82:魔剣士の頂点
武器の献上を申し出た商人は、そのまま会議室に通された。
今まさに存亡の危機にある、<翡翠領>。
いち辺境の領都とはいえ、軍備を預かる騎士団の会議にまったくの部外者が ── それも非戦闘員が ── 入り込むなど、例外中の例外という対応だ。
つまり、現在はそれほど切迫した状況という事でもあった。
その都市の命運を預かった、領主官邸の重鎮が並ぶ前に、商人の父と娘の2人が進み出た。
「お忙しい中、時間を割いていただき誠にあり ──」
言葉を中断させるように、ガタンと音を鳴らして立ち上がった、最上席の女性司令官。
<翡翠領>次期領主代行のロザリアが、苛立たしげに告げる。
「── 帝都の商人殿、今は1分の時間すらおしい。
お世辞も前置きも、今はいい。
すぐに、本題に入ってくれ」
小太りの商人は、帝都でも名を知られた大店との事。
貴族や権力者との付き合いも多く、客の身勝手や横暴にもずいぶんと馴れているのだろう。
商人は、表情一つ変えず、恭しく頭をさげて従う。
「承知いたしました。
こちらが、<翡翠領>御領主家に献上したい品物にございます」
父の目配りを受けて、商人の娘らしき少女が、押荷台を押してくる。
運ばれてきたのは、わずかに剣身に赤みを帯びた、美麗な剣。
ひと目で業物と解る程に、すさまじい魔力を秘めていた。
商人は、説明を続ける。
「かの<終末の竜騎兵>の牙より造り出された、<竜骸武装>の剣、3振りにございます。
どうか、おおさ ──」
言葉半ばで、騎士の高官達がいきり立った。
「── しゅ、<終末の竜騎兵>!?
そこの商人、貴様、今<終末の竜騎兵>と言ったか!」
「バカな、ありえん!?」
「百数十年前に、<聖霊銀>武装の精鋭騎士が、1部隊全滅させられた相手だぞ!
騎士700の決死戦で、半数以上の死傷者がでた、地獄の先兵だぞ!?」
「何故、一介の商人ごときが、そんな物を持っているっ」
「詐欺だ、詐欺師に違いないっ
この非常時にまがい物を売りつけるつもりだな!」
いままで半病人のような顔をしていた騎士達が、一斉に騒ぎ出す。
そんな武官達の怒号に対しても、小太りの商人は笑顔のままで、眉ひとつ動かさない。
「詐欺というのは、まったくの誤解でございます。
わたくしは、この剣については、一切お代を頂くつもりはございません」
ニコニコと笑う表情は人の良さそうな印象で、あえて特徴を言えば赤い鼻が人より大きい事くらいだろうか。
しかし、そんな態度がいよいよい不信を招いたのだろうか。
「うるさい、黙れ!」
「その手に乗るか、このペテン師めっ」
「何が帝都の有力商人だ! すぐに牢に叩き込んでやるっ」
「こんな非常時に薄汚いマネをしおって、守銭奴めっ」
「斬首の上、晒し首にしてやるっ」
部下達の言動は、さらにヒートアップ。
かなり過激な言葉も飛び出した。
── ダァン!と円卓が揺れた。
この場の最上位・ロザリアだ。
かつて魔剣士として鍛え上げた拳を、全力で打ち下ろしたのだ。
「一同、黙れっ
そもそも、何を勝手に刑罰を決めている!?
わたしは、貴様ら騎士や守衛隊に、そんな越権や専横を許した覚えはない!」
ギロリと睨み付ける眼光は、歴戦の猛者も震え上がるほど。
かつて、<御三家>筆頭の<天剣流>本家において第2位の序列席次を務めた、最強女魔剣士の風格が垣間見えた。
「── 商人殿、この街の危機に武器を寄贈していただくという、大変ありがたいお話をいただきながら、この醜態、誠に申し訳ない。
どうか、夫に成り代わり軍事を託された、このロザリア=ジェイドロードの顔に免じて、許してはもらえないだろうか?」
かつて帝国武門の頂点に近い所まで上り詰めた女傑は、直立して胸に手を当て、腰を折るように頭を下げる。
武門の作法とはいえ、本来なら上席や高位の相手への物だ。
貴族が平民にする態度としては、破格の物だ。
敬愛する上司にこれ以上無い恥をかかせたと知って、部下達は絶句して、石のように固まった。
そこに助け船を出したのは、部外者として会議に参加していた、神童コンビ。
「……なあ、ホンマに堅い話は抜きにしようや?
代行殿も、帝都の商人さんも」
「うむ、時に立場を置いて話し合う事も肝要。
── つまりは、忌憚は無用」
次に口を開いたのは、小太りの商人。
「いえいえ、この商人めの話の運びが悪かったと、猛省するところでございます。
騎士の皆様が、大切な故郷を守るために心血を注がれている、この様なお忙しい会議の最中なのですから。
そこに、わたくしのような、どこの誰とも解らぬ輩が、いきなり突拍子のない事を申し上げれば、皆様がお怒りになっても、それは仕方ありませんでしょう」
そうは言いながらも、その笑顔には汗一つなく、まるで飄々としている。
女傑ロザリアの、誰もが震え上がるような怒気にも揺るがないあたり、相当の胆力だ。
「そう言っていただけると、大変にありがたい」
ロザリアは、椅子に腰を下ろし、話の先を促す。
「それで、それは真実、<竜骸武装>なのだろうか。
寄贈いただく商人殿には申し訳ないが、にわかには信じがたい。
もちろん、剣身に宿る魔力からして、尋常ではない素材を用いた宝剣の類いだとは、察する事はできる。
それが『間違いなく<竜骸武装>だ』という証拠を見せて頂ければ、我々も納得もできるのだが?」
すると、商人はペコペコと低頭しながら、一旦、押荷車を脇によけた
「ええまったく、代行様のおっしゃる通りでございます。
実際にお見せした方が早いでしょうね。
── では、あの幻像記録を」
「はい、父さん」
商人が、自分の後ろに控えていた若い娘に指示する。
彼女は、すぐに<魔導具> ── 幻像魔法の記録器で、2枚貝のように開く ── を操作した。
その、幻像魔法で映し出されたのは、異界のような光景だった。
── 紫色の雪が降る世界。
そして、全てがその紫の雪に覆われようとする、異常な光景。
「ヒィ……ッ」
怯えるような声を漏らしたのは、武官の重鎮の中でも高齢の老騎士。
「これは、紫の地獄……っ
……ま、間違いない、『巨人の箱庭』だっ」
誰からも一目置かれる古参兵の引きつった声に、会議室に静寂と緊張が満ちた。
すると商人は、まさに営業スマイルとばかりに、にこやかに肯く。
「ええ、そちらの騎士様のご慧眼の通り。
これは<ラピス山地>のさらなる奥地にあるという、<アルビオン山脈>の<ヴィオーラ巨大樹林>で記録した幻像でございます」
積雪で覆われた光景は、よく『白銀の世界』と例えられる。
幻像が映したそれは、むしろ『紫水晶の世界』とでも言うべき光景だった。
「あれから、もう2年も経ちましょうか ──」
商人は、その幻像記録を懐かしそうに眺めながら、滔々と語り始めた。
▲ ▽ ▲ ▽
「── わたくしと娘は、故あって、この『現世の地獄』に迷い込みました」
商人の語り声を背景音に、<魔導具>が幻像記録を映し出す。
さらには、雪を被りながらも存在を主張するのは、距離感がおかしくなりそうな程の巨木の群れ。
時々、その間から紫色の蒸気が吹き上がり、それがダイアモンドダストのように凍り付いて、紫の煌めきを空中に散布する。
その正体を知らなければ、幻想的で美しい絶景であった。
「帝都の成り上がり商人だったわたくしは、恥を忍んで申し上げれば、『金の亡者』でございました。
人の情けを失った強欲な成金に、2年前のあの日、ついに罰が下ったのです」
その紫の雪の世界に、異様な存在が横たわっている。
虎のような金の瞳を持つ、濃灰色の巨躯の上半身だ。
頭部や首、胸部などを白い外骨格で覆われた、巨大なトカゲ型魔物。
── 「アレは……」「まさか」「いや、酷似している」「6本足だったら、幻像記録の通り」「本当に?」「いや、だが」
そんな騎士達のざわめきを置き去りに、<魔導具>の映像は続けられる。
また、商人も構わず、ひとり語りを続ける。
「2年前に、家族全員を連れ立った、この東北部の行商の最中でした。
雇い上げた護衛と長年連れ添った側近に、手ひどく裏切られてしまいました」
幻像が映し出す、その魔物が巨大なのは解る。
10m以上はあるはずの巨木の横幅よりも、横たわった上半身が大きいのだから。
だが、具体的なサイズは、比較となる物体が映っていないので、測りようがない。
「築き上げた財産は、全て奪われました。
最愛の妻と、跡取り息子は、なぶり殺されました。
幼い娘の手を引き、着の身着のままで、この『現世の地獄』に迷い込みました」
その巨体の魔物は、目を開けたまま眠っているのだろうか。
ダラン首を地面に投げ出していて、微動だにしない。
「しかし、<始源の聖女>様と共に天上世界に御座し、常に我ら人の子を見守ってくださる聖兄は、慈悲深き聖教の神は、この哀れな親子を見捨てたりは、されませんでしたっ」
いや、その巨体の魔物の、口元が動いた。
トカゲのような口が、重そうな口唇の肉が内側からめくられて、何かが出てくる。
もぞもぞと蠢き、恐るべき巨魔の口から逆に出てくる、何者か ──
「まさに天の采配!
ああ、偉大なる『天の恵みの神』よ、改めて感謝を申し上げます!!」
映像のかたわらで語る商人の声に、一層の熱が籠もった。
その時の幸運と、活路が開けた興奮を思い出したのか、小太り男の脂肪のついた両手がわななく。
「幸運にも、『さる魔剣士の一門』が、『現世の地獄に巣くう魔物を討ち倒す』という、とても正気とは思えない荒行をなさっている、その最中だったのですっ」
── それは人だ。
人を丸呑みにする巨大な口から、ほうほうの態で這い出てくる、中年の小太り男。
「そこで『彼の一門』より、魔物の死骸の一部を譲り受けました。
それを好事家の元へと持ち込んで大金に換え、商人として再興の足がかりの資金としたのです」
よく見れば、その中年の顔は、まさに目の前の商人の物。
人並みより大きな赤い鼻という特徴からして、彼自身に間違いないだろう。
映像の中の商人の背には、今まさに巨大なトカゲの口の中から抜き取ったらしい、身の丈ほどの長大な牙が2本、『×の字』に背負われている。
「そして2年。
商人として盛り返し、裏切り者達への復讐を終え、無念の死を遂げた妻と息子の墓前に報いる事ができたのです。
そうやって全てが終えた頃に、ふと思い出したのです」
幻像魔法が映す商人の顔は、とても正気の人間のそれではない。
怒り、悲しみ、恨み、捨て鉢、興奮、歓喜、生きる執念 ── あらゆる激情が渦巻いていて、今にも激発しそうな程だ。
「命の恩人たる『さる魔剣士の一門』に、何のお礼ひとつしてない事に。
そんな忘恩無恥の、畜生にも劣る振る舞いをしていた事に。
すでに2年も経った、つい先日の墓参りの折りに、ようやく気付いたのです」
対して、今この場に居る人物は、まるで別人の表情だ。
それどころか、本人が語る『強欲な商人』の面影すら、まったく見えない。
むしろ、聖職者の説法に真摯に耳を傾け、自ら進んで浄財をしそうな程に、静穏で敬虔な顔をしている。
「ですので、帝都で築き上げた財産の大半を費やして、この『牙』の1本を買い戻し、<黒炉領>の有名工房の名匠をたずねて、最高の剣を仕立てていただきました。
直接お会いして、あの日の非礼をお詫びするため。
また、命を救って頂いたお礼の品を差し上げるため。
この3振りの<竜骸武装>を携えて。
父と娘と2人っきりになった家族で、この東北の地まで2年ぶりに参った次第です」
商人の娘は、幻像魔法の<魔導具>を停止させる。
── 幻像記録は、魔法による映像であるため、もちろん術式を操作すれば偽造も出来る。
しかし、これほどの鮮明な映像であれば、それも難易度が高い。
もし誰かをペテンにかけるためとしても、相当な手間と技術、そしてそんな凄腕の術師を雇うための大金が必要なはずだ。
なにより、無償で譲渡するとなれば、偽証により重罪に問われるというリスクを冒すほどの理由も思いつかない。
つまり、商人が見せたそれは、ほとんど確実な証拠といえる。
── さらには、現物の説得力だ。
円卓横の押荷台に並べられた、武器の異様さ。
地金を鍛えた炎がそのまま閉じ込められたように、時折赤く輝く剣身。
また、錬金術で武器に造り替えられても、素材から引き継がれた魔力は尋常の量ではない。
歴戦の騎士達が、思わず声を潜めるような迫力がみなぎっていた。
▲ ▽ ▲ ▽
幻影記録の映像が終わると、ふたたび暗幕が開けられ、早朝の光が差し込んでくる。
明るくなった会議室で、ロザリアが口を開く。
「商人殿、ひとつお訊きしたい」
「はい、なんなりと」
赤い鼻の商人は、恭しく頭を下げる。
「そのような格別のご事情があるのなら、何故この剣をわたし ── いや、<翡翠領>領主へと寄贈される?」
「それは……」
当たり前の質問に、商人は少し困ったような表情。
今までビジネススマイルを絶やさなかった顔が、初めて崩れた。
「いやしくも我がジェイドロード家は、<始源の聖女>様から直々に<聖典>のお言葉を賜った、由緒ある旧家のひとつだ。
それ以降800年の間、歴代<聖女>様をお支えし<聖都>をお守りしてきた、旧連合国時代からの貴族という誇りがある。
いくら領地存亡の危機という非常時とは言えど、商人殿が用意された命の恩人への大切な返礼の品を、無下に取り上げるほどに無頼でも強欲ではないつもりだが」
ロザリアが告げた言葉は、魔物に脅かされる辺境の地で臣民を守り続けてきた領主の誇りそのものだった。
普通なら感嘆し賞賛すべき誇りに、商人は何故か、ひどく渋面する。
助け船を出したのは、後ろに控えていた赤鼻商人の娘。
「次期領主代行ロザリア様に、わたくしから申し上げて、よろしいでしょうか」
商人の娘は、10代半ばの少女。
だが、貴族や権力者との付き合い方は心得ているのか、きちんと側近に声をかけて許しを伺う。
武門生まれの女傑・ロザリアは、そんな『貴族の四角四面な礼儀作法』が面倒になったらしい。
側近を通した伺いを、すぐに遮った。
「ああ、直言を許す」
赤鼻の商人の娘は、気の強そうな目で、一歩進み出る。
「ありがとうございます。
この商人の娘、マリアンヌと申します」
作法に則って頭は下げるが、声は不思議な程に鋭い。
「わたくしが父に、こう進言したのです。
『彼の一門は、名誉にも金銭にも興味を持たれない、無欲な方々』
『むしろ武人の理想を体現されるため、人知れず命がけの荒行に挑まれるような、崇敬に値する人物でいらっしゃる』
『そのような方々が、どうして宝剣などを欲しましょうか』と」
まるで、思春期の子が親に反発するような、強い語調だった。
どこか挑むような態度の少女に、ロザリアはあえて優しげに声をかける。
貴族の前に出て、過剰に緊張しているのだろうか ──
── その声には、ロザリアの女親としての心配りが見て取れた。
「しかし、マリアンヌよ。
君は商人の娘で、武門に疎いからそう思うのかもしれない。
だが、実際に魔剣士であるならば、大金をかけて装備を整える事は、惰弱でも恥ずべき事でもない。
その点では、冒険者も騎士も、もちろん商人の護衛隊であっても、変わりないのだ。
むしろ、装備の上等下等は、魔剣士の運命を左右する生命線であるから、充分に備える事も魔剣士の務めとも言えよう」
少女は、さすがに、あからさまに顔には出さなかった。
ただ、口の端を痙攣のように、わずかに、しかし確かに吊り上げた。
「いえ、ロザリア様。
恐れながら申し上げます。
あの方々には、すでに魔剣士として至高の境地にあられるご様子。
ならば、装備の上等下等などという、そんな我々俗人の心配すら、すでに失笑ものでございましょう」
少女は、自分の言葉の中の『失笑』部分に異様に力を込めて、そう告げる。
ほとんどケンカを売るような、強い語調だった。
いや、もはや明らかな挑発だった。
「……何?」
さすがにロザリアも、挑発は見逃せない。
なにせ、入り嫁とはいえ、最愛の夫に次期領主の代理として任された面子がある。
貴族の面子も、武人の面子も、決して安くはない。
人を統べる立場にある者が、下々に無礼を受けたならば、それを見逃す訳にもいかない理由がある。
誇りがあり、面子があり、体面があり、外聞があり ── それら全てが、臣民と騎士の統率に関わってくるのだから。
端的に言うなら、『下の立場の者に舐められるようであれば、やがて誰も命令に従わなくなる』という事だ。
ロザリアの目は細められ、声は静かに、そして気配は鋭くなっていく。
ビリビリとした静かな怒気に、側近達は青ざめて『主人の激発を抑えるべきか』と、オロオロしながら目配せを交わし合う。
しかし、当の本人 ── 10代半ばの娘 ── は、それに怯えるどころか小さく笑いまでした。
「わたくしは見ました、2年前のあの日、この目で。
現世の地獄に巣くう魔物を討ち倒した、神業とよぶべき剣の冴えを。
来たるべき終焉の日・『雪禍の旦』において世界を滅ぼすと言われる地獄の先兵、あの<終末の竜騎兵>をも、易々と斬り捨てたのを!
それも、何の変哲もない、ただの量産品の剣とおぼしき物で!
その様を、この両目に、しかと焼き付けたのです!」
少女は、どこか勝ち誇るような顔で告げる。
ロザリアは、思わず立ち上がり、ダン!と机を叩いていた。
「── まて!
その魔剣士は、ただの市販の剣で、<終末の竜騎兵>を討ったのか……!?
<聖霊銀>や<錬星金>の剣ではなく……?」
ロザリアは、声を震わせる。
『嘘だと絶叫したくて、ギリギリで喉で留めた』、そんな顔をしていた。
その様子に、少女は溜飲が下がったのか、声色が落ち着いてくる。
「これでも商人の娘です。
遠目とはいえ、ただの錬金装備と、希少な金属を用いた高価な装備を見間違える事はございません」
「ただの錬金装備で、ありふれた並の剣で、<終末の竜騎兵>を、斬る……?
<聖霊銀>剣の利刃が潰れ、上級魔法すら物ともしなかったという、あの怪物を?
それは本当に、人か……?」
── 普通であれば、『終末の竜騎兵を倒した』などと吹聴した所で、誰もが鼻息一つで一蹴するような類いの話だ。
武勇をねつ造するとしても、あまりに荒唐無稽で、やり過ぎだ。
しかし、目の前に、ほぼ確実と言える証拠が残っている。
ならば、何者かが<終末の竜騎兵>を倒したのは、もはや疑いようがない。
だが、その討伐方法までも常軌を逸するとは、思ってもいなかった。
かつて、帝都で『最強の女魔剣士』と呼ばれた才媛・ロザリアだからこそ、その事実が信じがたい。
自分が山の頂点だと思って必死に登った岩壁が、霧曇が晴れて全容が露わになると、そこは山の中腹にも達していない場所だった ──
── ロザリアとしては、そんな気分である。
「お分かり頂けましたか?
この<竜骸武装>は、我ら父娘の感謝の思いを形にした物にしか過ぎません。
恩人である『彼の一門』は<終末の竜騎兵>という絶望の化身すらも、並の剣で討ち倒すような、神代の英雄もかくやという様な方々。
いわば『魔剣士の頂点』とでもお呼びすべき、絶世の達人ぞろいなのでしょう。
宝剣などという、腰の飾りにしか成らない物を差し上げるより、こうやって魔物の被害で苦しむ場所で活用頂く事の方が、あの方々の御理念に沿うのではないか、と。
そう父に進言したのです」
そう告げる少女の目は、必要以上に静かで穏やかな物だった。
いや、はっきりと、冷ややかで突き放すような物でさえあった。
▲ ▽ ▲ ▽
「…………なるほど」
ロザリアは、目を閉じて神妙に肯く。
騎士や冒険者などの中でも、<ラピス山地>という魔物のだらけの危険地帯に立ち入るような命知らずなど、極めて少数だろう。
さらに、<ラピス山地>より奥地にあって、より一層危険な『現世の地獄』に、いったい何者が立ち入れるものか。
── そんな無謀を成し遂げ得る魔剣士一門など、もはや言うまでもない。
そして、しばらくの沈黙の後に、ひとり言のように呟いた。
「『魔剣士の頂点』……か。
そういえば、『全盛期においては、竜すら斬る』と謳われた辺境の英雄がいたな……」
そして、今まで黙って聞いていた、神童ルカもこう呟いた。
「なるほどな、つまりは、そういう事か……
『あの子が命がけで魔物と闘うなら、そばに居てやる』……あの時、そんな事言っとったな……
チィ……ッ! あの愚鈍、女みたいな面貌してるチビのくせに、ホンマ『男前』やなっ」
悪態混じりの賞賛に、彼の相棒も深く肯く。
「うむ。我が恋敵なれど、惚れ惚れするような男っぷり!
── すなわち、男の中の漢!」