狼少年
「はいこちら消防署です。火事ですか、救急ですか?」
「あの、こちら××町のデパート……あの、消防避難訓練を行いたいと思って電話したのですが」
「なるほど。でしたらこちらではなく、一度電話を切り、中央消防署の方にご相談いただけますか。番号は……」
「分かりました」
「もしもし? こちら中央消防署でございます」
「××デパート広報部の武田です」
「お話は伺っております。避難訓練のご依頼ですね。それで、どういった形で訓練を行いますか?」
「あ、こっちで決めるんですね?」
「はい。まずは被害規模の想定や、避難通路などをそちらの担当者様で決めていただかないと。我々はそれに助言したり、道具をお貸しすることはできますが。訓練は何より自主性が大事です」
「なるほど、何かこう、注意しなきゃいけないポイントってありますか?」
「実際の火事は1分1秒を争います。初動が何よりも大切なんです」
「分かりました。ではこれから一時間後……」
「一時間後ですか?」
「ええ。職員に『非常ボタンを押させて、119番通報をする』、というところまでやらせてみたいと思います。簡単なんですけど」
「なるほど」
「『デパートの6階で火事が起こり、エレベーターも止まって逃げ場がない』……こんな状況でお願いします。あの、迫真の演技で通報致しますので、どうぞよろしく……」
「分かりました、お待ちしております」
「なんだって?」
「一時間後に『119番通報』するってさ。避難訓練だって」
「へえ、そうかい」
「おい、非常ベルが鳴ってるぞ」
「ああ、来た来た……訓練だよ。そろそろ電話がかかって来るぞ」
「あ、そうなの?」
「ほら来た。電話だよ」
「もしもし? 火事ですか? 救急ですか?」
『もしもし!? 助けてください!! 火事です! あの……』
「落ち着いてください。火事ですね。あなたのお名前は?」
『××デパート広報部の左藤です! 火事が……』
「詳しい状況を教えてください」
『デパートの6階で火事が起こって。エレベーターも止まって、逃げ場がない! 急いで……お願い、助けて!!』
「分かりました、直ちに消防車が向かいますので、落ち着いて、命を守る行動をしてください」
「おい、何かあったか?」
「いえ、訓練だそうです。なかなか迫真の演技で……」
「なんだ。じゃあ大丈夫なんだな?」
「そりゃそうですよ。訓練なんですから」
「どんどん電話がかかって来てるぞ」
「あはは。皆さん本当に、お上手で……」