80:最後の夜明け
<翡翠領>の街に、ニワトリの甲高い声が響く。
「……もう、夜明けか」
無言の会議室に、誰かがポツリと漏らした言葉が響いた。
── あるいは、これがこの街の、最後の夜明け……
誰もが、そんな言葉を思い浮かべたが、しかし不吉すぎて誰も口には出せなかった。
領主官邸の会議室は、大人数が詰めかけているのに、痛いほどの沈黙で満ちている。
もはや誰も議論を投げかける気力がない。
夜明けの太陽にそまる空の、本来なら明るく暖かな色が、絶望の象徴にさえ思える。
側近や部下達の、そんな様子を見て、女性司令官はため息をもらす。
「手詰まりだな……」
「代行っ」
<翡翠領>次期領主代行ロザリアのぼやきに、部下の1人が反応した。
しかし、それ以上は誰も言ってこない。
否定したくとも同意見。
今まで散々めぼしい策案は出尽くして、新しいアイデアなど降って湧く訳もない。
そんな煮詰まった会議の空気を察知して、ロザリアは苦笑い。
気分転換に、自分の米神を揉みながら、軽くため息。
それから、務めて明るい声を出す。
「もう一度、昨日の幻像記録を確認しよう。
何か、討伐のヒントが得られるかも知れないっ」
彼女が指示を出すと、すぐに壁面に映像が浮かび上がった。
何度となく見慣れた映像魔法に、疲れた顔をした武官達は目を向けた。
▲ ▽ ▲ ▽
巨大魔導兵器で、半ば荒れ地と化した街道。
瓦礫、土砂、倒木の障害物だらけの悪路が、10km以上続く。
少なくとも、復旧作業に数ヶ月はかかるだろう。
まるで災害の爪痕だ。
魔導兵器を使ったとしても、人間の起こしたとは信じられない程の、広範囲だった。
しかし、人間にとっても街道舗装の破壊は、手痛い。
だが、魔導兵器の超大規模攻撃に破壊された尽くした悪路は、魔物の侵攻を阻害となるはずだ。
無数の瓦礫に、倒れて複雑に重なる樹木、えぐられ巻き上がって3~4m高低差をつくる土砂の坂、等々。
── この障害物たちが、魔物の進行を妨害してくれるはず。
── 少なくとも壊れた街道を迂回して、山越えルートに切り替えるはず。
── この稼いだ時間で、首魁たる超巨大魔物への対策を打ち立てる……!
そんな人間達のかすかな希望は、すぐにしぼんで消えた。
そう、結局は甘い見込みだったと、すぐに思い知らされた。
── 『魔物の大侵攻』の首魁。
遠目に見ても、高さ30mの都市城壁から頭ひとつ抜けるような、超がつく巨体。
超巨体からすれば、瓦礫や、倒木、3~4mの土砂の小山なんて、障害物とは映らないらしいらしい。
いや、進行速度は落ちているのだろう。
遠方すぎて、肉眼では姿がかすむような巨体は、非常にゆっくりだ。
まるで子供か老人が、重荷を背負ってとぼとぼ歩くよりも、はるかに鈍足。
侵攻速度は時速0.5kmあるかという、文字通り『蝸牛の歩み』。
だがしかし、着実に迫り来る。
都市への到達予測は、3日と半日後。
その猶予3.5日のうち1日という、金砂のように貴重な時間を観察と偵察に当てた結果、魔物の生態がある程度は把握できた。
── おそらくは虫型に近い性質の魔物。
── 活動は昼間のみで、日暮れ前には完全に活動を休止する。
── 強靱で柔軟な表皮と、弱点を守る強固な殻を備える。
── また、魔導兵器の超攻撃から生き残ったらしい大型魔物が、先頭集団を形成している。
<翡翠領>次期領主代行ロザリアが、無数の軍用<空飛ぶ駒>部隊・航空騎兵部隊を引き連れ帰還した、翌々日 ──
調査と反攻作戦の準備のため、間1日を空けた、3日目の早朝 ──
── ついに、超巨大魔物との戦闘が開始された。
▲ ▽ ▲ ▽
── まずは、航空騎兵隊の威力偵察。
つまりは、手合わせの第1合目として、攻撃後即離脱の様子見だ。
昨日の朝焼けと共に、軍用<空飛ぶ駒>が一群となって、城壁を飛び越えていく。
向かう先は、9km先で動きを止めたままの、超巨大魔物。
『魔物の大侵攻の首魁』は、まだ眠っているのだろうか、身じろぎ一つしない。
変温動物と同じ特性なのか、日光を浴びて身体を温めてから、ゆっくりと動き出すようだ。
その前に、攻撃を仕掛けて様子を見る。
その巨体に対して、反撃を受けない超高度から魔導兵器<破魔杭>を投下攻撃して、その攻撃効果の有無を見極める。
最初に、幻像魔法が映し出したのは、そういう作戦行動の記録だった。
幻像魔法が作る映像の中で、軍用<空飛ぶ駒>に乗る騎士2人組の、後方の攻撃担当が、慌ただしく作業する姿。
しばらくして、前方の騎士の金属手綱の近くに、部隊長である下士官の幻像が現れた。
── 『時限式へ安全装備の交換作業が完了後、各連絡旗を!』
── 『よろしい! これから投下攻撃に入るっ』
── 『各員、規定位置に着けっ』
下された指示の通り、部隊が一斉に動く。
上面を黒、下面を白と、2色に塗り分けられた軍用<空飛ぶ駒>の一群が、密集隊形から散開隊形へと素早く変更する。
── 『全員<破魔杭>、起動!』
── 『投下5秒前、4、3、2、1! 投下開始!』
超巨大魔物の体高の約5倍の高度、上空200mから落下する、丸太杭型の魔導兵器が約300本。
それらは、あるいは地面に突き刺さり、あるいは魔物の身体を貫き、そして着弾から数秒の時間差で、攻撃魔法を発動。
ドオオォォォ……ォォォン!!と、衝撃波の一斉起動で激しい破裂音が森に響き渡る。
上空にいる騎士の眼下で、遙か遠い地上で、砂煙がもうもうと舞い上がった。
途端に、映像の中の騎士達から歓声があがった。
── 『やったか!?』
── 『いや、まだだ。 要、効果確認! 攻撃結果を正しく確認しろっ』
そうやって、誰もが地上 ── 下の方にばかり気を取られたのが悪かったのだろう。
── 『ガフゥ……ッ!?』
血の混じった絶息。
映像の中で、鮮血が飛沫く。
金属手綱を持つ前方席の騎士に、かぶりつく黒い影。
騎士の鍛え上げられた太首に、鋭い牙が突き立てられていた。
幻像魔法で接写で映し出される、黒猫の顔を持つ魔物。
不吉の象徴の黒猫、『魔物の大侵攻』の先触れ、<後翅夜猫>だ。
── 『魔物だと!? 一体どこから!? このぉっ、そいつを離せっ』
後方席の騎士は、魔物を魔法攻撃で追い払おうと、慌てて<中導杖>を構える。
だが、魔法攻撃は高い威力の代わりに、タイムラグがある。
魔法が発動するまでの所要時間で、黒猫の魔物はうるさそうに一瞥。
そして、強靱な後ろ脚で大ジャンプ。
同時に魔物の胴の周りで<法輪>が回転して、『ゴーン』と発動音。
魔物は、ジャンプ直後に飛翔魔法を発動したのか、さらなる高度へ上昇。
そして、後脚についた皮膜を広げてY字型の姿になると、コウモリのような翼で滑空して、山岳の方へと飛び去っていく。
── 『くそっ 黒ネコの化け物め! 俺の相棒を返せっ』
残された騎士は、長槍を片手に前方席に飛び移り、軍用<空飛ぶ駒>の金属手綱を握る。
魔物を追いかけようとする彼に、上官からストップが掛かる。
── 『待て! 勝手に動くな、隊列を乱すなっ』
── 『しかし、隊長!』
── 『相棒がっ 黒ネコの化け物に!』
── 『バカもんっ 周りをよく見ろっ』
上官がそう促せば、確かに周囲の軍用<空飛ぶ駒>にも、飛行種の魔物が殺到していた。
── 『今は死体を回収しているヒマはないっ』
── 『まだ生きている者のために動けっ』
── 『ぅっ……ぁあ~~~~っ クソォッ!』
生き残った騎士は、苛立ち叫び。
軍用<空飛ぶ駒>の側面に長槍を、ガン!と叩き付ける。
そして方向転換して、仲間の救援を開始した。
▲ ▽ ▲ ▽
幻像魔法が終わり、領主代行ロザリアが、苦笑いの混じる声で告げる。
「……『冥府の翼』の主力法撃で、小型・中型の魔物を一掃した。
そう思い込んで油断していたせいで、攻撃直後の隙を突かれたな」
軍人としては細身の男が、解説を引き継ぐように口を開いた。
「飛行種の魔物は、主力法撃【三叉矛】の『第一の刃』で吹き飛ばされたのか、あるいは察知して直前に逃げ切っていたのか。
ともかく、事が収まるまで退避して、こちらの様子見をされていたようです。
飛行種の魔物達が、用心深く隠れていた事もあって、見落としていました。
完全にこちら、司令部のミスです」
陳謝の言葉を述べる部下に助け船を出すように、領主代行ロザリアが端的に告げる。
「── 次の幻像記録をっ」
▲ ▽ ▲ ▽
── 次は、正午過ぎに行われた、迎撃作戦。
彼我距離が6kmを切った超巨大魔物の進行に対して、攻撃部隊を集中して迎え撃つ。
城壁の上で二組の魔導師集団が、<長導杖>を構えて一斉に特級魔法を起動。
長雨後の大河のような激流を生み出され、街道脇の倒木などを呑み込んでいく。
再度、特級魔法のまばゆい光が煌めく。
今度は、氷魔法だ。
大河のような濁流が、一気に凍り付く。
── 『命知らずの勇士達よ、征くぞ! 進軍開始!』
魔法で生み出された、2筋の氷河が平行に伸びる。
まるで氷で出来た列車の軌条だ。
その上を、犬ぞりで駆け抜けるかのように、騎士や魔導師の精鋭を乗せた荷車が進む。
激流の魔法で、破壊された街道に残る障害物を水没させ ──
そのまま障害物ごと氷魔法で凍結させる事で平坦化し ──
凍結湖のような臨時の進行路を敷き伸ばす ──
── 精鋭魔導師の莫大な魔力が頼りの、力づくな行軍だ。
果たして、約6kmの距離を走破するために、何十回それを繰り返したか。
ついに、精鋭を乗せた荷車群ふたつが、巨大魔物の元に到達する。
右側面と左側面に、それぞれ荷車4台ずつが分かれて停止し、挟み撃ちの陣形だ。
── 『まずは魔導師隊が、一斉攻撃!』
── 『次に魔剣士隊が、接近戦を行う!』
── 『その間、航空騎兵隊は飛行種や、大型の魔物を牽制!』
── 『それでは、攻撃を開始せよ!』
流石は精鋭部隊、指揮官の指示通り、全体が一個の生き物のように動く。
まずは、魔導師隊。
── 『火魔法班、攻撃準備!』
魔法効果を高める式服を着た隊員達の周りには、炎や水が小動物を象って、そばに控えている。
軍用魔法のひとつ、精霊魔法だ。
魔導師隊の半数の隊員が、<長導杖>を構えて『カン!』と攻撃魔法を発動させる。
その周囲で炎で出来たキツネが遠吠えの動作をすると、『カン!』『カン!』『カン!』……と、木霊のように、あるいは輪唱のように、魔法発動音が繰り返された。
いや、音だけが繰り返される訳ではない。
主人の発動させた攻撃魔法を、周囲の精霊が模倣しているのだ。
精霊魔法とは、疑似精霊の数だけ『模倣詠唱』で魔法を倍化する、支援魔法。
本来は術者1人では1~2個しか同時発動できない攻撃魔法を、疑似精霊介する事で、それを2~8倍に増加させる。
つまり、術者1人でも、最大16発の魔法の同時攻撃が可能となるのだ。
戦争のような対多数の戦闘や、巨大な魔物を退治する上で、破格の打撃力を誇る。
そんな、瞬間的な火力増強の利点と、その分だけ魔力消費も高くなる代償がある支援魔法。
まさにエリート魔導師にだけ許された攻撃手段 ── 魔導の奥義のひとつだった。
── 『火魔法、放てっ!』
一斉に放たれたのは、上級軍用魔法・【赤熔擲槍】。
大型魔物に対する攻撃魔法の定石。
灼熱色に染まったガラスが、空気を焼きながら飛来し、突き刺さった。
着弾の衝撃で、高熱で溶解したガラスは変形して付着し、魔物の表皮を焼き尽くす。
超巨大魔物の軟体生物じみた肉体は、あちこちからジュウジュウと煙を上げる。
だが、まるで都市を守る城壁の詰め所か、あるいは街道の目印になる砦か、と思えるほどに巨体の魔物だ。
体高が40m近くある魔物に、攻撃範囲1~2mの魔法がどれだけ痛手になっているのか。
人間で言えば、小石がぶつかったり、揚げ物油が跳ねたくらいの、わずかな損傷ではないのだろうか。
そう思える程に、超巨大魔物は悠然と進み続け、周囲の人間には頓着しない。
── 『次、水魔法班だ! 攻撃準備!』
残り半数の魔導師隊の隊員が、<長導杖>を構えて『カン!』と攻撃魔法を発動させる。
水の疑似精霊は空中を泳ぐ銀龍魚の姿だ。
『カン!』『カン!』『カン!』……と、『模倣詠唱』で主人の攻撃魔法を模倣していく。
下級魔法の【滑翔・破砕蛙】により、青カエル型の擬態が50個ほど生み出された。
── 『殻の中心付近を狙え! 水魔法、放てっ!』
約50個の青カエル型擬態は空中を滑るように進み、超巨大魔物の背負う硬殻に張り付くと、ゲコゲコと秒読みじみた鳴き声を数秒繰り返した後に、一斉に破裂。
バババババァ……ァァン!と、まるで爆竹の様な騒音が鳴り響く。
── 『やったか!?』
── 『いえ、殻への損傷、確認できずっ』
── 『チィッ 直接攻撃しかないかっ』
幻像魔法が作る映像の中で、指揮官は舌打ちして、すぐに次の手に切り替える。
しかし、この戦場の中では、まだ誰も異常を感知できていなかった。
超巨大魔物の背負う殻への攻撃で、厄介な連中を揺り起こしていた事には、気付いていなかった。
▲ ▽ ▲ ▽
幻像魔法の映像は続く。
過去の失敗、作戦の甘さを再確認するため。
また、攻略の糸口を探し出すため。
── 『魔剣士隊、降車!』
── 『強化魔法、準備! 構え! 突撃!』
指揮官の号令で、背中に魔法陣を備えた騎士達が、雄叫びと共に飛び出した。
『戦斧』や『槍斧』などの長柄武器を持って、小さな城のような巨体へと駆け出した。
ズシャン! ドシャン! ゴドォン!と、すぐに激しい戦闘音が響き渡る。
同時に、航空騎兵隊の戦闘も始まった。
『魔物の大侵攻の首魁』の露払いとばかりに先行していた大型魔物や、血の匂いを嗅ぎつけて集まってきた飛行種の魔物と、軍用<空飛ぶ駒>が激突する。
魔法炸裂音やけたたましい雄叫びが、あちこちから聞こえてくる。
一見、作戦通りに進む戦況。
しかし、それは『魔物の大侵攻の首魁』に付き従う伏兵により、あっさりと覆された。
より正確には、『魔物の大侵攻の首魁』の直臣たち。
殻の上部や背面に張り付いてたらしい、陸鮫ら。
大型犬並の黒い影がいくつも飛来し、騎士達に襲いかかった。
── 『ガハァ……ッ』
── 『このっ、離せっ、チクショーっ』
── 『なに、小型の陸鮫だとっ!?』
── 『クソッ 一体どこから、こんな数が!』
錬金術で生み出された魔導鋼の強固な全身装甲でも、構わずかぶりつく。
鎧の隙間から噛み千切ろうと、どうにかして金属装甲を食い破ろうと、ひたすらに牙を立てる。
恐るべき獰猛さであり、その旺盛な食欲は、もはや執念とさえ思える程だ。
指揮を執っていた部隊長が、すぐさま腰の剣を抜く。
そして、体長1mの小型陸鮫に襲われる部下へ駆け寄り、一刀両断。
精鋭部隊の長に相応しい練武の成果 ── まさに達人といっていい腕前だった。
彼は、声を張り上げ、部下に指示を下す。
── 『全員、長柄武器を捨てて、剣を抜け!』
── 『コイツらの鮫肌は魔導鋼では弾かれるが、聖霊銀なら簡単に切り裂ける!』
── 『我ら親衛隊員に領主様から下賜された、この宝剣の出番だっ』
部下達は、その指示に呼応し武器を持ち換えて、小型陸鮫の魔物と交戦を開始する。
── 『チィ……ッ しかし数が多い、多すぎるっ』
── 『何十匹、いや何百匹いるんだ、この陸鮫どもは!?』
下唇を噛みしめる部隊長に、魔導師隊の女性小隊長が進言する。
── 『部隊長、これは流石に予想外の事態です。一度、撤退するべきでは?』
── 『魔剣士隊は小型陸鮫との戦闘にかかりきりで、首魁への攻撃が止まっています』
── 『魔導師隊も混戦状態で、魔法支援が出来ない状況です』
── 『このまま戦闘を続けても、いたずらに隊員が消耗するだけですっ』
── 『だがな……しかし、それは……』
都市の命運を両肩に背負う、エリート部隊の指揮官は判断に迷う。
そこに異音が、響きだした。
『ゴーン!』と大型警鐘を叩くような大音響は、魔物特有の魔法発動音。
よく見れば、首魁の軟体生物のような巨体に、魔法の光が瞬いている。
しかし、思わず防御態勢をとっても、一向に魔法攻撃が来ない。
── 『な、何だ……?』
『ゴーン!』『ゴーン!』『ゴーン!』……と、発動音と魔力発光が、数度繰り返される。
そして、魔導師隊の女性小隊長が気付いた。
── 『部隊長! 魔物の身体が、少しずつ膨らんできていますっ』
── 『アレは、おそらく何らかの攻撃の準備と思われますっ』
── 『何ぃっ!?』
指揮官2人は血相を変えて駆け回り、大声を張り上げ仲間達に指示を飛ばす。
── 『総員、退避!』
── 『緊急事態だ、全員、車両に戻れっ』
── 『撤退するわ、撤退よ!』
── 『魔剣士隊も、魔導師隊も、航空騎兵隊も、全部! 撤退の準備!』
突然の指示に、すぐさま従う素早い対応は、流石は<翡翠領>騎士団きって精鋭部隊だという所だろう。
<駒>に引かれた軍用荷車も、軍用<空飛ぶ駒>も、一斉に反転して、氷河の道をひた走る。
6kmほど戻った先にある、<翡翠領>領都の城壁に逃げ込むため。
だが、『魔物の大侵攻の首魁』は、逃走を許さなかった。
『ゴォォ~~ン!』と、ひときわ大きな魔法発動音。
同時に、首魁の身体がいっそう膨れ上がり、そして ──
── ブシュゥゥ~~……ゥゥッ!!、激しい勢いで、薄緑の液体が吐き出される。
超巨大魔物の、頭部に尖って長い『逆ラッパ状の口』が形成され、そこから莫大な量の放水が放たれる。
ジグザグに吐き出された放水は数百mを軽く飛び超え、軍用荷車の8輌中2輌を横転させ、軍用<空飛ぶ駒>6機を、打ち落とす。
超巨大魔物が吐き出した放水は、いわば消化液。
その被害を受けた騎士達の結末は、悲惨の一言。
大量に被った者は、生きたまま半身をドロドロに溶かされ、絶命する。
少量被った者も、鎧の隙間からかかった飛沫により、火傷のように皮膚がただれて、のたうち回る。
消化液を受けた、荷車や<駒>、<空飛ぶ駒>などの機器も無事では済まなかった。
木材の部分は、半ば溶解し原型を止めていない。
金属部分は、赤錆が進行したようにボロボロと崩れて、穴だらけ。
息のある仲間を拾い上げ、精鋭部隊は命からがら逃げ帰る ──
── その映像を最後に、幻像魔法が終了する。
そして、領主代行ロザリアが端的に告げる。
「── 次っ」




