96:幕間の悪意
!作者注釈!
この更新から『聖王国』→『神王国』に名称変更しました。
(聖都関係とまぎらわしいため)
これは、少し未来の話。
<翡翠領>で、数日がかりの記念式典が行われた後日。
領主官邸の応接室に、次期領主代行ロザリア=ジェイドロードが姿をあらわした。
「やあ、神童コンビ殿。
もう<聖都>に帰られるそうだね」
待たされていた青年魔剣士2人は、立ち上がって入室してきた貴人を迎える。
挨拶もそこそこ、3人が応接テーブルのソファに腰掛けると、神童ルカが口を開いた。
「明日の朝にでも発とうと思っとります。
色々お世話になりました」
「そうかい。
少し、名残惜しいな」
ロザリアはそうつぶやいて、自分の手元のティーカップに口をつける。
次に、神童カルタが口を開く。
「……<翡翠領>を訪れて、もう約2ヶ月。
目まぐるしい程、様々な事が起こった。
本当に、様々な……それがたった2ヶ月の出来事とは。
── つまりは、回顧」
「ホンマや。
人生がひっくり返るような事が2~3回……
いや、5~6回はあったからなぁ。
思い出しただけで、なんか疲れがよみがえってくるわ……」
二十歳前の、活力あふれる武術の達人2人が、年寄りじみたため息をつく。
それを見たロザリアは、危うくお茶を吹き出す所だった。
「── ……チッ
そこまで笑わんでも、ええでしょ?」
<魄剣流>のルカは、細目をいよいよ薄くして、気恥ずかしそうに舌打ち。
「すまんすまん。
わたしも今回の1件は、5歳か10歳老けたと思うくらいだったからな。
お二人の気持ちは、よく解るんだ」
「代行さんも、『剣帝流道場』の建設について根回し大変やったと聞いたで?
ホンマ、ご苦労さん」
「何度も言っているが、『剣帝流道場』ではない、『興武館』だ。
道場も、屋敷も、こちらがいくら言っても、あの老人は受け取らないからな。
『誇りと剣ひとつが有ればいい』だなんて、いま時、三流芝居でも言わんぞ。
無欲すぎる人間にも困ったもんだ」
「はいはい、そうやったですね。
しかし『流派の垣根を越えた、武術の鍛錬場所』ねぇ……
いくら分派道場とはいえ、頭のかたい年配のお歴々を、よく納得させたもんやなぁ」
「うむ、さすがは代行殿。
聞きしに勝る政治手腕。
── つまりは、感服」
神童ルカは、ティーカップに口をつけて喉を潤してから、そんな談笑を切り上げる。
「それで代行さん、ワイらに話ってなんや。
もちろん、ただの見送り、なんかやないんやろ?」
「うむ、我々だけ、『神童』以外には聞かせられない事情とは、ただ事ではない。
── つまりは、傾聴」
<轟剣流>の巨漢の促す言葉に、代行ロザリアはティーカップを置いて、応じる。
「ああ、そうだな。
その前に、ひとつお訊きしたい。
神童コンビが結成された契機、2年前に<黒炉領>で発生した『魔物の大侵攻』の件だ。
お二人は、その災禍の最終局面で首魁と ── つまり識別名『矢尻頭』という下等竜種と戦闘したはず。
その時、何か違和感はなかっただろうか?」
「違和感、ねえ……
だいたい『戦闘』って言うても、ワイら罠にかけるまでの誘導役を買って出ただけやしなぁ……。
直接対決の、ガチンコ勝負なんてやっとらんが ──
── まあ、『溶岩地帯に棲むような下等竜種が、なんでこんな人里まで出てくるんや』とか?」
「自分が疑問に思ったのは、都市城壁への執拗な攻撃。
『人を食いたい』と言うよりも『中に入りたい』とばかりに、城壁を破壊しようという意志が感じられた。
── つまりは、侵攻目的」
「そう、お二人が述べた事柄については、他の当事者も同じ指摘をしている。
つまり、『本当にあの下等竜種は、飢餓のせいで襲ってきているのか?』という疑問だ。
その疑念について、帝室親衛隊の調査班が動いた」
「帝室の密偵が?」
「ああ、わたしが動くように仕向けた。
これでも機関員の第1期生でね?
今でも色々と顔が利くんだ」
かつての帝都最強女魔剣士は、自慢げに告げる。
「なるほど。
<表・御三家>の有望若手が何かに駆り出されている、とは聞いた覚えがある。
── つまりは、得心」
「それで、なんか調べがついたんかい?」
「最終報告書では『下等竜種が襲来した目的は、さらわれた幼体の奪還と推測される』とあった。
つまりは、『飢えの狂気』ではなく『我が子を取り戻そうとする母親の狂乱』だったという訳だ」
「なん、やて……?」
「それは、もしや……っ」
その言葉を聞いて、神童コンビの血相が変わる。
「識別名『矢尻頭』の死骸に残っていた、まだ癒えてない出産時の傷痕!
そして、<黒炉領>の中央街、商人ギルド旧館の廃屋の中で見つかった、竜種の卵の欠片と思わしき物体!
── つまり『誰かが、産褥期で弱った下等竜種の巣穴から、竜種の幼体をさらい、街まで呼び寄せた』という証拠だ」
「なんとっ!?」
「── おい、それ……っ」
激情のまま、神童コンビはソファから立ち上がった。
「犯人は、誰や……っ!?」
「決して許さぬっ
── つまりは、血の贖罪!」
若い達人2人から立ち上る怒気は濃密。
戦士の心得がない者なら腰を抜かしていただろう。
絶体絶命の死線をくぐり抜け、数多くの戦友を喪った2人の若い魔剣士。
正義感、義務感、責任感 ── 無数の重責を背負い、それに応える情熱に満ちた若者だからこその、負の激情。
それは、一身に栄光と祝福を浴びる聖教公認の英雄・神童コンビにとって、不可触の暗黒面だ。
そのため、この話を切り出せる人物は、互角以上の腕を持つ女傑ロザリアの他になかった。
▲ ▽ ▲ ▽
「落ち着け、お二人とも。
結論をもったいぶるようで悪いが、まだ話には続きがある。
まずは、お茶でも呑まれよ」
ロザリアは、普通の者なら失禁してもおかしくない殺気を涼しい顔で受け流し、若者2人に座るように促した。
「── フゥ……ッ
…………わかった、大人しゅう話をきくわ」
「……御前で取り乱し、面目申し訳ない。
── つまりは、陳謝」
神童コンビの様子が落ち着いた事をみて、ロザリアは続きを話し始める。
「── さて、今回の『魔物の大侵攻』も同じような疑念が湧く。
首魁の巨体は野太く隆々として、肌はツヤツヤと輝いて、まさに健康そのもの。
やつれて痩せこけた様子もなく、とても『飢えに狂った』とは思えない。
人の立ち入らない山奥の僻地で、今まで通り大人しく生活していて良いはずなのに、何をとち狂ったか、ここ<翡翠領>に襲いかかってきた。
誰もがこう疑問を持つ、『何故?』と ──」
ロザリアが、指をパチンと鳴らす。
ドアの外で待機してた側近の女性騎士が入室し、カラカラカラ……ッと押荷台を押してくる。
台の上に並べられた、2本の杖型<魔導具>。
どちらも同型の物で、違いは彩色と老朽化具合。
「この片方は、<翡翠領>の商業ギルドの倉庫に眠っていた。
ギルドの記録帳簿では、数年前に破産した行商人の資産で、借金のカタに取り上げた代物らしい。
もう片方は、今回の『魔物の大侵攻』の首魁の死骸のそば。
それも頭部の残骸の近くで、魔物の肉に巻き込まれた状態で見つかっている。
数年前に誰かが首魁の頭部に突き刺した物を、高い再生能力が刺さったトゲのように呑み込んでしまい、『魚の目』のような古傷になったのではないか。
そう、推測される」
一見すれば、戦闘用の<中導杖>だ。
商人ギルドの人間達は、そう勘違いして、誰も気付かなかったのかもしれない。
だが、ロザリアや神童コンビといった魔剣士たちには、明らかだった。
「うむ、何だ?
<刻印廻環>の2番装着枠がない。
いや、ヘタに2番の穴を開けると、1番に干渉する構造か……
── つまりは、欠陥品か?」
「いや、この構造なら、そもそも1番装着枠の<刻印廻環>すら回らんで?
もしや、<中導杖>に見せかけた、常時発動型の<魔導具>なんか……」
「さすがは、魔法剣に精通する<魄剣流>が神童ルカ殿」
ロザリアは拍手をして、話を続ける。
「刻印の魔導文字を調べさせたところ、領主騎士団の付きの魔導師も、魔導技工士も、誰も魔法の効果を特定できなかった。
それどころか、帝都魔導三院が使用を禁止している効果不明の魔導語句、いわゆる『死語』まで含まれている事が解った」
「現存せぬ魔導術式という事か!
── つまりは、古代魔導!?」
「その通り。
おそらくは、古代魔導文明の遺跡からの発掘品。
あるいは、それの模造品」
ロザリアが、神童カルタの言葉に肯き、説明する。
すると、神童ルカはその先を読んで、ポツリとこぼす。
「なるほど、話の流れから、察するに。
つまり、それがここ<翡翠領>にとっての、『竜種の卵の欠片』やったと?」
「ああ、おそらく、そうだろう」
「……左様、か。
では2年前だけやなく、今回も、人為的な原因ちゅー事か?」
「ほぼ、間違いなく」
「犯人の目星は?
── つまりは、結論」
カルタに問われて、ロザリアはもう一度、ティーカップにひと口。
そして、最重要機密事項を開示する。
翡翠領領主家の一員として、特に戦功ある若者2人に報いるため。
そして、最愛の夫と愛の結晶である我が子2人、その3人分の命の恩を返すため。
さらには、新興宗教として弾圧された800年来の因縁がある、<聖都>の『守護の剣』に、警告するため。
「── 神王国。
<アートルム大砂丘>を越えた北大陸の反対側に、我らが怨敵がいる。
ヤツら、魔物を操り、あるいは扇動し、他国を全て滅ぼすつもりだ」
!作者注釈!
エピローグ2話の予定が3話に増えた(次話公開は今日18時に)