97:夜明けの街
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
さわやかな朝。
鳥がチュンチュン、朝日はまぶしく、窓から入る風もおだやか。
しかし、寝起きの気分は最悪だった。
「なんか、寝てる間、やたら煽られた気がする……」
前世ニッポンのサッツーマ言語風(あくまで風!)で言うと、
── 『未チェストにごわす』
── 『魔物をチェストできんとは、剣帝流の男児は女々か?』
── 『恥ずかしくて、見てられんごつ!』
(── うるせぇ、クソがぁ!
この、ムキムキマッチョ怪人め!!)
そんな激怒☆で、おもわず『オ■チの血』に目覚めてしまい、何かヤバめな術式ブッパした気もせんでもない……
(いや、気のせい気のせい。
きっと気のせい……)
寝ぼけ半分の魔法が他人様に迷惑かけてないといいな、と願いながら、ベッドから出る。
── 出れなかった。
グイッと引っ張り倒されて、犯人を見たら当流派の寂しん坊。
「おにい、しゃま……しゃむい、れふ……っ」
どう見ても1人用ギリギリな大きさのベッドに潜り込んで、ムニャムニャ言ってる。
道理で、な。
ベッドの端っこに押しやられて、なんか落ちる寸前になっていると思ったぜ。
「おい、アゼリア。
朝練の時間だぞ、起きろっ」
首の後ろをつかんで、雑にユラユラ揺らす。
しばらく続けると、妹弟子は観念したのか、ようやく目をショボショボしはじめた。
「おはようございます、お兄様。
でも、今日はお休みでもいいと思いますの、朝練」
ほうっておいたら二度寝しそうな妹弟子を、シーツから引っ張り出しておく。
周りの状況見てみたら、なんか野戦病院というか、緊急の治療所みたい。
どこか広い会議室みたいな所を借りて、無理矢理ベッド並べてケガ人を押し込んだ、みたいな感じ。
あまり騒いでいい雰囲気でもないので、騒がしい子を連れて、早々に出て行った方が良かろう。
「あ、そういや……」
俺もケガしてたな、と思い出して両手の指をチェック。
「まあまあ、治ってるな」
生爪剥がれてた左手は、完全復活。
指二本折れてた右手は、まだちょっとアヤしい感じ。
まだ骨が完全に繋がってないかも。
「今日の朝練は、左手だけにしとくか……」
「うぅ~……、いっぱい魔物と戦った昨日の今日ですわ。
お休みにしませんの?」
まだグズグズ言ってる寝ぼすけに、ため息。
「それじゃあ、リアちゃんだけ朝飯抜きな?
お昼まで一人で寝てなさい」
そう言って俺が出て行く素振りをすると、妹弟子はようやくベッドから降りてくる。
「お腹すきましたの。
行きますわ……」
若干ブスッとしているが、一応着いてくるみたいだ。
▲ ▽ ▲ ▽
それから、ケガ人でおやすみ中の皆さんの邪魔にならないように、コソコソ会議室みたいな部屋から出て行く。
うわぁ、外にも、ズラッとベッドが並べられてる。
マジのガチで、<翡翠領>がピンチだったんだなぁ、と今さらながらに再認識。
(なんという大惨事……
地下鉄で毒ガスを放出したカルト狂団を思い出すな……)
あ、もちろん前世ニッポンの話ね。
「それでですね、お兄様?」
「うんうん」
昨日の事を思い出してブスブス不満とか言ってる、アゼリアの話に相づちを打ちながら、建物の出口を探す。
なんか俺が、超特大の必殺技(あ、ほら新技の【秘剣・三日月:四ノ太刀・八重裂】ね)をブチかました後、割と大変だったらしい。
アレで『魔物の大侵攻』の首魁に致命傷は与えたものの、止めまでには至らず、最後の悪あがきで結構な大暴れしたらしい。
「あぁ……言われて見れば、うっすら記憶があるような、ないような……」
前にも似たような話をしたと思うが、『デカい魔物だと、心臓とか頭を潰しても、しばらく元気に暴れ回る』という特性。
やっべーな、言われてみれば、そりゃそうだ。
あの時は、巨大カタツムリをブチ殺す事しか考えてなかったから、スッポリ頭から抜け落ちてたわ。
その後、みんなで協力して超巨大魔物に止めをさしたらしい。
── んで、早々に脱落した魔力欠乏症のザコすぎ兄弟子(もちろん俺!)は、超有能な妹弟子に無事回収され、軍の緊急治療所へ運ばれました、と。
めでたしめでたし。
「ケガをしたお兄様が心配で心配で、昨日の夕食は2杯しかお代わり出来ませんでした」
「いや、充分食ってね?」
「いっぱい剣術攻撃したので、まだ全然お腹すいてましたのよ?
でも、3杯目のお代わりは、配給の方がダメって怒りましたわ……」
「……おい……」
それ、兄ちゃんへの心配、関係ないよね?
「だから寂しくて、お兄様のベッドに潜りこもうとしましたの。
リア、お兄様の体温で、ヌクヌクしたかったんですの。
でも今度は、治療所の人が怒りましたの……」
「………………」
すまん、アゼリア。
兄ちゃん、その『だから』の意味が分からん。
『お腹すいた』から『寂しくてベッドに潜り込んだ』までが、うまく繋がらない。
「だからリアは、夜遅くの寝静まるまで待って、忍び込みましたのよ?
おかげで寝不足ですわぁ~、フワァ~……」
「……そうか……」
なんでお前はそんなに、他人様に迷惑かける行動を、自然体にしますかね?
そんなこんなで、何とか建物の1階まで降りてきて(さっきの広い会議室は4階だったらしい)、出口に向かうとナースみたいな格好の人達とすれ違う。
チラッとこっち見る白衣集団に、ペコリと会釈する俺。
子どもなんかに構ってられないみたいで、ササッと通り過ぎるナースさん達。
そして俺の背中に、ササッと隠れる妹弟子。
「……あの方ですわ。
リアとお兄様の仲を引き裂こうとした、イジワルな人物……っ
きっと、名のある悪女に違いありませんのよ……っ!
── ウゥ~ッ、フシャーァッ」
「……oi……」
ミス、おい。
そこのポンコツ妹。
小声でなんつー事を言っとるんだ、お前は。
立派な職務をまっとうされてる医療関係者の方々に、変な逆恨みすんなっ
しかも、コソコソ兄ちゃんの背中に隠れて、ネコみたいな威嚇すんなっ
(こんな感じで、もうすぐ帝都の士官学校(魔剣士科が併設されてる)に1人で通うとか、ホントに大丈夫か?)
兄弟子、最近とっても心配です。
▲ ▽ ▲ ▽
俺の前世は、格闘ゲーム愛の人であった。
だが、それ以外は凡人か、それ以下。
だから、前の世界のお城の構造とか、まるで知らんワケで。
なので、この世界の城壁が、変わった構造なのか普通なのか、今ひとつ。
ともあれ、この世界の都市城壁の出入り口は『外門』と『内門』みたいな二重構造になってるらしい。
(前世ニッポンの建物で言うなら『風除室』みたいな構造だよなぁ)
ほら、アレよアレ。
デパートとかオシャレな喫茶店とか、ちょっとお高めな店の玄関が2重ドアになってて、空調のため外の風が直接入らない構造の、小部屋みたいなスペース。
アレのデカい版みたいな?
そんな感じで、外門と内門の間にある中庭みたいな場所が、街に入ってくる商人とか冒険者とかが、入場料の支払いとか、身元確認されたりするスペース。
だから、衛兵の詰め所みたいな物もある。
城壁外でそんなノン気な事してたら魔物に襲われるから、この異世界じゃ当然の構造なんだろう。
「さすがに、街中で剣を振り回すワケにはいかんからなぁ……」
朝練の準備体操しながら、ぼやく俺。
以前は、素泊まり宿の庭先でコソコソやってたけど、今は状況が状況。
<翡翠領>のピンチ直後に、見知らぬヤツが剣振り回してるとか、普通に通報案件。
「ケガのリハビリ的に、ちょっとハデに動きたいし……」
あと、出来たら魔法も使いたい。
昨日の魔法酷使のせいか、脳ミソの奥がズキンズキンしている。
2ヶ月前くらいに、初めて『青い魔力光』を自力装填した後とおなじ鈍痛。
筋肉痛や寝違えた時みたいに、無理しない範囲でゆっくり動かした方が治りが早かったりする。
「さすがに街中で攻撃魔法はいかんよなぁ……」
なお、当流派の朝練は、朝食前に30分。
準備体操10分、走り込み10分、手合わせ10分。
「── お兄様、そろそろよろしくて?」
手合わせ1本/1分間の、3本目でアゼリアが訊いてくる。
今までが身体強化魔法を使ってない『未強化』のままの、慣らし手合わせ。
「いいよ、【五行剣】使って。
左手の調子は大丈夫だから」
すると、ザワザワッと、観客が騒いだ。
俺ら兄妹弟子で朝練してると、いつの間にか衛兵とか騎士の人達が見物に集まっていた。
最初、勝手に場所使った事を怒られるのかと思ったけど、そうでもないらしい。
<翡翠領>の恩人なんで遠慮なく使って良い、って。
(帝国二等領だと『剣帝』が人気らしいから、後継者の【五行剣】が見たいのかな?)
そんな事を考えながら、<小剣>の模造剣を、左手5本の指でクルクル回し。
あ、ほら、前世ニッポンのボールペン回しみたいな感じ。
「── 参りますわよっ」
機巧発動の『カン!』と言う音と共に、黄色い魔法陣を背負った妹弟子が突っ込んできた。
(珍しく、初手【五行剣:火】じゃないな……)
妹弟子の一番得意な【五行剣:火】は突進力強化で、移動スピードと攻撃力がアップ。
対して、今使った【五行剣:雷】は連撃性能強化で、攻撃スピードと反射神経や回避性能がアップ。
同じ【身体強化:疾駆型】の系列とはいえ、内容は結構違う。
遠距離戦用と近距離戦用みたいな使い分けになるかな。
とはいえ、特級・強化魔法による身体能力は、やはり尋常じゃない。
20mくらいの距離なんて、1秒前後で詰めてくる。
「【序の三段目・跳ね】っ」
特殊技を自力発動して、こちらも距離をつめての迎撃。
ガン!と、俺の模造剣と、アゼリアの鞘付き<正剣>がぶつかる。
そのまま、ガガガン!と3連撃の打ち合いして、しばらく鍔競り合い。
一度離れて、斬撃を交互に繰り出し、お互いに避け合う。
真剣勝負と言うより、毎日の繰り返し練習。
同じ剣の型を反復して、体調やケガの状況を訓練で確認しているだけ。
(朝食前にケガしてもバカらしいからね?)
そんな感じで、身体強化やオリジナル魔法の使用した、7本の手合わせを終わる。
はい、手合わせ合計10本。
だいたい予定通りの30分間で、朝練終了。
寝起きで固まった身体を、温めてほぐすだけのいつもの早朝運動だったんだが。
なんか知らんが、周囲からパチパチパチ!と結構な量の拍手を頂いた。
(そんなに、『剣帝』の【五行剣】が珍しかったのか?
まあ、そりゃあそうか、『最新鋭の身体強化魔法』とか言われてるんだし。
見た事ない人の方が多いんだろうな)
いかんな俺、『剣帝』とか超天才児とか、帝都でも上位レベルの魔剣士が傍にいるから、感覚がバグってるなぁ。
ちょっと、反省。
あと、見物賃でも飛んできそうな大人気っぷりに、『もうちょっと妹弟子の見せ場作った方がよかった?』とかも、ちょっと思った。
▲ ▽ ▲ ▽
「── なんですの、それ!
どうしてお兄様の可愛い可愛いリアちゃんがした、お疲れさま『労いのチュウ』を覚えてないのに、どこかのスケベ女の『不意打ちチュウ』なんて喜んでますの!
納得いきませんわ!」
さすがに、対『魔物の大侵攻』最終決戦の翌朝だけあって、飲食店が全部閉まってた。
昨日は、夕方まで都市外への避難準備していたので、どこも朝の仕込みとか間に合ってない感じ。
仕方ないので、炊き出しで配給をもらって、中央広場で朝食。
そのまま食後の雑談していると、急に妹弟子がキレてきた。
「おいこら待て、このポンコツ妹!
お前、兄ちゃんが意識を失っている間に、なんて事しやがる!
兄ちゃんな、この人生、真人間に生きるって心に決めてんだぞ!?」
これでも前世のダメ人間生活を反省してんだ、一応な!
だから今世では、エッチなお店とかイケナイと思います!
(『未成年』だけに。独り笑い)
ともあれ、純潔、大事!
うっかり吸血鬼に血を吸われて、生きた屍になるとかイヤだし。
お婿さんが非・童貞とか、この世界のどこかで待ってる『未来のエロフ嫁』が悲しむかもしれんし。
まあ、吸血鬼とかエルフとかのファンタジー人種、この世界に居るかどうかも知らんが。
「だったら、意識がある今の内にしますのっ
チュウですわ、チュウ!
チュウ~~~~ゥッ!」
なんか妹弟子にマウント取られとる。
精神の『優越感』ではなく、身体の『組伏しまたがる』なワケだが。
「バカやめろ!
まだ清い唇を奪いにくるな!
あと、アゼリアお前、兄に向かってなんだその『逆式のガニマタ拘束』は!?
兄ちゃん、そういうはしたないマネタイズ技、絶対許しませんよ!」
だいたいお前、帝都でも有名だった『剣帝』サマの後継者なんだぞ?
一応、面子とか名誉とか沽券とか、武門の尊厳的なアレコレがあるんだからな!
(── ほら、周囲から『何あの子ら?』みたいな目線を向けられてるだろうがっ)
人気の多い中央広場で、そんなバカな騒ぎをやってたせいだろう。
ついに、衛兵を呼ばれてしまった。
「……あの、痴話喧嘩で人手を取らせるの、やめてください。
今、街の復興で、色々いそがしいんですから」
「いや、ホントすみません」
事情聴取の上、ペコペコ平謝りする俺。
「貴方がたは、<翡翠領>の英雄、剣帝様の御一門なんですよ。
まあ、武門の方なので、力が有り余るのは仕方ないかもしれませんけど」
「ほらアゼリア、お前も」
「ふんだ、イヤですの。
リアがお兄様に親愛のキスをするのを、猥褻行為あつかいされるのは、納得いきませんっ」
「お前なぁ……」
騒ぎの張本人が、まるで反省してない件について。
そんな微妙なお年頃が大爆発な当流派の反抗期娘に、衛兵の青年も呆れ顔。
「ああ、もういいです。
大した事件でもなかったので。
お願いですから、3日後の式典までは大人しくしててください。
メインの賓客が刑罰沙汰とか、主催者の面子にも関わりますからね?」
そう言い残して、衛兵の青年は職務に戻っていった。