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2-2 ふたりの出会い



「――別に、ついて来なくていいのに」



 隣を歩く伍月が、ボソッと呟く。

 体育倉庫へと引き返す彼女に、俺も同行することにした。

 無論、もう少し二人きりでいたいからなのだが、


「もしスマホが大きな用具の下にでも入り込んでいたら、一人で退かすのは大変だろう? 念の為だ」


 ……ということにしておいた。



 薙沙はまだ鍵を取りに行っているらしく、体育倉庫は開いたままだった。

 俺は伍月と共に中へ入り、スマホを探す。


「たぶん、この辺りに……あ、ありました」


 残念。スマホはすぐに見つかってしまった。

 彼女との時間も、ここまでである。


「そうか。よかった……」


 ……な。と、言い切ろうとしたところで。


 ――ザァァアアアア……


 突然、大粒の雨が降り出した。

 体育倉庫のトタン屋根が、バチバチとけたたましい音を奏でる。


「降ってきたな」

「……私、傘持っていません」

「俺もだ」


 直後、ゴロゴロという雷の音まで聞こえてきた。

 伍月の肩が、微かに震える。

 雷が怖いのだろうか? だとしたら、少し意外だ。


「……止むまで、待つか?」


 雨音が響く中、俺が言う。

 伍月が「え?」と聞き返すので、俺は彼女を見下ろし、


「一緒に……雨宿りしていかないか?」


 緊張に胸を高鳴らせながら、そう投げかけた。


 心臓の音が、雨より煩く耳を突く。

 思い切ったことを言ってしまった。どうせ断られるのに。

 そう思いつつも、ほんの少し期待しながら、彼女を見つめる。


 たぶん伍月は、恋愛に興味がない。

 だから、叶わぬ片想いだとわかっているけれど……

 それでも、少しでも一緒にいたくて。


 薄暗い倉庫の中、伍月の頬が、ほんのり染まったように見えた。

 その理由を、揺れる瞳に問いたいと思った――その時。



「――ぎゃー! めっちゃ濡れる! 早く鍵カギ!!」



 ……そんな声と共に。

 薙沙が現れ、体育倉庫の引き戸を、ガラッと閉めた。

 続けて、南京錠がガチャンとかかる鈍い音。

 中に俺たちがいることに気付かないまま、施錠したようだ。


 …………まじか。


 サーッと血の気が引くのを自覚しながら、俺は慌てて扉へ駆け寄る。


「おい、薙沙! 開けろ!」


 鉄製の扉をガンガン叩きながら叫ぶが、返答はない。

 突然の豪雨に焦っていたのだろう、すぐに走り去ったようだ。激しい雨音のせいで、声も届かない。


「くそっ……あいつに連絡を……!」


 スマホで薙沙に電話をかけるが、繋がらない。雨の中を走っているため気付かないのか。


 まずいぞ……今日はもう誰も倉庫を使わない。

 薙沙が気付いてくれなければ、俺たちは朝までここに閉じ込められることになる。

 こんな密室で、二人きりで一晩過ごすなんて……俺としては願ったり叶ったりだが、伍月は嫌に決まっている。


 ……いや、待てよ。

 スマホで学校に電話すれば、教師に助けてもらえるか。

 なんだ。冷静に考えれば大したことではない。

 そうと決まれば、うちの高校の番号を検索しよう。


「安心しろ、大橋。今、職員室に電話して……」


 と、伍月に言いかけた……刹那。


 ――ぎゅ……っ。


 ……と、後ろから、抱き付かれた。

 

 …………誰に?

 もちろん、伍月に、だ。


 ……………………え?!


 俺は大混乱しながら、スマホを手から取りこぼす。


「お……おおお、大橋? どうした??」


 声を上擦らせながら尋ねると……

 伍月の喉が、コクッと鳴った。


 そして、


「…………すき」


 ……と。

 雨音に掻き消されそうな程の、か細い声で、



「私、ヨシツネ先輩のことが…………ずっと、好きでした」



 ……なんて。

 幻聴を疑うような言葉を、口にした。


 ………………いや、幻聴か。

 願望が生み出した幻聴に違いない、うん。


「大橋……今、なんて……?」


 ギギギ、と首を回しながら、伍月を見下ろすと……

 彼女は、潤んだ瞳で俺を見上げ、言う。


「……好きです、先輩。真面目で優しいところも、空手部の主将として頑張っているところも、キリッとかっこいい顔立ちも、逞しくて男らしい身体つきも、低くて色っぽい声も……ぜんぶぜんぶ、大好きなんです」


 ……幻聴にしてはやけに長く、ハッキリとしているな?

 未だ己の耳が信じられず、俺は……思わず笑い出す。


「は……はは。どうしたんだよ、いきなり。ドッキリか何かか?」


 伍月が俺に好意を抱くなんてあり得ない。

 そう信じ込んでいるからこそ、茶化してしまった。

 しかし伍月は、抱き付く腕にさらに力を込めて、


「ごめんなさい、急にこんな……私、密室でないと、素直になれなくて」


 なんて、さらに信じられないようなことを口にした。


「密室……? どういうことだ?」

「原因は、たぶんおばあちゃん……私の家、歴史ある弓道の道場で、私も小さい頃から弓道を仕込まれていて……うまくできないと、おばあちゃんに真っ暗な蔵へ閉じ込められたんです」

「な……」

「普段はおばあちゃんの目があるから、毅然とした態度でいなければならないけど……蔵の中でなら、強がらずにこっそり泣くことができた。そんな経験から、密室じゃないと本心を曝け出せなくなっちゃったんです」


 なんと……

 それじゃあ今、この密室状態で見せている伍月こそが……

 見せかけじゃない、本当の伍月なのか……?


 俺は、ゆっくりと振り返り、伍月と向かい合う。

 確かめるように顔を覗くと、恥ずかしそうに俺を見返す瞳と出会った。

 潤んだ上目遣いが可愛すぎて、息が止まりそうになる。


 確かに……いつもの彼女とは、明らかに雰囲気が違う。

 そして、嘘をついているようにも見えない。


 本当に……本当に、両想いだったのか?

 俺と同じように、彼女も……俺のことを、好きでいてくれた?


「……大橋」


 俺は、伍月の肩にそっと手を置く。

 心臓が速い。雨が煩い。

 そのせいで、何も聞こえなくなる。


 まるで、世界から切り離されたようだ。

 俺と彼女だけの、完全なる密室……


「…………俺も」


 詰まりそうな喉を、振り絞るように。

 俺は、想いを口にする。



「俺も……大橋のことが………………」



 …………と、肝心なところを言い切る前に。



「ヨシツネー?! もしかしてまだ中にいるー!?」



 ――ガチャッ、ガラガラガラッ!!


 やかましい声と共に、体育倉庫が開け放たれた。

 ……見なくてもわかる。薙沙が、戻って来たのだ。


 俺からの着信を見て、急いで駆け付けたのだろう。薙沙は傘も差さずにびしょ濡れで……

 伍月の両肩に手を置く俺を、唖然と見つめていた。


「あ……ごめ、ヨシツネのチャリがまだあって、スマホ見たら着信が残ってたから、まさかと思って来たんだけど……お邪魔だった?」


 ぽかんとしていた顔が、徐々にニヤついたものへと変わる。

 そのムカつく顔と、揶揄うような言い方に、伍月はぷるぷると震え出し……


「っ……! 邪魔じゃないです! っていうか、ちゃんと中を確認してから鍵かけてくださいよ!!」


 と、いつもの調子で……いや、いつもよりも声を荒らげて、文句を言った。

 どうやら密室が解けたため、虚勢を張ったツンツンモードに戻ってしまったらしい。先ほどまでの素直な雰囲気とはまるで別人だ。


「わ……私、帰りますっ」


 そのまま、話を切り上げるように駆け出すので……


「――待て」


 パシッ……と、俺は彼女の手を掴む。


 驚いたように振り向く伍月。

 まだ潤んだままの瞳に、俺は先ほどの密室でのやり取りが夢ではなかったことを確信する。


 ……この際、薙沙がいようが関係ない。

 さっきの告白を、なかったことにされる前に。

 俺の気持ちを……きちんと伝えなくては。


 俺は、伍月の目を真っ直ぐに見つめると……

 すっと、息を吸い込んで、



「――好きだ。付き合ってくれ」」



 降りしきる雨音に負けないよう。

 はっきりと、そう伝えた。


 瞬間、伍月は「へっ……?!」と顔を赤らめ……

 薙沙は「わお」と、他人事のような感嘆を漏らした。




 * * * *




 ――そうして、俺たちの交際はスタートした。


 伍月がこんな調子なので、じゃれ合うような言い合いはしょっちゅうだが……

 関係にヒビが入るような大きな喧嘩もなく、基本仲良く過ごしている。



「――ヨシツネと伍月ちゃん、付き合ってもう半年かぁー。いやー、時が過ぎるのは早いねぇ」


 季節は巡り、一月。定期試験前の放課後。

 薙沙が、にまにまと笑いながらそう言った。

 駅前のファストフード店で勉強する俺と伍月を見つけ、勝手に同じテーブルに座ってきたのだ。


「んで? こないだ、いよいよヨシツネの家に呼んだんでしょ? どうだった? うまくいった?」


 俺にだけ聞こえるよう、薙沙がコソッと耳打ちしてくる。

 その下世話な野次馬根性にうんざりしながら、俺は短く答える。


「まぁな」

「まじ?! どこまでいった?!」

「積分の応用まで。物理も原子はマスターしたな」

「…………は?」

「伍月も英語の前置詞をしっかり覚えられた。実に有意義な勉強会だった」

「待て待て待て。え? それだけ?」

「他にも古文を教えた。伍月は助動詞が少し苦手で……」

「いやいや、違くて。なに? まじで勉強しかしてないの? 高校生カップルが、家に二人きりなのに?」

「……キスならした」

「ひゅー! なんだ、ちゃんとイチャイチャしてんじゃん!!」

「おでこに」

「小学生かよ! いい加減にしてくんない?!」


 テーブルをバンッと叩き、目を吊り上げる薙沙。やれやれ、うるさい奴だ。


「ちょっと……平泉先輩、静かにしてください。迷惑です」


 冷め切った目で伍月が言う。相変わらず薙沙のことは嫌いなようだ。

 しかし薙沙はお構いなしに伍月の方へ身を乗り出し、


「伍月ちゃん、いいの?! 付き合って半年も経つのにデコチューしかしてこない彼氏で! 不満があるなら僕が代わりに言ってあげるよ?!」

「結構です。お引き取りください」

「ひどーっ! ねぇねぇヨシツネ! おたくの彼女、冷たすぎやしない?!」


 ギャアギャア騒ぐ薙沙に、俺は深々とため息をつく。

 好奇心半分、心配半分で俺たちのことを詮索しているのだろうが……


「……余計なお世話だ」


 ここいらで、はっきり言っておくことにする。


「お前は何もわかっていない。この媚びない気高さこそが伍月の魅力なんだ。そんな伍月を愛しているからこそ、結婚するまで手を出さないと決めた。伍月もそれを理解してくれている」


 大真面目な俺の言葉に、薙沙は苦笑いをする。


「いやいや、愛だの結婚だのって……まだ高校生なのに重すぎでしょ。ねぇ? 伍月ちゃ……」


 ……と、言いかけて、薙沙は固まる。

 何故なら……

 伍月が顔を真っ赤にして、照れ全開で震えていたから。


「ほら、伍月もその気だ。可愛いだろ?」


 ドヤ顔で言ってやると、今度は薙沙がため息をつき、


「はぁ……なーんか、まだポテト残ってるのにお腹いっぱいになっちゃった。この激重カップルめ……」

「そうか。なら寄越せ。代わりに食ってやる」

「あ、私も食べます」

「あげないよ! なんなのその結束力?! いちおう僕キューピッドなんだから、もっと優しくしてよね!!」


 そう言って目に涙を浮かべながら、残りのポテトを急いでかき込んだ。



 

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