87:剣帝の一番弟子
戦いの音ばかりが響き続ける、<翡翠領>の領都。
50万人もの住民の命運を賭けた、最後の戦闘 ──
── それがはじまり、すでに小一時間。
刻一刻と太陽が傾き、夕暮れが近づく中、魔物と人間の生存戦争は山場を迎えていた。
この頃には、守備配置も部隊編制も全て様変わりしている。
負傷者は仲間に担がれ治療所に運ばれ、防衛拠点の欠員は予備隊で補充され、部隊は何度も再編成を繰り返している。
そのため既に作戦当初の陣形など、原型を留めていない。
あちこちで無秩序に戦闘が散発している。
敵・味方 ── つまり魔物と人間が、入り交じっている乱戦状態。
迂闊に広範囲の魔法攻撃などしようものなら、味方に甚大な被害が出かねない。
── それは、地上だけの事情ではない、上空も同じくだ。
確かに、航空飛行部隊は頼もしい味方だ。
だが、空を駆け回る味方のせいで、地上の魔導師部隊は飛行型魔物を広範囲魔法で迎撃できなくなった。
航空飛行部隊が、最新鋭の兵種であるせいだ。
運用実績が少なく連携も未熟なまま実戦にかり出された彼らは、半ば味方の邪魔になっていた。
さらに、空を飛ぶ敵が予想以上に多い事も、問題だ。
飛行型魔物の大半が魔導兵器の直撃を逃れており、領主軍首脳部が当初予想した以上の頭数が生存していた。
── そういう複合的な原因により、空飛ぶ魔物は前線をすり抜けて、都市の城壁付近まで到達していた。
ギャァギャァ!と、複数の威嚇の鳴き声が混じり合った騒音が響く、城壁の上。
長柄武器を振り回し、副武装の<短導杖>の下級魔法を連発して、飛行型魔物を迎撃する。
「おい、『鋼糸使い』!
この飛行型の群れ、なんとかならんのかっ」
たまらず、防衛部隊のひとりが声を上げる。
「そうそう! この前みたいに、まとめてズドーン!と」
最初の声も、追従した者も、どちらも半鎧の軽装の魔剣士 ── つまりは冒険者だ。
特に魔物が多い東門と北門では、騎士だけでは手が足りず、冒険者も防衛部隊に組み込まれていた。
だが彼ら冒険者は、騎士のような『防衛』の戦闘ではなく、『狩猟』の戦闘のプロだ。
不慣れな任務に手こずっており、上空から襲ってくる大群への決定打もない。
そして、空飛ぶ魔物から都市を守る戦術級魔法『爆雷障壁』は、いまだに破損したまま。
彼らが歴戦の冒険者だとしても、泣き言は仕方ない事だった。
「無茶を言うな、であ~る。
虫型魔物くらいの軽量ならともかく、拙より重い相手なんて、振り回せる訳ないのであ~る。
あと、自分は『鋼糸使い』ではなく、流れの『旅の楽士』 ──」
「チィッ、何が『鋼糸使い』だ!」
「ご自慢の特技も、いざという時に役に立たないじゃないかっ」
勝手に期待され、勝手に失望されて、非難される。
そんなに様子に、コート姿の男はため息。
彼は、今もまた『魔物の翼に鉄弦を巻き付け、飛行を阻害しては落下させる』という、可能な限りの助力をしているのだが。
しかし、数日前に虫型魔物を一掃した姿があまりに鮮烈すぎて、過剰な期待を向けられていた。
「だから、何度も違うと言っているのに……。
そもそも拙は、戦闘要員ではなく一般市民なのであ~る」
「うるせえ、この非常時に、そんな事が関係あるか!」
「死にたくなけりゃ、手を動かせ!」
「……他人の話を聞かない、困った連中なのであ~る」
何度も繰り返されたやり取りに、うんざりと独り言をもらした。
▲ ▽ ▲ ▽
<翡翠領>の北門。
『魔物の大侵攻』の首魁を迎え撃つ、最終防衛戦として騎士や魔導兵器が多数用意されている。
そのせいか、飛行型魔物も遠巻きにするだけで、あまり近寄ってこない。
そんな状況が、油断を呼んだ。
……カリカリ……ッ
「── ひぃっ」
音ならぬ、音。
それを魔剣士の勘が捕らえたのか、ふと振り返れば、それと目が合った。
黄色く輝く、鋭い瞳。
<魄剣流>従者の双子妹は、悲鳴をあげて、思わず抱えていた剣を抜く。
「く、くるなっ」
外壁を這い上がり、城壁の見回り通路まで軽々と登り上がったのは、<後翅夜猫>。
地上でも素早く駆け回る、豹くらいの大きさの黒ネコが、いつの間にか背後に忍び寄っていたのだ。
どうやら、後脚の皮膜翅を畳んで、見張りの死角から城壁をよじ登ってきたようだ。
―― シャアァァ!と飛びかかる、漆黒の影。
「ああっ」
迎え撃つ彼女が、ガムシャラに振ったのは<竜骸武装>3振りのうち1振り、<小剣>だ。
その超絶の利刃は、風を斬る音しか残さない。
黒ネコ魔物の、野犬以上の身体を、簡単に真っ二つにした。
さらに、その手応えすらほとんど感じさせない。
「……す、すごい、この剣っ」
そこに、すぐさま、次の一匹が迫る。
すると、舌打ちの音と共に、小柄な双子の兄が割り込んだ。
「愚妹! 呆けてる場合ですかっ
── 【雷電の魔法剣:指震い】!」
双子兄は跳び蹴りで、50kg近い魔物を一度引き離す。
さらに雷撃の魔法剣で斬りつけて、魔物の動きを鈍らせて、対峙。
「兄上、わたしもやれます……っ」
そこに慌てて、ラシェルも加勢に飛び出した。
双子の兄妹でなんとか2匹目の魔物を倒した頃には、城壁の上には<後翅夜猫>が溢れていた。
「くそっ いつの間にっ」
「兄上、あれを!」
ガイオが妹の声に反応して、上空を見る。
空中でこちらの様子をうかがっていた別種の飛行型魔物が、一斉に押し寄せてくるところだった。
「── 『機を見るに敏』とはっ。
本当に、頭にくる程ずる賢い連中ですね! 魔物というのはっ」
古風な騎士がマントを翻し、飛び降りてくる ──
── そんな影形をした異形の魔物が、城壁の上に何匹も降下してきた。
「ナ、<亡霊騎士>……っ!?」
誰かの、悲鳴じみた声が響いた。
その魔物は、ひと昔前まで死霊の類いだと思われていた、強敵。
<亡霊騎士>の正体は、空中遊泳する大男の様な巨大タコだ。
黒灰色の頭部は、腐食した人間の頭蓋骨や古びた鎧に錯覚して不気味。
そして、カサの部分 ── 下半身の水かきのような皮膜でつながる軟体の長足は、高位な騎士のマントのようにも錯覚する。
軟体の長足の先に生えるナイフのように鋭い爪が4本、次々と剣術の刺突のように繰り出してくる。
それだけでも手強いのに、軟体の長足は盾や武器に巻き付き、奪い取ろうとさえしてくる。
「このぉ!」
ラシェルは、今まさに騎士の盾を奪い取ろうとしていた軟体魔物の背後から近づき、大ぶりの一撃。
ザクン!と藁束でも切ったかのような、軽快な手応え。
<小剣>の<竜骸武装>は、軟体魔物の強靱で刃が通りづらい長足も胴体も、まとめて容易く斬り裂いた。
「この剣、やっぱりすごい!
<亡霊騎士>は脅威力3なのに、一撃だっ」
少女は、預かっていた<小剣>をひと振りして、青い血液を振り払う。
「なんという切れ味だっ」
「さすがは、<竜骸武装>っ」
「なるほど、<終末の竜騎兵>から作られただけあるっ」
周囲の騎士から、感嘆の声。
「── 従者の少女っ、こっちも頼む……ぅっ!」
さらに、<亡霊騎士>と一対一で斬り合っていた騎士の1人から、助けを求められる程だ。
「は、はい!」
ラシェルは、騎士と対峙する2体目も、死角から近寄り一撃。
まるで雑草か細い木の枝でも切り払うかのように、あっけない手応えで、魔物は真っ二つになる。
「これなら……! いけるっ」
勢いづいた少女魔剣士は、近くに居た3体目に駆け寄る。
「はぁっ!」
またも手応え無く、あっさりと剣が振りぬかれ ──
── いや、いくら利刃でもあまりに手応えがなさすぎた。
「あ、あれ……? ──」「── ラシェル、上です!」
兄の忠告ですぐに見上げれば、空中に回避した黒い影。
そして目の前にいたはずの姿が ―― 斬ったはずの敵の姿が ―― まるで幻のように崩れ去る。
いや、黒い煙かモヤのような物が『虚構の分身』を作り出していたのだ。
つまり<亡霊騎士>は、すばやく回避すると同時に黒い体液を吐き出して囮の影を作り、少女を幻惑したのだ。
激しい戦闘の最中に繰り出される、刹那の幻惑と死角攻撃 ──
── それこそが、<亡霊騎士>が長年において死霊の類いと勘違いされていた原因であり、今もなお怖れられる要因でもあった。
「くっ」
ラシェルは、突進斬りの空振りのせいで、たたらを踏む体勢だ。
その前傾でつんのめった先に、軟体生物の傘状皮膜が広げて浮遊し、獲物を待ち構えていた。
少女の喉から、引きつった声が漏れた。
「しまった……っ」
軟体の足を伸ばし、死に引きずり込もうとする。
まさに死霊のような影。
長足の先の鉤爪は鋭く、喉を裂くのも心臓を貫くのも容易いだろう。
ヒュン……!、と少女の髪をかすめた。
ラシェルがギリギリで回避できたのは、救いの手があったから。
「── 従者殿、危ないっ」
少女を助けたのは、正騎士ではなく予備隊の衛士だろう。
<巴環許し> ── つまり、腕輪の数が3個だったから。
予備隊の青年は、押し出したラシェルの代わりに長足に絡み取られ、マントのような水かきの下に引き込まれる。
── 『うぎゃあぁ!』という絶叫と、ゴリゴリ……!という異音が重なる。
少しして、ガランガラン……ッと金属音、落下して転がってくる。
血まみれで歪んだ、鉄兜だ。
「ひ、ひぃ……っ」
ラシェルは、突き飛ばされて転がったままの体勢で、恐怖に顔を引きつらせる。
すぐに立ち上がれない。
呼吸も乱れて整わない。
突き飛ばされた際に、城壁に腰をぶつけたらしい。
両手で上半身を持ち上げ、座った体勢にするのが、せいぜいだ。
血まみれ鉄兜の、生臭い匂いに惹かれたのだろう。
もう1匹<亡霊騎士>が空中を横滑りするように飛行してきて、食事中の1匹と入れ替わる。
「……あ、ぅ、や……っ」
だから、もう逃げられない。
回避もできない。
出来る事は、震える手で<竜骸武装>を構えるだけ。
座り込んでいては、ろくに振り回す事もできない。
少女は死の恐怖で、思わず目を閉じてしまった。
「うぅ……ぁっ」
瞬間、少女の脳裏に走馬灯が走った。
身近な人々の顔が、浮かんでは消えていく。
両親、祖父母、幼なじみ、故郷の友人、道場の門下生、双子の兄、そして ──
── ……そして、見た目だけは男らしい、無精ヒゲの青年!
幼い自分を騙して、捨てた男!
甘い声で『助けてくれる』と囁いておきながら、簡単に去って行った『贋物の恋人』!
(── こんな時まで!! 消えろ!
お前なんかに、頼ったりしない……っ)
一瞬で湧き上がった、怒りの炎。
いつまでも未練がましい恋慕の残滓を、ついに燃やし尽くす。
(あ……っ)
その焼け落ちた向こうに、真逆の容姿の者が現れた。
つまり『男らしい無精ヒゲの青年』ではなく『小柄な少女のような体格と顔立ち』の持ち主。
(あ、ああ……っ)
だが、その中身は『妹のためには、己を犠牲にする事も厭わない』という、兄としての理想像。
『男の中の男だ』と誰もが讃えるような生き方を ── あるいは『夢物語』のような生き方を、現実にする人物。
(── お兄、ちゃん……!)
『妹が命がけで魔物に挑むなら、俺がそばに居て支えてやる』 ──
── 魔剣士になれなかった身でありながら、そんな無謀で命知らずを『当然だ』と嘯く、愚直で勇敢な人物。
ラシェルが、ずっと、ずっと、心の底で求めていた相手 ──
── こんな人物がそばに居てくれていたなら、と願っていた理想の体現。
(── お兄ちゃん……っ、助けて……!!)
▲ ▽ ▲ ▽
魔物に切迫され、座り込んだ姿勢のまま。
そんな、絶体絶命の状態の、魔剣士の少女。
「うぅ……っ」
双子妹は、死を覚悟して、ぎゅっと目をつぶる ──
── そして、何時までも、死の衝撃が来ない事に、訝しむ。
少女は、おそるおそると薄目を開けて、周囲を見渡す。
しかし、襲いかかってくるはずの<亡霊騎士>の姿は、どこにもない。
「── ん……あ、あれ?」
そんな少女の声と重なるように、誰かの声が響いてきた。
「な、なんだ……、アレは……!?」
驚きの言葉にひかれて見上げれば、空中の一点に集まっていく、飛行型魔物たち。
何故か、かなりの上空に発生した赤茶けたモヤが中心にある。
まるで、魚の養殖所で撒き餌をまいた後のような光景。
飛行型魔物たちは、赤茶けたモヤに魅入られたように殺到していた。
それが、内側から爆ぜた。
『── 【秘剣・三日月:参ノ太刀・水面月】2重発動!』
叫びと共に『X字』に広がる魔力光に、全てが斬り裂かれる ──
── 風が。
── 砂煙が。
── そして、魔物の群れが。
数十匹の飛行型魔物が、血飛沫をまき散らして、ボトボトと落下する。
落下する魔物はどれも真っ二つで、遠目で見ても即死と解るような有り様だ。
「い、一撃で!?」「あの数を!」「30匹、いや40匹はいたのに!?」「ウソだろう」「なんの魔法だ、今のは」「新型の魔導兵器か!?」
飛行型魔物の脅威から解放された騎士達は、驚きに野太い声を震わせる。
彼らの問いに答えるように、人影が空中から降りてくる。
ヒュルヒュルと特有の音をたてて、飛翔魔法で降下してくる人物。
長い黒髪を、尻尾のように一本に束ね ──
小柄な体躯を、白い女性物の式服に身を包んだ ──
一見して性別不明で、端正で品位有る顔立ちの人物 ──
「── け、剣帝流……!?」
<魄剣流>の双子の兄が、引きつった声でつぶやく。
そう、確か ── 『ロック』と名乗った、剣帝一門の兄弟子の方。
「── お兄ちゃんが……っ
わたしを! わたしを!? 助けに来てくれたんだ……!!」
<魄剣流>の双子の妹は、まるでそれが少年の分身であるかのように。
愛おしそうに、<竜骸武装>を抱きしめた。
▲ ▽ ▲ ▽
剣帝一門の兄弟子。
彼は、城壁に着地すると、すぐに走り出した。
わずかに遅れて、城壁外から声が飛んでくる。
── 『おい、防衛組!』
── 『そっちに飛行型が3匹行った!』
── 『気をつけろっ』
直後、城壁上に現れる影が三つ。
手負いで青い血を滴らせる、3匹の<亡霊騎士>。
魔物3匹は、駆け寄ってくる魔力の弱い少年を、囲んで襲いかかる ──
── いや、その弱々しさから『絶好の獲物だ』と判断して、魔物3匹が取り合いを演じたのかもしれない。
「危ないっ」「よけて、お兄ちゃんっ」
ガイオとラシェル、<魄剣流>本家の双子兄妹は、ほとんど同時に叫んでいた。
だが、剣帝一門の兄弟子は、そのまま魔物へと滑るように駆け寄っていく。
まだ魔物に気付いてない、という事もないだろう。
であれば、すでに死を覚悟した勇猛さなのだろうか。
『未強化』の少年剣士は、勢いを緩めるどころか、加速しながら突っ込む。
「ああ、子供がっ」「くそぉっ」「そんなっ」「なんて事っ」「くされ魔物がぁ!」
空の異変に呆気にとられていた防衛部隊の魔剣士たちが、ようやく武器を構えて駆け寄っていく。
だが、3匹の<亡霊騎士>の攻撃の方が早い。
どう考えても、大人たちの救助は間に合わない。
<亡霊騎士>の長足が、凶悪な鉤爪が、三方から襲いかかる……っ! ──
── しかし、三方からの鉤爪攻撃は、むなしく空を切るだけ。
そこに、何者の姿も、ない。
もちろん、『血飛沫をあげて絶命する少年剣士』など、どこにも居ない。
「── は、はぁ……?」
「……なんだ、今の、幻像の魔法か……?」
誰かの、間の抜けた声。
それをかき消すように、双子の兄ガイオが、引きつった声を上げる。
「── ……う、ウソでしょうっ!?」
双子の兄ガイオが、一瞬、周囲の注目を集め ──
── 視線が魔物に戻る瞬間、パチン……ッと、剣を鞘に納める音が響く。
途端、ドサドサドサ……ッと、魔物3匹ともが真っ二つになり崩れ落ちた。
「……は?」「……ぁ、あ?」「え……?」「なんだ?」「魔物が、死んでる……?」「一体、何がっ?」
死んだ魔物3匹の向こうには、剣帝の一番弟子の無事な姿。
彼は、今の一瞬、その絶体絶命の死地を、するりと、難なくすり抜けてみせたのだ。
その絶技を見抜いた、<魄剣流>本家の双子兄は、両手を戦慄かせて、声も震わせる。
「── 我が<魄剣流>の『地這い』の歩法をっ!
まさか、この、たったひと月であれ程までにぃ!?」
── 『ぃ……~~~~っ!?』
周囲に居る者たちは、悲鳴じみた吐息を漏らすだけ。
もはや声も上げられない。
そして、改めて注目を集める、少年剣士。
その背中を見せる、仁王立ち。
当然のように、その背中に身体強化の魔法陣は、ない。
つまり、『未強化』のまま、脅威力3の飛行型魔物という強敵を斬り捨てたのだ!
しかも、3匹まとめて!!
小柄な子供が、複数の敵を、一瞬で斬り捨てる。
そんなの、誰が、どう見ても『芝居小屋の殺陣』だ。
それも、玄人振った客からは非難苦情が飛ぶような、過剰演出なくらい。
── 『そんな事、現実に出来るわけがない!!?』
声にならない声が、一致する。
双子兄妹も、冒険者も、衛士も、騎士も ──
── 居合わせた全員の理性が、悲鳴を上げた!
常識が音を立てて崩れさり、胸中は混乱の極地。
青ざめた顔をして、唇を震わせているもの、1人2人ではすまない。
しかし、そんな『絶対に有り得ない』と誰もが断言できる『非常識』を事もなさげに披露した本人は、
「フンッ、『天!』 ── じゃ、なかった……っ
あぁ~、いかん、ちょっとクセになってるな。
……乱舞、乱舞、こっちは乱舞で、シュンゴ……じゃないんだよなぁ~、ハァ~……っ」
何だか、芝居の振り付けだか、立ち姿だかを。
そんな、傍目にマヌケな事を、やけに熱心に練習していた。
▲ ▽ ▲ ▽
「あァアぁ~ァっ!?」
突如として双子兄が上げた、奇声じみた声。
ラシェルは、あまりに調子外れのそれに、ギョッとして振り向いた。
「『剣帝のぉ』!?
ああ『一番弟子ぃぃ』、つまりぃ、そうかぁ!?
── アッハッハッ、なるほど、なるほどね!
── 『剣帝の、一番弟子』かぁ!?」
彼は、ゲラゲラと、笑い出す。
双子妹が、気が触れたのでは?、と心配するのさえお構いなしに。
「あのアゼリア=ミラーが『兄弟子』と慕う理由!
年齢の高い低い、だけではない!
入門の早い遅い、だけではない!
単純に、そして明解に、序列席次が上位という事か!
彼女が『我が師兄』と敬意を払い、頭を垂れて指導を仰ぐ程の、技量の持ち主っ!」
その言葉を聞いた全員が、ゾッと、肌を粟立たせた。
「お堅い<封剣流>ミラー家で、醜聞の出生から『忌み子』と爪弾きにされて、なおも『秘蔵っ子』とされる、あの絶世の天才児が!」
誰もが、双子兄が狂ったように笑っている、その意味が解ってきたから。
「そんな、とっておきの天賦の才が!
しかも、帝都の<御三家>本家道場で鍛え上げられた、にも関わらず、だ!
それでもなお、上位だと!
しかも、最強流派『剣帝流』において、序列が上位だと!
『剣帝』本人を除けば、一番だと認めざるを得ない ──
── あの兄弟子、それ程の練武の主かぁ~!?」
湧き上がってきた感情は、恐怖でもあり、畏怖でもあり、感動でもある。
── 『つまり、魔剣士になれなかった素養無しが、ひたすらの修練だけで、帝都の若手最強のひとりに負けを認めさせ、さらには敬服さえ、させている』
絶対に存在するはずのない者が、存在している ──
── そういう意味では、もはや亡霊に近しい不条理。
── 並の魔剣士よりも、遙かに強い『魔剣士未満』
── 未強化でありながら、あらゆる魔物を斬り伏せる『剣士』
そんな、神話の英雄のような存在が、今、目の前に降り立っていた。
!作者注釈!
2022/10/23 ちょっと中盤に手を入れました。




