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88:弟子と後続


── いきなり、少女が飛んできた。


脅威力4の魔物と死闘を繰り広げていた、下士官の目には、そう(うつ)った。



「── トリャー!」



<石震蝦蟇>(ストン・シェイカ)の岩石じみた背甲を貫いたのは、銀髪をたなびかせる美しい少女。

貴族の令嬢として紹介されてもおかしくない美少女が、果敢(かかん)に魔物に攻撃を仕掛けていた。



「そして、【秘剣・三日月(みかづき)弐ノ太刀(にのたち)禍ツ月(まがつつき)】ですのぉ!」



彼女が何かの魔法を『チリン!』と自力発動させると、<石震蝦蟇>(ストン・シェイカ)が狂ったように震え出す。

悪性の流行病(はやりやまい)(かか)り、悪寒(おかん)にガタガタ震えるような様子だ。


少女が<正剣>(フォーマル)を抜くと、魔物の背中の傷口から鮮血が噴水のように跳ね上がり、その巨体が音を立てて倒れた。



「今の【禍ツ月(まがつつき)】は完璧でしたわっ

 ついにコツを(つか)みましたわ、ばっちりですわ!

 中級魔法を自力発動で練習した甲斐(かい)がありましたのっ

 またお兄様に『リアちゃんスゴイね』って、()めてもらえますのよぉ~~!

 ── お~ほっほっほっほっ!」



いきなり戦闘に割り込んできて、脅威力4という超強敵(・・・)を一撃で(ほふ)った少女。

さらには、まるでお芝居の悪役じみた、ふざけた笑い声。



その(・・)<石震蝦蟇>(ストン・シェイカ)交戦(・・)していた(・・・・)正騎士小隊は、困惑して立ち尽くす。


魔法剣を魔物の体内に直接打ち込む ──

── それは確かに、<魄剣流>が得意とする戦法だが、1撃で即死なんて尋常ではない。


それが、脅威力4の堅硬な魔物・<石震蝦蟇>(ストン・シェイカ)となれば、いよいよだ。



「な……な、なんだ、君はっ

 ── ハッ、もしや、<聖都>(センダード)の冒険者か?」



そう声をかけたのは、小隊を指揮していた下士官だ。




── <聖都>(センダード)や副都の冒険者ギルドには、『AAA』(トリプル・エース)というA級冒険者より上の枠組み(カテゴリー)があるのは有名な話だ。


<帝室親衛隊>並の凄腕魔剣士や、<帝都三院>の術師かという程の卓抜(たくばつ)の魔法使いといった、超一流の人材が何十人も居ると聞く。


たしかに噂話には、多少は誇張があろう。

だが、<聖都>(センダード)や副都は、何百万人という人口の多さから、冒険者の数も桁外(けたはず)れに多い大都市だ。

その分、A級冒険者の戦団(パーティ)も多く、そうなれば競争原理(きょうそうげんり)が働き、その質(・・・)も格段に高くなっても、おかしくはない。



また、『魔物から人を守る』という理念の(もと)で厳しい修練を耐えぬいたのに、技量の高い者ほど、魔物の(・・・)脅威が(・・・)一切ない(・・・・)『安全』な帝都に配置される、という矛盾(むじゅん) ──


あるいは、貴族や帝室の『安心』のための形だけ(・・・)の護衛(・・・)という、修行の成果を発揮する機会もなく無為(むい)に時間を(つい)やす、虚無感(きょむかん) ──


── <聖都>(センダード)や副都の高位の冒険者には、そんな不条理を(いと)って流れてきた、(こころざし)の高い達人も、少なくないと聞く。


(無論、そんな技量も使命感も高い冒険者であれば、偉大なる(・・・・)先人(・・)(なら)い、戦団(パーティ)の名に『青』や『灯火(ともしび)』の単語を入れているのは、言うまでもない)



そんな、『AA』(ダブル・エース)『AAA』(トリプル・エース)といった超A級(・・・)の冒険者になると、脅威力3(・・・・)の魔物を(・・・・)単身で(・・・)討つ(・・)という、異常(・・)な腕前になるらしい。


さらには、『脅威力4の魔物』という、A級冒険者の戦団(パーティ)で ── つまり、十数人(・・・)がかり(・・・)で ── 戦うような超強敵(・・・)すら、単身(ひとり)で相手取る豪傑(ごうけつ)すら居ると聞く。


もはや、若く無名な頃の『剣帝』か、あるいは『帝国西方の神童コンビ』か、という英雄級の超絶戦力(・・・・)だ。




── 下士官は、彼女がそう(・・)ではないか、と思ったのだ。



「へっ……? えぇ、あれぇ……っ」



ようやくこちらに気付いた、とばかりに目を(しばた)かせる。

途端に、高慢(こうまん)そうな態度が鳴りを(ひそ)めた。

まるで図書館で本を読みあさっている文学少女のように、(うつむ)いてしまう。


<正剣>(フォーマル)を鞘ごと抱いている姿など、気弱で恥ずかしがり屋の少女のようだ。

いや、はっきりと、陰気で内気と言ってもいい態度。


さっき高笑いしていたのが、ウソみたいな弱々しい態度。



「あの……?」


「── ご、ごめんなさいっ

 獲物(えもの)を横取りするつもりでは、ありませんでしたのっ」


「え……?」


「ちがいますのっ、誤解ですのっ!

 わたくしアゼリアは、そんな恥知らずではありませんのっ

 ちょっと駆け出しの冒険者の皆さんが、いつまでもチマチマしてたので、気付かなかっただけですのよぉ~~っ」


「は……? チマチマ……?」


「でも、仕方ないと思いますのっ

 わたくしでなくとも、あんなに離れて、おっかなビックリしてたら、戦ってないと思いますのっ

 つまり、駆け出し冒険者の皆さん!

 わたくし、『()貴方達(そちら)にある』と思いますのよっ」


「なん……だと……?

 誰が、『駆け出し冒険者』だっ!?」


「あ、ご、ごめんなさい……っ

 『横取りは狩りのマナー違反』と、反省してますのよ?

 だから、そんな怖い顔で、怒らないでくださいまし。

 ── あ、そうだ!

 アゼリアはあっちに行って大物を探しますので、こちらでゆっくり小物の相手をされるといいですわぁー。

 それでは、ごめんあそばせ~~っ」



銀髪の少女はペコペコと頭をさげ、その場から逃げるように全力で駆け出す。



「── あぁ、ちょっと、待てっ」



お礼ひとつ、言うヒマもなかった。


魔物の不意を突き、見事一撃で()ち取った功労者(こうろうしゃ)が。

逆に、まるでルールを横破りしてしまったかのような態度で、去って行った。



「なんなんだ、あの娘は……っ」



下士官は、ポカンと、ただ彼女の走り去った先を眺めるだけだった。





▲ ▽ ▲ ▽



少しだけ、『剣帝』の話をしよう。


『辺境の英雄』とも呼ばれた男の伝説を、少しだけ語ろう。



ある寒村に、ヤンチャで()ねっ(かえ)りな小僧(こぞう)がいた。

彼が、たまたまの通りがかりで、帝都の豪商を魔物群れから助けた事から、その伝説は始まる。


体格に恵まれて武術の才能もあった彼は、助けた豪商の後押しもあり、帝都の魔剣士名門<御三家(ごさんけ)>がひとつ、<封剣流>で腕を磨く事になる。


しかし、帝都の(よど)んだ空気と水は、片田舎(かたいなか)純朴(じゅんぼく)には、合わなかったらしい。

有名貴族や帝室にも繋がる、名門道場内の『人間関係(パワーゲーム)』に、男は愛想を()かした。

魔剣士の<五環(ごかん)(ゆる)し>、つまり<封剣流>の免許皆伝を得ると、華やかな帝都と美しい恋人に別れを告げた。



そして、辺境生まれの正義(せいぎ)(かん)は、魔剣士としての理想を追求し始める。



魔を()って、人を助ける ──

── それこそが魔剣士の本懐(ほんかい)だと、実践(じっせん)を始めた。



彼の(もと)には、同じ(こころざし)を持った仲間が集まった。

やがて、『青き灯火(ともしび)(みちび)き』という戦団(パーティ)が生まれた。


彼ら『青き灯火(ともしび)(みちび)き』は、冒険者でありながら、冒険者稼業(かぎょう)にあらず。


報酬より、情を取った。

理想のため、苦境に(いど)んだ。


時に、貴族の専横にも歯向かった。

時に、無報酬でも死地に立ち向かった。


全ては、魔物に苦しむ人々のため。

中央に見捨てられた、辺境の草民のため。



だが、いくら理想が高くとも、現実は簡単ではない。



崇高(すうこう)なる武術の達人も、賢明(けんめい)なる魔導の俊英(しゅんえい)も、貧困には勝てなかった。

赤貧(せきひん)にあえぎ、武器防具の手入れひとつ、ままならない。

時に、食う物にすら困る始末。


温情(おんじょう)がいき()ぎて、経済的に()()まった。


劣悪な環境の中で、激しい闘いが繰り返される。

ひとり、またひとりと、仲間が(たお)れていく。

戦友(せんゆう)同志(どうし)達は、次々と理想に(じゅん)じていく。


数々の死別(しべつ)の果て。

最後に、男ひとりだけが残った。

だが男は、それでも戦い続けた。


木の根をかじり泥水をすすり、恥を捨てて物乞いに(ふん)し、なんとか日々命をつなぎ。

壊れた農具を改造した粗末な武具を身につけ、見上げる程に強大な魔物に立ち向かった。


重傷に倒れ、生死の狭間(はざま)(ただよ)った事は、1度や2度ではないという。


全ては、厳しい辺境の地に生きる、罪のない人々のため

かつて仲間と共に胸に抱いた『理想の灯火(ともしび)』を、()やさぬため。

死を怖れず、報酬(みかえり)も求めず、たった1人で魔物と戦い続ける。


やがて男は、生きた伝説となった。

老境(ろうきょう)に入る頃には、『辺境の英雄』とまで(たた)えられるようになった。



── そんな偉業は、ついに帝国の中枢(ちゅうすう)すら動かした。



当代の皇帝陛下による勲功(くんこう)表彰(ひょうしょう)

それも戦時ではない平世(へいせい)においては異例の、陛下(へいか)直々(じきじき)の表彰。


帝都にて、盛大な式典が()(おこな)われた。



『帝国の民の保護と安寧(あんねい)は、本来なら皇帝が()すべき事業』


『その生涯をかけて仁義に身を()くした功績(こうせき)感銘(かんめい)のあまり、言葉もない』


『歴代の皇帝の代行(かわり)として奔走(ほんそう)してくれた老師(ろうし)へ、ふさわしき剣号(けんごう)授与(じゅよ)する』



── かくして、『剣帝(けんてい)』の剣号(けんごう)が授けられる。



武闘大会優勝者へ贈られる、魔剣士の最高の名誉である<帝国4剣号> ──

── その<帝国4剣号>にも(まさ)るものとして新設された、帝国5番目(・・・)の剣号。


魔剣士にとっての皇帝、つまり『皇帝の名代(みょうだい)』である、という本来ありえない(・・・・・)称号。

それはつまり、帝国において最高権力者である皇帝が、『(みず)らと同等の権威(けんい)』と認めたという事だ。


例えば、聖教の最高指導者<聖女>(サンクト・シーコ)であっても、宗教都市<聖都>(センダード)という帝国統治下のいち都市の長としては、皇帝に上座(かみざ)(ゆず)らなければならない。

そんな帝国の皇帝と、言葉の上とはいえ、同格の存在。


誰にも、その行いに()(はさ)む事は許されない。

例え、帝国法を(おか)したとしても、刑罰(けいばつ)(しょ)する事など(おそ)れおおい。


かつて、食うに困り粗末な武具で死線をかいくぐった魔剣士が、今や帝国において最高位まで(のぼ)りつめた。

高位の貴族や、大臣などの重臣、帝室関係者、あるいは次期皇帝である皇太子すら、最上の礼儀を()くさなければならない存在となった。



だが、剣帝がその最高権威(けんい)を振りかざした事は、一度たりとも無いという。

それどころか、剣号と共に授けられた、貴族の地位も領土も、財宝や宝剣すら、全て返上していた。


魔剣士として至上の称号を得た老人が、一切の地位と財の代わりとして、皇帝の前に平伏して嘆願(たんがん)したのは、たった一つの約束。



「どうか、辺境に陛下(へいか)のご威光(いこう)を。

 魔物に苦しむ民を、お助けください」



魔剣士の(おさ)と、一国の(おさ)

2人の交わした約束は、確かに果たされた。


帝国騎士団に、第四の隊が編制された。

精強な帝国騎士たちは、日々魔物を討ち倒し、辺境の民の安全を守っている。


帝国の建国より約300年。

ようやく辺境・2等領地にも、皇帝の威光が届くようになったという。



男は、ついに理想を現実の物としたのだ!

そして、死んでいった仲間の悲願を達成したのだ!



── それが、『剣帝』の物語。

魔剣士の頂点、ルドルフ=ノヴモート(おう)という、生きた伝説。



その『剣帝』が名をもって、初めて『皇帝の名代(みょうだい)』として命令を発した。




「── 何人(なんぴと)たりとも、安易に命を捨てる事は許さぬ!

 例え泥水をすすっても、例え恥辱(ちじょく)にまみれても、しぶとく生き延びよ!

 魔剣士1人1人が、無力な民100人の命を背負うと知れ!」




感無量(かんむりょう)


その場に立ち会った者にとって、そういう言葉(めいれい)であった。





▲ ▽ ▲ ▽



クルル! クルル! クルル!と、魔物が威嚇の声を上げる。



脅威力6の水棲(すいせい)魔物、<湖浮島鵜>(フローティング・ヒル)


湖面に時折現れる、小さな緑の浮島。

だいたいは、(あし)(はす)の様な水性植物の群生(ぐんせい)だ。

そういった物の下に、小魚が隠れ家として潜み、それを狙う水鳥などが集まってくる。


それら(・・・)をまとめて鯨飲(げいいん)するのが、浮島に擬態するこの魔物。


正体に気付かずに接舷(せつげん)する漁師の小型漁船なんかも、ひと呑みだ。



そんな、<湖浮島鵜>(フローティング・ヒル)飛べない翼(・・・・・)で羽ばたきながら、巨体に似合わぬ素早さで後退。


ガァァ!と、大口を開いて舌を伸ばし、大型荷車の車輪くらい巨大な<法輪(リング)>を回転させる。

吐息攻撃(ブレス)】と呼ばれる、魔物の原始的な魔法攻撃だ。



「さっきの、火炎放射攻撃か!?」



予備隊の指揮官が、悲鳴を上げる。


この魔物は、集まった小魚や鳥の密集(とりやま)()かれて寄ってくる、飛行型魔物すら捕食する。

滞空する飛行型魔物を、まとう風の結界ごと焼き尽くす、大火力の火炎魔法だ。



それに対して、『剣帝』は構わず距離を詰める。

まるで老人が昼食後の散歩に出向くような、無警戒な足取り。


距離を詰めてくる人間に、ガガッ!と、巨大魔物は警戒の声。

そして、巨大な<法輪(リング)>をさらに回転させる。


そして、『ゴォーン!』という魔物特有の魔法起動音が ──

── 鳴らなかった。



代わりに、ドサリ……ッ、と巨大な鳥頭が落ちた。

そして、断面から血が激しく噴き出し、胴体に繋がった首がグネグネと蛇のように暴れる。



「── 『無声の一迅』(サイレント・ゲイル)か……っ」



神童ルカが、感慨深そうにつぶやいた。


見れば、老剣士は、瞬間移動したように魔物の側面に回り込んでいて、剣を振り血脂(ちあぶら)を払っている。


音は、ムダな(りき)みの(あかし)である ──

── であれば、発声(こえ)音響(おと)も、全て消え去った剣こそ究極。


そんな理念の追求の果てに、到達した剣の奥義のひとつ。

『望星の撃剣』(スター・ゲイザー)に並ぶ、『剣帝』の代名詞。


敵に(すき)が生じた瞬間、爆発的な加速で駆け抜け、斬り捨て、離脱する。

全ての音声(ムダ)(はい)し、無音(究極)の境地に至った時、目にも映らぬ『神業(かみわざ)』と化す。



少し遅れて、魔物の2階屋ほどのが身体が傾き、ドオォォン……!と倒れる振動が周囲の木々を小さく揺らした。

一同に、どよめきの声が上がった。



「さて、そちらのケガ人を、手当をせねばな」



老剣士が歩み寄れば、誰からともなく、ひざまづいて頭を下げる。



老師(ろうし)ぃ!

 よくぞ、よくぞ、お越し下さいましたっ

 どうか、我が故郷<翡翠領>(グリンストン)の危機に、お力添(ちからぞ)えをっ」


「よい、よい、頭を上げよ。

 魔物と戦うのは、魔剣士の(つと)め。

 すでに一線(いっせん)から退(しりぞ)いた老いぼれではあるが、よろこんで手を貸そう」



尋常ならざる絶技の、人情に(あつ)い人物。



── 伝説は、真実だったのか……っ!



誰もがそう思い、感激の涙を流した。




▲ ▽ ▲ ▽



「ありあわせの、あまり質の良くない<回復薬>(ポーション)ではあったが、どうやら効いたようじゃな?」



老剣士がそう問えば、若い魔剣士は手足の具合を確かめて、深く頭を下げる。



「ありがとうございました。

 『剣帝』さんには、大変な恩義ができました。

 この神童ルカ、<(うら)御三家(ごさんけ)>の一員として、例え命にかえてでも ──」


「── よいよい。

 若者を導くのは、年寄りの役割よ」



思い詰めた若者の言葉を、老剣士は軽く流す。



「それにこのルドルフ、皇帝陛下より『ノヴモート』の(かばね)(たまわ)っておる。

 魔剣士は、例えるなら、都市の住民を守る、生きた城壁 ── 魔物との戦いにおいて、前線にある者。

 であれば、この『新しき堀』としての役名(かばね)とは、城壁の外にあって魔物を遠ざける『深い堀』が(ごと)く、最前線にあるべき者。

 先達として、前に立つのは、当然の事」



その言葉に感銘した、指揮官の男が進み出る。



「さすがは老師!

 特に、先ほどの火炎の【吐息攻撃(ブレス)】を断ち切った『神業(かみわざ)』。

 まさに半生をかけた剣技の(きわ)み、稚拙(ちせつ)の身ではございますが、後学(こうがく)とさせていただきますっ」


「ああ、これか?」



老剣士 ── 『剣帝』が<長剣(ロング)>を軽く振れば、魔力の光が矢の速さで飛び、遠方の木の枝を斬り落とした。



「お、お見事っ」



予備隊の魔剣士達は、手品じみた『絶技』の披露に、目を輝かせた。

反して、細面の若き英雄・ルカは目を細める。



「け、剣帝さん。

 もしや、それ(・・)、男前のじょう ── いや、ロックの……?」


「ああ、そちらの青年は、知っておったか。

 そう、不肖(ふしょう)の弟子が(つく)った『魔導の小技(こわざ)』よ。

 この(とし)になって、いまさら新しく学ぶ事があるとはなぁ……ククッ」


「…………くっ」



細面の青年は、思わず歯ぎしり。



「……『弟子とは教える相手ではなく、教わる相手』と言ったのは、誰であったか。

 ああ、あのおてんば(・・・・)姫様か、懐かしいのう……。

 確かに彼女(アレ)の言う通りだ、『師を育てるのは弟子』であるな。

 無理矢理に覚えさせられた、この()(かい)な技術が、こうも役に立つとは。

 ── ワシも、もっと早くに、弟子を取っておくべきだったかもしれんな……」



そう独り言を続ける『剣帝』の顔には、『弟子を自慢に思う』、そんな師匠としての深い情が見て取れた。



「あの……愚鈍(しょうたれ)がぁ……っ」



神童ルカが思わず漏らした声には、嫉妬と、悔しさと、やりきれぬ怒りがあった。

胸に荒れ狂う激情で、握り拳が震えるほどだ。


しばらく顔を伏せた若者に、老剣士はじっと目を向ける。



「── そういえば、そちらの青年はルカ殿と言ったか?

 ここ1カ月ほど、ユニチェリー殿の門下生に指導をされている、若き達人と聞いたが」


「え、あ……じ、自分(ジブン)の事を、ご存じで……?」



神童ルカは、不意をつかれた顔で立ち上がり、思わず姿勢を正す。



「ああ、不肖(ふしょう)の弟子から聞かされている。

 なんでも、ワシの ── ワシら(・・・)(こころざし)()いでくれる、奇特な若者が居ると。

 それも、『西方の英雄』や『神童』とあだ名される程に、有望な若者だと。

 この老いぼれには()ぎた栄誉(えいよ)だと、うれしく思うよ」


「あの……愚鈍(しょうたれ)がぁ……っ」



神童ルカが漏らしたのは、先ほどと同じ台詞(せりふ)

しかし、それに込められた感情は、真逆だった。

その胸中は激しい感情がわき上がっていて、簡単には言葉にできない程。



「さて、雑談はここまで。

 戦場においての、魔剣士の(つと)めを果たそうか」



老剣士が、そう切り出せば、



── 『はい!』



と、一糸乱れぬ返答が返ってくる。

まるで、長年において信頼関係を構築した師弟のようだ。


決死の覚悟をしてた予備隊にも、明るい表情と、強い戦意が戻っていた。



「よい面構(つらがま)えだ。

 よし、武功(ぶこう)の場を用意しよう。

 全員、この老いぼれについてこられよ」



老剣士は、それを満足そうに眺めて、そう告げる。

そして、改めて細面の青年に声をかけた。



「── ところで、神童ルカ殿?」


「は、はい、なんでしょう?」


「ワシも近年、腰を悪くしておってな。

 この歳で、魔物の群れに斬り込むのは、老体に厳しい。

 若者の手を貸してもらえるか?」


「── よ、喜んで!」


「そうか、ついてきてくれるか」


「── どこまでも!!」



青年が、言葉半ばに(かぶ)せるように、返事する。

老人は、照れくさそうに笑う。



「ハハッ

 後続(こうぞく)の若者が居るというのは、なんとも頼もしいものだっ」

 


かくして、『辺境の英雄』と『西方の英雄』は、連れ立って戦場を駆け抜けた。



!作者注釈!




以下、天丼。




匿名希望さん「剣帝さんにぃ~♪ 後続って言われたで~♪ 頼もしい若者って♪」


ナースさん「コラァ~! そこのケガ人、病室でスキップなんぞすんな! 傷口ひらいてぶっ倒れるぞ、お前!!」


匿名希望さん「頼もしい若者やで? 頼もしい若者ぉ!! うわぁぁ~~~!!」


ナースさん「わたしがウワー言いたいわい、このボケ患者、頭わいてんのか!?」


匿名希望さん「はっ! そうや! 全国のお仲間に、連絡せんといかん!

 『いぇ~い、剣帝さんファンクラブ会員のみんな見てる~? ワイ神童ルカはぁ、ついにぃ、剣帝さんとぉ! 背中をあずける仲になったでぇ~~! 負け犬ども残念やったなぁ~!!』と……」


ナースさん「オメーが背中を預けるのは、病院のベッドだよ、方言男!! 他の患者の迷惑になるから暴れんなや!!」


患者の見舞客「…………あ、相棒……」


ナースさん「おい、そこのデカブツ! お前の相棒だろ、コレ! どうにかしやがれっ」


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