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危なかった……
病人に、しかも人の彼女に、さらには僕にも彼女がいるのに。
ああっ、どうかしてる!
なんでこんな気持ちになるんだよっ。
切なくて、だけど嬉しくて……
いっそ過ちへ突き進みそうになった自分に、脱力しながら玄関へと向かう。
鍵は、閉めた後ドアポストに入れとけばいいかな?
それは付き合ってた時によくやってた方法で、2人の暗黙のルールだった。
ま、僕は合鍵を渡してたけどね……
ドッときた疲れにため息を吐きながら、脱出を図ってドアを開けると。
「うわ、びっくりしたっ」
思わず、驚きの声をあげてしまった。
そこには、チャイムを押そうとしてた背の高い男性がいて。
僕同様、いや僕以上に驚いた顔をして。
部屋番表示と僕を交互に見合わせながら、動揺を滲ませた。
瞬時に、嫌な緊張感が走った。
そんな反応は、その人が例の遥さんなんじゃないかって予測をさせて……
だとしたらこの状況は、元カノの立場をかなり悪くする。
誰が見たって、彼氏が出張中に他の男を連れ込んでる状態なんだから。
ヤバい、迂闊だった!
どーしようっ……
いや、やましい事なんて何もないんだから堂々としてなきゃ!
「あの……
もしかして本庄さんの、彼氏さんですか?」
「うん、そうだけど……君は?」
やっぱりか!
予測通りとはいえ、その肯定に胸がけっこうな衝撃を食らう。
「っ、僕は本庄さんの大学時代からの友人で、今日は、」
と釈明の途中で。
「遥ぁ?」
起きてたのか起こされたのか、 部屋の奥から聞こえた元カノの呼びかけに遮られる。
「司沙ぁ!?
おーい、大丈夫か~!?」
すぐさま、そう返事をする遥さん。
この状況に対しての疑惑よりも、彼女の心配……
いい人だなと、胸が痛んだ。
「なんとかね~。
てか、帰ってくんの明日じゃなかったっけ?」
言いながら、こっちに出てきた元カノ。
「明日だったよ?
いや、司沙が心配でさっ?
これでも超特急で終わらせて、少しでも早く帰ろうって頑張ったんだけどっ」
「え、そーだったの!?
ウソ、ありがとうっ」
「まっ、少しは元気そうでなにより!」
くしゃっと顔をほころばせて、彼女の頭をポンポンする遥さん。
僕は思わず目を背けた。
「あっ、彼はねっ?
最近天使の彼女とラブラブ中な、私の親友でさぁ!
さっき電話があって、心配して来てくれたんだっ」
「あ、山口蓮斗です。
留守中にすみませんでした」
振られた話に向き直して、マスクを外すと。
潔白を示すが如く、フルネームで自己紹介。
「あ~いやいや、そうだったんだな~。
むしろ逆に、司沙が世話になってすみませんっ。
助かったよ、ありがとう!」
お礼なんて……
若干の後ろめたさと、得体の知れない不満が渦巻く。
「あ~っと、俺は須藤遥!
気軽に遥って呼んでくれ。
え~っと、大学時代からの親友って事は、2人はタメかなっ?
俺も、れんと君って呼ばせてもらっていいかなっ?」
「はい、ぜひ」
そう応えながらも。
どこで呼ぶ気なんだろう?
今後会う機会なんて……
そう思った矢先。
「じゃあ早速、れんと君!
今日のお礼と懇親を兼ねて、今度俺んちで鍋パーティーでもやらないかっ?
その、天使の彼女?もぜひ誘って!」
いやいやいやいや、なんて突拍子もない事を言い出すんだ遥さん!
「いえあの、お礼なんて……」
「いや司沙の親友なら、俺も仲良くしときたいし!
それに俺、鍋が大好きでさ~」
だからって、いきなりフレンドリーすぎるでしょ!
なんとかしてよ本庄さんっ。
チラと視線を向けると、それに気付いたその人は……
「いーじゃん鍋パっ!
あ~、なんかテンション上がってインフル治って来たんだけど!」
え、そっち!?
まさかの鍋パ賛成派!?
しかもそんな事で急にインフル治んないでしょ!
「ねねっ、キムチ鍋がいーかなっ?
それともカレー鍋がいーかなぁっ!」
「なんか辛いもんばっかだな!
やっぱそこは定番にもつ鍋とかだろ!?」
いやあの、勝手に話を進めないで下さい……
てゆうか、ずいぶん楽しそうだね本庄さん。
僕と話すのが楽しいとかって言ってたクセに……
だいたいキミは、僕の彼女と鍋パしてもなんとも思わないんだ?
ああ、ヤバい。
胸が疼いてたまらない……
つい沈んだオーラを醸し出してしまうと。
「れんと君は、何か……
鍋パーティーが嫌な理由でも?」
探るように伺う遥さん。
もしかして内心、僕と本庄さんの関係を疑ってるとか?
なんか試されてんのかな……
だとしたら。
「いえ、むしろ楽しみです。
ただ、僕の彼女は控えめなタイプなので、無理なく馴染めるかなって」
「なぁ~んだ、そんな事かぁ!
だったら大丈夫。しっかりフォローするよっ」
ごまかしと共に、ちゃっかり奈々の居場所も確保する。
かくして僕は……
鍋パこと山口さんの胸を痛めつけるパーティーに、自ら足を踏み入れる事に。
この手に残る、キミの温度と感触は……
予告のように、この胸を痛めつけてた。
そんな翌日は……
「奈々っ、会いたかった!
なんだかすごく久しぶりに会った気がするよっ」
会うなり彼女を抱きしめる。
「れ、蓮斗さんっ……
どうしたんですかっ?
昨日会わなかっただけですよっ?」
腕の中で、天使はそうクスクス笑う。
ああ、癒やされる……
奈々だと格別に癒やされる。
「そーなんだけどさっ。
昨日は色々と、気疲れが多くて……
それで、突然なんだけど。
僕の女友達とその彼氏から、鍋パーティーに誘われちゃってさっ。
奈々の事も誘うように言われたんだけど……
どうする?」
「え、私も行っていいんですかっ?
嬉しいですっ!
ぜひ参加させて下さいっ」
うん、そーゆうと思ったよ……
奈々なら断らないとは思ったけど、僅かに期待してた最後の砦も崩れたワケね。