韻を返して下さい……
だけど実際。
あの頃の場所には、こうなふうにいつだって戻れるのに。
あの頃の時間には、当たり前にどうやったって戻れなくて。
幸せな思い出は、時として牙をむくから……
笑い飛ばしでもしなきゃやり切れない。
なんて切なくなりながら、遠ざかる楠を見送った。
「あ、ねぇこのゼミ室。
ここで蓮斗が告って来たんだよね~」
「いや、先に告って来たのはキミだよね……」
なんでキミの都合がいいように記憶が塗り替えられてるわけ?
「そーだっけ?」
なんて笑い飛ばしたかと思ったら。
「ねぇ、蓮斗。
私、蓮斗の事が……
好きみたい」
突然の再現に、心臓が止まる。
しかも僕を見つめるキミの目は、どこか思いつめてるようで……
胸がものすごい力で締め付けられて、動揺する。
「そしたら蓮斗も、うん僕もって……
あ~ウケる」
「や、ウケないでっ!?」
てゆうか僕のドキドキを返して下さい!!
「懐かしいなぁ」
そんな僕にはお構いなしで浸るキミ。
「ん……
懐かしいね……」
「なんか、ほーんと懐かしい……
黒歴史」
え、告白ごと黒歴史なのっ!?
それはあんまりでしょ!
キミらしい発言とはいえ、思わず耳を疑ったよ。
「ゆーよね、本庄さん」
「そーなったのは誰のせいだと思ってんのよ」
はい、すみません……
そう反省はしたものの。
「ねぇ、最後のデートなんだから楽しもうよ?」
「楽しむぅ?
じゃあ蓮斗のおごりで学食食べ放題ね~。
あ~、なに食べよっかなぁ~!
名物カレーとたらこパスタは外せないでしょおっ?」
いいけどさ……
どんだけ食べる気なの?
その結果。
「もう苦しっ……
このパンケーキあげる」
だからもっと計画的にたのもうよ!
「いや、僕だってけっこーヤバいからねっ?
いつもたのみ過ぎなんだって」
思わず、いつもだなんて……
そうあの頃は、こんな事が多かったっけ。
この景色と重なる思い出達は、まるで昨日の事みたいに身近に感じるのに……
現実のキミは、もう手が届かない人になる。
そうして、さよならのデートは終わりを迎え……
キミを家まで送り届ける、最後のつとめ。
着いたら、この腐れ縁も終了する。
いや、やっと解放されるなのかな?
なのに。
今世界が崩壊して、この道が断裂しちゃえばいいなんて…。
僕の頭の方が崩壊してる。
「……着いたよ」
「うん……
あっ、そーだ!
このアパートさぁ、来月いっぱいで引き払うんだよねっ」
「え、そーなんだっ?」
「ん、だからさっ。
寂しくなって会いに来ても、ムダだからねっ?」
「……しないよそんな事」
なんて応えながらも。
偶然とゆう希望まで奪われた気がして、やるせなかった。
「それで?
キミは遥さんと暮らすの?」
「えっ?あぁ~、そうそうっ!
同棲始めてだから緊張しちゃうよね~」
「キミが?」
「どーゆーイミよ!」
僕らは、最後までこんな調子で。
「……じゃあね、蓮斗。
奈々ちゃんの事、大事にしなよ?」
「うん……
キミも、遥さんと仲良くね」
ニコリと頷いたキミは、ためらいもせずに車から降りて。
目の前のアパートに向かって歩き出す。
僕は、その後ろ姿をただ見つめた。
見送るように見つめた。
見守るように見つめ続けた。
そして、記憶に焼き付けるように見つめて。
念じるように見つめ……
かけたその時。
キミが振り向いて、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「蓮斗ぉっ!
っっ、今までありがとうっ……!」
今にも泣きそうな笑顔でそうゆうから。
僕まで目頭が熱くなって、何かが込み上げて来て。
「んっ、幸せに……」
そんな言葉しか返せなかった。
キミが見えなくなって、ぽっかり空いたような空間を前に……
僕の心まで、ぽっかり穴が空いたような気がした。
キミともう会えない。
夜中に電話がかかってくる事もなければ、くだらない話を聞かされる事もない。
めんどくさいトラブルに振り回される事もなければ、料理を作らされる事も。
文句や小言をぶつけられる事も、もう何も……
もう、会えないんだ!
元カノが僕の日常からいなくなって……
僕の世界はやけに味気なくて、つまらないものへと変わった。
本当は、わかってるんだ。
ずっと目を背けて来たけど……
キミに握られてる弱みは、浮気したってゆう負い目だけじゃなく。
この心ごと、ぎゅうと握られてたんだって。
それは、まだキミが好きだってゆう……
未練でぎっしりの心。
だから、断固拒否する事も出来たのに……
セカンドチャンスを期待して。
せめてキミの近くにいたくて。
辛くて抜け出したくても、友達を続けて来たんだ。
だけどそれが終わって……
僕はこんなにも、キミなしじゃいられなくて。
それをこの状況で、やっと思い知らされるなんて!
僕がキミを幸せにしたかった……
でもキミを裏切った僕は、傷付けた分際で悪足掻きなんか出来なかったし。
僕たちはもう、別々の道にそれぞれの人と歩いてる。
だからせめて、遠くからキミの幸せを祈ってるよ。