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4-2 春風とホワイトデー



 ──そうして、俺たちは予定通り映画を鑑賞した。


 観たのは、海外で大ヒットしたアニメーション映画の吹き替え版だ。

 本人の口からはっきりと聞いたわけではないが、伍月はこの手のファミリー向け映画が好きなようだった。終わった瞬間、「よかった……」と涙声で呟いていた。


 俺もこういうわかりやすい映画は好きな方ではあるが、今回ばかりはあまり集中ができなかった。

 何故なら、主人公の少女が長い髪を靡かせる度に、「あぁぁ……」と頭を抱えそうになったから。



 伍月のために作ったシュシュ。

 しかし、結うべき髪は、もうない。

 数枚の紅茶クッキーと使い道のないシュシュでは、ホワイトデーのお返しとして不十分すぎるだろう。


 これは……何か別のものを用意しなければ。



 感動冷めやらぬ様子の伍月と共に劇場を出ると、売店に今観た映画のキャラクターグッズが並んでいた。


「……伍月。何か欲しいものはあるか?」


 シュシュの代わりになるならと尋ねてみるが、彼女はすんとした表情で、


「いえ、大丈夫です。感動は胸の中に留めておくタイプなので」


 即答する。

 感情に流されて衝動買いなどをしない(たち)であることを思い出し、俺は「そうか」と大人しく引き下がった。


 映画館を出た後も街中を見回し、プレゼントに相応しいものが売っていないかと目を皿にする。

 何か、何か彼女が喜びそうなものはないか……

 と、通りに並ぶ店を片っ端からチェックしながら、伍月に尋ねる。


「……伍月。パン屋があるぞ。覗いていくか?」

「はぁ? お腹空いてないので大丈夫です」

「お、本屋があるぞ。欲しい漫画とかないか?」

「こないだ新刊買ったばかりなんで平気です」

「見ろ、老舗の乾物屋だ。昆布や干し椎茸は間に合っているか?」

「間に合ってますよ! さっきからなんなんですか?! ふざけてないでちゃんと歩いてください!!」


 駄目だ。万策尽きた。

 そうこうしている間に、目的のカラオケ店に着いてしまった。

 今からでもデートプランをショッピングに変更できないか提案しようとするが、伍月は俺を見上げ、


「私、さっきの映画の主題歌を練習してきたんです。日本語版の方ですけど、結構上手く歌えるようになったんですよ?」


 と、いつになく歌う気満々な様子で言うので。


「……そうか、それは楽しみだな。録画してもいいか?」

「絶対にダメです。ちょっとでもカメラ向けたらスマホ叩き割りますからね」


 俺の真摯なお願いは、残念ながら却下されてしまった。

 というか『練習してきた』、って……どれだけ今日のデートを楽しみにしていたのだろうか。可愛すぎる。やはりこっそり録画しよう。



 ということで、プラン変更を切り出せなかった俺は、彼女と共にカラオケ店へ足を踏み入れた。

 密室なら本性を曝け出せるという性質のためか、伍月はカラオケが好きだった。これまでも何度かデートで行ったことがあり、毎回その美声を披露してくれている。


 案内された個室に入り、ドアを閉めれば、二人きりの密室の完成だ。



 さぁ、もう後には引けない。

 この手持ちのプレゼントを、渡すしかない。


 ……がっかりさせてしまうだろうか。

 結えないシュシュを贈っても、困らせるだけではないだろうか。

 こんなことなら、既製品のアクセサリーの方がよかったのではないか。


 そんなことをくよくよと考えながら、個室のドアを閉め切った──直後。


「……ねぇ、先輩」


 密室モードになった伍月が、俺を見上げて、



「さっきから……何を考えているんですか?」



 ぎゅっと身体を寄せながら、寂しそうな顔で言った。

 どうやら悩んでいたことを見透かされていたようだ。


 思えばシュシュのことを気にするあまり、デートに集中できていなかった。

 伍月を喜ばせるためのデートのはずが……これでは本末転倒だ。


 俺は申し訳ない気持ちを抱えながら、覚悟を決め、鞄の中に手を入れる。

 そして……


「……すまない。これを渡すタイミングについて、考えていた」


 用意していたプレゼントの包みを、伍月に差し出した。


「……先月のバレンタイン、本当に嬉しかった。ありがとう。これは、心ばかりのお返しだ」


 伍月は驚いた様子で身体を離し、それを受け取る。


「……開けても、いいですか?」

「もちろん。ただ……先に謝っておく」


 俺の言葉に、伍月は首を傾げながらも包み紙を開けていく。

 そして……

 中身を見た瞬間、くすりと笑った。


「……なるほど。私が髪を切っちゃったから、これを渡しても意味がないかもって、悩んでいたんですね」


 袋から取り出したクッキーと、例のシュシュを手のひらに乗せる伍月。

 それを見下ろしながら、俺は言う。


「……それ、手作りなんだ」

「え、クッキーですか?」

「いや、シュシュの方だ」

「え?!」


 声を上げ、驚く伍月。

 しかし、すぐに目を細め、


「私のために、これを……ありがとうございます。すごく、嬉しいです」


 と……

 思わず見惚れてしまうような、柔らかな笑みを浮かべた。

 そして、手の中のシュシュを愛おしそうに見下ろす。


「ふわふわしてて、色も可愛い……手作りだなんて、本当にすごいです」

「でも、それはもう……」

「使えますよ。見ててください」

 

 そう言うと、伍月はシュシュの輪を広げ……

 頭の右上あたりの髪を手に取り、サイドテールに結び始めた。


「私、ずっと髪短かったんで、小学生の頃はよくこういう髪型にしていたんです。これならこの長さでも結べるから……ほら」


 右上だけをちょんと結んだその髪型は、確かに子どものような雰囲気だ。普段なら絶対にしない髪型だろう。

 しかし……


「どうですか? 先輩が作ってくれたシュシュ、似合っていますか?」


 伍月は、付けている姿を見せようと……俺の贈り物を無駄にしないようにと、わざわざ結んでくれた。

 俺が選んだ桜色の生地は、彼女の髪色にとてもよく合っていた。その光景に、感動にも似た嬉しさが込み上げてくる。


「……うん。思った通り、よく似合っているな。可愛い」

「でしょ? 私のレアな髪型見られるなんて、先輩役得ですね。他の人の前では絶対にしないですから」


 そして……

 伍月は、俺の腰に両手を回し、抱きつきながら俺を見上げる。


「……私、先輩のことが大好きなんですよ? こんな素敵なものをもらえて、喜ばないわけがないじゃないですか。だからもう、そんな申し訳なさそうな顔しないでください。髪はまた伸びるんですから」

「伍月……」

「いつか、このシュシュでポニーテールするのを見せてあげますから……また髪が伸びるまで、ずっと側にいてくださいね、先輩」


 顔を近付け、にこりと笑う。

 その可愛さに、いじらしさに、俺は……


 どうしようもなく、キスがしたくなる。


 しかし、その衝動をぐっと堪え──



 彼女の頭のてっぺん、甘い香りがする亜麻色の髪に、口付けをした。



 身体を離し、ゆっくり見下ろすと、伍月はほんのり頬を染め、


「……今日こそは、唇にしてもらえると思ったのに」


 と、恨めしそうな、しかしどこか嬉しそうな顔で言う。


 冗談混じりなのかもしれないが、あわよくばという思いがあったのは間違いないだろう。まんまと誘われ、髪にキスしてしまったというわけだ。

 誘い方が日に日に巧くなっている気がするが……単純に俺が、ますます伍月に夢中になっているだけなのかもしれない。


 だから俺は、自戒を込めて、


(それ)は…………この髪が、もっと長く伸びたらな」


 そう、自分に言い聞かせ……

 健気にシュシュを結ぶ愛しい髪を、そっと撫でた。




 * * * *




 そうして俺たちはカラオケを存分に楽しみ、デートを無事終えた。



 ――その翌週。

 放課後。学校からの帰り道。


「むぅ……今日も風が強いですね」


 吹き荒ぶ強風に目を細め、伍月が言う。

 しかし、ショートボブに切り揃えた髪は大きく乱れることなく、さらさらと揺れるのみだった。


「やはり切ったから、風が吹いてもまとまっているな。長いのもいいが、それくらい短いのも可愛い」

「ふん、言われなくても知っています。私はどんな髪型だって似合うんですから。また伸びてきたらすぐに切ってやりますよ」


 なんて、先日のデートとは真逆のことを言うが……


「……ぶわっ、目に砂入った! 目薬、目薬!」


 と、慌ただしく鞄を漁る伍月の手が取り出したのは──


 透明なポーチにしまわれた、あの桜色のシュシュだった。


「伍月、それ……」

「あっ……! いや、これはその……!!」

「なるほど。そうして大事に持ち歩いているわけか。いつでも中身が眺められるよう、透明な容れ物に入れて」

「ち、違いますよ! 髪が伸びて邪魔になった時、結ぶものがあると便利だから携帯しているだけで……!」

「ん? さっき『伸びたらすぐ切る』と言っていたが……伸ばす予定があるのか?」

「ぐぅっ……」


 顔を真っ赤にし、悔しげに睨む伍月。

 その眉間の皺を、やはり可愛いと思いながら、


「伍月は、本当に俺のことが好きだな」

「うるさい!!」


 ニヤリと放った俺のセリフと伍月の絶叫は、春風に乗り、霞んだ空へと飛んでいった。



 

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